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〜旅行日記〜
(・・・タイからの続き)
2002年5月26日
バンコク時間で朝9時過ぎに着いた。寝てたからよー分からん。「カルカッタですよー」って起こされてタラップを降りた。あれ、他の人は降りないの?他の人はParo(ブータン?)に行くらしい。カルカッタに降り立ったのは俺を入れてたったの4人。1人はインド人、2人は日本人。
荷物チェックは「日本人はGoodだからいいよ」とフリーパス。いいじゃないっすか!「どこに行くの?」と聞かれて話したら、サダルストリートまでの行き方を教えてくれた。フレンドリーな人達だね、インド人って。
空港の外にはタクシーの運ちゃん達が待ち構えていて、日曜日だからバスは休みだよ、なんてコクけど、「なかったらまた戻ってくるよ」と言ってバス停へ(当然バスはあった)。インドのバスには窓がなかった。とりあえず、地下鉄に乗り換えようと思って、ダムダム駅で降りたが、地下鉄は午後2時までないよと言われて、またバスでエスプラナダ駅へ。そこから人に聞いたりしながらパラゴンホテルに辿り着いた。1泊50ルピー。やっぱ旅慣れしたなー最初にインドだったらびびったろうなー
っと思ってたら、びびった!ここはハッパ天国。ヴィエンチャンがそうだとラオスで日本人に教えてもらってたけど(そうでもなかった)、ここは歩いていると普通に売人が寄って来る。知り合いになった日本人女性(普通に吸ってるよって言ってた)とインド人青年の2人づれと晩飯を一緒に食う約束をした。
宿で別な日本人(と思ったけどアメリカ人とのハーフで会話は英語)と話しをしてたら、そいつ目の前で昼間っからハシシやりだした。そういう所なの?インドって。とりあえず話しを続けてたら、インドからパキスタンには行けないぜという。ネパール中国ロシア周りでヨーロッパに行けるというので考えてみる。
夕方6時に昼間の人達と集合。日本人も何人かいた。インド人が大半。お茶とチキンカレーをおごってもらった。インド人っていい人たちだ。それに比べて、昼間の女性は酒の話ししかしてなくて感じ悪かった。
5月27日
朝、9時にデイブ(昨日会ったインド人)と朝食を食べに行った。ガンガーとかを見に行ってカシミール問題とかについて話した。その後、アジュって人の店(オリエンタルって名前の店)に連れてかれて、カシミア等はいらないか、と商売開始。昨日のは伏線だったらしい。
なんとか断ってネパール大使館へ行ってVISAをゲット。1500ルピーだった。
その後、パラゴンすぐ側のジョジョの店ってレストランでメシ(タンドリーチキン、マンゴーラッシー、ナン、計69ルピー)を食ってから、カルカッタの中心、ハウラー駅へ向かう。が、途中で会った自称ギリシャ人(今から思えばどう考えてもインド人)が「4時だからもう開いてないよ、ついてきな」と言ったので、ついていって(かなり胡散臭い)旅行代理店で400ルピーでバラナシ行きの切符を買った。
その後、オリエンタルへ。カシミアは買わなかったけど、皆いい人達。明日はギリシャ人達とサッカーをすると言ったら、デイブが(怪しい奴かもしれんから)ついていってくれると言う。いい人達だ(というか今から思えばコイツらも十分怪しい。インド人はあんま互いを信頼しあってないっぽい)。宿の日本人達もいい人たちだ(男も女も)。カルカッタには日本人の女性が多い。すぐ近くにある、マザーテレサの施設でボランティアをするためだそうだ。
5月28日
昨日は「ギリシャ人」たちに会いにいったが、デイブが付き合うのは止めとけと
言うので、よした。旅行代理店で列車の切符を受け取った。額面が273ルピー
なのに、400は高すぎだろと言うと、50ルピー返して来た。宿に帰って、シャ
ワーを浴びてからオリエンタルへ。みんなにコーラをおごった。そこで聞いたの
だが、チケットはリザベーション(車両、席決め)が必要らしい。駅に行こうとし
たが、切符を買ったところでできるというので、向かった。途中、知らんインド
人に捕まって、50で代行してやるよと言われたが、無視。買ったところに行っ
て、「他の店では30だった」と言って、30でやってもらった。(実はだまされてた。)
駅には、ベルギー人の女の人とタクシーを相乗りして行った。1人40。駅で列車を待っていたら、インド人が話しかけて来た。仏教徒らしい。人生論とかを語ってた。
その後、列車に乗ろうとしたら、席がない!席表のリスト(車両に張り出される)を見たら、俺の番号のところは他の人の名前があった。どうやら、俺の切符はWaiting List31だったらしい。取りあえず列車に乗り込むも、席はなし。便所の脇にリュックを置いて、そこに座ってた。まわりには他のインド人が大勢いたので、このまま夜を越せるかと思ったが、深夜になると皆降りてしまった。
で、警備員登場。お前そんなとこでナニやってんだ!て事になった。事情(旅行代
理店にだまされたらしい事)を説明すると、「100ルピーで席を確保してやる」
と言われた。払ってから、2時間くらいして席をもらえた。が、1時間ほどすると、
今度は車掌が登場。「お前他人の席でナニしてる!」ときた。事情(旅行代理店に
だまされて席がなかったが、警備員に100ルピー払って席を確保した)を説明
すると、「お前、そりゃ警備員にだまされたんだよ。そこは予約席だ。どけ!」
と言われた。で、「じゃぁ俺に100ルピー払え、そしたら席を確保してやる」
と言ってきた(結局払った。さんざんな目にあった。インドの列車のシステム
はいまだによーわからん。金を払ったのに、なぜ席がないんだろう?)。最終的に、
なんとか席は確保できたけど、無駄な出費が多すぎ。
5月29日
午前中にバラナシに着いた。駅のホームで「どこに行くんだ?」と寄って来た馬
鹿は、駅構内のツーリストオフィスを紹介しただけで、「案内料」50ル
ピーを要求してきた。しかも払っちゃった俺も馬鹿すぎ。(20にまけたけど、払う必
要はまったくなかった。そもそも、頼んでないし)
オフィスで、バラナシの市内地図をもらい、街を歩く。途中で、ヘンなインド人
に捕まって、あちこち連れ回される。俺は「シヴァインターナショナル」という
宿に泊まりたかったんだけど、妙にPUJAホテルを勧めて来る。なので、「俺は
PUJAには泊まらないよ。それと、道案内しても、キミにお金は払わないよ」と念
を押しておく。
でも結局、PUJAホテルに連れてかれて、「こんな暑い中、道案内したんだから、
どうぞホンのお気持を」とホザきやがった。アホ!俺が「最初から金は払わんと
言っただろう!」と言って、さっさと行こうとすると(いつのまにか仲間が大勢
集まって来た。覚悟はしてたので、ポケットの中でナイフを用意してた)、日本
語でバーカバーカと言ってきた。ウザ過ぎるので、さっさと立ち去る。
しかたがないので、あちこちブラついた挙げ句、「久美子ハウス」という所に泊
まった。ここはオーナーが日本人の宿で、カルカッタで日本人が勧めてた。宿泊
客は日本人が多い。いい人たち。いい所。朝飯、晩飯込みで一泊80ルピー。安
い。旅の情報収集もできる。
今日は炎天下、2時間以上も歩きまわって一日だった。腕時計を壊してしまった。
5月30日
早朝にガンジス河のボートに乗った(昨日、ドミのみんなと予約した)。火葬場の
近くでは、死体にガンガーの水をかけたりしてた。火葬の灰が水面をプカプカ浮
いてた。(ガンジス河はヒンドゥーの聖地)
昼はずっとホテルでごろごろしてた。居心地がいい。夜はみんなで座談会。旅人
どうし、国際情勢について熱く語り合った。楽しい。南米経験者もいたので、話
しを聞く。
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旅行日記の更新が追い付かない。。。ほどほどに更新していきます。
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