「被害者」と「加害者」
−戦時下における性暴力被害者、日本軍兵士、そして……−

2003.11.18

中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟(一次訴訟)

 昨日17日に、中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟(一次訴訟)の控訴審(東京高等裁判所)の傍聴をして、夕方「被害女性と元日本軍兵士の証言を聞くつどい−60年前中国山西省で何が起きたのか−」という集会に参加した。

 中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟は、一次訴訟が1995年8月に、二次訴訟が1996年2月に東京地方裁判所に提訴された。ともに控訴人が被告である国(日本)に対して、日中戦争時に控訴人たちが受けた日本軍兵士からの性暴力について、謝罪と賠償を求める裁判である。一次訴訟は2001年5月に、二次訴訟は2002年3月に、東京地裁で棄却され、どちらも控訴した。

控訴審第8回口頭裁判

 今回の口頭裁判では、午前10時から歴史学者、午後1時30分から元日本軍兵士、午後3時から控訴人が法廷に立ち、証言をした。

 わたしは傍聴をするために、午前10時少し前に東京高裁に着いたが、傍聴人が多かったために抽選になっていて、すでに抽選は終わっていた。裁判の支援グループの方が午後別の人と交代するということで、傍聴券を貸してくださったので、法廷に入ることができた。

 裁判官が入廷すると原告側、被告側、傍聴人すべてが立って礼をした。証言で嘘をつかないという宣誓文が、証言する歴史学者によって読み上げた。
 そして、証人尋問が始まった。歴史学者は、以下のことを話した。

歴史学者の証人尋問

 自分と同じ年代の同じ女性たちが自らの日本軍による性暴力被害を訴えていることに、強く心を打たれている。

 岡山で元中国人「慰安婦」の被害を知り、その年に現地に行き、被害事実の聞き取り調査を行った。被害があった村の住人に対し個別の聞き取りをして、その村の住人の被害の実態を明らかにしようとした。慰安所についても調査した。山西省の文書館にも行き、現地の学者と意見交換した。文献で十四歳の少女が輪姦され、殺され、捨てられたことが書かれていた。

 日本軍兵士の中国人女性への性暴力のケースは、以下のように分けられる。
1) 村の掃討作成時に、強姦、輪姦
2) ある拠点に女性を拉致して強姦、輪姦。家族が身代金を要求され、金と引き換えに戻されたということもあった。
3) 女性のいる家に来て、そこで強姦、輪姦
4) ある女性を特定して強姦、輪姦。本人か家族が抗日運動をしているために、狙われることもあり、また将校など位の高い軍人がひとりの女性を独占する場合もあった。
5) 維持会を通じて、女性たちを集めた。

 山西省でこのような性暴力が起きていたのは、日本軍の三光作戦(三光は「焼光(焼き尽くす)」「略光(奪いつくす)」「殺光(殺しつくす)」という意味)がおこなわれた時期である。

 控訴人ら多くの日本軍による性暴力被害者が、被害を受けてから50年たってやっと被害事実を話すことができるようになった。50年間、沈黙を強いられてきたのである。

集会「被害女性と元日本軍兵士の証言を聞くつどい−60年前中国山西省で何が起きたのか

 歴史学者の証言が終わり、わたしは裁判所の地下で友人たちと食事をして、午後は元日本軍兵士、控訴人が証言することになっていたが、傍聴券を返したので、いったん自宅に帰った。

 午後6時から「被害女性と元日本軍兵士の証言を聞くつどい−60年前中国山西省で何が起きたのか−」という集会に参加した。今日裁判で証言した三人が、この集会で語った。

控訴人

 多くの人が応援に来てくださり、感謝している。自分の被害はみな知っていると思うので、今日の感想を述べる。
 傍聴に来てくれた人々にどう感謝していいかわからない。
 裁判官に、日本から控訴人への謝罪と賠償を認め、正しい判決を出すように言いたい。
 正しい判決が出るまで、自分の苦しみは続くだろう。地裁判決で敗訴後、周りがもう裁判をやめたほうがいい、と言った。しかし、今住んでいるところも日本軍による被害を受けていて、怒りがおさまらない。
 裁判を続けられてよかったが、控訴人たちの年齢を考えると、早く正しい判決を望んでいる。

元日本軍兵士

 自分の行った行動について、ひとりでも多くに語って、ありのままの戦場を知ってもらいたかった。
 戦前の教育で、まず日の丸を教えられた。丸は太陽を表わし、太陽は天照大神を表わすという。そして天皇は天照大神の子孫であると教えられた。大和民族は優秀であり、「シナ」は政治が不安定だから、日本が「シナ」を統治しなければならない。「シナ」人は劣等民族であると言われていた。
 戦地で小銃を支給されたが、天皇を表わす菊の紋が入っていて、兵士の命より大切なものと言われた。
 八路軍は日本兵の捕虜を日本軍に返してきたが、自分の上官は中国兵の捕虜は殺すと言った。
 中国の貧しい村で、日本兵が薬を代償に、女性の身体を要求した。
 初年兵から二年兵、三年兵になるにつれて、先輩兵士と同じように略奪、輪姦などをあたりまえのように行った。
 民家に老人が寝ていても、上官の命令で家に火をつけた。
 正義の戦争と教え込まれて、不正義の戦争をやらされた。
 中国戦線から沖縄へ投入された。沖縄戦は無駄な戦いで、友人が上官に切り込みに行くように命じられた。多くの兵士が犬死にした。
 中国では日本軍兵士は加害者だったが、沖縄戦では被害者だった。
 輪姦した女性や沖縄戦犬死にした戦友のことを思うと、二度と戦争を起こしてはならない。
 今の政治では、平和憲法が捨て去られている。

歴史学者

 戦時中の中国の住民たちは被害者で、日本軍兵士は加害者と、はっきり分類することはできない。
 被害者女性の周りの家族、村の人は被害者であり、加害者である。社会に性暴力被害を受けた女性を沈黙させる構造があった。
 別の「慰安婦」裁判(山西省性暴力被害者損害賠償等請求事件*)では、日本軍兵士の性暴力を、個々の兵士の逸脱行為であるが、上官や国に責任があるとした。日本軍兵士の性暴力は、軍全体の問題である。拉致、監禁、輪姦をした場所は、軍の接収した建物であり、軍が行った。
 日本軍兵士がなぜ性暴力に駆りたてられていったのか。性暴力は兵士ひとりで行われることはあまりなく、複数の兵士が女性に対し輪姦を行った。「みんなでやればこわくない」という発想と「みんなのやったことは、自分もやらなくてはいけない」という圧力があった。今日裁判で証言した日本軍兵士も、上官に命令されて輪姦した。

*山西省性暴力被害者損害賠償等請求事件:東京地方裁判所に1998年10月に提訴。2003年4月に請求を棄却されたものの、被害事実と旧日本軍による不法行為である点が認定された。(国家無答責(大日本帝国憲法下においては国家の権力的作用に対して損害賠償請求を認める法制度がなかったという法理)で退けられた。)立法的・行政的な解決されることが望まれる旨が付言された。現在東京高裁で係争中。

感想

 被害者と加害者−戦時下において、すべての人々を被害者と加害者のふたつに分類することはできない。
 今回の控訴人のような日本軍兵士の性暴力被害者は、まぎれもなく被害者だが、彼女らの周りの住民は日本軍の被害者でありながら、一方で性暴力の被害を受けた女性たちに50年の長きに渡り沈黙を強いた点では、加害者である。
 一方、日本軍兵士は中国で略奪、性暴力を行い、加害者であることは間違いないが、元日本軍兵士の証言から、上官に命令されて輪姦行為を行わせられたこともある。そして、沖縄戦で犬死にを強いられた日本軍兵士は、被害者である。

 歴史学者が語った「被害者」と「加害者」について見つめ直すとともに、自分があの時代に生き、性暴力被害者だったら、被害者の周りの住人だったら、日本軍兵士だったら……と、思った。

 集会で、控訴人は何度も「応援してくださる人々に感謝します」と言った。二度とこのような悲劇が起きないように、ご自身が勇気を振り絞って日本軍の性暴力被害者と名乗り出て、裁判で自分の体験したつらい事実を長い時間証言した控訴人から、感謝の言葉を聞き、涙が出てきた。

 元日本軍兵士は、自分の加害を明らかにするために、中国へ調査旅行に行った。今日の裁判のために来日した控訴人の性暴力被害者と向き合った。自分の加害行為を語ることで、多くの人に現実の戦場を伝えようとした。それはつらい体験だろう。それでも自分の加害から目を背けず、語ることで、今平和憲法が捨て去られた状態になっている日本に対し、平和を訴えているのだろう。

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