第一節「頭脳」はどこへ行くのか
インドは中国に次ぐ世界第2位の移民大国であり、そのネットワークは世界中に広がっている。それは、インドがイギリスの植民地であったことと関係がある。植民地時代、インド人移民は主にイギリスの各植民地に出て行ったからである。そして、インド人移民は非熟練労働者の供給源としてだけではなく、技術職、専門職労働者の供給源としての役割も担っているのである。
図4-1から見てもわかるように、アメリカではインド人の専門職、技術職がかなりの割合を占めている。これは1980年代に勃興したアメリカのIT産業と無関係ではないだろう。
インド人がアメリカのシリコンバレーに技術者として流入し始めたのは1965年、人種差別的条項を撤廃した移民法が施行されたときである。当時留学や研修でアメリカに滞在していたインド人は高学歴で英語能力もあったために、好条件での就職・定住が可能になったのである。この、第一陣の成功がインドに伝わり、理工系の高学歴者のアメリカへの移民はブームになっていったのである。現在ではアメリカ在住のインド人の技術者は4万人といわれている。
現在ではシリコンバレーはインド人にとって暮らしやすい場となっている。インド・レストランやインド人専門の食材屋もある。アメリカではインド系コミュニティの文化が根づいている。同地にはインド人IT技術者の転職案内など、様々なサポート体制がある。
しかし、こうしたアメリカの魅力は、インド国内の側にとっては頭脳流出という形になっている。本来ならばインド国内でその能力を発揮するべき人材が高給やキャリアアップを目指してアメリカなど他の国に行ってしまうのである。シリコンバレーでは750社ものIT系企業がインド系移民によって設立され、技術系ベンチャー企業の25パーセントがインド系起業家によるものである。ただ、インド国内のIT産業が官・民一体となって勃興し始めることによって、そうした人材が還流し始めるという現象も起こっている。すなわち、アメリカなどで成功したインド人技術者たちがベンチャーキャピタルとしてインド国内企業に投資、あるいは自らインドで起業し始めたのである。インドにおけるソフトウェア事業の成功例や、1999年から本格化したベンチャーキャピタルの活性化、また、ナスダックに上場されたインドのIT企業の株が高値になったこともこうした状況の後押しとなった。
インド系移民は二つに分けることができる。一つには先祖がインド国民だったが現在は他国の国民になっているPersons of Indian Origin(PIO)でもう一つはインド国民として生まれたが、就職などをきっかけに他国の市民権を得て、海外で暮らすNon Residence India(NRI)である。
NRIのインドへの直接投資は、経済自由化以降急増し、1994年ごろまでにはアメリカにつぐ大きさとなった。一時は、アメリカの投資が4割、NRIが2割を占めていた。その投資形態は個人レベルのものから海外で大企業や多国籍企業になった企業のものまで様々である。
そしてインド政府もこうした状況を後押しするような政策をとり始め、海外インド系移民とインドの協力関係緊密化のために高級諮問委員会(HLC)を発足させ、2002年4月、その中間報告を発表した。
これまでインド政府はNRIに対してのみ、投資・預金・課税などを中心に優遇策をおこなっていたが、PIOに対しては具体的な優遇策はほとんどおこなわれていなかった。HLCの報告書によると、インド系移民の総数は23カ国でおよそ1435万人。そのうちPIOは773万6000人、NRIが273万4000人である。上記したように、インド系移民は、特にイギリスやアメリカで成功している人々が多く、インド政府はそうしたインド系移民がインドに投資することを望んでいるのである。海外にある「頭脳」をいかに本国インドの発展に活かしていけるかは、今後の大きな課題の一つであろう。
第二節 ITバブルの崩壊が及ぼしたインドへの影響
第三章でも述べたように、インドのIT産業はアメリカと深い関係を持っている。それゆえ、アメリカの景気動向はインドのIT産業に直接的な影響を及ぼすことになるのである。
IT企業などが多く上場するアメリカのナスダック市場において、2000年の段階でインフォシスとサッティアム・インフォウェイがインドIT企業として上場している。そして、その他のインド企業もナスダック市場に上場しようとしている。その主な理由として、海外投資家からの資金調達があげられる。
一方、インドの株式市場はアメリカについで世界第二位という規模を誇っている。また株主数においてもアメリカ、日本についで第三位と途上国のなかでは傑出した株式市場を持っている。この株式市場が、新興企業の多いIT企業の資金調達を容易にしてきたのも事実である。IT企業は成長力をバネにした株式市場での資金調達が可能であり、インドでの新規上場もIT部門に集中していた。この過程でIT部門が株式市場時価総額に占める割合は、90年代半ばの2〜3%から3割近くまで上昇した。そして、IT部門時価総額はピークの2000年2月には950億ドルに達している。
図4-2 ITバブル崩壊直後の2000年におけるナスダック指数とセンセックス指数
そして図4-2はITバブル崩壊後のナスダックとBSEの株価指数の比較であるが、そこからもわかるように買い手であるアメリカの動向によってインドの株式市場は大きく左右される。例えば、マイクロソフト社が反トラスト訴訟を受けたときセンセックス指数は大きく値を下げ、その後ナスダックが上昇したときも影響を受けあがっている。もちろん、すべての場面において、同じ波ではないが、ハイテク関連に関してはそこに相関性が見られるといえるだろう。そして、それは同時にアメリカの影響を直接的に受けてしまう、ということでもある。それゆえインドは市場の多角化を始めている
例えば、最初に述べたように日本は森首相(当時)がインドを訪れたが、それも優秀なIT技術者を確保したい日本側と市場の多角化を目指すインドの思惑が一致したものといえるだろう。他にも、ドイツのシュレーダーがEU域外のハイテク技術者2万人に特別就労ビザを与える方針を発表し、同国フィッシャー外相がバンガロールを特別就労ビザ発行のため自ら訪れている。
そして、インドIT企業が注目すべきなのは中国であろう。もともとインドと中国は政治的には関係が良好ではない。しかし、IT産業ではハードウェア中心の中国がインドのソフトウェア技術を必要とする場面は多いだろう。もちろん、IT産業に限らずこの両国が相互補完関係を持てば、アメリカに対抗できうる勢力として、国際社会で大きなプレゼンスを持つことは間違いない。
第三節 インド経済成長の動力−ミドルクラスとサービス業
これまで、インドIT産業に焦点をあわせて見てきた。インドではこのIT産業をふくむサービス部門の伸びが大きくなっている。しかし、インド政府は1994年ごろまではサービス部門を経済活動として認識せず、課税も行っていなかった。
図4-3 インド人の支出傾向変化
(%)
今まで経済発展のパターンは農業から工業、そしてサービス業へ発展していくものと考えられていた。しかし、インドの事例は表1-3で見たように、それとは異なる形をとっている。すなわち、工業部門の比率はそれほど変化せず、急激にサービス部門が伸びていきインド経済の中心となっているのである。その原因として、ITの急成長を核としたサービス部門の伸びと工業・農業部門の発展の遅れがあるだろう。そして、その結果としてサービス部門が大きな比率を占めるようになったのである。これを、新しい発展モデルとしてもてはやす動きもあるが、大半が国営であった工業部門の発展の遅れというネガティブな要因から生じたサービス部門のシェア拡大であるとすれば、それには疑問符をつけざるを得ない。
このサービス部門の伸びはインド人の生活スタイルの変化によるものもある。図4-3からもわかるように、インド人が今までよりも娯楽などに対して支出を増やしている。
そして、インドはこのサービス部門を輸出の中心にしようとしている。今まで述べてきたソフトウェアの他にも娯楽(ラジオ・音楽・テレビ)などを含めると1999-2000年の輸出の約20%を占めるようになっているのである。
これらの消費行動を支えているのは「ミドルクラス」と呼ばれる中産層の人々である。表4-1はインドの所得者層の推移を見たものであるが、貧困層が減り、中産層が大幅に増えているのがわかる。中産層の定義はあいまいで必ずしも現状に一致しているとはいえないが、それにしてもこの増加はかなりのものといえ、そのインパクトは非常に大きなものであろう。
元来インドのビジネスコミュニティはグジャラーティー、マルワーリー、パールシー、チェティアールというカーストが中心となっていた。しかし、経済自由化以後その割合は減少している。その代わりに台頭し始めたのが、南インド出身の企業である。そして、彼らのほとんどは伝統コミュニティではない中産層である(表4-2参照)。
こうした企業が従来のカーストの枠組みにとらわれず活動し始めたことによって、消費層が厚みを持つようになったのである。
とはいうものの、カーストの問題は未だに解決されたとは言えず、所得格差も大きいのが現実問題である。それをいかに克服し中産層を拡大させていくかが今後の課題であろう。
表4-1 インドの所得者層の推移
| 所得者層 | 1995年 | 2001年 | 2006年(推計) |
| 富裕層
上位中産層 下位中産層 貧困層 |
700万人
1億8600万人 3億1220万人 2億5390万人 |
1500万人
2億6500万人 4億2900万人 1億9200万人 |
3000万人
4億3200万人 4億7200万人 1億1700万人 |
| 所得者層 | 7億5910万人 | 9億100万人 | 10億5100万人 |
出所 National Council of Applied Economic Research (NCAER)
表4-2 インド大企業有力コミュニティ帰属内訳
(社)
| 1939 | 1969 | 1999 | |
| 外資系
マルワーリー パールシー パンジャービー ベンガリー タミル テルグ ムスリム その他 |
31
5 4 1 − − − 1 1 |
14
12 7 5 1 1 3 − 4 |
18
6 4 2 4 − 3 3 6 |
出所 小島卓『やがてインドの時代がはじまる』朝日新聞社
第四節 貧困層へのアプローチ中産層が伸びを示している一方、初等教育すら満足に受けることができない貧困層が多く存在していることも事実である。例えば、インドとの比較として盛んに取り上げられる中国であるが、現在マスメディアなどを見ていると中国はすでに近代化し貧困層の存在などないように見える。しかし、主に発展している地域は東部の沿岸部で、西部地域はまだまだ未開発であり、貧困レベルにあるといってよいだろう。
それらと同様に、IT産業はグローバル市場のなかでは成功し、インドを指標上は豊かにしている。しかし、それは近視眼的な見方に過ぎないことは言うまでもないだろう。第二章でも述べたように、IT部門のような高度な産業は高付加価値を生み出し高い収益性をあげるが、それは万人にできることではないし、工場でブルーカラーの仕事を提供することはない。アマルティア・センは「インドでは、基礎教育をはじめとする、様々な人間的発展の要素は、つねに無視されつづけてきました。その結果として、インドの成人人口の約半分は、今なお識字能力を欠くのです。文字が読めない一般の男女が国際的な規格と仕様にあわせた生産体制への関与、まして品質管理もできないのでは、グローバル化された貿易に参加する機会を利用することは難しくなります」と述べている。さらに、センは中国との比較のなかでインドの弱点を指摘している。インドの大学教育を受けた人の数は中国の6倍であり、それらの人材が最先端の分野に吸収されている。しかし、中国においては識字率が若年層においては100%が達成されているが、インドはそれには程遠く、それが、インドのグローバル競争への参加を困難にしているとしている。
実際に、情報格差はインターネットなどが普及することでどんどん広まっていっていくだろう。2002年インターネット使用者はNASSCOMによると320万人とされている。しかし、それは主に都市部のことであり、農村など貧困層はアクセスすらできない状態である。この状態を放置しておけば、格差は広まるばかりである。
もちろん、農村でもパンジャーブ州のように「緑の革命」で成功した比較的豊かな州では、ITを取り入れることによって近代的な農業をおこない、リスク管理などをおこなっている例も見られる。こうした、一見相反する産業が融合され相乗効果をもたらすことで、今までITとは無縁だった人がその重要性に気づき、取り入れていくようになれば、その格差は少しでも解消されるのではないだろうか。
サービス部門の発展と共に工業部門の発展が成されることで、インドの巨大な国内雇用を維持することが初めて可能になるであろう。そのためにはハードウェア産業の育成も欠かせない。
今まで、インドのソフトウェア産業に比べてハードウェア産業は弱かった。それは組み立てなど加工度の低い分野でも技術力に問題があり国際的な競争力を欠いているとされていたからであるが、それは改善されつつある。またハードウェア業界の輸出振興策などによって、電子部品輸出額は1999年度と比べほぼ倍増している。これは従業員賃金が低いことによる競争力の強さを示している。そして、これらの兆候はブルーカラーの雇用を増やし貧困層の削減につながるという意味で重要である。