俺が返信切手 その7


いやーKOHさん、ほーむへーじ新設おめでたう。 高橋もレスをありがたう。
記憶の糸を辿って、行けるところまで行くっすよ。

というわけで、アイオワ編もクライマックスっちゅう奴だ!!


<アメリカの医療制度は本当にややこしい。 
保険を使わないと、基本的には全額負担となる。 
日本では、国保や社会人保険があり、全額負担は殆ど無い?と思うけど、アメリカでは自分が加入する保険によって負担額が変動する。 
従って、お金持ちはスンゴイ良い保険に加入し、負担額も、負担範囲もGOOD!! でも、あとはいい加減。 
というのは、保険がある程度だと、負担範囲や金額も不安定で、負担額も大きい。 
大統領選でいつも争点にもなっているのも医療システムだ。 
そして、支払い方法がまたややこしい。 
一度に金額が出るのではなく、数回に分けて請求がくるから、支払いが本当にダラダラしている。 
こう言ったシステムは社会の弱者を追い詰めて、いろいろな社会問題を生み出しているのも事実だ。>

小野沢にいる頃、俺が尿道閉塞に原因がわからずに掛かって死にそうだったのを何人が思い出せるだろうか? 
脳が排尿を命令するが、体が行動を拒絶するのはメチャクチャキツカッタね。 
いわゆる俺流に言う“尿秘”だぁな。 
本当の話、死んでもおかしくなかったと思うね。 
アイオワでの春学期最後のTOEFLテスト(いわゆる英語能力試験)の直前だった。 
俺は排尿が出来なくなっていた。 
アメリカに行って初めてその症状が出たのは春休みの時に友達に会いにコロラド州に行った時だった。 
せっかくスノーモービルに乗りにつれて行って貰ったが、その時すでにまる一日出なかった。 
当時、英語で上手く説明出来なかったからきっと、ただションベンが我慢できないのだと思われていたに違いない。 
英語で排尿を“URINATE"という。 
“PEE"はオシッコのことで医学用語としては使わない。 
俺は自分のアクシデントからこんなことも学んじまったんだ。 
まぁ、一回詰まると殆ど丸一日か、数時間はでない。 
皆は数時間?と思うかも知れないが尿が溜まり、いつ出るか解らない数時間はそりゃーー長いぞ。
そして一回詰まると、溜まるから更に勢いがあるから出なくなる。 
ビニール袋に針で小さい穴を開けるようなもんだな。 
まぁ、この時は溜まりに溜まって出たんだけど、あんな事を繰り返したら本当に体も精神もボロボロになるね。 
そして、学期最後のテストの直前だった。 
出が悪いのを数回重ね、俺は医者に行って見てもらうことを決意した。 

<アメリカの医療システムはいい加減だが、病院は立派なのが多く、医者も日本と違って紳士が多い。 
それは医者にも職歴があるからだ。 
問題が多い医者は消えるシステムだ。 
医療内容も充実していて、患者が治療の種類や内容を選べることが多い。 
例えば、痛い、そんなに痛くない、全く痛くない といった事前のブリーフィングで聞かれたりもする。 
日本の医者と比べて技術が高いと正直思ったね。 
それは“丁寧”とも取れたけどね。>

医者に行くと英語は先生が上手く理解してくれた。 
俺の症状を把握するために“韓国人”ということで通訳までつけてくれたんだ。 
色々話した結果、まずは造影剤をいれて症状を見て、それから決めるとなった。 
レントゲンを見ると日本で患った場所と一緒で、手術が必要という事で、テストが終わってから次の日に手術をすることにした。 
それまでは離尿剤で排尿を促した。 
テストの後は皆、飲みに行ってたけど、医者から禁酒を言われた俺は寮で細々と勉強しなくていい夜を楽しんだ。 
他の学生も試験が終わっていて、色々話してた。 
でも、夜の就寝前にフと“俺はいつまでこんな問題を抱えるのかな?”と思うとちょっと悲しくなったね。  
次の日、俺は予約時間通りに病院に行き、調印のサインをして手術台に乗った。 
先生は“全力を尽くすよ。 幸運を。”と言ってくれたのが嬉しかったね。 
下半身麻酔が回って手術が進んだ。 
その最中、“あ〜あ。”としか考えてなかったかな?と思う。 
どうやったって、問題は避けられないし、対処しない限り前進はなかったしね。 
手術後、ここが日本と大きく違う。 
日本では同じ手術をして約1週間入院したが、アイオワでは当日に返された!! 
麻酔が抜けるまでケアセンターでクラッカーとドリンク(7UP。カフェイン無しだからかな?)を好きなだけ食らい、
ションベンの管と尿袋を付けたまま寮へ数時間後には戻っていた。 
後は通院で済んだ。
同じ治療でも日本とアメリカでこんなに違うんか?と痛感した日だった。 
しばらくは休みだったから、ゆっくり寮で休んでいたね。 
支払いの方は、不幸にも保険を使ってもUS$1、000位だったと思う。 
学校に入る時に強制的に入らされてたのだ。 
まぁ、こんなんで俺の初めてのアメリカ医療体験は終わった。 
何かこの経験を通じて自分の中で“外に出る怖さ”という価値が解ったような気がした。

次回は、大学に通っていたワイオミング州の話しか、その他の雑談の予定。
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