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日本学研究室
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日の丸漂流通信 その3
創刊/2/3/4
[ 日 の 丸 漂 泊 ] 通 信 第3号 2000.5.12
□日の丸ACTIVITY・・・・・・・・・・・・・・・・
目に青葉?といった新緑の候です。いかがお過ごしですか。
前号でお知らせしましたように、二枚の日の丸の帰還 すべき地はみつかりました。この[日の丸漂泊]通信の役目も早々と終えそうです。根が不精な質なので、せめて五号く
らいは出そうと思っていましたが、数えてみるとそのくらいは出せそうです。残されているのは、福井県三方郡の常田
さん宅と東大阪市の山村さんの遺族宅の訪問記です。この二つの記事を載せれば、終刊を迎えられそうです。
今回は 、『読売新聞』3月11日夕刊(東京版)に掲載された川村の記事を読まれた、東京都 大田区の井上さんの手紙の一部を掲載します。井上さんに常田さんの電話番号を知らせていただいて、大きな手がかりと
なりました。感謝いたします。
「戦死者をめぐっては、それぞれがさまざまな状況のなかでじつに多様な思いをいだいているのこ とを思い知らされました。それはまた、他国でもまったく同じだと思うと、?戦死者とは誰か?といった問いがあ
らためて浮かび上がってきて、?殺す/殺される?という構図はそんなに単純ではないと考えさせられます。」
つぎに、秋田大の真鍋祐子さんから送っていただいた新聞記事を紹介します。アメリカで漂泊し ていた日の丸の記事です。東北出身のせいか、「東北出身日本兵を捜す」という見出しに、なにやらひかれてし
まいました。
この日の丸の寄せ書きにあるという「東北男児の意気」、このような言葉がかつて真剣に 叫ばれたのだろうが、「東北」にはどのようなイメージや意味合いが篭められていたか、尋ねてみたい気がします。
やはり、辛抱強く貧しさに耐えるとか、質実剛健とか、白虎隊の玉砕とかいったイメージであろうか。「九州男児」はあ ったが、他の地域はどうだったのだろうか。ローカリズム(郷党意識)を立ち上げて、なんとかナショナリズムを持
ちこたえさせたのだろうか。それはともかく、?日の丸?の持ち主の遺族を捜しているという大脇さん、このような人もい
るのだと感じ入ってしまいました。 (川村邦光)
◇井上さんからの通信・・・・・・・・・・・・・・・・
(前略)必ずお手もとに国旗が届くものと信じ神様に念じています。あの記事を読んでいる時、フト知人に常田さんがいる 事に気付いて、TELで聞いて見ようと思った時、TELが鳴り、それが常田さんだったのです。ご主人が余り同姓がないと云っていたけれど、
りはありませんとのご返事でした。息子がトラベルの打合せで帰って来たので話しましたら、パソコンソフトに入力して呉れ、あったよ、 と返事して呉れる迄、私はずっとパソコンデスクの前に立っていました。あったよ、と云われた時、涙が止まりませんでした。それに
は私なりの思いが有り、何とか祈るような気持だったのです。
家の義父は昭和十七年に造船の仕事でボルネオ・ポンチャナグに軍属で 出て、百名程と一緒に行きまして、一名だけ戦死したそうで、帰る船の中で米兵に命ぜられるまゝ、骨と所持品を捨て、骨一片を持って届け
て頂きました。其の時、義母に帯留を買って、土産にといつも持っていたそうですが、それも船の中から捨てたそうで、伝え聞いて「たった 一つの形見なのに」と云っていました。父はそして母はたった一つの形見でどんな思いであっと思うのです。昭和二十年六月二十七日
戦
死 四九歳(中略)今は只皆様の願い祈りが通じますようにひたすら念じておりましょう。(後略)
◇[東北出身日本兵を捜す]『毎日新聞』(秋田版)4月4日付・・・・・・・・・・
「日章旗を遺族に返したい 名古屋の会社員」
東北出身の日本兵が戦中に所持していたとみられる日章旗を名古屋市 の会社員が米国で見つけ、遺族に返したいと東北各県に問い合せている。情報を求めているのは名古屋市緑区の会社員、大脇博
さん(43)。日章旗はミシガン州の現地法人に勤務中の一昨年1月に町の古美術品店で見つけた。縦40?、横70?で「日の丸」の周りに「 武運長久」「為丹治藤二君」の文字とともに、「東北男児の意気」「兄を祈る 美代子」「盡忠 丹治まつ」など、家族らが書いた
とみられる寄せ書きがある。米国の古美術品店では、こうした戦中の遺品が多く売られており、大脇さんは、「遺族に返して上げたい」と 、この日章旗を含め5枚を買い取った。うち2枚は東京都と千葉県の遺族に、1枚は名古屋市に寄贈したが、残る1枚がまだ手元に残ったま
まという。
問い合わせを受けた県国保援護課は、戦時中の軍人の「本籍地名簿」「留守名簿」などを調べたが、秋田 県関係者では該当者はなかった。ただ敗戦の混乱や県庁の火災などで資料は十分でないという。大脇さんは「わずかな情報でも」と、提供を
呼びかけている。
□日の丸 FIELDWORK ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◇日の丸の様相から ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて私(たち)の手元から日の丸が間もなく旅立っていくことになると思われ るので、二枚の日の丸の現状、そこに記された名前などについ て、子細に記して検討し、日の丸漂流の経過をやや憶測も交えつつ、想像してみよう。【「常田克治君」日の丸】 この日の丸がどのような経
緯で畑中さんの父親のもとに渡ったのかについて、創刊号では記さなかったことが多くある。畑中さんの父親の手紙を私が預かったのだが、研究室を きわめて乱雑にしているため、探しだせなかったからである。この手紙によると、つぎの通りである。
英国陸軍の軍曹であった、Sindy Charles Petersが1946年にインパールから持ち帰ったらしい。この人は最近亡く なったとのことであるが、生前に友人のRobin
Clarke氏にこの?日の丸?を日本に返還することを託した。Clarke氏は畑中さんの父親
の勤めている会社の社員の遠い親戚になるという。
畑中さんの父親は「ミャンマー近辺の戦争の歴史からすると、英国人は日本の軍人に強い恨みを持っているはずであるが、50年以上 も持っておられたという事実から推測すると、その英国人にとって厚い友情の印が何か、良い意味で大事なものであったのかも知れない。いず
れにしろ、本人の意志を尊重し、何とか持ち主または身内の方に返還してあげたい」と、手紙に記している。
上部中央に大きく「必勝 」、右脇にやや大きく「祈武運長久 保證/責任兵庫縣漁業組合聯合会」、そのわきに「常田克治君」とある。その下に、「兵庫縣漁業組合聯合会」
の関係者と思われる人の名が4名横に並べら、それが4行つづいて、合わせて、16名である。寄せ書きは全部で65名ほど、そのうち女性は9 名である。「常田克治」さんと何らかの親戚関係にあると思われる「常田」姓の者は、5名の名前が記されている。「常田勲」「常田貫次郎」
「常田正美」「常田盛之」「常田正八郎」である。
保存状態はややよいが、布地が老け、糸がほつれて、裂けている箇所が上部などにいくつかある。「常田克治君」の「克治」の所の損傷が ややひどく、名を判読するが困難であった。また、右半分の所には、薄茶色に変色した部分が広がっている。「兵庫縣漁業組合聯合会」と「常田克
治君」とある所はかなり大きな染みになっている。
これは戦死した時に流れた血の痕ではでいかと推測し、戦死したものと考えたのである。
しかし、前号に記しておいたように、それは間違っていた。靖国神社では、「御祭神」として祭られていなかったのである。
とはいいながらも、それは血痕だと思われる。「常田克治」は激戦のインパール作戦での戦闘のなかで負傷し、あるいは凄絶な餓えのなかでの撤
退の途次で、捕虜になったのではなかろうか。もし無事生還しているなら、英国兵士の手に渡ることはないだろう。英国兵士は捕虜となった 「常田克治」さんからもらったのだろうか。あるいは、「常田克治」さんが捕虜となり、所持品を預けた、あるいは没収された際に、英国兵士が
戦争の記念として、取得したのではなかろうか。
こんなところが英国兵士が「常田克治」さんの日の丸を手に入れた経緯につい
ての憶測である。この英国兵士は丁寧に折り畳んで保管していたことは一目瞭然である。
しかし、4月に電話
をした時には、このような話はなかった。私のまったくの憶測にすぎないかもしれないが、5月に訪問する際、尋ねてみたいと思っている。
【「山村武雄君」日の丸】 上部中央に大きく「祈武運長久」、右脇にやや同じ大きさで「祝出征」、その隣に「山村武雄君」と記 されている。ここには、92名ほどにもおよぶ寄せ書きがある。女性は2名くらいしか見当たらない。「山村」姓の者はどうしたことか、
ひとりも記されていない。いくつか大きく名前の記されているものをあげておこう。「福井賢次」「奥村栄造」「神崎勝易」「鈴木長利」
「渡辺豊次郎」、そして「張切れ友よ」と記している「上山正利」。
この日の丸でややミステリアスなのは「祝出征」と「山村武雄君」の間の隙間に、女性の名前が記されていることである。それも2 名のうちのひとりの女性である。不謹慎な言い方になるかもしれないが、あたかも「山村武雄」にひっそりと寄り添うかのように、脇
に小さく姓名が丁寧に記されている。婚約者、あるいは恋人だったのだろうかと想像される。
この日の丸は上部中央の「祈武
運長久」の「運」の所の糸がほつれて裂けている。それ以外は、じつに驚くほど真新しい。布地はいまでも白く、日の丸の赤は
きわめて鮮やかなのである。「山村武雄」の戦死はどのようであったのか、この日の丸からは想像できない。(川村邦光)
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