第一回ゼミナール



ゲームの理論は、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの共著「Theory of Games and Economic Behavior」から研究され始めたといわれる。ゲーム理論の基本的なセオリーの確立は、主にジョン・ナッシュとトーマス・シェリングによってもたらされた。ゲーム理論は、経済学や進化生物学、国際政治学などに適用されるようになり、今日にいたるまでその重要性を高めつづけている。

「ゲーム」という言葉は、通常我々にとって浅はかな印象や余り重要でない印象を与えるものである。しかし、戦略的に思考するときの「ゲーム」はただのゲームとは違った意味合いを持ってくるために、言葉の解釈を再構築しておく必要がある。ゲームには、偶然・技能・戦略といった決定要素がそれぞれ異なる割合で含まれている。たとえばコイントスのようなゲームでは、偶然が100%の決定要素となり、技能・戦略には影響されない。短距離走の場合はどうだろうか。このゲームは技能がほぼ100%の決定要素となるが、偶然の要素が入り込むこともあるだろう。ただ、短距離走では周りを見ている余裕がないので、戦略には影響されない。しかし、同じ走競技でもマラソンのような長距離走の場合にはいつスパートをかけるか、といった戦略がゲームの大きな決定要素となる。(もちろん技術も大事な決定要素である。)

上記の戦略という言葉にも注意が必要である。戦略は、ゲームに参加している各プレイヤーの相互関係を踏まえて考えなければならない。自分の戦略は、同じこと(出し抜いてやる!)を考えている相手の出方を予想した上で考えなければならないのである。ゲームの理論では、相手プレイヤーも自分と同様に「いかに相手を出し抜くか」と考えていることを想定している。それゆえ、ゲームの理論は相互間意思決定の分析・科学であるといえるだろう。ゲーム理論の一般的な原則は、我々が意思決定する際の大きな助けとなるのである。ただし、ゲーム理論はそのままあなたに必勝法を与えるものではない。前述した通り、相手も自分と同じことを考える合理的な意思決定者である。自分と同じ理論を学んでいる相手を出し抜くことは出来ない。それゆえ、あなたは学んだ理論に自分の経験をミックスさせる必要がある。ただし、どのようにその場に応じたミックスが出来るか、といった問題は難しい。良い戦略家と悪い戦略家を分けるのはこの経験のミックス方法なのである。

これから、わかりやすい例をあげてゲーム理論と戦略的思考に用いられる重要な用語と概念を理解していこう。

テニスの試合(マルチナ・ヒンギス対モニカ・セレス)
ヒンギス対セレスの試合を想定してほしい。セレスはネット際で、ヒンギスのボレーを今まさに打ち返すところである。セレスはまっすぐ打ち返すのがよいのか、それとも、クロスに打ち返すのがよいのであろうか。この場合、まっすぐ打ち返すほうがよいとよくいわれている。ヒンギスが反応する時間がクロスの場合に比べて短いからである。そのこと自体は、理にかなっている。しかし、もしヒンギスがセレスのショットを予想して、レシーブの用意をしているとしたら、ストレートショットの成功確率は非常に低くなる。それゆえセレスは、ストレートショットの成功確率を上げるためにクロスショットも織り交ぜなければならない。
この例から学ぶべきなのは「ミックス戦略」という概念である。いくつかの戦略を混ぜ合わせて相手の予測不能性を利用しながら、利得の最大化を図る戦略である。ここで、どのくらいの割合でミックスさせればよいのか、どのようにしてランダムに戦略をミックスするか、残された選択機会はどれほどなのかといった疑問が出てくるがそれは後に分析することにしよう。

テストの評価方法(Grade-Point Average)
テストの点数に応じてAやBをつける絶対評価ではなく、得点が高かろうが低かろうが全試験者のうち40パーセントしかAをもらえないような相対評価で行われるテストを想定してほしい。このようなテストの場合、低い点であっても全体の結果によってAをとれるということがある。各個人が協力することで勉強時間を減らすことが可能である一方で、ほんの少しだけ他人より多く勉強することで容易にAをとることができるという誘因が各個人に発生する。一個人にとって、他人より多く勉強するといったことは好ましい選択である。しかし、この行動を全員がとってしまうとAを取る者の数は変わらないのに各個人の勉強時間が増えるという結果になってしまう。
この例から学ぶべきなのは、「非ゼロ和ゲーム」という概念である。これは、ゲームのプレイヤーがどんな戦略を選ぶかによって総利益(パイ)が変化するといったゲームのことである。ここでは各プレイヤーのパイが同時に減ってしまっているが、協力することによってパイを同時に増やすことも可能である。この非ゼロ和ゲームのいちばん有名な例が「囚人のジレンマ」である。協力し合えばお互いにとってよりよい結果になるのに、さまざまの理由により協力が出来ない(その結果、お互い損をしてしまう)という状況のことを一般的にさしている。また、非ゼロ和ゲームと対をなす言葉に「ゼロ和ゲーム」がある。これは、勝ったプレイヤーと負けたプレイヤーの合計の利得がゼロになるゲームのことをさしている。非ゼロ和ゲームと違って総利益の変化はなく、決められたパイの配分が問題となってくる。

追試への言い訳
デューク大学の2人の学生は、期末試験でAをとる自信があった。その余裕から、彼らは試験の前日パーティーに遊びに行った。そのパーティーは大変楽しかったので、彼らはついつい遊びすぎてしまい翌日の試験への勉強をするのに十分な時間がなくなってしまった。そこで彼らは追試を頼み込んで、勉強時間を稼ごうと考えた。その言い訳はこうである。「私たちがドライブしていた際にタイヤがパンクしてしまいました。あいにくスペアタイヤも持ち合わせておらず、真夜中まで助けを待ったせいでくたくたになってしまいました。明日追試験を受けさせてもらえませんか?」教授は追試験を受けさせることにし、2人の学生はしっかりと勉強した。試験は二人別々の部屋で行われた。10点配分の一問目は彼らにとってはやさしいものだったが、次の二問目は90点配分であり、たった一つの質問が問題であった。「どのタイヤがパンクしたのか?」
この問題に正解は存在しない。(実際にはどのタイヤもパンクしていないため)試験に受かるためには、相手と答えを合わせることが必要である。そのためには、「最もパンクしそうだ」とお互いが考えるタイヤを選ばなければならない。
この例から学ぶべきなのは、「焦点」という概念である。焦点とは各プレイヤーの期待や関心が集まってある結果になったそのもののことである。(正解が焦点となるのではなく、焦点が正解になってしまう。)焦点を予測するようなゲームでは一般性がないので、各プレイヤーが共通してもっている知識や戦略的思考をもとにして対応しなければならない。

教授の成績評価法
追試験やレポートの延長を認めない教授は本当に冷徹なのだろうか。本当のところは逆で、教授はやさしい心をもっているからこそ学生の怠惰を認めないのである。いったん学生の怠惰をいかなる理由であれ認めてしまうと、まるで滑りやすい坂のように怠惰が増えてくる。そうなると、真意の程がつかめなくなって成績評価が困難になる。こうなると教授は大変であるし、新に努力した学生が報われなくなってしまう。そうならないために、教授はまず学生に対して自分はいかなる言い訳も認めないと宣言する。学生はこの教授の発言の真意についてはわからないが、言い訳が認められなかった実例が出てくると教授の意志の強さを感じ取る。すると追試験やレポートの延長といった学生の怠惰が減って、教授は成績表が公正かつ容易に出来るのである。
この例から学ぶべきなのは「コミットメント」の重要性である。コミットメントとは自分を拘束することである。つまり、数ある選択肢の中でどれを選ぶかを自分で決めてしまい、またその選択を相手プレイヤーにわからせて交渉を自分優位に運ぶことである。コミットメントに関連した交渉テクニックとして、「脅し」と「約束」があるがこれは後に分析しよう。

瀬戸際戦略
同じアパートに住むルームメイト達が、問題に直面していた。生活必需品が不足していて、誰かが買い出しに行かなければならない。買い物に行った者は損をしてしまい、部屋で残ったものは得をする。もちろん誰もが得をしたいので、誰かがかい出しに行ってくれることを予想して部屋で待ちつづける。すると、物資が不足してきて誰もが多かれ少なかれ損害をこうむる。この不便さに耐え切れなくなった誰かが出てくるまで、皆が不便な状態が続いていってしまう。
この例から学ぶべきなのは、「瀬戸際戦略」の概念である。瀬戸際戦略とは、相手の我慢の限界に達するまでわざとお互いにとって悪い局面を作り出す、特殊な威嚇の戦略である。瀬戸際戦略の行く先は二つしかない。リスクに絶えられなくなって誰かが限界に達するか、リスクに耐えつづけた結果衝突(戦争など)が起こるかのどちらかである。各プレイヤーは、自分と相手のリスクの大きさを考えることが重要である。増していくリスクに耐えられなくなるのは誰なのか、ということを計算した上で瀬戸際戦略を使わなければならない。

情報の不完全性
ニューヨークにそろそろ結婚を考えている男女がいた。彼らはそれぞれ別のアパートに住んでいたが、そろそろ同じアパートで共同生活をするつもりであった。ある日、女のほうからアパートのどちらか一方を売り払いましょうという提案が出された。しかし、経済学者である男は、資産価値という面から、使わなくなるであろうアパートはそのままにしておこうと主張した。女は男のこの行動を、自分との結婚の意志がないものとして男と別れることにした。
このれいから学ぶべきなのは、「スクリーニング」の概念である。スクリーニングとは、情報(男の結婚の意思)を持っていない者(女)が情報を持っている者(男)から情報を引き出すことをいう。また「シグナリング」とは、情報優位者が情報劣位者に対して情報の優位性を活用することをいう。

今まで学んできた戦略ゲームの例証から得た知識を、現実世界で実践してみよう。これは、ケース・スタディーと呼ばれる方法で、どのような結果になるのかを知ることが出来るだろう。また、現実世界で、どんな原則が当てはまるのか考えてみよう。こうしたセオリーの研究は、なぜそんな結果になるのかを知ることが出来るだろう。セオリーを学ぶことによって、ケース・スタディーしか知らないものよりも深い知識を得て、よりよい戦略を見つけ出すことが出来る。それゆえ、我々はセオリーの学習に重点を置いているのである。ただし、セオリーは現実を離れた抽象的なものになりやすいので、ケース・スタディーの実例を交えながら学習していくのが効果的である。