◆ Untranslatable−英訳できない日本文 ◆
*untranslatable:(形容詞)翻訳できない
2003.8.28
22、23日に神奈川県愛甲郡清川村のキャンプ場へ約十名で行った。酒癖の悪いクマ(20代、女)が潰れてしまい、後始末をしてから、みんなでまったりと話をした。
どういう流れからか忘れたが、話題はなぜか「赤塚不二夫」となった。赤塚作品の『おそ松くん』に「イヤミ」というキャラが出てくる。出っ歯で驚くと変なかっこうをして「シエー!」という奴だ。そのイヤミが以下のセリフを言ったそうなのだ。
「ミーはおフランスに渡米するざんす」
それを聞いて、わたしは死ぬほど笑った。みんなが不審がるほど笑いが止まらなかった。自分でも永遠に止まらないのではないのかと思った。
後日、この一文についてふと思った。「これを英語に翻訳するとどうなるのか?」 一日1〜2時間しか仕事をしていないけど一応翻訳者であるわたしは、このような英訳が困難そうな文章に出会うと気になるのである。
「ミーはおフランスに渡米するざんす」の英訳文など考えてもしょうがないと思う方も多いだろう。しかし、いつか『おそ松くん』が英語圏で放映されることになったら、このやっかいなセリフをだれかが英語に翻訳しなければならないかもしれない。そこで、いくつか例文を作ってみた。
◆例文1
I will go to France and America.
「わたしはフランスとアメリカに行く」という意味であるが、ちょっと違うんじゃないだろうか。もう少し考えてみて、イヤミは「渡米する」=「海外へ行く」と勘違いしているのではないかと推理してみた。その線でいくと、
◆例文2
I will go to France.
「わたしはフランスに行く」という意味の文章だ。意味的にはこれが正しいのだろうか? しかし、本当にイヤミは「渡米する」=「海外へ行く」と思い込んでいるのかわからない。もしかしたら、アメリカに「おフランス」という州や都市があるという方向に勘違いしているのではないだろうか。そうであれば、
◆例文3
I will go to France in America.
「わたしはアメリカのフランスへ行く」 変だけどこういう解釈もありうるかもしれない。
例の「ミーはおフランスに渡米するざんす」のセリフを言った人に、「結局イヤミはフランスとアメリカのどっちに行ったの?」と聞いたら、「単に見栄を張って言っただけで、実際はどこにも行ってないだろう」との返事である。
そこで、基本に戻って(?)このセリフを検証してみる。
◆原文
「ミーはおフランスに渡米するざんす」
1)「ミー」:「ミー」が主語になっている。ミーは文法的に分析すると、人称代名詞一人称単数主格である「I」の目的格の「me」なので、主語にするのは文法的に間違っている(そもそもこの部分だけを英語にしてしゃべること自体おかしいのだが……)。
しかし、イヤミが「ミーは」「ミーは」を連発したために、日本(のある年代)においては「ミー」が人称代名詞一人称単数主格(つまり「わたし、俺、僕、自分」)であることが、お約束になってしまっている。(ちなみに、どこかに「自分のことをミーという奴は帰国子女ではない」という文章があった。)
翻訳するとき「ミー」を「Me」とすると訳がわからないし、「I」にすると文法的には正しいが、「ミー」という馬鹿っぽいニュアンスが出てこない。
2)「おフランス」:「お」は『新明解国語辞典』(三省堂)によると「(接頭)相手・第三者の状態・行動や関係する事物を示す語につけて、それぞれの人に対する敬意を表わす。例)お荷物をお持ちしましょう」と説明されている。
イヤミの場合、自分に対して敬意を表わしていることになるので、これも文法的に間違い。だいたい、固有名詞に「お」を付けること自体、間違っているだろう。
イヤミや多くの日本人の頭の中で「フランス」=「おしゃれ」というイメージがあり、それでイヤミは「フランス」に「お」を付けて、「おフランス」と言って、日本人もそれを聞いて受け入れた(?)のではないか。
おしゃれな国といえばイタリアもそうだと思うが、「おイタリア」としてもいまいちピンとこない。「おフランス」という言葉がある程度日本で定着している(?)のは、これもイヤミが「おフランス」「おフランス」と連発したためなのだろうか?
翻訳すると「France」になるが、これではフランスに不必要な「お」を付けた「おフランス」の微妙なニュアンスが抜け落ちてしまう。
3)「渡米する」は「アメリカ(米国)へ行く」という意味で、「海外」、つまりアメリカに限らない「外国」へ行くという意味ではない。
正しく翻訳するとしたら、「go to America」、「go to USA」、「go to United States」となる。
「渡米する」=「海外へ行く」と勘違いしているのであれば、「海外へ行く」→「go abroad」となる。
4)「ざんす」は『新明解国語辞典』(三省堂)に載ってなかった。
『大辞林』(三省堂)によると「(助動)[江戸の遊里語]体言およびそれに準ずる語に付く。「だ」の意の丁寧語。です。でございます。例)うそはきついきらいざんす」(同等の国語辞典では『広〇苑』のほうがポピュラーだが、わたしは『大辞林』のほうが好きである。ある翻訳者も「広〇苑より大辞林のほうがいい」とどこかに書いていた)
「ざんす」には、「だ」の丁寧語というだけでなく、気取ったおばさんが使う言葉というイメージがある(実際に「〜ざんす」としゃべる人を見たことはないのであるが……)。
イヤミが「です」「でございます」でばなく「ざんす」を使ったのは、イヤミ自身が「気取ったおばさん」的な人物だからだと思う。
これを翻訳して活字で表現するのは無理だと思う。鼻にかかった言い方で声に出してみるしかないか。
疑問点)この文章を英語を母国語として、日本語を理解できる人が読んだら、どう思うか? 日本人(すべてではないと思うが)のように「おもしろい」と思うのか、それとも単に文法的に間違った日本語で、しかも文法的に間違った英語が混じっている、と冷静に分析して終わるのか……。
<結論>
「ミーはおフランスに渡米するざんす」を、イヤミのキャラを反映した微妙なニュアンスを残しつつ、英語に翻訳するのは、神業に等しい。ほとんどuntranslatableな一文といえよう。