現代社会における教師
奈良裕樹 31/Jul/2003

はじめに
 どのような形であっても「教育」というものには常に、「教える人」と「教わる人」が存在する。学校を基盤として教育を生活手段とする職業的教師の歴史は、近代国家の成立に伴って発達した学校制度とともに始まるが、教える人としての教師は、人間の教育の歴史とともに存在したと言える。このように教師というものはかなり長い歴史をもつが、本レポートでは、特に移り変わりが激しく、なおかつ教育に与える影響を無視し得ない現代の社会と照らし合わせて、新しい教師像というものを模索する。

近代の職業的教師
明治維新以前の日本の教育は、都市部の町人の子供が寺子屋に通って読み書き、そろばんを習うというものが一般であった。これらの技能は商売をする上での必須科目であった。武家や公家の子供は家での教育(家庭教師のようなもの)が中心であり、読み書きはもちろん、儒学などの素養が重んじられた。こうした教育の意義は、町人の場合、一人前の商売人になること、武家の子などの場合は社会身分を堅持するという目的を持っていた。ここでの教師は寺子屋の先生などで、かたちの上では武道における師と弟子というようなものが根底にあった。明治維新後の教育は学校制に移行し、ここで日本における近代の職業的教師というものが登場した。社会は四民平等の世となり、教育の意義は立身出世(主に官吏への登用を目指した)へと変わった。このことは一般庶民の教育熱に火をつけ、教師という職業が重きを得た。教師の社会的地位はもともと士族出身の人が多かったせいもあり、高かった。社会の教師観は聖職者(道徳・教育的)、労働者(経済的)、公務員(法的)、専門職というものであった。

現代日本社会の教師観
 教師という職業は何が正しいか、何が誤っているかを子供たちに指示するイデオロギストとしての側面をもっている。これは昔も今も変わらない事実である。これを端的にあらわした歴史として帝国主義に陥ったかつての日本の教育があった。お国の為という価値観を子供たちに叩き込み、終戦を迎えると、同じ人間が180度正反対の言葉をいった。こうした姿に、教師や大人に対しての不信を抱いた子供が大勢いたという。もっとも、この時代は誰もがイデオロギーを喪失した時代であり、特別に教師だけが社会的に信頼を失ったとはいえない。その後の学校教育現場は戦争での体験を引いて基本的に反戦平和という雰囲気・性格をもっていた。これらは戦後次第に強化され、新たな主張となった。こうした「学校」という場が持つイデオロギーが社会に対して噴出した一つ形が安保闘争やそれら一連の学生運動であった。これらが国家の力によって押さえつけられた結果、(反戦平和という基本性格を失ってはいないが)学生、さらに学校教育現場はノンポリ化した。すなわち、再びイデオロギーが喪失、とまではいかないまでも減少した。私個人の考えではあるが、現代の一部教師の教育に対する熱意が低下している原因の一つがここにある。教師はイデオロギストとしての側面を減少し、単にものを教える者、受験で勝ち抜かせるための職業となった。教師を職業として目指す者にとっては公務員としての安定した職ということより大きな意味合いを取り得なくなってきた。これら一連が教師および学生の熱意の低下を招いたと私は考える。
 結論として、権威確信のある聖職者としての教師から、悩み、迷う人間としての教師に現代の教師像が移り変わったことが現代社会の教師に対する信頼の失墜を招いたと考える。これは学級の支配者としての教師から子供たちの仲間としての教師への変異という実質的な教師の在り方のみならず、教師各人の描く自画像の変化が根底にあるだろう。

新しい教師像とは
 上記のような変化について一体どのような新しい教師像が描けようか。そもそも問題点は何なのか。まず問題点として教師の信頼が失墜することは子供たちの善悪を判断する力の喪失を招くという点を挙げる。価値観の多様化と個性の時代に何が正しいか、何が誤っているかを確信をもって教える事は容易ではなくなっている。教師も迷うだろうが教わる側はなおさらである。子供たち、若者たちのモラルハザードは、もちろん教師だけの責任ではないし、先に述べたような事はそのまま現代の「親」にも言える。最初に述べたように教える人と教わる人がいて教育が行われる以上、親も広い意味で教師であるからである。
 では教師はどうあるべきなのか。私見ではあるが、個々の教師が確固たる信条をもつことが必要であると考える。それは一般人に対してもそうである以上に、「教育のプロ」としての確信である。人間である以上教師にも間違いはある。しかしながら「教育のプロ」として努力をし、熱意をそそぐ事はできる筈である。教師を仕事に選んだ以上、それは仕事や労働ではなく、「聖職」であるべきである。 以上


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