俺が返信切手 <ラッテ、ワイオミング編 その5>


KOHさんよーー、落ちがプーチンって、プッ!!
俺、最後まで読まずに次いって、イソッポの書きこみ見て解った。
プーチンって、オチに成り易い名前だな。 俺も子供の名前気を付けよ。
って、先に結婚せいって?
ヒューールリーーー、ヒューーールリーーーー、ララーーーー・・・・。
北風が心にしみるぜ。

じゃ、軽くすべったところで、



スプリングブレイクの後、彼女と大きく近づいた。 
その頃には生活の基盤も出来あがっていて、テコンドーの道場にも通っていた。 
道場は、黒帯で、インストラクター扱いだったから無料。 
学生の俺にはすごく有難かったね。 
アイオワのころには同じ年の年齢が多く居たけど、今度の道場は、マジで子供ばっかり!! 中学生が最年長。 
でも全米4位の子は一人で上手かったけど。 
俺はずっと、この道場に居る間はこの子のスパーリングパートナーとして相手したね。 
中学生とか、高校生の相手ってしんどいぜ。 
何故かと言うと、技術はあるけど、体や精神面が出来てないから、加減が難しい。 
余裕をもてる相手だといいけど、その子は早いから、適度にカウンター取るのが難しかったね。 
だから、はっきり負けたと思うスパーもあったりした。 

この道場に通う間、金曜日+週末を使って、UC Berkeleyのオープントーナメントに出る為、サンフランシスコにこの道場の子達と師範、女のインストラクターと5人で行った。 
前に書いたけど、この道場の師範と合わず、俺はこの道場から、コーディーの道場に移った。 
サンフランシスコで三泊したが、コンディションを上手く整えられず、結果は組み手も型も一回戦敗退。 
俺がやっていた型とは全く違う型を覚えて臨んだけど、ダメだった。 
ここでも俺は優勝候補とやって負け。 
でも、同じウエイトで初めてやって楽しかったね。
Berkeley にはアジア系アメリカ人が凄く多くて、その点では羨ましかったな。 
組み手の相手は技無しだけど、ダブルキックと呼ばれる、左右交互に出る廻し蹴りが両足を地面に付けることなく、腹に何発も同時に
打ち込んで来るから、一回捕まると必ずポイントを奪われた。 
ちょっと悔しかったけど、オリンピックスタイルのテコンドーを少しずつ解り始めた遠征だった。
 
前期が終わる頃、俺に夏休みのバイトの話しが持ちかけられた。 
旅行学科の担任 デニス・ウイリアムス が、学校の卒業生でもある日本人留学生の先輩が夏の間、アラスカでツアーガイドのバイト希望者をさがしているからどうかと聞いてきて、二つ返事で”YES"を出した。 
実は、このワイオミングに来る前のアイオワで、俺はアラスカに凄い興味を持ちはじめ、アラスカの大学に来ようかと思っていた。 
しかし、学費と学科の折り合いが合わずギブアップ。 
何故アラスカかというと、アイオワの学校時代、授業中にアラスカを勉強して、雄大な自然とネイティブアラスカンに興味を抱いたからだ。 
でも、仕事が始まるまで一ヶ月あるから、一度日本に戻ってから行くことにした。 
しかし、馬鹿な俺は、自宅でテコンドーを練習中、左足首を思いっきり捻挫し、足が2倍、2倍(高見山風に)なってしまう程のケガをしたまま
アラスカへ行った。 
どんな所だろ? なんて想像しながらね。

次回,いよいよアラスカ・ストーリーへ