* 熱い思い *




 2回生も終わりに近づいた頃、ほんまにほんまに真剣に大学を辞めたいと思った。いろんな事情があったし、何を隠そうアメリカに行きたくて行きたくてウズウズしてたから。大学に残ることが無意味に思えてならん時期やったかな。いったい何してるんやろ?っていつも疑問に感じてて、こんな無意味なことに注ぎ込む時間とお金がもったいないと思ってた。高校受験で苦労して入った学校やけど、エスカレーターでブイーンと上がった大学は自分に合っていたとは思えず。周り見渡してもガッカリするばっかし。ここにいて、何が自分にとってプラスになるんかな?って思う毎日やった。でも考えて考えて、「卒業したらアメリカに行こう!」そう決めた。とにかくそれからは貯金するためにバイト漬けの毎日。今思い返すと、2回生の頃は、大学は卒業すればいいというくらいの気持ちしかなかった。性格上、好きな授業は熱くとことんやってたけど。それなら辞めたほうがよかったんちがう?という人もいたし、いや、これでよかったよ、っていう人もいた。けどこの大学を卒業しようってあの時の自分が考えに考え抜いて出した答えには、それなりの理由があった。「成長するための時間」。必要やと思った。そしてそんな学生としての時間があってもいいんじゃないかと。

 そして今、3回も終わりに近づいて思うことは、人生に無駄なことなんてないんじゃないかということ。あれから1年くらいしか経ってないけど、自分自身の考え方が少し変わった。そんでそれは、他を認めることから始まった気がする。きっと比べてたんやろな。でも他の学生は他の学生やん。遊び歩こうが勉強ちっともしないでいようが、流されるままになっていようが、自分は自分やねんから他の人を見て「こんなん嫌だ!」ってあーだこーだ嘆いてるんはおかしい。自分が自分であれば、意味ある学生生活を送ることだってできる。要は、自分次第で変えられるってこと。それ以来、学校に行って真剣に勉強をするようになった。3回は、ほとんどのクラスに一人で乗り込んでった。勉強に集中したかった。病気を抱えてるパパンがMちくのために働いて通わせてくれてる大学やから。Mちくを大学出すまではってしんどいの堪えて堪えて働いてくれてる。もういいよって言いたい。でもそれは違うんだよな。Mちくにできることは、今自分にできることをすること。そしてこの大学をきちんと出ること。感謝してる気持ちを行動にするべきだ。与えてもらったチャンスを無駄にはできない。そうでないか?

 3回で取った他学部のとある英語のクラスのレベルはめちゃくちゃ高かった。帰国子女や留学帰りの人ばかりが集まるようなクラスやったから。けど英語が話せるとか話せないとかっていう問題じゃなかった・・・中東問題から環境問題、人種問題とか母国語でも頭がクラクラになりそうな世界レベルの問題を深く取り扱った。初めてそのクラスに出た時、やばいなって思った。真剣についていけへんって思ったもん。大学生になってこんなに焦ったクラスは初めてやった・・・。あっという間にそのクラスの人数は減ってしまった。でも自分はどうしてやり通したかった。だから先生に助けも求めたし、自分自身必死の努力もしたし、その授業のために毎週何時間も何時間も時間を取って、みんなについていけるように自分の語学力不足を補うためにその分多く勉強した。時間が足りなくてほんっとに苦しい時もあったけど、でもそのクラスは結局最後までやり通したし、Mちくの最後のプレゼンもなんとかうまくいった。そのクラスに出てた学生はひとりひとりの意識がほんとに高かった。こんな学生もいるのかって感銘を受けた。ひとりひとりが自分の考えをしっかり持っていて、それを言葉にし行動にしてた。だから説得力があった。この人達と勉強したいっていうのが、そのクラスを投げ出さなかった理由かも。みんなといるとメチャメチャやる気になったし、いろんな意味での自分のレベルの低さを認識できたし、自分にとってその学生達と週90分、同じ教室にいるだけで学ぶことがたくさんあった。ほんとに大学生になってから、あんなクラス初めてやったなぁ。きっとこれからも英語を勉強し続けるけど、あのクラスのことは忘れんだろなって思う。だから先生にも学生にもMちくは本当に感謝している。Mちくは学部が違ったからそのクラスについての情報を全く持ってなかったんやけど、後から知ったのは、その学部の多くの学生が「あのクラスは取らないようにしている」とのこと。学ぶってなんだ?単位が欲しいからクラスを取る?単位は「学ぶこと」ではない。たとえ単位がもらえにくいクラスでも、たとえ単位がもらえなくても、学ぶってことに意味がある。意識の高い人達の中に混ざって初めて受けたクラス。学ぶっていうことの本当の意味を知った。

 ところでどっこいさ。アメリカに行きたいって何のために?ていうとこが肝心かも。んー、自分らしく生きたいからって言ったらカッコつけすぎかもしれんな。うん、カッコつけすぎやわ。でもアメリカが好き。変かもしれんけど、自分の帰るところのような気がする。20年間住んでいるココもだいぶ好きやけど。親もお兄ちゃんも友達もいるし。ココはあったかいとこ。それは離れてみてよくわかるものかな。結局一番好きなのは日本かも。日本ていうかココだと思う。でもアメリカは自分らしくあれるとこだと思う。自分のままでいられるとこかな。

 大学生になって一年半続けたホッケー部のマネを2回生でシーズンが終わると同時に辞めた。*スポーツ*にも少し書いたけど、全日本目指してたしなかなか熱く打ち込んでた。だけどアメリカへの留学を目標とするためにはチームを去るしかなかった。それくらい真剣なこととして捉えてきたから。生半可な気持ちでは留学なんてできない。ホッケーのマネージャーをしてる時間は、学生であること、若いこと、今しかできないことをやってるっていうことを熱く感じる毎日だった。極貧でも生活は充実してたなー。そして少し自分が変われた時間でもあった。今は生活を楽しむという点では正直まったくかもな〜。でもバイト狂でありながらもちゃんと学生やってるし、やるべきこともこなしてきたつもり。だから満足してる。それに、知ってる。自分は今すぐには実現しない目標に向かってる。長く遠く。だからへこむこともある。これでいいのか分からなくなる日だってある。でもその道のりがあるからこそだと思う。この道が正しいなんて、間違ってるなんて誰にもわからんもん。だから熱く生きてやる!これだけは、絶対にあきらめないことっていつか心に誓った。そして自分らしく生きてやる。

 友達がRolling stonesの歌詞をくれたことがる。"You can't always get what you want, but if you try sometimes, you just might find, you get what you need." 欲しいものはたった1つかもしれない。たくさんかもしれない。でもいつでも手に入れられるものじゃない。だから見つけたら私は大事にしたいと思う。

 Mちくりんは、アメリカに行ったらもっかい大学で勉強しなおそうと思ってやってきた。そのためにアホほどバイトして節約生活に花を咲かせ貯金に励んでる。「留学は自分で」が基本だから、精神的にも肉体的にも負担は結構大きいけど、でもそれでこそだと思う。留学ってやっぱそんな甘っちょろいもんじゃない。親に資金を出してもらってプイッと簡単に行っちゃう人もいるけどさ、そういう人達いっぱい見てきて、確かにクッソーなんなん、悔しいなっては思うけど、羨ましいとは思わない。親に住むとこから車から何から何まで与えてもらってさ、買い物たくさんして学ぶことはそっちのけ。かと思いきや、アメリカ行ってまで小さな日本を築いてる人もいる。それが悪いとかどうこう言うことはMちくの仕事じゃないけど。自分の人生や生き方の価値を決めるのは自分自身だし、自分が納得できてたらいいんやし。Mちくのパパは病気。でもパパは明るい。自分に降り掛かった不幸を不幸だと思ってないのかもしれんっと時々感じる。それなりに病気と付き合ってる。できないこともあるけどさ、そんな自分にできることを見つけてる。病気になってからのパパのほうが生き生きしてるかもしれない。「お金があったら自分がMちくを留学させてやりたい」って言ってくれたことがあった。でもそのお金は治療費に。留学させてもらえなくたって、Mちくはちっとも不幸なんかじゃない。留学するのに大変なのってお金のことだけじゃないっしょ。気持ちの面で両親にはほんとに助けてもらってる。苦しい時に支えてくれたり、知識の言葉をくれたり、アドバイスをくれたり、何が人として豊かなことかってことを教えてもらってる。それはお金には変えられないものじゃないか?だからお金がないことを不幸だとは思わない。こうして留学するMちくは、価値あるものを手に入れるんだと思う。悔しい思いはいっぱいしてきてる。ほんまに悔しくてたくさん涙も流してきたし、その度に食いしばってやってきた。だから自分なりの価値ってものをMちくは手に入れる。絶対に。

 ずっと長い長い道のりだと思ってた。しかもスタートラインまでの道のりが。いつになったらスタートラインに立つことができるんかなって。けど、2003年になって少しづつ見えてきた。もしや来年かもしれない。英語を学ぶことに焦点を当てた留学ではなく、教育を学び直しにいきたいと思ってやってきてたこの1年。それが、「保母さん」という言葉になって具体化されてきた今日このゴロ。アメリカで保母さんを目指したい。どこまでできるかわからんけど、やれるとこまでやるのがMちくやん。誰になんと言われようと、自分の信じた道を突っ走ってやろうと思ってる。