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| 博士課程の一年目を始めたばかりな人類学者の卵の卵の、英国の大学町での学生生活を綴る日記です。勉強はやっぱり大変ですが、やりたいことを勉強してるのでそれなりに楽しんでます。あ、それから紅茶の国に住んでいるといっても、紅茶よりコーヒーばかりよく飲んでる今日この頃です。
・此ノ頃笛吹キニ流行ルモノ 其の壱:タイ・グリーン・カレー。ペーストとココナッツミルク、ついでにあればスーパーに売ってる「タイカレーキット」のスパイスで、素人でも簡単に作れまする。(^-^) ・此ノ頃笛吹キニ流行ルモノ 其の弐(まだ流行ってるので):サンドイッチ屋チェーン、“Pret a Manger”のチーズケーキ(プレーン)。甘さは控えめ、で、ほんのちょっと酸っぱくて、幸せな気分になります。(^-^) ・この日記によく出てくる人たちについてちょっとまとめてました。一番上の飾りの、くるくる回ってるアイコン(真ん中ね)からどうぞ。 ・日記才人に(8948) テキスト庵(1019)(27 March, 2001)、【日記圏】(3313)(4 July, 2001)に参加してます。 さらには |
| 5月31日(Fri) |
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昨日と同じように、語学センターでトルコのニュースを。聞き取れた単語でわからなかったものを拾えるように今日は辞書も持っていった。 語学センターではトルコ語や日本語を含めて15カ国語くらいのテレビ放送を見られるようになっている。一応ボックスシートなんだけど、隣のテレビも覗けるくらい敷居の意味がなかったりしてて、僕が今日座ったところは両隣が開いていたので、となりのも覗き放題ということになった。 で、僕の右隣の席では、誰がみてたのかワールドカップ開幕第一戦、フランス対セネガルをやってた。その時点で、かなりの誘惑を感じたんだけど、さらに悪いことには、もう試合開始70分を過ぎたころで、セネガルが点を入れたあと。フランスが勝つとおもってたのに逆にリードされていたから、追いつけるかフランス?!ということで気になって仕方がない。欧州連合とトルコの関係についての難しそうな話題では、ワールドカップの魅力にはかないっこない。なんとかトルコのテレビに集中しようと努力してても、頭が勝手に動いて隣のテレビの画面に。。。 試合はご存知のとおりセネガルが勝ってしまったので、それはもう驚いたんだけど、ふと振り返ると、レセプションのところに座ってる兄ちゃんも僕がみてたテレビ画面を見てたらしく、視線が合ってしまう。誘惑に負けてたのは僕だけではなかったみたいね。 ちなみに、トルコの放送局の試合結果への対応も早い早い。試合終了の約一分後には、結果を速報で伝えてた。ちょうどスポーツコーナーで、韓国にいる代表チームの取材の話題に変わってたところだったし。タイミング、計ってたのかなあ。。 |
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| 5月30日(Thur) |
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すっかりご無沙汰。勉強を再開しないとと思って、大学の語学センターに。テレビでトルコのNTV(日テレみたいな感じでちょっと可笑しい)という放送局の番組を観ることができるんで、とりあえずテレビのチャンネルをNTVにあわせてみる。ニュースやってた。政治の話みたい。エジェビットとか、チルレルという名前は聞こえてくるし、年号くらいは聞き取れてる。でもわかるのそれだけ。ぞぞ〜っ。 焦るなあ。トルコ行ったらぜったい語学学校に行って2ヶ月くらいは語学勉強しなおさないとまじでこれはやばいよ。まあ、トルコにいたときもニュースはほっとんどわかんなくて、アニメばっかりみてたし仕方ないかな(筋はともかく、せりふの内容もきちんとわかってたわけでは…)。でもさっぱりわかんないのもつらいなあ。文法は一度かなりのとこまでやったし、復習すれば…という気持ちになれるけど、まずは単語がねえ。こつこつやってなかったからかな〜り忘れてるし。これは少しでもなんとかしないと…とおもった一日。 昨日の午前中にこれまたひっさびさにジムなんぞにいってちょっと重たいものを持ち上げたりしてたら、今日は筋肉痛がひどい。今日も語学センターのあとにいくつもりだったけど、やる気が起きなくて。そのまま撤収。このまままた足が遠のいてしまうのか。。 自分の27年近い人生を振り返ってみると、結構ちまちまこつこつな努力家タイプに見られることが多かったし、たしかにそういう面もあるけれど(世界史、日本史、生物、古典のまとめノート作りに励んでた高校時代とか…)、語学にせよ、ジムにせよ、それこそ継続が力なりの真骨頂みたいな分野ではさっぱり継続するのが苦手だったりもして、自分はけっしてこつこつやるだけの人間ではない気もする今日この頃。こつこつやるだけの人間ではないからといって、じゃあ自分は天才肌だっていいたいのかといえば、全然そんなことなくて、単なる怠けだったりするから悲しくなってしまう。。。 |
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| 5月29日(Wed) |
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いつもこの日付はうちの姉の誕生日ってことで覚えてるけれど、2002年の今日だけはそれ以上にちょっと特別な日になりました。だってチャールズ皇太子と握手しちゃったんだも〜ん♪ ケンブリッジ大学の関係機関として、Cambridge Commonwealth Trust, Cambridge Overseas Trustっていう奨学金財団があって、僕はここから少し奨学金をもらってるぶん、授業料が割引になってる(2割引きくらいかな)。で、今日はこのふたつの財団の設立20周年ということで、財団の総裁職にあるHis Royal Highness the Prince of Wales、すなわちチャールズ皇太子をお招きしてパーティが開かれた。で、この二つの財団からなんらかの形で奨学金をもらってる全ての学生もご招待を受け、僕にも声がかかった。 パーティの会場はDowning College。カメラとかもってきたらダメよんと案内にあったし、警備は厳重なのかとおもったらそんなこともなかった。まあ、今は試験期間中で、Downing Collegeの学生さんたちにはパーティなんて関係ないし、関係者以外を完全にシャットアウトすることは無理だよなあとおもってみたり。挙句に荷物チェックとかも厳しくなく、みんなカメラ持込み放題。素直に従って、泣く泣くデジカメを家に置いてきた僕はバカをみた気分。てめえら案内状まるで無視かいゴルァ!!と思わず突っ込みをいれたくなったくらい。まあそれでも皇太子のいる間は会場の周りをいわゆるSPさんたちがうろうろしてた。(ごくろうさまです) 出席してたのは大学の関係者、学生合わせて約千人くらいだったらしい。とにかくすごい人数。コースメイトのGyやSrもいたし、知り合いやそうでない人もふくめて日本人もかなり。自分のコレッジからも結構来てたなあ。ちなみにガーデンパーティだったんだけど、今日は晴れたかと思うと雨が降り、ちょっとしてまた晴れるというようなことが繰り返す、いかにも英国的な予測のつかないお天気。マーキーとかいうでかいテントに軽食とお飲み物が用意されてて、雨が降ってるときはテントのなかで、晴れるとみんな外に出る、を繰り返した。 チャールズ皇太子は、パーティがはじまって1時間くらいしてお出ましになり、ガードと一緒に会場をぐるぐる回ってみんなと握手や談笑をしてまわられる。どんなことをお話しになっていたかというと、今は英国のどの大学も試験期間だからか、「うちの息子(St Andrewsにいるウィリアム王子のことね)も今日試験だったみたいよ。」みたいなこととか、学生の出身国のこととか…。当然皇太子の周りは黒山の人だかり。僕ももちろんその人だかりに突撃。するするとサルのように1メートルくらい近くまでは近づけたけれど、そこからがもう大変。係の人が皇太子を囲むし、みんななんとか近づこうと押し合いへし合いという感じで、10分くらいがんばってようやく握手。わ〜い。この右手は一生洗わないもんね〜♪と、興奮も最高潮に。といってもただ握手しただけだった。僕の場合は談笑もなにもなかったというか、皇太子の関心はすぐに僕の隣にいたガーナ人にお移りあそばしたご様子で、「前の大統領とはあったことあるよん」なんて話を始められたから。。。でもまあ、兎にも角にも握手しちゃったわん。 なんとか目的を達して(皇太子と握手をして)、人だかりから抜け出してみると、興奮もさっぱりと醒めてくるもので、人だかりを見ながら、毎日こういうことを笑顔を絶やさずこなしていかないといけない所謂王室の皆さんは大変だよなあとおもってみたりもする。もちろんこの種類の人たちは、ご飯の心配はしなくていいし、物質的にはとてもめぐまれた生活ができるんだけどねえ。 ぐるぐる握手&談笑会場めぐりが終わった後、チャールズ皇太子はスピーチをなさる。「私も35年前にこの大学で勉強していたこともあるのでわかるのですが、今はちょうど試験を受けたり論文を書いたりでとても忙しいはず。こんなことに時間を割いてくれて本当に申し訳なく思います。」みたいなことを言って、会場を沸かせてから、あ〜だこ〜だと奨学金財団に関する話に。そのへんはちっとも覚えてないんだけど(ライバルのオックスフォードの財団よりも規模がでかくて、いかに世界の留学生受け入れにこの財団が貢献してるとか、そんな話。あ、覚えてないとかいいつつ結構おぼえてるわ。)、ケンブリッジ時代の話をして、「私の指導教官もコレッジのチューターも、私がファーストを取ること(優秀な成績で卒業すること)を確信してたはずです。"公務"さえなければ。」といってたのは、受けてしまったので、印象に残ってる。(そのあともちろん「まあ公務がなくても無理だったでしょうけど」とフォローも欠かさなかった。) そうそう、握手をしようと人だかりのなかで待ってる時に、一度ある女性に思いっきり押されたんだけど、どこの何者やこらぁとおもって、名札(会場ではみんな名札をつけてた。)をみたらなんとトルコ人!しかも、あとで出席者リストをみたら、トルコ人はこの女性だけしか出席してなかったみたい。まったくなんという偶然なんだか。。。。 4時から7時くらいまでずっと立ちっぱなしだったので、家に帰ってどどどっと疲れがでてしまった。 |
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| 5月28日(Tue) |
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なのかなあ…?! 今日Paに会った時に、MS教授からの研究計画書とインタビューのフィードバックをもらった。書き直しを言われていたエッセィについて、金曜日に質問をしていたので、昨日MS教授とすれ違ったときに「メール(e-mailのほう)を送りましたから」といわれた。というわけで、家に帰ってメールをチェックするとMS教授からのメッセージはただPaとコンタクトを取れってこと。はっきりいって???だったんだけど、これがどういうことだったのかわかった。 で、結局書き直しの話は無しになった(このエッセィの評価の仕方について、学科内での意見が統一できてなかったらしく、僕だけ書き直すのはおかしいということになったんだとか)。わ〜い。とはいえ、これでいいのかなあとも思ってしまう。緊張の糸がインタビュー以来切れてしまって、やる気が起きてなかったのでずいぶん気が楽にはなった。でも、僕のエッセィを読んだMS教授がダメを出したのも事実だし(ただし、MS教授は全員のエッセィを読んでるわけでもない)。自分にとってはダメを出されたってことが気になってしまう。このことで5月の最初のほうはずいぶん落ち込んでたしね。 といって、「いややっぱりダメを出されたままでは納得がいかないからエッセィ書き直ししたいです!」とはとてもじゃないけどPaにいえなかったよ〜ん♪(う〜ん、こんなことではいけないかも…) とにもかくにも、トルコでの現地調査について、本当に具体的な実際的な問題について考えなければならなくなった。それはそれで、いろいろな不安があって、Paにそのことを言うと、「そりゃあ、それが本番なんだから仕方ないわねえ。」といわれた。やっぱりそうだよねえ。 Paとのミーティングの最後に、Paは観光について書かれた新刊の本をくれた。というのも、その中の一章にトルコのことについて書かれたとこがあるから。ただでくれたのは、彼女も一章書いてるからで、たくさん届いてるから全然気にしなくていいよってことらしい。専門書は高いしらっきぃ♪(そういう問題でもないけど) 明日29日は、チャールズ皇太子を間近で見られるチャンス。ちょっとドキドキ。。 |
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| 5月27日(Mon) |
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3月に応募した現地調査の研究助成金。金額にして11万円くらいだけどゲットした。もともと規模の小さい助成金なので、これでも一番もらってるほうだったりする。わ〜い。これであと目標金額まで…万円。「…」に入る数字を考えるとなんともいえない気分になるとはいえ、自分の研究計画で初めて稼いだお金。そう思うとやっぱりむふふな気分になることだよ。あといっこ出して、合計5つ。全部取れると十分な資金が得られるはず。金額の大きい奴もふたつほど出してるけど、それはやっぱり無理かなあ。とにかく競争率がたかそうだしなあ。でも当然のことながら、それもらえるとすごく楽になるんだよね。とにかく、もう出してしまったので祈るのみ。(-人-); それにしても、木曜日のインタビュー以来、すっかり糸が切れてしまって、何もできていない。やらないといけないこともあるのにぃ。。と焦ってきてはいるものの、なんで何にも手がつかないんだろ。。 |
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| 5月26日(Sun) |
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今月の日記をみれば一目瞭然だけど、5月の最初の2週間くらい、研究計画を書きながら自分の出来の悪さを痛感する毎日だった。とにかく書けないというのもあったし、9日の日記にも書いてるように、4月に出したペーパーのうちの一本にダメをもらった一件もかなり大きく響いたし。今はなんとか研究計画を提出することが出来たし、インタビューもOKだったのですこし落ち着いている。 ダメをもらったのはトルコの歴史について書いたペーパー。その理由は、「いろんな本をよく読んでるのはわかる。でも、僕自身のcritical な見方をもっと身に付けないといけないのに、このペーパーではそれができていない。」ということだった。この指摘はまったくそのとおりで、本当に痛いところを突かれたという感じ。自分自身の本の読み方、講義、セミナーでのトークの聞き方、いろいろ振り返ってみると、読んだり聞いたりした内容をtaking them into account というか、話をそのまま受け取ってしまう癖があるみたい。もっと平たく言ったら話されている内容、読んでる内容を理解しようとはしてると思うんだけど、結局のところ、あんまり考えずに読んだり聞いたりしてしまってるところが…。(英語ではまだまだそれもちゃんとできないけど。。)講義とかセミナーをきいていても、質問がぱっと出てこないのはそういう自分の聞き方、読み方に大きな問題があるように思える。そして、いつの間にこういう聞き方をする癖がついたのか、これはなかなか根が深いような。。。ちょっと古い話だけど学部の卒業論文の講評も、批判的なものの見方ができてない、ってことだったし。未だに大学受験のときに身に付けた勉強の仕方を引きずっているのかな〜なんておもってみたり。。。 実際のところ、資料の批判的な読みがきちんとできないようでは、一人前の学者(何をもって一人前とするかにもよるけど)さんになるどころか、その卵になる前に腐ってダメになってしまうわけで、結構深刻な問題なんだけど、情けないことに、どうしたら所謂批判的な読みが出来て、質疑応答でばりばり鋭いいい質問が思い浮かぶようになるのか、よくわかってもなかったりもする。一つはとにかく勉強することなんだけど、今の自分の問題ってその勉強の仕方にあるみたいだから、ただ闇雲にいろいろやるってだけでは解決にならないような気がするに。こんなことで悩んでる自分ってやっぱりだめなんかなあ。。それに、今は指導教官の先生にいろいろと教わりながらやっていけているけれど、だんだん自分の力で他人から認められる仕事が出来るようになっていくためのものであって、今のように誰かに頼ってばかりではいられなくなるし。そうなったときにちゃんと自分の力でやってけるのか、と考えると不安になる。 研究する人生を歩みたいと思ってここにいるからには、他の人たちから認められるような仕事が出来る人間になりたいって野心もあるのに、自分にそれをやっていく自信が持てないままでいる。自信をもてないままでいるのはいやなんだけど、どういうふうにステップアップしていけばいいのかわからないでいる今日この頃だったりする。 |
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| 5月24日(Fri) |
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4ヶ月ぶりくらいに知り合いの日本人の一人に図書館の前で会った。まったくの偶然といった感じで。ひさしぶりに会ったんで、何してる〜?みたいな話になったんだけど、そのやりとりのなかでその人が一言。「まだあの狭い家に住んでるの?」 ぷっちんぷりん。頭のなかでこんな音が聞こえたことだよ。そりゃ最初に会ったときにうちに遊びにきたし、そんとき散々狭い狭いと連発したのは僕だったし、半分冗談のつもりなんだろうけど。てゆうかそうであってほしいんだけど。冗談になってないんじゃ(°д°)ゴルァ!!といったところでしょうか。もちろん表には出さずに笑って「そだよん。」っていっておいた。まったく、大人になるって大変だよ。4ヶ月ぶりくらいに、しかも偶然会うというのも、前にも話をしていて不愉快になったことがあったので、そんなに関わりたくないなって思っていたから。遠くから見かけても、わざわざ声をかけたりはしなかったし。メルアドくらいは知ってるんだけどね。 初めて会ったときにいろいろ話をしていて、「自分は癖が強いみたいで嫌われることも多いんだよね」みたいなこと言ってて、申し訳ないんだけどそりゃあそうだろうなあ…。周りにいた人たちの気持ちがわかる気がする。研究についてはとても熱心にやってるみたいだし、努力家だけでなくて頭も良さそうなのに。。まあ、人格と研究能力は別っつうことで。でも、本人に何も言わず、こんなとこでちまちま書いてるほうも感じ悪いか。。。 そういうことがあって、かなり不愉快な気分だったんだけど、家に帰ってメールをチェックしたらサセックスの時に仲良くなって、去年の夏もポーランド旅行でお世話になったSlからメールがきてた。このメールでかなり気分がよくなった気がする。「トルコ行くまではお休みなの?日本に一時帰国するのかな。もしかしてポーランドに来たいとか思ってたりして?いつでも大歓迎でいろいろ案内してあげるよん。」たとえ本気でなくてもこういうふうに書いてくれるとめっちゃうれしいねえ。相手のことをこれからも大切にしていこうと思えるし。Slは去年の秋にアメリカに渡って仕事を探していたんだけど、仕事が決まったらしいのと、ヴィザの取得の関係でいまはポーランドに一時帰国中。会いに行きたいのはやまやま。でもちょっと無理かなあ。お金の問題もあるし。やらないといけないこともあるし。おもわず本気でいつならいけるかを考えてしまったことだよ。 というわけで、日本人の知り合いとポーランド人の友人とのふたつのやりとりをとおして、相手がどう感じるかをできるだけ意識しながらおしゃべりしないといけないなあなんて、思った次第。自分はこういうのあんまり得意なことではないから、いろんなところでいろんな人に不愉快な思いをさせてきたことだろうし。気をつけよ。 |
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| 5月23日(Thur) |
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先週の水曜に提出しただからそのときまでずっと頭を悩ませていた現地調査の計画書についてのインタビューを受けた。もう緊張したのなんのって。ちゃんと睡眠をとったんだけど、朝起きたときはあまりよく寝た気がしなかったし。コーヒーを飲んで1時間前に学校に出かけて、自分の研究計画を短く要約したものを読んで頭にいれようとしつつ、またコーヒー飲みたくなって、買いに走ったり。ちなみにその間2回ほどお手洗いにも行ってるので、へんな気分。 自分の順番は、午前中一番最後の面接だったので、終わった人と話してどんな雰囲気かを聞いたりする。批判をしてくるというより、助言を与えると言う感じで進むからそんなに怖がらなくてもいいよと言われてほっとするも、それは自分の研究計画では別かもともおもったりしたりして、自分でもどんどん緊張のドツボにはまってくなあと感じてしまう。で、誰がインタビューするのって尋ねたらMS教授にCH教授!どちらもそれはもう有名な方なので権威に弱い僕としては緊張の度が増すことだよ。MS教授は厳しいっていうのも有名な話だし。 で、自分の番が来る。恐る恐るドアをノックしてなかへ。MS教授とCH教授がすわってる。一瞬頭がまっしろ。きゃああ、研究計画の要約忘れちゃった…とか思いながら席について、インタビューが始まる。自分のやりたいことを簡単に説明してくださいと言われるのかとおもったら、「いくつか聞いておきたいことはありますが、研究計画はこれでOKなので、パスです。」といわれ、いきなり質問タイム。なぜ遺跡にこだわってるのか、トルコの政治体制について、言語について(トルコにいる間も英語の勉強を忘れないようにとのこと。)、ケンブリッジの考古学者とコンタクト取ったほうがいいよ、など、質問と言うよりアドヴァイスが多かったような。質問についてはベストな回答だったかどうかわからないなあ。とにかくあっという間に終了、という感じ。実際にかかっていた時間もとてもみじかくて10分くらい。他の人は20分くらいといっていたのに、どうしてこんなにみじかかったのかな。。ちょっと気になってしまう。 ま、研究計画はOKだけど、その前に提出していたものについてはあらためて書き直しを言われたので、まだまだ終わったわけではなくて、肩の荷が下りたわけではないなあ。でも、次のステップははトルコで調査することなんだって感慨が沸いてきてるのも事実。と思ったらトルコにいくまで実質後一月くらいしか時間がないことに気づいて、またまたあせり始めてきた。 そのあとは、日本の財団の研究助成金の申請書を郵送するためにいろいろ動き回る。そのあとはイーグルでコースメイトとパブって、ピザ屋で晩御飯。 |
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| 5月22日(Wed) |
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昨日の夜はかな〜り酔っ払ってたのに、気が付いたらちゃんと着替えて家に戻って寝てたみたい。二日酔いのようなものもなく気持ちの良いお目覚め(ちなみに、昨日の日記を書いたのは水曜日の朝)。 日記を書いたあと、ちょっと家でぼんやりして、学校に行ってから更新。この時点で始めてメールをチェック。メーリングリストで昨日のローマ人なディナーのことを書いてる人が何人か。飲みすぎたとか、背中が痛いとか。。。 で、全員が全員、 「昨日はてゆうか弾けすぎ。これはもうみんなと遊ぶのは考えもの。特に笛吹きとは!」 「昨日は最高!笛吹きがこわかったわ!」 「ジキルとハイドみたいな笛吹きに驚いた。」などなど (あと行かなかったコースメイトからは「そんな笛吹きをみてみたかった!」とのお返事も。。) 僕のことを書いてるのはいったい全体どういうことでしょう。えええ〜何したっけ。そんなに弾けてたっけ?記憶にないんだけど。。ということで、 「なんでみんなが僕のことをかいてるのか全然わかんないけど、とにかく今は正常に作動しております。」 というお返事を出しておく。 う〜ん。普段からあまりお酒を飲まないので、がんがん飲んで酔っ払うと、楽しんだっつうのはなんとなく覚えていても、結構忘れていることがあるような…。少々はしゃぎすぎたのかもしれませぬ。(…少々どころではなかったりして。。。) そのあとPaと明日のインタビューのことでお話をしにいって、ちょっとした面接の練習をする。ちょっと気が楽になる。家に戻ると、日本からの荷物に、アマゾンに注文していた、出版されたばかりのYaの本が届いていたのでちょっとうれしい。 今日のお買い物:指導教官の本 Navaro-Yashin, Y. 2002. Faces of the State: Secularism and Public Life in Turkey. Princeton: Princeton University Press. 初めてのモノグラフ(のはず)。まだ読み始めてもいないけれど、興味を引いたのは本の裏表紙に書いてあるSynopsis(梗概、大意)のところ。筆者はトルコの人類学的研究を中東研究の視点だけでなく、より幅広く「ヨーロッパ」の問題として見ている、と書いてあった。だから中東の一国としてよりも、ギリシャというかヨーロッパの側からトルコに興味をもつようになった僕なんかをうけいれてくれたんだとあらためて思ってみたり。自分の指導教官が何をしてるのかもよく知らずにアプライしたのかいと突っ込みがはいりそうだけど、実は全くそのとおりで、初めて会いにいくまでに知ってたのは大学のホームページに書いてあった紹介文くらいだったし。 |
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| 5月21日(Tue) |
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今日は、Gyのご招待でコースメイトたちとKing's Collegeの大学院生晩餐会に行ってきた。Roman Banquetということで、ドレスコードはトーガ。んなもん今は誰も着ないので、ベッドシーツを体に巻きつけてピンで留め、サンダル履いて、月桂樹の冠代わりにGyが集めてきた雑草で冠つくって、ラテン語風の名前で呼び合ったりして、なんちゃってローマ人♪の出来上がり。とくにおでこが広めで、鼻がすっと高いDaなんかほんとにローマ人の彫刻を思い出させる。 ただ、着替えはGyのお部屋でやったんだけど、彼のお部屋はコレッジの外にあるので、ケンブリッジ市中に自分のトーガ姿を晒すことに。「知り合いが通ったらどうしよう、はずかしいなあ…。」なんておもいつつ、他のコースメイトが近くの酒屋でワインを選んでるのを外で待ちつつ談笑してると、 La:「笛吹き。あなた指導教官にこのトーガ姿みられちゃったわよ。」 笛(@ちょっと動揺):「え、マジ?!嘘や〜」 Da:「Laが嘘つくわけないやん。」 あわてて周りを見回すと、Yaらしき女の人の自転車に乗ってる後姿が。。。 笛(@かなり動揺):「Yaってぼくだってわかってた?」 La:「もちろん!」 笛(@けっこう絶望):「どんな顔してた?」 La&Da:「そりゃあ、笑ってたにきまってるやん。」 笛(@どん底):「ああああああ」 Da:「騒ぐと余計人目についちゃうよん♪ひひひ。」 いやああああ、はっずかし〜よりによって指導教官の先生にみられちゃうなんて。。。動揺しつつキングスへ。食べ物はおいしかった。でもちっともローマ風ではなかったことだよ。(ってローマ風ってどんなのか知らないけど。)トーガがドレスコードのはずなんだけど、トーガを着ていたのは全体の半分もいなかったかも。男の子は大体上半身裸でトーガを羽織ってて、逆に女の子はほとんど下にTシャツなんかを着てトーガを羽織ってた。だから、下に何も着けてない女の子のトーガ姿がどうしても気になるのは男の子の悲しい性といえましょう。そういう女の子を見つけたと隣のDaにいったら、Daが身を乗り出して眺め始めたというのも、この理をあらわすといったところでしょうか。 ちなみにキングスのホールはとても天井が高い。壁にはいろんな人の肖像画が掛かってる。Gyはキングスのくせに誰が誰だかさっぱりわかんなかった。 Yaにトーガ姿を見られた動揺からというわけではなかったけれど、今日はワインを飲みすぎてかな〜り酔っ払い♪ |
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| 5月18日(Sat) |
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でDowning Collegeから駅のほうにてろてろり〜んとあるいていったところにあるトルコメシ屋マルマリスに。今日誕生日なのは、コースメイトでも特に切れ者かつ最年少のMt。コースメイト、Mtの友人と、総勢20人以上でマルマリスを半貸切り状態に。 お料理はやはりトルコ基準からするとめちゃくちゃお高いのですが、お味のほうはなかなか。んでもって盛り付けとかかなり洗練されてて、トルコ料理?って感じ。豪快さ、みたいなものがないねえ。でもケバブのお肉はなかなかよかったし、マルマラ海産トルコワインも結構よろしかった。 こういうお食事会式のパーティだと近くに座ってる人たちとお話をするもので、英会話の練習になりまする。。お勉強会をしようみたいなわりあい真面目な話から男性専用のお帽子の話(日本のはアメリカのより小さいとかね。それからDaによれば、スコットランドにはウィスキー味のお帽子がうってるらしい。…こほん。)みたいなお話までとなりに女の子がいようがかまわずにいろいろと…。Gyは昨日見てきたというスターウォーズエピソード2の興奮さめらやぬ様子らしく、フォースの力でDaを操ろうとするし。Daは見事に操られてるし。酔っ払いといふものは何処の国もかわらないものでございます。それから全然関係ないけどDaは「リング」「リング2」が面白かったといってたなあ。(そういえば最近深夜に放送されてたっけ。) 閑話休題。 自分が研究計画書書きに追われていた頃、何人もの人がなくなる大きな鉄道事故がケンブリッジ駅の近くで起こっていたことを今日になって知って、ショックを受ける。大学の学生にも被害者がいたみたいだし。それに昨日ロンドンにいったばっかりだったしね。。。 今日の剣橋的食いしん坊バンザイ:トルコメシ屋マルマリス 街の中心かEmmanuel College, Downing Collegeの前の通りを駅の方へ歩いて5分くらい。この通りの名前はRegent Street。ご予算は飲み物込みで15ポンドくらいあればおなか一杯に。デザート入れて20ポンドかなあ。日本円にすると3000円くらいからということなんで、けっして安いといえないけど、味のほうはOKですよん。 |
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| 5月17日(Fri) |
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木曜日は午前中までだらだらして、午後、Dr Paul Connertonの身体と記憶のセミナーを聞き、ちょっとEagleでパブッたあとで、King's Collegeのチャペルで聖歌隊の合唱を聞きに行く。キリスト教徒ではないし、後ろのほうで聞いたのだけど、綺麗な歌声を聞くと心が洗われる。聖歌隊の合唱をきいてから一番前の祭壇に飾ってあるルーベンスの絵を観に行く。一緒にいたDaがこのチャペルはね〜とかガイドのようにいろいろ解説してくれるので、感心して「まるでツアーガイドみたい。すごいね。」と誉めたら、「そりゃあ、ケンブリッジにきて一番最初にガイドツアーでここにきたもん♪」というお答え。ずるっとこけたのはいうまでもないこと。 そのあとはお天気がとてもよかったからケム川のほとりで夕ご飯ピクニック。最近はサマータイムになって、8時近くになってもかなり明るいし。天気がいいときなんか、英国人はみんな公園なんかの芝生でごろんとしてる。 家に戻ったあと研究計画書書きですっかり忘れていた、研究助成の応募書類(日本のがふたつとこっちのがいっこで合計3つ)を思い出し、さっそく書き始める。いっこは月曜締め切りしかも日本に送らないといけないよ。(当日消印有効みたいなので、それに賭けて月曜に送る予定。) 金曜日。午前中にロンドンに行って、去年の12月、トルコでどたばたしてたときになくしたクレジットカードの仮カードを発行してもらいにいく。それだけでトンボ帰り。もう、バカみたい。大英博物館でふにゃふにゃしたかったなあ。午後から、研究助成の申請書書きの続き。研究計画で書いたことを切った貼ったするのが中心。とはいえ、自分の研究を宣伝するのはむずかしいなあと痛感。とくにどのように社会に還元できるか、と問われたときには。。。はっきりいって人類学ってそういうことを一番説明しにくい学問分野だと思うしなあ。それから日本語に直すのが面倒なので英語で書いてる(というか、切った貼ったしてる)んだけど、これもいいのかなあなんて思ったり。日本語の方が審査員の受けがいいとか、あるかもしれないし…。お金をもらう以前に、出す前から心配だけはいろいろしてしまうことだよ。サセックスのときの修士論文の要旨も出さないといけないんだけど、これが、なんというか、どうしてこんなにひどい英語のまま提出したんだろ〜という代物。いや〜ん。はっずかしいよぉ。と今更顔を赤くしながら要旨を書いたりしてた。 日本の団体が出してるふたつは、競争率もものすごく高そうだし、貰えるとはおもえないけど、とにかく出さないことには絶対にもらえないものだし〜とか思いつつ、もらったときのための皮算用もわすれない自分はバカだよなあ。。。 |
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| 5月15日(Wed) |
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今日(15日)までに提出しなければならなかった現地調査の計画書、なんとか指導教官のPaやコースメイトのGyの助けもあって、なんとか提出することができました。ちょっとこれを書くのがいそがしかったので、日記の更新が滞ってしまいました。ということで、この3日間を大雑把に。 13日(月) 週末書いてた風景、記憶(歴史意識)、遺跡に関する自分の問題意識を書くパートを午前中で仕上げ(見切りをつけ)、午後からPaに書き足さないといけないといわれた部分に手をつけはじめる。学校のコンピュータ室へ。休憩がてらコーヒーを買いにいくお店のおじちゃんとおばちゃん(ギリシャ人みたい)にもここんとこほぼ毎日通ってるので顔を覚えられてしまったことだよ。当然それを書き上げたわけではないけれど、明日もう一度Paに会うことになっていたので、その時点までで出来たものを印刷してPaに渡しにいき、明日会う時間を決める。夕食はコレッジで。もうちょっとがんばってみるけど、進まず。明日は朝10時にPaと会うのであきらめて早めに就寝。 14日(火) 朝7時に起きて、9時半まで家でまたやって、Paに会いに行く。昨日出したものについてはOKをもらったので、ほっとしつつ、まだ出来てないところをどういう風に書き上げるか、についてちょっと相談しておしまい。夕方もう一度会うことに。朝ご飯をたべてなかったので、早めのお昼にして、学科のピジョンホールをチェックするとYaのコメントが返ってきてた。いいところあれば悪いところ(これが結構深刻なもんだいだったから困った)あると言う感じの評価。悪いところ今更どうしようもできないよぉと思いつつ、とにかく午前中の話をもとにまだ出来てないところを仕上げて夕方持っていく。コンピュータ室でかりかりやってると、先に提出したGyがやってきて、「もう暇にになったし英語見てあげるから連絡してね。」といってくれる。ありがたや。Paとの話は午後かいてたところだけでなく、Yaのコメントの話にもなって、とりあえずごまかせたり、訂正できるところは訂正して明日出しなさいということに。夕食はちゃいにーずのお持ち帰り。いわれたところを直してから、10時半頃Gyに連絡してメールでドラフトを送る。今は自分の書いたものをみたくないので文献表でも作ろう、でもその前にちょっと休憩♪と思って横になったらそのまますやすや。。 15日(水) 目が覚めると6時半。やべっとおもって文献表作りにかかる。トルコ語の名前をトルコ語表示に直す以外は大体できたかなとおもって、9時ごろメールをチェックすると、Gyからのメールが入ってる。送信時間をみると朝の4時!となっていたので申し訳ないくらい。これはもうほんとにありがたや。(しかも自分寝てたし。。。)とにかくお礼のメールを出して、直してもらったものを印刷し、自分の原稿とつき合わせながら直していく。それがおわって、印刷をしたのが3時前。午後5時までにだせばいいので、時間は十分だったんだけど、一緒に提出することになってたペーパーのフロッピーがこの期に及んで壊れていた。家のコンピュータのハードディスクに同じモノがのこってるはずなので、とりあえず事務に行って研究計画書を出し、こういう事情でペーパーについてはなるべく今日中に出すけど、明日のあさになるかもしれないですといってから家に飛んでかえる。2,3日前の寒さが嘘のように、今日はお天気もよくて暑いので汗ばむよ。家に戻って、すごく簡単にチェックして、たぶんOKということがわかったので、別のフロッピーに入れて学校にトンボ帰り。印刷して提出。ここで4時半。Paにとりあえず出しましたという報告。書き直しを言われてたペーパー、とりあえず書き直さなくてもよくなったという話をきく。(この話はいつか日記のねたにします。いろいろ思うところもあるし) 夕方、コースメイトの何人かと会った。Daとじゃれたのも久しぶりな気がすることだよ。夕食はコースメイトのGyとLWと一緒にお食事することに。家の冷蔵庫にある食料もたべないといけないんだけどなあ。。。ベッドにごろんと横になって、「海の都の物語」を読んでたらそのまま寝てしまったみたい。。 |
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| 5月12日(Sun) |
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相変わらずの自信喪失モード。劣等感の塊とは今の私のことをいうのであります。 気分的につらくてどうしようもないなあと思ってたのは昨日の土曜日。お部屋で勉強できないもんだから学校に行ったのに、はかどんなくてなにやってるんだろうって気分に。たくさんの人でにぎわっているスーパーで買い物をしてもかえってどろろんどろろんとした気分になって、もうどうしよ〜という感じ。日曜は少しましになって、進み具合は金曜、土曜とあまり変わらないけど、最近にしてはかなり明るい気分で机にすわってて、内容はともかくとにかくなんか書けてる気がしたので、はかどった気分に。ただ、夕方からある日本人ソサエティの会合での司会を引き受けていたので、それまでにちょっとでもやっとこうという気持ちになってたのがよかったのやもしれませぬ。 何故に言葉遣いが変わってきたのかは脇においておくと致しましても、家を出まして、テロテロと会場のKing's Collegeまで歩いておりますと、また研究のことを考え始め、劣等感がこの頭の中を覆い尽くしなんともつらい気分になってくるのでございます。そんなときに通りですれ違うのがなぜかコースメイトだったりして、"Are you OK?"と心配そうに声を掛けてきたりするものですから、通りをすれ違う見知らぬ人々によほどヤバそうな怪しい日本人と思われていたのではないかとおもって、またまた恥じ入ってしまったり。も〜最悪。ということで我に返って、このあと会合で司会をするのにこんなに暗い顔をしてちゃまずいでしょう。ということで、見栄を張って元気なふりをこころがけることに。(あ、元に戻った。) 会合のほうは、まずまず元気なふりはきちんと出来たけれど、緊張しちゃってしどろもどろ。言葉遣いもむちゃくちゃ。英語しゃべってんじゃないのに、人前で話すとこんなに言葉遣いがむちゃくちゃになるなんて。。またまた落ち込んでしまうことだよ。 それにしても、今日はなんであんなにコースメイトにすれ違ったのかしらん。しかもよりによって一番見られたくない姿をみられてしまったよ。。。。 相変わらずの低空飛行で、日記も暗いです。ごめんなさい。メール、掲示板その他のお返事をするのはまだまだもう少し落ち着いてからになると思います。お返事しようと思っていたメールが溜まってるのに本当に申し訳ありませんがご了承くださいませ。m(_ _;)m |
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| 5月10日(Fri) |
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指導教官の先生に見捨てられたわけではないし、これからもがんばるしかないねえ。。 と一生懸命思うようにしてるんだけど、やっぱり自信喪失モード。やっぱりこの学問向いてないかも、つうか自分は頭悪すぎ…とかおもって、落ち込んで、追い込みで一番大事な時期なんで根拠があろうとなかろうとある程度自信がないと先に進めないのに…、と思うとまた落ち込んで、友達見てると、きっとみんなそれなり問題を抱えてストレスを感じてるはずなのに、みんな賢く見えるし、ジャズコンサートに行くとか、今日は金曜だからパーティ〜♪みたいなこともいってて自分にはまるでない余裕も感じられるので、またまた落ち込んで、挙句にいままでPaには一度もネガティブなこといわれたことがないけれど、彼女の「このままがんばれば大丈夫よん。」という言葉も信用できない気がして、これまた落ち込んで、そんなこと考えてる自分に余計に落ち込んで。。。ていうか、一人で勝手にどんどん泥沼に落ち込んでいく感じ。だめだめな私。もののけ姫のタタリ神みたいな感じで自分の体から瘴気がどろろんとでまくってる気がする。 こういう愚痴、内容が内容だけに周りの誰にもいえないんだよね。それに、お酒を飲まないし、タバコも吸わないのでそういうことでは憂さをはらせないし、そういうことすると勉強しなかった罪悪感で余計落ち込みそう。それ以前にそんなことしてる時間もないじゃん。ということで、日記にでも書いておけば、すこし落ち着くかなあ。。。(多少は落ち着いた気がする。ある程度自分のことを客観的に見直せるし。。) ということで、あまり勉強に手がつかない状態のため、時間そのものはあるのですが、メール、掲示板その他のお返事をするのはもう少し落ち着いてからになりそうです。お返事しようと思っていたメールが溜まってるのに本当に申し訳ありませんがご了承ください。m(_ _;)m |
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| 5月9日(Thur) |
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今日はPaとの面談の日。まだ出来てないけど、8割方くらいできた研究計画をもって彼女のオフィスへ。この点とあの点とその点と…ト言う感じで、ピンポイントで足りないとこをどうすればいいか、とにかく終わらせて出せるようにするにはどうしたらいいかという感じの話になる。自分としては終わらせられるのか不安になるくらいたくさん直したり書き足したりしないといけないことになってしまって、自分の出来の悪さを改めて認識する次第。とにかくおわらさなきゃと思い直していたところに悪いお知らせが。。 先月提出した3本のペーパーの講評が出たみたいで、そのうちの一本、書き直しを命じられてしまいました。なんかペーパーの内容そのものの質の問題ではなく、自分が書いた内容では要件を満たさない、ということらしい。Paとしてもなんか納得いかないみたいなんだけど。。ただ、今は研究計画がんばって、そのペーパーはことが済んでから考えましょうということに。ああ綱渡りな毎日。 学科が求めていた要件については、個人的には言われてみればなるほどということでもあって、何で自分はそのことに気が付かなかったんだろうと思うと、じわじわ〜悔しくなってきた。他の人は問題なかっただろうしな〜と思うと余計に。。というわけで、今日は勉強に身が入らないんだけど、そんなこともいってられなくて、ただただ机の前にすわってぼぉっとしてしまった。。。(結局進んでないんだけど) まあ、指導教官の先生に見捨てられたわけではないし、これからもがんばるしかないねえ。。 |
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| 5月7日(Tue) |
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PhDの一年生は先学期の途中から研究計画について、持ち回りでプレゼンテ―ションをしてる。ついに僕に順番が回ってきた。本当は5月1日の予定だったのがいろいろな都合で今日になった。ってことは準備も万端かといえば全然そんなことはなく、先送りになった分書くペースも落ちたりしてて、結局ぎりぎりまで書いて書いて、言うことを決めて、OHPをちゃちゃっと作って発表することに。自転車操業とはこのこと。 とにかく緊張したし、1時間近く英語で話しつづけるって経験、実はこれが初めてなので、もうぼろぼろ。さらに最悪なのは、質疑応答のときには、頭がすでに真っ白になってしまっていて何がなんだかという状態で質問を受けてしまったし。これはたぶん日本語でやっても同じなんだろうけど、と思うと余計に鬱。 結局、コースメイトとお食事をしながらフィードバックをもう一回やるような感じになって、自分の足りなかったところにようやく気づくと言う感じ。ああああ。やっぱり僕って頭の回転が悪いんだなあ。。。 |
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| 5月5日(Sun) |
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ことあるごとにへこんでるなあ、最近。それなのに、よく壊れないよなあ、繊細なはずの僕の神経。やっぱり図太いのか知らん。 金曜に指導教官Paとのミーティングがあって、いつものことながらいい感じでお話ができてよかったんだけど、自分の不勉強な所を指摘されてしまったところがあって、ちょっと落ち込む。そのあと、またまた別な人と話していて、「学部からずっと人類学の勉強してきたそうだけど、いったい何を勉強してきたの?」とこれまた自分の不勉強な所を突かれてしまった。ダブルパンチでかなりへこんでる。 はい。そのとおりです。としかいえない自分が非常になさけないことであるよ。学部の時からの不勉強のツケが…というか、本当に自分でもなにやってたんだろって思ってしまう。所謂古典とされてる本もほとんど読んだこと無いままここまできてるし。まあ、初めから文化(社会)人類学をやろうとおもってたわけではないし、そういう古典にびびびときたわけでもないというのもあるけど。。学部3、4年に修士一年、ブランクあって、博士始めて半年以上となると、いいかげんなが〜いお付き合いだし、good excuseではないよね。人類学プロパーのくせにモグリも甚だしいとはこのこと。 今はこのことで落ち込んでるひまがあったら、少しでも研究計画を先に進めないといけないし。それでもなんかつらいなあ、というか気分が乗っていかない。。 ということで、はかどんない研究計画を目の前にしてぼうっとしてた時にふと思い浮かんだのは、この期に及んで失うものは何もないということ(学生の資格は別にして。)英語が出来ないのも知識が全然足りないのも今に始まったことではないし、今更隠しようのないことなんだし、とにかく前に進むしかないね。恥かくのは根拠もないのにプライドだけは妙にあるのか、めっちゃくちゃつらいけどね。恥かかないように黙ってても仕方ないし。。明日になってこのことを忘れてしまわないように、一応日記にメモっておく。あとは研究計画だ。。。 |
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| 5月2日(Thur) |
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本来の指導教官であるYa。研究休暇をとっていた関係もあって、ケンブリッジで博士課程を始めて以来、メールのやり取りくらいで一度も会ったことがなかった。それでYaがいない今までは、今の指導教官、Paが僕の面倒見てくれていたわけ。今日は、人類学の業界ではとっても有名なPaul Rabinow教授が、大学の招きで講演をする日。僕は明日Paと会うのでその準備をちょっとでもと思っていかなかったんだけど(みーはーな僕としては苦渋の選択)、講演のあとみんなとおちあってご飯することになったので、待ち合わせ場所の懇親会の会場にいったら、そこにはYaもいた。Paul Rabinow教授と談笑してるよ。今週になってYaが戻ってきたらしいのはなんとなく気が付いてたし、彼女が戻ってきた以上、はやいうちに挨拶とかないと…とはおもってたんだけど、なんかこわひ。。(別に怖い先生じゃないんだけど、なんて話し掛けたらいいかわかんないし、研究の進行状況を報告したらそれだけであうとかも〜とおもってしまったり。。) ど〜しよ〜とおもってそのことをそばにいたDaに話したら、「何を怖がることがあるねん。」と一言。で、「でもどうやってはなしかけたらいいかわかんないしぃ」とか泣き言を続ければ、「じゃあ、”キプロスでのお仕事はどでしたん?”とでもきけばぁ」とのことだったんで、彼のアドヴァイスどおりに話し掛け、アドヴァイスどおりに「お仕事のほうはどうでした?」と聞いたりして、あんまり会話を続けたわけではないけどなんとかご挨拶に成功!ほ〜〜。(大汗)とにかくめっちゃ緊張してしまった。自分のこういう性格、どうにかしたいんだけど、どうにもならないよなあ。。 ちなみに、講演は聴かなかったけれど、Yaに話し掛ける関係上、ちゃっかりPaul Rabinow教授の近くまでいくことができたので、最終的にはミーハ―精神も大満足させることができました。 4月の日記はこちらへ。 |
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