受身

世の中はどういう風につながるかわからない。
どういうコネで生きていくかは想像もつかない。
だから、自分が必要と思った人には自分からアプローチする事は当たり前と思ってる。
自分が話したいと思ったら自分から話し掛ける。
何かをしたいと思ったら、自分から行動をしかける。
嫌と思ったらはっきりと嫌という事を訴える。
そういう自分でありつづけたいと思う。
今までそういう事をしてきたから社交的だとか、アクティブだとか
友達が多いね、って言われる事が多かったのかもしれない。
たまに、遊び人と言われる事も多々あったけど。
なによりも「受身」に生きていくのは好きじゃない。
誰かが何かをしてくれるのを待っている。
誰かが自分のためにしてくれるのを待っている。
はっきり言って嫌いだ。それが好きな人もいるだろう。
外国人の友達はすごい主張してくるけど、日本人には多いと思う。
今はすごい過ごしやすい。周りの友達はみんな何かを主張してくる。
相手は今何を考えているんだろう。何をしてあげればいいのだろう。
それは考えなくても言ってくれる。主張してくるから。
今までにこういう経験がある。
ずっといろんなことを相談してきた友達に急に彼女、彼氏ができたり、
そしていろいろと苦しんでるのはわかってても相談をしてこない
傍で苦しんでるのがわかってるのに何も言ってこない。だから聞いた。
「なんで何も相談してこないの?」って。
答えは「忙しそうでそれどころじゃないだろうし、自分で解決できると思ったから。」だった。
長い間ひたすらこっちからメールを送ってる友達がいる。
送れば返事はくるけど、待っててもメールはやってこない。
そして今、どれくらいの期間待ってるのかわからない。
これも「忙しそうだし」が答えなんだろうか?
見た目、聞いた所によると「こっちのことをすごく考えてる」ように聞こえる。
でも、全くそうじゃない。全然ほっとかれてる気がするし、必要とされてないように思う。
そうなんじゃない!じゃ、なんでユウから送ってくれないの!
って言い返すだろうね。でも、それはやっぱり一方通行だと思う。
自分を必要としていない人を追いかけるのはあんまり好きじゃない。
人にはそれぞれの考え方があって、それを強要する気はないけど、
ただ単なる1人で空回りの付き合い方はあんまりしたくない。
「マブ」なら話しは別だ。たとえ会話がなくたって、どこかでつながってるっていう安心感がある。
仕事や引っ付いていきたい先輩もまた話しは別だ。
だけど、同じ立場の友達や特に離れて会えない場合は余計に思う。
少し前に韓国人の友達と「誰が親友で誰が親友じゃないっていう境目はなんだろね」
っていう話しをした事があった。
2人の結論は「どれだけ考えが理解してもらえるか、分かり合えてるかが尺度だね」だった。
あってるとか間違ってるとか、定義そのものがあるとは思わないけど、
そういう「親友」は引っ付いていきたいと思うし、縁は切りたくないと思う。
さっき1人の友達にメールを送ろうと文章を作った。結構長い文だった気がする。
だけど、送らなかった。もうどうでもよくなった。
そしてこっちが送らなかったら、悪循環がグルグルとまわって関係は終了するだろう。
それでもいいと思った。自分に必要な人には自分から行動する。
上でも言ったけど、特に必要としていない友達、それが毎日会わないとなれば余計、
何かのアクションを起こさないと伝わるものはない。
口ではなんとも言える。口約束なんていくらでもできる。
それだけでずっとつながってるっていう保障はない。
人間関係なんてプチンと切れるものだから。
やっぱりどう考えても受身に生きるのは合わないな。
自分が求めてるものを他人が解決してくれるなんて
他人本位、他力本願の人生は歩みたくない。
「運と人生は自分で切り開くもの」好きな言葉の1つ。