沖縄見聞録
9月25日
午前中、那覇市内唯一のビーチである、波の上ビーチに行って来ました。ビーチといっても、沖縄の海で想像するようなところじゃなくて、視界の中に大きな船が通るし、頭上にある橋は車がばんばん走ってるし、景色は港なかんじです。砂浜は白くてさらさらだけど、海は区切ってあって、そこらのプールより狭い範囲しか泳げないようになっていました。水もふつうの海水浴場並(実はきれいなのかもしれん)。人はほとんどいない。しかも割と寒い。地元の人はこんな時期に海には入らないらしい。ぽつぽつと人がいたけど、みんな観光客でしょう。水深も一番深くて胸の下ぐらい。ぷかぷかと漂うのみで、まるで大浴場でつかっているみたいでした。
午後は車で南下しました。まず行ったところが「旧海軍司令部壕」。沖縄戦の時の地下陣地。長い階段をおりて行くと、そこには横穴といくつかの部屋が広がっていました。これで掘りましたってつるはしが置いてあったけれど、よくこれでこの広さを掘ったなあと驚きでした。いくつかある部屋は、作戦室だとか、暗号室だとか、いろいろあるのんだけど、幕僚室ってところがあって、そこは幕僚が手榴弾で自決したところらしく、壁や天井にそのときのとびちった破片の跡(たくさん穴があいている)がありかなりショッキング。司令官室では拳銃自決をしたらしく、碑や花があって、ますますショッキング。
次に訪れたのは「平和祈念公園・平和の礎」。沖縄戦で亡くなった人の名前が書いてある碑がずらーーーーーーーーーーーっと並んでいました。すごい数でした。各県が建てた慰霊碑が並ぶところがあり、そこもぐるっと一周してきました。かなり歩きました。愛知県の慰霊碑は、海が見える一等地にあり、広くて立派でした。
そして、その次に訪れたのは、「ひめゆりの塔」と「ひめゆり平和祈念資料館」。付近はなぜかお土産屋さんがずらっと並び、なんだか違うでしょーっていう感じでした。沖縄戦で従軍看護婦として犠牲になった「ひめゆり学徒隊」の遺骨を祀った慰霊塔。近くに同じように学徒隊を弔うための「でいごの塔」というのがあるのですが、ひめゆりの塔だとだと思って訪れた人は、“なーんだ違った”と言って帰っていくのです。有名じゃないってだけで。それって・・・・ってガイドさんがしゃべっていました。資料館には、亡くなった人全員の写真とその下に名前と亡くなった原因と場所が書いてあるパネルがずらっと壁にはってあって、なんともいえない気持ちになりました。
最後に訪れたのは、「喜屋武岬」(きゃんみさきと読む)。かつて米軍に追い詰められたたくさんの人々が、ここから身を投げたそうです。そうガイドブックにも書いてあるにもかかわらず、ここはほとんど観光地化されておらず(?)、途中の道は、畑のなかの細ーい道(いやホントしゃれにならんぐらい狭い)をくねくね行くとやっとあるようなところでした。
この日は戦跡めぐりな1日でした。なんだかいろいろ考えさせられ、重ーい気持ちになった日でした。