「風船」


じりじりとした暑い日。
男が電車のなかで、ドアにもたれながら、立っている。

「そこにあるじゃないか」
それは平然と並びながら、ぶら下がっている。僕の目の前に。
「みんな、気付かないのか」
ぼくはそれに顔を背けようとするが、僕の目の勝手はきかない。

少し揺れるつり革達。
男は悪寒とわきの下に冷たい汗がたれるのを感じながら、立っている。

「どうして、みんな、気付かないんだよう」
棺桶のようにならんでる。僕の目の中に。
「みんな、怖くないのか」
「あいつら、絶対僕らを待っていやがるんだ」「あんなに僕を招き寄せているじゃな いか」

まばたきさえ意識しながら、彼は揺れているそれらを見つめている。

「みんな、死刑になっちゃうよ」

遅すぎる時間の中で、彼は電車の中で揺れていた。



-BACK-