俺が返信切手 その2


おーい、ギーヤナー。心の準備はできてるかーーー?
はーい、いいですかー!”人”という字は人が支えあって
できてるんです。オラー、加藤ー、人の話を聞かんかこのバカちんがーー。
oh,yes! how about mr.nishiyori?

という訳で、勝手に前回の続きを書くぜ。

一人で行く、初めての単独渡米。
俺はシカゴで、飛行機の乗り換えをしなければならなかった。
けれど、乗換え時間はほんの30分程度しかなくて、到着の余韻に浸ってる暇なんか全くない。
着陸前から自分のターミナルを確認しないといけないから、機内アナウンスの早い英語にどうにか聞き入った。
そう、それは開門ダッシュを意味した。
シカゴ国際空港はデカイ!とにかくデカイ! 降りる人を掻き分けて、手荷物片手にスンゴイ速さで走った。 
なんせ、自分の飛行機の出発までほんの数分しかないからだ。
しかし、慣れない場所で、的確に目的地を探すのは至難の技で、搭乗カウンターに着いた時には、すでに飛行機は出発してしまってた。
な、何ーーー!と思い、すんごい心配になった俺は受け付けの人に聞いてみた、
”オ、オラ、飛行機ミスッチまった。どうすんべ?” 
するとその女性は何事もなかった様に
”あー、あんた次の乗れるわよ。”
だって。
何か、最初のアメリカ的洗礼を受けた気がした。
まぁ、そん時は飛行機のシステムをよく知らなかったから、必死だわな。
今ではなんでもない事となったけど。
まぁ、そんなで次の便まで嫌でも待たなきゃいけないので、空港をブラブラすることにした。
<空港はどこの国でも似てるけど、待ち時間に退屈しないような造りになっていて、
ショッピングをはじめ、食事や、土産物が沢山あった。
当時はバスケのシカゴ・ブルズがとにかく強くて、人気があったから色んなショップにブルズグッズが売ってた。
まぁ、テコンドーしか頭にない俺には何でもなかったけどね。
次の飛行機まで時間があったから、腹ごしらえをしとかないとアイオワ到着が真夜中だから大変だと思い、ピザを一切れ食べた。
はじめて、アメリカドルを使った時、”あぁ、俺、アメリカに来たんだ。”と思った。
時間が余ったのでトイレに行くと、そこには巨大なトイレットペーパーが.....。
おおぉーーーー、っすが、アメリカっす。
何でもジャンボ鶴田かーーー!!。
と思いきや、それはハンドペーパーでした。>

何事もなく、飛行機に乗りアイオワに着いたのは午後10時位。
空港は小さい所で、アメリカにもこんな小さな所が有るんだと、思いきや、数年後には更にすんごい所へ行く事になる!! 
同じ方角へ行く乗合バスに乗り込み(確か$10くらい、片道)学校の施設に向かった。
生まれて初めて経験するー10℃以下。
でも、寒さが疲れた体に心地よかったけどね。
学校が運営する宿泊施設に数箔し、学生寮が開くのを待った。
施設に泊まっている間、時間があったのでいろいろと町を見て回った。
正直、第一印象は"何にもない”だった。
実は到着してから数日間はずっとジャケットの内ポケにナイフを入れて歩いてた。
でも、どう見てもそんな雰囲気の場所は近くにないし、周りの人々もいい人達だったから、2日間ぐらいで荷物入れに戻した。
後日、このことを学校の先生に話したら、”あんたテコンドーのブラックベルトでしょ?こっちがナイフでも足りないわよ!”って笑われた。そんなもんかと思い、ちょっとだけ生活の仕方を学んだ気がした。
勿論、田舎町での話だが。
新学期と同時に寮も開いて、俺もルームメイトと過ごすことになった。
ここからが本当の自分の留学生活が始まると、ちょっと緊張したね。
でも、ルームメイトを持ったおかげと、学生寮に入ったおかげで俺は随分とその後の寮と学生生活を充実させることが出来たと思う。
やはり”郷ひろみに入らずんば、お嫁サンバ”、その土地や風習になれるには、その土地の人々から習うのは当然だ。
たかだか人生の数ヶ月を日本語無しの環境にしたっていいと思った。
俺はそのために来たから。 
その覚悟で望んだ、語学学校で俺は色々と学ぶ事となる。

本当は今回、何故日本語を話さなければいけなかったかとか、初めての英語の勉強をして、自分がどう変わっていったかを書こうかと思ったけど、メチャだるいから次回に続く。以下、緊迫の次号を待て!