携帯メール

ここでも何回か書いているかもしれないが、ボクは携帯が好きではない。
そして、携帯のメールをはじめパソコンのメールもそんなに好きではない。
理由はめんどくさいからという簡単なものでもないらしい。
便利になりすぎた世の中だから、メールは不可欠なものになってしまった。
そして当然ボクも利用している。ただ、人間のコミュニケーション能力は完全に落ちぶれている。
メールで事を済ませる人間が多くなってきた。
伝統文化である年賀状もメールで済ませる人間が多くなってきた。
日本文化が継承されなくなる時代も来るのかもしれない。
そして顔をあわせないで声を聞かないで会話をすることが多くなってきた。
気持ちを簡単に文字であらわすことが可能になった。
目で会話することができなくなってきた。
空気を読んで感情を理解することができなくなってきた。
言葉以外の感情、言葉では伝わらない気持ちを理解する能力が劣り始めている。
だから感情以上に言葉を要求する事が多くなってきているように思う。
メールはそれが簡単にできてしまう。
そして面と向かっての会話でない分、どれが真実かわらないことも多い。
バイト先に恋する少年がいる。
相手のメールの返事に対していつも動揺している。
デートに誘った。OKの返事が来た。テンションは上がる上がる。
メールをした。返事が来ない。テンション下がる下がる。
そしてメールは妄想が膨らんでしまう。
デートの返事、OKが来た。「俺の事好きなんじゃないかー」
返事が来ない。「嫌われたか・・・」
会って話せばそれはすぐにわかる。
社交辞令がまかり通っている国だから、わからないことも多いけど、多分わかる。
目の動き、身振り、喋り方、雰囲気、あらゆる事を見れば本当かうそかわかる。
簡単に好きと言えてしまう。
本人を目の前にしては簡単には言えない事を簡単に言えてしまう。
言えないから手紙で言うんだ!それもありだとは思う。
ただ、空気が読めない人に出会うことが多い。
そしてボクよりも年下の人間に多い。
それはただ若いのか、ただボクの周りにそういう人が多いのか。
もっとコミュニケーション取ろうよ。
東京に行って、関西では味わえない、自分のことを話さない人間の多さを目の当たりにして
ストレスとコミュニケーションを渇望しているのか、そういう不満が溜まってきた。
言葉で会話する。認識されている範囲では可能な動物は人間だけだ。
その特権をもっと使おうよー。文字で伝わらない感情を味わおうよ。
と思ってしまう。
便利さを追求することもいいけれど、その便利さが必ずしもいいとは限らないと思う。
色々と複雑な理由やら頑固に拒むボクではあるが、ボクも間違いなく文明人ではある。
携帯のメールを簡単に使いこなす文明人ではあるのだ。