日本語

ロンドンに行ったときに1人の日本人にあった。
彼はロンドンで日本語を教えているらしい。
相手が日本人かなどの詳細は全然知らない。
彼と、彼の友達が話しているのをぼけーっと聞いていた。
「おまえさぁ、昔、おじいさんとおばあさん「が」いました。
おじいさん「は」芝刈りに、、、
の「が」と「は」の違いの説明できる??」
やら、「私はyuhです。と私がyuhです。の違い説明できる??」
という話をしていた。むずかしい、、、
彼が言うには「この違いを聞かれてフィーリングだよって答える先生は
良い先生じゃない。」といっていたが、、そうは思わない。
日本人でもその明確は区別ができないのに、それをわからせようとする方がえぐい。
この話を聞いていて、ふと思った。
日本で英語の勉強をすることの意味はこの違いを明確にさせるためなのかもって。
文法をめちゃくちゃに詰め込んで、、しかも時には間違って。。。
結局は何も意味を成さない。実際には使われない。
実際に役に立つのは会話だから。要は身体で覚えていることだから。
自然に出てくるってことは本当に難しい。まだまだ時間がかかりそうだ。
だけど、そういう小さいところにこだわっていては、語学の成長はない。
そんな違いはフィーリングで感じ取ったらだめなんだろうか、、
それをフィーリングだよ!って言える日本語を勉強してる外国人はすばらしい。
もし僕が、その立場に立ったなら、まずその違いは説明しない。
違いを説明できへんねやろ??っていう見方もあるが(笑)
英語の文法の違いを「フィーリングだよ」って答えられるように
もっと、人と話すことを増やさなくちゃな。