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Mちくりんはもうすぐ21歳の誕生日を迎えます。だからちょっと、ここらあたりで自分の20歳を振り返ってみようかなと思う。Mちくは20歳が大嫌いだった。はやく21歳になりたくてなりたくてって思いながら過ごした。できればあんまし振り返りたくないけど、でもこういう時間も必要だったと思うし、こんな記念すべき最低な20歳だったからこそ、今の自分がある。そう思ったら、価値ある20歳!?何があったんかもう一度振り返って、そしてこれからの自分をもっかい考えてみたいんだなー。 19歳の終わりにアメリカに行って、帰ってきてすぐに20歳になった。アメリカでの生活と日本での生活との現実にギャップを感じて、しばらくは見るものすべてが、聞くことすべてが嫌やったかな。ファッションだのブランドだの、彼氏だの。私の世界じゃなかった。そんなふうに生きるんは熱くないって思った。今思えば世間から離れ始めた一歩目やったのかも!?けど日本の社会にまた感覚がもどるのにそう時間はかからんかった。ずっと長い間、高校生の時から恋をしてたんだ。それが大きかったんやと思うな。一生懸命、自分を着飾って背伸びして。一生懸命というより、必死って言葉のほうが適してるんかな。そんな自分に戻ってた。なんでアメリカで得てきたものをすぐに忘れちゃったんだろうって今となっては思うけど、恋は盲目。負けたくないって思いやったのかも。好きな人に自分だけを見ていてもらいたい。そんな必死のぱっちな思いで、ひどい恋に突っ走ったあの頃。今ならあんな恋、絶対にしない。あんな自分は最低。相手も最低。でもあの頃はそういうことがわからんかった。それでも過去や思い出は否定したくない。それでも私の青春だった人やったから。一緒にいられるだけで、幸せだった。幸せな時間が確かにそこにあったもん。いいことも悪いこともすべてを受け入れなくちゃいけないと思うし、どっちも忘れちゃいけない。どんなこともきれいごとでは終わらせない。正直、終わり方だって最低やった。ほんとに泥沼ってこれ?みたいな。素敵なさよならなんかじゃなかった。彼を失ったことよりも、実際には自分の心が失ったもののほうが大きかったかもしれない。もう恋なんてしいひんって思ったよ。できないって思った。心に穴が開くってこういうことだって知った。そんな別れと涙に暮れた毎日から始まった20歳。何やってんだろなって強く感じ始めたのもそれからだった。 人と同じであることで安心してる自分、人によく見られようとして背伸びしてる自分。こんなん自分じゃない。仮面をかぶってるみたいだった。これ以上失うもんはないって思ってたから、その後のMちくは、なんだってできたな。これ以上傷付くことなんてないと思った。恐れるものがないと人は強くなれるもので。見る見るうちにMちくりんは変わってった。服装もゴロッと変わったし。汚くなった。(^^)でもさ、自分に似合うものを着ればいい。ありのままの自分を表現すればいい。誰になんと言われようと、自分らしく笑いたい。それは私がアメリカで学んできたことだったんじゃないかな。必死で奴を追いかけてる間に忘れてた。でもそうしてどんどん、ひとり社会から孤立していくようにも感じてた。私って変わってるとも思った。矛盾。 その後、家庭の事情と大学の事で問題が起こった。パパンの健康状態の悪化だな。それだけでも、家族には重くのしかかる問題だった。何が一番大切かということを家族のひとりひとりが感じたと思う。ある日曜日、お兄ちゃんも帰ってきて、家族4人揃って公園でバトミントンした。みんな笑ってる。そんな暖かい昼下がり。バカ家族。なんて幸せなんだって思った。家族揃ってUSJにも行った。もう成人した子供達が親とジュラシックパークで水かぶって騒いでるん。そんなことしてるのって、ちょっとおかしな話しかもしれんけど、私には何ものにも変えられないそんな貴い家族がいるんだ。世界でたったひとつ。Mちくは家族にしんどい思いさせてまで大学に残りたいとは思わんなかった。どっちかっていうと大学なんて辞めちゃいたいって思った。自分には意味がない。結局は名前だけのためじゃない?そんなお金も時間ももったいない。私らしさを認めてくれる家族。だからこそ許されることならアメリカに戻りたいと思った。それは現実から逃げるためではなくて、自分らしくあることの大切さを教えてくれた場所にいたいと思ったから。でもいろんなことがうまくいかんくて。いろんな人の気持ちがある。自分の気持ちだけでは生きていけない。おばあちゃんから電話でひどく怒られたりもしたんだ。そんなこんなで、辞めたいという思いと、とどまらなくちゃって思いの間に挟まって、ずいぶん苦しい思いをした。親の優しさも充分にわかってたから。私を思って、今は行くべき時でないと判断した父親と母親の気持ちを私は一番よくわかってる。何事もまっすぐにうまくはゆかない。まわり道もする。でもそれでいい。人生っていろいろだ。Mちくはそう学んだ。卒業してから自分で行こう、そう思ってから唯一打ち込めたクラブを辞める決意をした。 退部してからはバイト漬けの毎日。でも仕事運がない。2日で辞めたバイト先。プライドも何もない。怒られっぱなし、むちゃくちゃな事を言われ続けた。教えてもらってもいないことを、どうしてできないのか言って罵声をあびせられ。文句を言えば辞めさせられる。そうやってついてこれない子を切り捨てることが向こうのやり方。働ける子だけが働けばいい。だから働いてる人もみんなおかしい。いじきたなくて、人として最低ちゃうっていうような感じ。たった2日で新人イジメにもあった。でもバイトやんね?なんか変って思った。それでもあまりにもひどくて家に帰って泣いちゃった。悔しかった。友達に話してみたところ、あまりにもおかしいということが判明。今すぐにでも辞めるべきだと言われた。やっぱりおかしかったんや、あの店。すぐに辞めた。 それからバイトをするのが怖くなった。そらそうだ。はやく次を探さなとは思うけど、バイト探しするのも怖かった。でもたまたま今のコンビニに出会った。前のバイト先での話しを一緒に入ってる人に話すと、ここでは絶対にそんなことはないし、言いたいことを言えばいいと言われ、いいようのない安心感。働けるって思った。時給は前のほうがよかったけど、時給に変えられない何かを感じやっと落ち着いた。それから公文と家庭教師。3つの仕事をうまくできるようになってった。でも忙しい。もちろん遊んでる暇なんてない。クリスマスは店先でカップルにケーキを売り、お正月ももちも食わずもくもくとバイトをしてた。それから成人式だって。成人式に行く友達がたまたま店に寄ってたりした。見るのすごい辛かったなぁ。私だって、いちを着物着たかった。成人式は一番辛かったかも。私だって、成人式なんだ。でもこんな最低な20歳。いろんな事を思い悩んで涙して、時に孤独を感じ、自分の意味や価値を見失い、もう生きていきたくないって切羽詰まった時間もあった。こんなんちっとも門出なんかじゃないやんか。21歳からやり直そう。いつの日からかそう思ってた。アメリカでは21歳から大人として認められる。だから私はアメリカ式で21歳から成人になるって決めてた。だから21歳に対する思いは特別だゼ。 そう。成人式の日やね。うれしかったことがただひとつだけあった。それはSayaちゃん。私が成人式にでない理由を話したのはSayakoだけやった。「私がMちくりんの成人式したる。」そのメールをバイト先のバックルームで見た時は、ほんとに泣いてた。その気持ちがほんまにうれしくて、寂しい思いをした心をあっためてくれた。だからSayaちゃん、ありがとね。 もうしないって思った恋もした。不思議だ。あの痛みは決して忘れたわけじゃない。怖がってる自分もここにいる。でもまた誰かを好きになれたんだ。それだけで、私にとってはとてつもなく素敵なこと。思いもよらない出会い。彼に出会えたことだけが、私の最低な20歳の唯一の光だったのかもしれない。20歳は我慢の時。会えないけど、声も聞けないけど、21歳は最高にする。きっと会えるよ。声だって聞ける。出会えたんやもん。 Mちくりんの左手首には汚い皮紐がクルクル巻き付けてある。取れないようになってる。でもあのバイト先で一回ハサミで切らされたんだけど。辞めてすぐまた縛り付けてやった。これは、元気娘になろうって自分の心と約束した日に付けたもの。辛いことがあった日、元気娘になれない日、涙がこぼれそうな日はこの紐を見てその日の自分を思い出そうと思って。いつも笑ってる自分でいたいし、人を笑顔にできる自分でいたい。いろんな痛みを知った自分だからこそ、人に優しくなれる、元気をあげられるとも思うんだ。人の痛みをわかる人に。最低な20歳。何度も書きすぎ?(^^)でも、確実に何かを得た時間だった。最後に笑えれば。だ。21歳はもっと大きな人間になります。そして自分らしく笑います。あはは。 |
