* 出会いと別れを重ねて *




<2002年3月17日の日記より>

のんびりした日曜日。パソコンの前に座ってないでできたら外に出たい気分。お昼からどっか行こうかな。そういえば、出会いと別れについて書いてみようと思ってて忘れてた。というより、書く気になれなかったのかもしれない、この数日。

何から書きはじめればいいのかわからないけど、思うままに言葉を並べてみようと思う。

私は別れを引きずる人なんだ。ほんの小さな別れでも乗り越えるのに時間のかかる人。例えば、ふらっと入ったカフェでたまたま隣に座った人と何気なく仲良くなって。オーストラリアから留学してる人だった。あとは何も知らない、ただ言葉をかわしてくつろぐ時間をほんの少し共にしただけ。カフェを後にして、あぁ、あの人と会うことはもうないんだって思うと無性に寂しくなる。しばらくへこんでしまう。日本でもそうかもしれないけど、海外に出ると特にそういうことがたくさんある。たくさんの出会いとたくさんの別れ。でも人はそれを繰り返して生きていくんだよな。だけど、そういう小さな出会いの後にやってくる別れの寂しさが私にはとてつもなく苦しく重たい。別れなくちゃいけないけどよく知っている相手で連絡も取り合えるっていうような場合の別れの辛さは耐えられるんだけど。だってつながっていれば、また会えるって希望があるもん。でももう会うこともないだろうし、もう何もわからないっていう別れは、それがどんなに大きくても小さくても堪え難い寂しさに襲われる。

こういうふうになったのは、大学1回生の夏に一人でニュージーランドに行ってから。初めての一人旅。ひどいホームシックを経験して孤独の恐怖を味わってからだと思う。寂しいとか孤独だっていう気持ちに敏感になりすぎるようになってしまった。ニュージーランドでもいろんな人に出会ったんだ。毎朝花に水をやりながら「Have a nice day!」と声をかけてくれるおじさん。毎朝同じ時間同じ道ですれ違う高校生。旅先で出会ったヨーロッパの人達。孫みたいでかわいくてしかたないと言ってかわいがってくれた博物館のおじいちゃん。名前も知らない、どこに住んでるのかも、全然知らない。ただ出会ってほんの少しの言葉を交わしただけ。ほほ笑み合っただけの人も。そういう小さな出会いがたくさんあった。そうして自分の人生の中で出会えたことはうれしかったんだ。でももう会えないのかって思うことがせつない。しばらくすれば乗り越えられるんだ。時間はかかるけど。そして自分の大切な1ページにすることができるんだけど。でもしばらくは必ずダメになる。その時の気持ちがたまらなく辛い。

あの時の孤独と寂しさが自分にとって良くも悪くもその後ずっと影響してる。一度、留学という自分の目指してきたものをあきらめようとしたのも、ニュージーランドですっかり自信を失ったからだった。もう外国なんて行けないと思ったよ。きっとそれまでの自分が弱すぎたり何も知らなさすぎたり甘かったんだけど。ニュージーランドでの辛かった経験も含めて、その後アメリカに行ってまたいろんなこと考えさせられて学んで、今の私はきっとあの時の自分とは違うと思う。少しは成長したって言える。でもまだどこかで不安なんだ。アメリカに行ってまたあんな気持ち味わうのかなって。でも乗り越えていかなくちゃきっと私は私を見つけられないんだと思う。普通にここで生活していてもそんな気持ちに敏感になりすぎてる私。でもさ、きっと人は出会いと別れを重ねて大きくなるんだと思う。それが人生なんだ。私がいつも心に刻み込んでいる言葉。「出会いは人を大きくし、別れは人を強くする」。別れを恐れる自分になっちゃいけない。