俺が返信切手 <ラッテ、ワイオミング編 その3>


久しぶりだぜ! いや〜数週間サボっちまったい。 
29日のか〜だの試合、惜しかったね。 
山ちゃんとギーヤナ〜お疲れさんでした。 
もう俺は全くタッチしなくなったけど、自分が創った部がちゃんと残ってるのもうれしかったな。
まぁ、いつか書いたかもしれないけど、自分が日本から出て得たものも多々あったが、
逆になくしたものや大きく変化してしまったもの多々あったりとか、知ってしまったばかりに苦悩することなんかもあったりする。 
でも、言えることは俺は少なくとも今日まで、後悔なんかしていない!!
自分の結果は、自分で受け止める。 それだけだ。

ノースウエストカレッジの生活はのほほんと素晴らしく、最初の半年間は今までで最高のルームメイトにも恵まれた。 
そいつの名はジャスティン・マーフィー。
俺らの学校にはロデオチームがあり、本物ウエスタンの学校で、そいつも板金科を専攻しながらロデオ部?に属しながら大会に出ていた。 全員がそうとは言えないが本物カウボーイは無口で、人見知りがあるが、いったん心が通うとスンげえいい奴というイメージが出来たのも、このルームメイトのお陰だ。 
まぁ、後々に彼の話しは出てくると思う。 

<アメリカをはじめ、ロデオをやる国はいくつかあって、オーストラリア、南米諸国、メキシコ、とあるが、やっぱりアメリカのレベルの高さと
エンターテイメントの資質には敵わないと、俺は思う。 
Levi'sやWranglerをはじめとしたカウボーイ=ジーンズという図式をつくったのも彼等だ。 
現在のロデオ事情は結構複雑で、もう牧場経営者だけがロデオをしているわけではなく、自分の馬や牛を牧場に任せ、練習だけするスタイルも大変多くて、普段は事務所だけど夜や週末だけカウボーイという人もいる。 
空港のあるコーディーという隣町は、夏の観光シーズンには6月から8月末まで毎晩ロデオをやる町として世界唯一の町だ。 
そこにはアマチュアからプロまでタイトルを求め毎晩ロデオやロープをはじめ伝統的なカウボーイの競技が繰り広げられている。
馬具やロデオ用品もこのコーディーでは一般用品だ。 
ちなみにロデオが強い州は南部のアリゾナ、テキサス、コロラドといったところで、ロデオ奨学金もある学校が多々ある。
家の学校にもあったけどね。>

学校生活がはじまり、それと同時にテコンドーの道場へも通い始めた。 
道場に行く前から、スペイン出身の卒業生が俺の部屋まで会いに来た。 
そいつも<同じ年位>テコンドーが大好きで、日本からテコンドーをやる奴が来るからという情報をアドヴァイザーのハリエットから聞いていたらしい。
正直、本当に小さい学校だからテコンドーは諦めていた。 
しかし、テコンドーは学校の体育科目にも入る程の普及率で、俺が通うことになっている道場の師範が教えていた。 

授業の種類が豊富なのは述べたけど、俺が最初に驚いたのはアドバイザーが今期の新入留学生の為に選んだ体育科目だった。 
全部で4人いた新入生はそれぞれ事前にプロフィールを送っていて、アドヴァイザーのハリエットはそれをもとに誰がどういう性格かを予想し、最初の学期の授業を決める時、体育科目も決めていたのだ。 
最低でも一科目は取らなければいけないからだ。
そこでハリエットは俺のプロフィールをチェックし“フロアーホッケイ”を選んだ。 
最初にそれを聞いた俺は正直、“アンタ、ナイスや!!”って思ったね。 
ハリエットは俺を見て“You are active!" ってね。
サッカーの経験がある俺にはフロアーホッケイが、スンゴイ楽しかった。
点もとれるMFでやって、その後もお世話になる体育・アウトドアの先生にも誉めてもらって嬉しかったな。 
基本動作やルールを教えてもらっている時もワクワクだったぜ!! 

授業を取りながら、カフェテリアで食事をして、寮の仲間とも上手くいって、順風満帆で始まった俺の学校生活も最初の春休みを迎えようとしていた。
この春休み<SPRING BREAK>が俺に大事な人生経験を与えることになる。


次回は、多分、初めての彼女の話しだけで終わるかな?