『美と崇高との感情性に関する観察』に対する若干の考察

1.『判断力批判』のプロレゴーメナ?

 哲学と聞いたときにその代表者として、イマヌエル・カント(1724-1804)を考えつくのは、それほど突飛なことではないだろう。そして、彼の著作の中でも特に有名なのは『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』のいわゆる三批判書であることも、まあ間違いにはならないと思う。
 ところで、この三批判書は哲学らしく、難解である(僕もいつか挑戦したいと考えている)。そのことをカントも気づいていたのかどうかは知らないが、『純粋理性批判』には『プロレゴーメナ』、『実践理性批判』には『人倫の形而上学の基礎づけ』という入門書に当たる著作を残してくれている(注1)。こちらのほうは僕も何とか読んだし、これらは面白かった。小気味よい文体で仮想敵の議論の間違いを指摘しながら、論証も難解になり過ぎないように気をつけながら彼の考えを明らかにしていく。それでいて考える姿勢には一切の妥協がない。彼のある種の単純さ、そしてその単純さを支える思考の強靭さ、そういったものは学ぶことができたように思う(もっともこの単純さは、後にもう一度立ち戻るものなのだが)。
 さて、前の二著とは違って、『判断力批判』にはカント自身によって入門書が書かれていない。ドゥルーズ=ガタリが『哲学とは何か』で書いているように「解き放たれて狂った作品」であり、「精神の諸能力はすべて、それぞれの限界[しかも、それはカント自身が注意深く規定したものである―引用者注]を飛び越えてしまう」(注2)作品であるのにも関わらず、だ(あるいはそうだからだと言うべきなのかもしれないが)。ただ、彼が三批判書を書く前に(いわゆる<前批判期>と呼ばれる時期に)「判断力批判」で考察の対象にしている美と崇高の問題を『美と崇高との感情性に関する観察』という小論文において若干考察しているのである。「観察」とあるようにどちらかというと事実に即して、経験的に書いている。つまり、批判期に見られるような綿密な理論化傾向は(前二著の入門書と比べても)あまり感じられない。しかし、それだけにカントにどのような考えがあるかはわかりやすいものとなっている(言い換えれば、この「観察」にどういう「理論負荷性」がかかっているのかを読むことはできる)、と少なくとも僕は考える。そこで、今回はこの著作をもとに考えてみようと思う(注3)。

2.美と崇高の相違点、共通点

 まずは『判断力批判』と『美と崇高にとの感情性に関する観察』(以下、本書を『観察』と略する場合がある)に共通する美と崇高の問題について考えてみようと思う。カントが『観察』で美と崇高に与えている性質は次のようなものである(注4)。

「(…)夫々自分流儀に、喜悦を味あわせる感情性を持っていて、彼等が他人を羨むことも許されないし、あるいはまた他人を理解することもできない。併し今私が注意を向けるのはこの点ではない。もっと高尚な種類の感情性があるのである。」

「かく高尚な種類と呼ばるる所以は、飽くことなく、疲れることなく、長く享楽しつづけることができるからであるか、或は、同時に道義的の興奮に役立たせる、いわば魂の反応を予想するが故であるか、或は前の低級な感情性が全く頭のないものにでも生起し得るのに、これは才能と悟性の卓越とを示しているからであるか、(…)」

「(…)私は高い悟性の洞察に附いている傾向と、(…)ここから除外する。この勘定は現在の軽量に入れるには高尚すぎる。此計量には、ただ普通の魂にも感ぜられる、官能的の感情性のみに触れるつもりである」

引用をもう少し言い直してみよう。美と崇高は「自分流儀」ではない、ある種の普遍性を持つ。それは「普通の魂に感ぜられる」ものである。それらはまた「高尚」である。頭のないものには浮かびえない、「才能と悟性の卓越を示している」。ところで、このように見えてくると、非常にカントの言う美と崇高は理性的である、ということができるであろう。デカルトの良識と同じく、誰にでも備わっているが、正しく使うことが必要となっている(注5)。やや論点を先に言ってしまうのであれば、誰にでも備わっているということはどういうことか、そして正しく使うことというのは制限することなのかという問題を提起したい。しかし、この問いは後に答えることにして、とりあえずはカントの観察を追っていこうと思う。
 カントは美と崇高の「両者によって起る感激はともに心持のよいものではあるが」(注6)と前置きした上で、今度は両者の差異について書いている。雪を頂に高くそびえる連山(熊野さんが例えているように、僕達は富士山を思い浮かべるのが適当と思われる(注7))、荒れ狂う嵐の描写、こういったものは崇高であり、「興味を起させるが、併し怖ろしさを伴う」(注8)。一方、花が咲き乱れる草原の景色、曲がりくねった小川が流れる谷を、牛や羊が草を食べながらいるのどかな風景、天国の記述などは「楽しく、微笑を誘う」(注9)ものである。そして崇高なものは大きくなくてはならないが、美しいものは小さくてもいい。同じく崇高は単純でなければならないが、美しいものは磨かれ、飾られていてもよいものであるのだ、と言う。僕達の言葉で言い直すのならば崇高は「畏れ」を含む快感情であり、美は近づきうる快感情である、と言いなおせるのではないかと考える。
 ところでしかし、崇高と美の感情はこれで説明できたとして、この二つの関係はどうなのであるのか。先にあげた共通点と、今ざっと読んでみた相違点のみで、この二つの関係は言い尽くせるのであろうか。これが二つ目の問題提起となる。

3.美と崇高の「交差点」-第三章をもとにして-

 先に僕は二つの問題提起をおこなった。それは一つには美と崇高に共通する理性的な性質に関しての問いであり、もう一つには美と崇高の相違点の検討であった。そこでまずは後者の問いから考えてみたい。というのはこちらの説明としてカント自身実例を多く挙げているため、比較的取り組みやすいということ、そして、前者の問いは後者の問いに答えてからでこそその効力を発揮する、と考えられるからである(正直に言えばそうでもしないと「理性」などというとらえどころのないものをどう扱えばよいのか、僕の手に余ってしまうからでもあるのだが)。その際、『観察』で論ぜられている内容は非常に微妙な論点を含んでいる(ように僕には思われる)。それはある種暴力的とも言える区別をカントがおこなっているということであり、同時にその暴力の代償をカント自身が露呈させているとも思われるからである。
 例えばカントによれば男性は崇高の感情を引き起こすものであり、女性は美の感情を引き起こすものであると第三章で述べている。もちろん、強引に性と美/崇高を対応させるという暴力的な適用についても批判は避けられないであろう。しかし、とりあえずはこの問題には触れない。むしろ、それがゆえの破綻点を探るほうが先決である。そして、その破綻点は第二章の冒頭にある、と僕は考える(注9)。

「友愛は主として崇高の相をもっているが、両性の愛は美の相をそれ自身にもっている。優しさと深い尊重とは、両性愛に幾分の尊厳と崇高とを、これに反し、際どい諧謔と親密さとは、美の着色を、この感情のうちに高める。」

「私の考えでは、悲劇と喜劇の相違は、主として前者においては崇高に対する感情性が、後者においては美に対するそれが動かされる点にある。」

前文のほうから考えてみよう。両性の愛は美と崇高とが存在すると、カント自身が書いている点である。第三章においてはそれは男性が崇高の感情を、女性が美の感情を持つことで解決しているようにも見えるのだが、この解決法は妥当なものなのだろうか。つまり、両性愛において美と崇高という区別を先にして考えるのではなく、両性愛があるということから出発することが必要なのではないだろうか。ただ、あらかじめ言っておくが、僕は両性愛に美と崇高がないといっているわけではない。むしろ、ここを強調するカントの指摘は僕自身の意見と大筋において(ある程度の変形はするけれども)一致しているからである。
 ここで、僕もカントに倣って経験的な事実から検討を加えていくことにしようと思う。ただ、そうとは言ってもそれは友人からの相談、告白と言ったものに依拠しているので、そのための問題がないとはいえないが(注10)、僕が美と崇高の問題をどう考えているか、その根拠くらいにはなるだろうと思う。

ケーススタディ1:
ある友人は友達だと思っていた人物に恋愛感情を抱いてしまい、それがゆえになかなか言い出しづらくなってしまったということだった。

ケーススタディ2:
またある友人は可愛いと思っていた(つまり前から若干の好意は持っていた)人物に対し、ある時に美しさを感じてしまったということ、そしてそれが恋愛感情に結びついたということだった。

1と2に共通して言えることは、美と崇高が合わさったところに愛があるということではないだろうかと思う。1に対して言えば、友愛としての崇高の感情、そしてそれとはっきり区別する形での恋愛感情という愛の感情があり、その区別がつきかねている。一方、2に関して言えば、まず言葉の若干の翻訳が必要であろう。ここで可愛さと呼ばれているものはカントの言葉で言えば美であるということが、また、美しさという言葉はむしろ崇高という言葉で表すことができないだろうか(注11)。そう考えると、美と崇高の独立した感情が恋愛感情を引き起こしたというよりも、むしろ混在することによって恋愛感情が発生したと考えるほうが自然なことではないだろうか。
 ただ、前にも書いたように、この区別が有効ではない、ということではない。何より、このケーススタディにもとづいた分析は美と崇高という区分けなくしては不可能であっただろう。例えば、ロマンチック・ラブという概念がある。要するに、今の恋愛という考え方は近代になるにしたがって作られたものだという考え方を表す概念である。しかし、カントのこの理論を応用すれば次のように言うことが可能であろう。すなわち、美と崇高が人に備わるということがカントの言うとおり妥当なものであるとするならば、はたしてロマンチック・ラブという概念を作られたものと考えるためには、カントの分析自体にメスを入れる必要があり、その際に少なくとも若干の調整がなされざるをえない、つまり、完全に作られたものと言うには、少なくともまだ若干の留保が必要でないかと考えざるを得ないのではないだろうか。
 話を元に戻すならば、僕が不満というか、付け足すところがあると考えているのは、美と崇高の区別というものは出来上がったものの分析には有効であるのだが、それがどう出来上がったのかということに関しては少し弱い部分があるのではないか、ということである。もう少し詳しく言うのであれば、この問題は美と崇高の区別による分析が妥当であるがゆえに考えられなければならない、すなわち時間をさかのぼることでしか、つまり美と崇高の感情性の区別を認めたうえでしか考えることは(つまり理性的には)できないのである。そこを認めたうえで、つまり、恋愛感情の発生については時間的に先だが考えられる順番としては後にならざるをえないということを認めた上で、考えることなのだ。
 美と崇高の相違点とは、分析の場所においてははっきりしたものであったが、それがゆえに問題はその分析する対象ができてきたときの考察に移らざるをえず、そこでは美と崇高の問題は(順番としてはこの区別が先にあるのだが)混在したものとして考えられなければならない。次章では、その考えがどう考えられなくてはならないのかということを若干哲学的に進めていこうと思う。

4.正しく狂うということ(注12)

 まず、ここまでの僕の考えをまとめておこうと思う。僕の考えは、主に次の二点に集約される。

(1)カントの美と崇高の区別はある意味で正しい。それは観察したものの分析、説明ということに関しては十分な説得力を持っているように思われる。恋愛感情が作られたものだとする最近の知見の一つは、カントとの対話、調整を余儀なくされるものである。

(2)しかし、カントの考えは不可避的に美と崇高で観察される対象がどのように出てきたかという問題に対しては新たに考え直されなければならない。また、それはカントの分析の妥当性を保った  まま、つまり、美と崇高により観察されることが先に考えられざるをえないのであり、その発生的問  題に関しては時間的には明らかに先であるにもかかわらず、事後的にしか考えられない。

それでは、(1)と(2)を満たす考え方とは、どういった考え方なのだろうか。
 一つは、その区別を固持しながら、その区別を括弧に入れて、さかのぼって考えようとするやり方である。僕の考えでは、フッサールの現象学がそれにあたるのではないかと考える。例えば、時間論の分野において、青山拓央さんはカントとフッサールを比較し、カントの時間論は「主観がもたらす時間の形式と、世界の客観的な時間の形式とを同一のものだとみなした」(注13)、「時間の流れが初めから外に追いやられているもの」(注14)であるとする。一方、フッサールは「その成果は空しいものであったかもしれない」(注15)けれども、「どんどん根源的な時間の流れを求め続けて、とうとう主観成立以前の時間を想定した」(注16)時間論であったとしている。そしてその二人の違いを

「つまりフッサールは時間に対して、前のめりに死んだってことか。フッサールの情熱とカントの優雅さの、僕たちはどっちを選ぶべきなんだろうな。」(注17)

という、とても上手な比喩で締めている。また、J.デリダはフッサールの『幾何学の起源』を翻訳し、序説を書いたが、その中で、

「カントの意図とフッサールの意図との間には、おそらくひとがはじめに思うほど、簡単には捉え難い基本的な相違が残る」(注18)

とし、カントとフッサールの起源、発生論的問題についての違いを考察をしている(注19)。僕はフッサールがこのように考えたことはもっともだと考える。区別を破棄するのではなく、その区別をどうにかして区別の発生へと、その動的な部分へと送り返そうとしたフッサールの意図はとても参考になる。
 しかし、僕はその考え方は一つでしかないとも考える。その区別を破棄できる人間が一人だけいることを見破らなければならない。それはカント自身である。ニーチェによればカントは自身のカテゴリー表に自信を持っていた(注20)。カテゴリー表は厳密に言えば今問題にしている美と崇高の区別よりずっと複雑である。しかし、逆に言えば、そのカテゴリー化とは区別化のことであり、何よりもそれは自身のものであったと考えることは許されるのではないだろうか。最初に書いたドゥルーズのカントの狂い方というのはこの観点から考え直される必要があるし、実際にドゥルーズはカントの『判断力批判』にそのような魅力を見出していたと僕には思われる(注21)。
 カントの立場に立てば自分の区別を自分で超えていこうとすることで狂った力を解き放ち(なぜならそれは自らの議論の前提であるから)、フッサールはカテゴリーが壊れる場面と壊れることで再生する場面を一度に見据えることで同様の力を解き放つ(なぜならそんな場面を追い求めても「前のめりに死」ぬだけだから)。事態はそれがゆえのパラドキシカルな進展を見せる。つまり、カントにとっては自分のものであったがゆえにカテゴリー的思考法を超えていこうとすることができたのであり、逆にフッサールはカテゴリー的思考のその正当性をおそらくはカント以上に認めていたがゆえにそれに固執せざるをえなかった、という事態である。僕は「同様の」と書いた、そしてそれが僕の結論だ。つまり、この二つの力の解放の間の力を見据えること。おそらくそのことに関する思考、論争、対話が行われる必要があるが、その到達点とは力を感じることであって、コンセンサス、差異、そういうものがおそらくは問題にならない点であるということ。そして何より、それはカントの『美と崇高の感情性に関する観察』により生まれたものであるということ。つまり、僕たちは『観察』を優れた分析の本であると受け止めると同時に、開かれた本として受け止める必要があるということ。『観察』はきつく閉じられた本であると同時にどこまでも開かれた本なのだ。


1:『世界の名著』に両方とも収録されている。
2:『哲学とは何か』、p6。
3:以下、『美と崇高の感情性に関する観察』を『観察』と略記する場合がある。また、訳文は現代仮名遣いに直して引用した。
4:『観察』、p10。
5:『方法序説』、p8。
6:『観察』、p10。
7:『カント 世界の限界を経験することは可能か』、p100。
8:『観察』、p11。
9:同書、p14、p15。
10:それは主観的であることを免れえないし、何より相談、告白という状況が、どうしてもある種のディスコミュニケーションに陥っていることの告白、相談に他ならないからである。
11:例えば、『観察』、p14参照。「美なる性質は愛を起させる」。
12:カントに沿って考える限り、どうしてもどうしようもない部分を考えざるをえない。このことを表現するのに、『恵太二人』という漫画の表現から借用した。
13:『タイムトラベルの哲学』、p219。
14:同書、p218。
15:同書、p219。
16:同書、p218。
17:同書、p220。
18:『幾何学の起源』、p33。
19:同書の序説、第二章を参照。
20:『善悪の彼岸』、11。
21:『無人島1953-1968』所収、「カントの美学における発生の観念」参照。

文献:
『世界の名著 カント』、中央公論社。
『哲学とは何か』、G.ドゥルーズ、F.ガタリ著、財津理訳、河出書房新社、1997。
『美と崇高の感情性に関する観察』、I.カント著、上野直昭訳、岩波文庫、1948。
『方法序説』、デカルト著、谷川多佳子訳、岩波文庫、1997。
『カント 世界の限界を経験することは可能か』、熊野純彦著、NHK出版、2002。
『タイムトラベルの哲学』、青山拓央著、講談社、2002。
『幾何学の起源』、エドムント・フッサール、ジャック・デリダ(序説)著、田島他訳、青土社、2003。
『善悪の彼岸』、ニーチェ著、木庭深定訳、岩波文庫、1970。
『無人島1953-1968』、ジル・ドゥルーズ著、前田英樹監修他訳、河出書房新社、2003。