■ Septembre Settembre September
「Mother of Earl」「be alive」「One for Helen」「les alchimistes」「刹那主義」「闘う男の断片」「BAD COMPANY」「どうにかして土曜日」「加藤ママのおはロック」「IF YOU LOVE ME」「Solid Swing」「二つの手のように」「秋野菜」「ヘンリーX世」「月の船」「Biggest Part Of Me」「I Wish You Love」「メビウス」「Hang Up Your Hang Ups」「1st MAN WALKING」「Two Vibrations」「水の音楽」Round Midnight「青春」「Amazonas」「I WISH」「Summer Soft」「wonderful fish」「TIME STOP」「Let's Go!」


9/30/Samedi  「Mother of Earl」played by Bill Evans

 昨日のこと。ヒゲ号でF田ふくすけ氏と学習者Kさんとよみかき教室。H先生の理科の授業。おもりを使った振り子の授業。おもりの重さや使う糸の長さや降り幅などをかえてふりことの関係を実験する。すげーおもしろかった。あまりうまくいってないんではと思ったら、小学生ではなかなか授業にならないんだそうだ。おもりは飛んでいったりして。「先生おもりがとんでいきました」「ちがうやろとばしたんやろ」うーん大変そう。行き帰りに電飾された観覧車がみえる。きれい。
 車内ではおれの編集したエンドレス「刹那主義」。ヒゲとふくすけ氏が車やPCの機種の話をしている。全然わからん。わからんのは多分興味がないから。車もPCも服も時計も楽器の種類もしらない。あまり興味がない。金がないというのが大きいけど金があっても多分興味がない。今までもそうだった。時計なんて人からもらったものしかしたことがない。眼鏡は買いかえろとみなさんに好評だ。さすがにこれは自分でも見づらく雨の日の夜など線が全然見えないからほんとやばいなーとは思っている。服だって「あんたもっとちゃんとして」とかよくいわれた。どうも人並み以上にそーゆーことを知らないし興味がないようだ。音楽やってるがどこのどの機種がいいとか興味がない。多分よくないんだろうなー。なんでもできる人・なんにでも興味ある人という人もいるしいた。すごいなーと思う。


9/29/Vendredi  「be alive」小柳ゆき(うーんねたぎれ?)

 『広辞苑』シリーズ。ちょっと前に話題になったお題目について。お題目とは「1:法華教の題目を丁寧にいう語。2:口先で唱えるだけで実行できそうもない項目」とのこと。たとえば「すべての人に基本的かつ普遍的に生活を保障する」これはお題目だと思う。実行できそうもないかどうかはちょっと考える余地があるが、これは「そうなるべきである」という以上のことをいっているだろうか?そうならないほうがいいわけでは勿論なく、そうなったほうがいいと思うが、ならいってしまえばいいかというとそういうわけにもいかなくて。でも、こういうことで何かいったつもりになるというのは危ないと思う。いいっぱなしとかそういうのが怖い。大事じゃないんじゃなくて大事なんだけど多分その程度の大事さなのだ、と考えるようにしている。いろいろいうことは大事だ、同時にいったあとどうするのか?これも同じくらい大事なのだ、あたりまえだけど。

 『広辞苑』シリーズ。おとなげないとは「大人らしくない。子供っぽい。思慮のある人らしくない。」という意。子供っぽいというのは禁句なのになー(え?)。で「子供っぽい」をひいてみる。「(子供でないのに)子供じみている。幼稚である。」バブゥーぴったりだ。このページもいつのまにか開設1ヵ月たってました。お祝いのメッセージが1通もきていません。ですから自分で自分を褒めてあげたいと思います。このごろメインのヘコみネタが少ないのですが、このページを作りだしてからそもそもヘコむ回数が減ったのかもしれません。いかん!もっとちゃんとヘコむようにします。雑然(系)でずっといくと思いますがこれからもよろしくお願いいたします。


9/28/Jeudi  「One for Helen」Bill Evans

 勉強会をすっぽかしたヒゲと遭遇。ヘコみたければ勝手にヘコみたまえ。自分がダメレンジャーのダメレッドなのかへたレンジャーのへたレッドなのかそんなことばっかり考えて何になるんか?

 以前自己紹介がてら自分の好きなことを書いてみた。今回は自分の嫌いなことを書いてみたい(お怒りモード:不愉快な気分になることが予想されますので自分の感情のコントロールのできる18歳以上の方だけお読みください)。なにしろ〈ばか〉が嫌いである。そう図書館でべらべらべらべら喋くりまくるおまえらだよおまえら(女2+男1)!なんつーかウルサイよ。ひそひそ話が一番ウルサイんだよ。男のひそひそ声なんておぞましくて聞きたくもないんだよ。頼むからどっかいってくれ!必死こいて勉強(のフリ)してるやつもいるんだよ。そして図書館内で携帯ではなす〈ばか〉!「今図書館の中やけん…」それがウルサイんだよ〈ばか〉!そう、ウルサイ〈ばか〉は嫌いだ!適切な一単語で表現すると「しゃーしい」んだ。で、しゃーしいやつは嫌いなんだ。バカは好きだけど〈ばか〉は嫌いなんだよ!勿論勉強ができない=ばかだというのではない。念のため『広辞苑』で調べる。「おろかなこと。社会的常識に欠けていること。また、その人。愚。愚人。あほう。」とある。「あほう」も調べる(見出し語として「あほ」はない)。「愚かであるさま。ばかなこと。また、そのような人。あほ。」ばかもあほも互換的に使える感じはする。まーどっちでもいいや〈ばか〉は嫌いだ。分別がないやつが〈ばか〉なのだ。そーゆー〈ばか〉に馬鹿っていうやつがバカなんだよ!うん?なんかわけがわからんくなってきたな。とにかく短気です。

 rough laugh がテレビに出てた。西沢サトシ(1976生まれ)と奈都(1970生れ)のふたりぐみ。以前ジャズギターを習っていたとのこと。納得。いっときヘコんでいたそうだ。それにしてもこのくみあわせ。なんというかうらやましい。相変わらず「刹那主義」がまわってる。

 今日の青春学校はなにやら疲れました。


9/27/Mercredi  「les alchimistes」clementine

 浜崎あゆみと倉木麻衣と鈴木あみと松田聖子&郷ひろみのことTVでやってた。全然わからん。メロディは勿論よくないが歌詞にも全然共感できない。このごろの女性歌手はうたがうまいといわれるがそうだろうか?押しつけがましいビブラートになど何の意味もない。声域が6オクターブありますとかいうけどそれも疑問。大体高音域がでればうたがウマいということになるのがわからん。低音域の魅力とかは今のうたではほとんど知られてないように思う。Bossa では低ーい男性の声でうたったりするけど。あれがなんかカッコいいんだよなー。で今日のタイトル。この前「I Wish You Love」のところで書いたけど、deodato と Kevin Jasper。このふたりは clementine のアルバム『ils et elle』で共同作業をおこなっている。でこのアルバムの中で一番かっこいいなーと思っていた曲。歌詞をみてみると影響をうけてきた音楽家(錬金術師)たちに感謝するという内容。Joao Gilberto Charlie Parker Stevie Wonder などなど。そんでもってこの前の小野リサ。ちょっとこのふたりぐみからは今目が離せない。「刹那主義」もそうだけどいい音楽がなかったらやってられないなー。それにしてもいいお天気。


9/26/Mardi  「刹那主義」rough laugh

はホント久々のヒット。4beatっぽいピアノのバッキング導入もカッコいい。歌詞カードみてないからわからんけど腐ったらダメよって歌ってるみたい。秋の歌じゃないみたいだけどジャンプした感じもホントかっこいい。それに今日のこのいい天気。こんな日にぶらりんこせずにいつするんじゃとゆーぐらいいい天気。そしてこの曲がずーっと頭の中でまわってた。このあいだ買った鷲田清一を読む。


「じぶんらしさ」などというものを求めてみんなはじぶんのなかを探しまくるのだが、実際わたしたちの内部にそんなものあるはずがない。もしそのようなものが潜んでいるなら、そもそもそういう問いに囚われることもないはずだ。
 鷲田清一『じぶん この不思議な存在』講談社現代新書1996(145―146ページ)

で、そのかわりに「じぶんはだれにとってかけがえのないひとでありうるか」を考えろ!ということらしい。鷲田さんはボランティア行為についても述べてるけど《他者の他者》として・他者にとって意味のある他者となりえているかということ・それが「じぶんというものを感じられるかどうかを決める」という(146ページ)。他の誰かでもいいようなわたしということではなくて、他の誰でもないわたしがその時感じられる。「誰かに必要とされる」感覚なんていい古されたことばのようにも思えるけど、ボランティア感覚としてはそうかもしれない。4年も続けとるけど「あんたじゃなくてもいいよ」なんていわれようものなら即刻やめてしまうだろう。「あんたじゃないとだめよ」といってくれるか・いわれなくても自分がそう思いこんでいれば続けられるように思う。そういう意味ではうぬぼれは不要どころか大必要なのかもしれない。関係一般にひろげては悪いかもしれないが「あなたじゃなくてもいいのよ」と「あなたでないとだめ」では落差が結構あるのかも。でもずっと「あなたでないとだめ」なんていわれたらうっとうしくなるかな?あーあきれいな夕日がおちていく。ぶらりんこしたいなー。


9/25/Lundi  「闘う男の断片」coba

悩めるあなた(あるいはヒゲ)とわたしのために

 人を動かすのは「意義」である。自分が社会学だと思うものが社会学なのだ。社会学とは何かという問いを放棄しようというのではない。何でも社会学だと言い放っていいというのではない。自分の信ずる学の道をとればよい。でも、学の前にあるのはやはり意義とか疑問とか問いとかであるように思う。その自分の疑問を今現在ある学問がといてくれることを期待するほうがダメなのだろう。解決できるのならそれは問いですらない。だから問いつづける人々にとって既存の学問とはつねに不足であるはずだ。自分のたてた問いがやむにやまれぬほどに問うことを要請しつづけるのならばそれが何学であれ問うことを(やむにやまれぬのだから)つづけざるをえない。
 消極的に発せられる「それは何学であるか」とか「それは何学ではない」という類のことばとは、大抵の場合、既得の権益をまもりたいだけの・他人に自分のテリトリーにはいられたくないだけの・すでに問うことの必然性をうしなった人々の排除のことばでしかない。あるいは端的にその問うところを理解できないだけなのだ。そういう人々は、なぜそのような問いをたてなければならないのか、ということの必然性を理解することができない。また、「なぜそのような問いをたてねばならなかったか」ということをはじめから理解しようともしない人々は、問いを共有しようということをはじめから放棄している。そういう人々はそのような問いに近づくべきではないと思う。問いを共有する(あるいはその動機まで共有するかもしれない)ことを放棄して「何学ではない」というのは、ただ単に人間として非常に失礼なだけだと思う。もちろん、永井均的にひとりであっても考えつづけることは、なにより当人にとって意義のあることであろうけれども、最先端をいく人々は、問いの共有化までも自らの課題とせざるをえない。逆にいえば、問いの最前線をいくことがない人々の問いに(それは問いだろうか?)、あなたは・わたしは新鮮な驚きと興味をもって接近しようとするだろうか?自らの問いをもつことがない人々は、先学ののこした遺産を、まさに「遺産」として・陳列された蒐集品として・すなわち死んでしまったものとして見るだろう。それは「お勉強」ではあっても「勉強」ではないし、大哲学者や社会学者に、自分のかわりに考えてもらうということであって、それ以上のことでは決してない。

 などとらしくないことを書いてしまった。佐藤タイジとスガシカオが対談!ふたりとも馬鹿話ばっかし。そこがカッコいいんだけど。タイジはなぜか「ミュージシャンほどだらしのないやつはいない」と力説していた。『あいのり』みてしまう。元商社マンでも帰国子女でも恋愛下手というのはいるんだなーと新発見。そんなのあたりまえやん!そんなことも知らんのかというあなた。そうなんです!そんなこともわからないこのわたし。小谷野敦によれば「恋愛は誰にでもできる、という『嘘』が、恋愛のできない者を焦慮に追い立て」るのだそうです(『もてない男』194ページ)。たまにはダメ話もしないと誰にも読まれなくなってしまう……。


9/24/Dimanche  「BAD COMPANY」rough laugh

 F田ふくすけ氏に借りた rough laugh の CD なかなかよい。よい天気。『八月のクリスマス』結局しまいまで見ず。映画に関して語りうる語彙をもちあわせないおれには何といってよいかわからず。なっちのトークは相変わらずいけてない。飯田圭織は一時期のあのブレイクぶりに比べれば今はすごいひっこみ具合。後藤真希は相変わらず意味不明。辻希美と加護亜依の小学生トーク爆烈。中澤ねーさんと保田圭に期待するしかない。…とこんなモー娘話でもしないとらしくないらしい。ぶらりんこしてもいいなどというメールが届いたりして自分でも驚く(しかも女性)。また、そんなにヘコんでないんじゃないですか、などと焦るようなツッコミも……。これはあれですね、「だめ連」実はだめじゃない説と同型の批判の仕方ですかね。でもいろいろ反応があってありがたいことです。掲示板にも書きこんでいただけるとホントにありがたいです。今ちょっと話題かためかもしれませんが、硬軟入りまじって、またしょーへーに直接は関係ないことでも盛りあがっていただいて結構です。即レスには今しばらく時間がかかりますがチェックはしていますのでどうぞよろしくお願いいたします。日記上ではしばらくらしくない話をするかもしれません。セルフへこみファンの皆様にはしばしお待ちをいただきたいと思います。


9/23/Samedi  「どうにかして土曜日」モーニング娘。

 フレイレ勉強会。内容面については特段いうことなし。ことばに呪縛されている自分てことも少しはわかってるつもりだ、それが自分で自分の首を絞めることになっているということも。それでも今は耳ざわりのいいことばもわかりやすいことばもいらない。それとは別に、そーゆーこといっていいのかなーと思うことはあった(おれに対する言明)。経験から話しをすることは大事だと思う、空理空論よりよっぽどマシだ。でもすくなくとも(フッサールが出てきてもこなくても)あなたにもわたしにも自分の経験を一般化したりましてや普遍化したりはできないはずだ。あなたの経験だったり体験だったりが大事だということはわかる(つもり)。でもだからといってそこからわたしの生を裁断はできないはずだしそんな権利も根拠もない。わたしはあなたよりももしかしたら立派だったり他の人では経験できないような体験をしたりしているかもしれない、だからといってわたしがあなたの生を切り縮めていいはずがないのだ。わたしやあなたの経験だったり体験が何かの・誰かの役にたつことはあるかもしれないけれども、それはあなたやわたしの生をみじめなものにさせるものではあってはならないはずだ。そもそも比較不可能なものが比較という土俵にのせられているような。世界がそれぞれの人にとってそれぞれに開かれているというのが今日の話しのポイントのひとつではあったように思うんだけど。あなたの大事な・誰にも渡せないような大切な体験や経験は、わたしにとっては「その程度の大事さ」しかないかもしれない、と考えることが大事なのだと思う。いずれにしても自分のことばがいかに伝わらないかということは身にしみた。なかまうちのことばが通ずる範囲でなーなーでやっていては駄目なんだと気づかせてくれた、そういう意味で感謝すべき勉強会であった。


9/22/Vendredi  「加藤ママのおはロック」加藤ママ

 雨が降ったり雷がなったりしてます。ヒゲとF田ふくすけ氏を乗せてよみかき教室。途中アイスを食う。しかもこぼす。アイスもまともに食べれないおとこしょーへー。学習者Kさんを拾う。開かずの踏切(約10分)。帰りKさん宅で焼肉キムチなどご馳走になる。調子にのって3人で橋をわたり山を登り夜景をみる。予想以上にふくすけ氏のお気に召したよう。いわく「いいとこっすねー」この雰囲気に酔ったのかふくすけ氏の予備校時代の淡いおもいでをきく。いいなーバブゥーバブゥー。


9/21/Jeudi  「IF YOU LOVE ME」SAKURA

 なんだか今日はだらりんこ。母は韓国旅行に出かけたので土曜までみーことふたり。みーことはうちの超かわいい猫です。どこでも自分のうちの動物は可愛くみえるものらしいけどホントにうちのみーこは可愛い。去年6月ぐらいから住みだした。かつおぶしといりこをご飯にまぜてあげる。キャットフードとかは一切やらない。
 青春学校。学習者の何人かが演奏会をみにきてくれてその話。ステージ上からも結構みえたりする。手を振ってくれていたのが見えたのでこちらも自信なさげに振りかえす。帰りにみなさんでご飯を屋外で食べたそうで「楽しかった」とのこと。お客さんが喜んでくれるということは単純に嬉しい。あの拍手がなかったならこんなに長くは続けていなかっただろう。行き帰り kochan 氏運転の車。まーいろいろ話す。彼はおれに青春学校批判を書いてほしいらしいがちょっとまって。以前ヒゲにいわれたことがいつまでもひっかかっている。「ホントに欲しいものなら手段を選ばないはずだ」と。そうかなるほどなーとその直後は思ったのだが。ふたつに解釈できる。欲しがったものを現時点で手にいれてないということはそこまで必死で欲しいものではなかったんだ、ということ。もうひとつ、とるべきあらゆる手段をとらなかった、だからあなたは現時点であれだけ願ったものを手にしていないんだ、ということ。考えてみればいずれも「現時点で手にいれたかどうか」という点から述べられている。つまり手にしていればその人のとった手段やそれを望んだ強さが正当化されるしくみになっている。手にしていないものは手段が悪かったのかそもそもそんなに強く手にいれたいとは願っていなかったというわけだ。で、これはおかしい。経験にてらしてもいつでも望んだものが手にはいってきたわけじゃないし、「そうかやっぱーだめなんだなー」と思うものが多かったりしてきた。特にモノが欲しいわけではないおれにとっては強く望むものは他者の心だったりするんだけど、それこそ自分の思いどおりになったことなんて多分一度もない。kochan 氏にいわせればそもそもヒゲのことばを真面目に受けとりすぎてるんでは?とのこと。うーんそうかも。
 おわかりかとは思いますが、日付横のタイトルはなんとなく聴きたくなったりおすすめしたい曲のタイトルです。で SAKURA「IF YOU LOVE ME」。まんま Original Love。まーキハラ龍太郎プロデュースなのでそうなるか。もう今までみたいな恋はしたくない本気で私が必要なの?という歌。おれが今そんな状態なのか?ということではありません、ホント久しぶりに聴きたくなっただけなんです。


9/20/Mercredi  「Solid Swing」Casiopea

 久々に電車に乗った。海沿いを走るこの電車に乗るだけでほんとに気もちがよい。釜山から先生がおふたりいらっしゃってこちらのメンバーと検討会&お食事会。ホルモンの串焼きがうまかった。師匠は学生間の交流がもっと盛んになればとおっしゃっていた。後輩F君と語りながら歩く。社会学という学は問題をとらえきれているのか?自分のフィールドがない研究に何の意味があるのか?閉じた社会にずっといるのはおかしなことだ、とどまるためにとどまるための理由を見つけるようなことはしたくない。彼にもいろいろ悩みがあるようだ。久しぶりにいろんな人と会ったり喋ったりした。とにかく書くこと、それから考えること。気にかけてもらい心配も期待もされていることを感じる。
 「Solid Swing」は月曜日まで練習していたむっちゃはやいテンポの曲。
本日購入した本(金がありあまってしょうがない!のではありません!!)
 島田とみ子『年金入門 新版』岩波新書1995(700円)
 橘木俊詔『日本の経済格差』岩波新書1998(660円)
 片桐雅隆『自己と「語り」の社会学 構築主義的展開』世界思想社2000(2300円)


9/19/Mardi  「二つの手のように」再考(最高?)

 今日は全然気がのらなくて。喫茶部でカツカレーセット(500円)。演奏会おわった直後の練習。久々にのんびりした練習でこういうのもいいなと思う。でもおれは全然できてなかった、ちょいスランプ気味。図書館で小説などというものを読んでしまう(題名は書けません)。スカ(音楽でなく)。自分の書くものはきっとこれ以上におもしろくないのだろう。人のいいところは探せないうえに自分のは書けない。焦る。ちょっと目を休めようと外に出るとかなり美しい夕焼け。そして少し肌寒いこの感じ。いい季節。ちょうど教育実習のころを思いだす。あの頃は(も?)もうなんかどうでもよくなっていて、それ以来今までもずっとそのまんまで来てるんだけど、やらねばならないことが目前に迫っていて、でもそれに対して完全に意欲を失っていて、という状態。この季節はいつもそんな感じがよみがえってくる。いつも思うのだが、一日の中にもし区切りがあるのなら自分にとっては夕焼けの時間で、そこまでを充実させて過ごすことができればOK。でもそんなことホントここ何年かないことだ。余裕をもって夕焼けを眺めて一日を終えたいなーバブゥー。やることやってしまって自分の好きな人と夕焼け見れたらいいなーバブゥー。田島貴男は「二つの手のように」の中で夕焼けのことを「オレンジ色したセルロイド」と歌っている。飾らない感じがして好きだ。
 本日購入した本
 金子勇『高齢社会・何がどう変わるか』講談社現代新書1995(150円)
 天野郁夫『学歴の社会史 教育と日本の近代』新潮選書1992(500円)


9/18/Lundi  「秋野菜」高橋ひろ

 あー相変わらず本の意味がわかってない。それにしてもいい天気。秋空か。半袖では夜はもう寒い。高校時代の同級生(女子)から電話。11月には結婚して東京にいってしまう。今年の夏はみんなで集まらなかったの?と。もしかしたら期待してくれていたのかもと思い残念。夏と秋の境目なんてそんな難しいことわたしにゃーわかりませんが、勝手に今日から秋とさせていただきます。で高橋ひろ「秋野菜」さよならの歌です。


9/17/Dimanche  「ヘンリーX世」

 ヒジョーによい天気。演奏会のため9時から20時まで一日が消える。普段練習中ほとんど誰とも話さないが今日は若い後輩たちとちょこっと話す。見にきてくださったかたがたどうもありがとうございました。帰って爆睡。おれのこのバンドとのかかわりかたもだいぶ変わってきた。


9/16/Samedi  「月の船」池田聡

 韓国の旅の事後学習会。結構反省のことばがきかれたのは意外だった。たしかに日本が朝鮮半島の人々にしてきたことを直に見ることが旅の目的だからヘビーになるのは目的にてらしても当然の帰結ではある。だからといってそれを観光で中和するとなるとちょっと違うと思うわけで。思うにそういうヘビーなことを何も自分ひとりの責任としてしょいこむことはない。それを心のどこかにおきながら、それでも今現在を生きるしかない自分に何ができるか、何かできなくてもそのことについて考えながら生きる、そういうことしかできないのではないかと思う。行動できる人は行動すればよい。行動できない人はだからといって自分を責めることはない。
 それにしても一番運転しづらい状況がわかった。トンネル出た直後の西日(夕日)の天気雨。これは運転状況としては最悪だと思う。練習後チケットをわたすためヒゲ宅へ。よりによってヒゲと夜のぶらりんこ。非常に美しい月がでている。何年か前まではこんな月の夜に月見につきあってくれる友だちもいて、酒とだんごを買って砂浜で月見をしたものだ。今はなんでヒゲと……。で月の歌っていっぱいあるけどとりあえず「月の船」。いずし君のぶらりんこも十分羨ましい。


9/15/Vendredi  「Biggest Part Of Me」Take6

 先輩と話し。自分のことばを紡ぎだすにはやはり書くしかないとのこと。納得。あるいは発展性を感じさせるものでなくては、とも。車の中で Biggest Part Of Me が流れる。Take6 の歌で知ったこの曲はアンブロージアが1980年に全米で第3位までヒットさせた曲とのこと。そのアンブロージアの元歌を聴いたわけだがやはり自分には Take6 のもののほうがしっくりくる。小野リサのもそうだが、カバー曲のよさは埋もれている名曲にもう一度光をあててくれることだ。今はちょっとことばたらず。またあらためて。ヘビーな時にこの曲はいい。いやーそれにしても図書館はうるさい学生が多くて呆れます。


9/14/Jeudi  「I Wish You Love」最近の音楽 04

 で昨日たまたまCD見てたら小野リサのアルバム。なんと deodato プロデュースと書いてあるではないか!これは買わないかんでしょーということで購入しちゃいました。よすぎる。アルバム『pretty world』。超有名曲ばっかし。すちーびーの曲も2曲おさめられている。なんてったって deodato と Kevin Jasper が組んでるんだもんなー。なんでこんなに興奮するのか?その理由は近いうちに必ずまとめます。おわかりの人にはもうおわかりでしょうが clementine です。で「I Wish You Love」はライナーノーツによればフランスの曲でジョアン・ジルベルトも歌っているとのこと。まず歌詞が美しい。そしてなんといっても中間部フルートの二重奏が美しい。この間今年夏のおすすめアルバムがあまりないとゆーよーなことを書いてしまいましたが不覚でした。これはほんとにいい。はやく聴いておくべきだった。一時はまるでしょう。いずれくわしく報告します。
 元木健・内山一雄『識字運動とは』(100円)
 斎藤環『社会的ひきこもり』PHP新書 1998(350円)
 鷲田清一『じぶん この不思議な存在』講談社現代新書 1996(100円)
 以上本日購入した本。全部書き込みもされてないまっさらなもの。こんなことでも幸せを感じることができるのか、こんなことでしか幸せを感じることができないのか?今日の青春学校では習字をしました。「恋」という字が「変」になったり。今日はほんと小野リサの新譜を入手したというだけで久々興奮してしまいました。こんな強力アイテムを手にいれたので久々のひとりドライブでも行きたい気分ですがやることやってからにします。もちろん一緒に行ってくれるという奇特な方も大歓迎です。こげないい音楽があるよーという方是非おしえてください。みなさんのそばにもいい音楽がありますように。


9/13/Mercredi  「メビウス」比屋定篤子

 ながいしで丼セット(700円)。久しぶりに本屋やCD店に入る。いやーきてみるもんだなーいくつか欲しいものがあったりする。F田ふくすけ氏とコーシー。どこか不具合があったのであろうふくすけ氏のはカップの中にコーシーが入っていなかった(痕跡だけはあった)!のでさらに70円払って飲む。某図書館では閉館の音楽にタンポポ「乙女パスタに感動」が流れる。勿論選曲はDJヒゲ。3人で夕食にうどんを食う。ヒゲとおれは、何の打ちあわせもしてないにもかかわらずごぼう天うどん。それにしてもアップしてもらうためとはいえ毎晩FDを抱えて kochan宅に通うおれは「通い妻」(かよいづまへい)。何が悲しくて毎晩男の家にかようのか。いずし君の日記にぶらりんこした話を見つけ羨ましがる。いいなーうらやましーなーバブゥーバブゥー。いやーもう誰でもいいから一緒にめし食ったりぶらりんこしたりしたいなー(誰でもいいというのはやっぱり失礼なんでしょうね)。
 一時自分のことばというものを見失っていたがようやく復調。まだ自分のことばを見つけたわけではないが、すごいなーと思う人のものを読んでいても(たとえば立岩さん)それまで使われてきたことばを自分の意をこめて・意が通ずるようにやりくりしているのだ。おれも自分が今もっている自分の手持ちのことばで勝負するしかない。
 比屋定篤子「メビウス」おれのすきな曲ベースがうねうねうねること・コード進行がこちらの予想を裏切ること・管弦がはいることなど(ちょっと簡単すぎか?)。ひやじょうあつこって漢字でかくとものすごくごつい感じ。これはいい曲です。


9/12/Mardi  「Hang Up Your Hang Ups」Herbie Hancock

 誰もいない平日昼間(以下平昼)の海。灰色の海と強い北風と荒々しい波と砂浜。ほとんど灰色の世界。いい感じ。平昼ということもあるけど9月に入ってまだ半月にもならないのに夏は一気にいってしまったようだ。秋本番というわけでもないけど。駐車場でK氏と偶然遭遇。一緒に喫茶部でカレーピラフセット(550円)。中庭には多数の女子大生。平昼に女子大生の大群をみて興奮なんて普通はしたくてもできないこと。これでおれに肩書きとか身分の保証がなければただの変態(十分変態?)。もうこれは立派な趣味です。ただし見るだけでそれ以上何もできないのはいうまでもない。
 「Hang Up Your Hang Ups」は Herbie Hancock 1975年の作品。最近ちょいハゲしめの曲が聴きたくなる。勿論わたしは Herbie Hancock も Miles もわかってはいません。


9/11/Lundi  「1st MAN WALKING」 theatre brook

 いや更新遅れてすいません。もてない男というのはなんか卑屈みたいです。で男女とわず卑屈な人間にはあまり近づきたくはないですよね。もうひとつ異性に対して何か「興味があるよ」光線を発しなければならないようです。たしかに自分の場合でも自分にあからさまに興味がなさそうな異性には「別に相手にせんでいいや」と思います。いや前にも書いたけど興味はあるんです。でもその「興味があるよ」光線が多分適切な仕方で発射されてないんだろうなー。多分異性にとって不愉快になるというか不躾なというかとにかく正しい興味あるよ光線ではないんだと思う。で光線が不適切であるためにおれが近づくとゲッ!という反応をあびるというか…。あれーこーゆー考え方が卑屈なのかしら?どうかしら?でもいい季節になってきたし週に一遍でいいから自分の好きな人とおいしいめしを食ったり酒をのんだり月見をしたりしたらもっと頑張れそうな気がするんだけどなー。誰かいないかなー。ほんと最近は食事などをもてなしてくれることのありがたみを感じます。今一番幸せなことはそんなことかなー。
 イケてない自分を歌う theatre brook「1st MAN WALKING」そういう佐藤タイジはカッコいいんだよなー。


9/10/Dimanche  「Two Vibrations」Original Love

 いやー1週間なんてすぐすぎちゃうなー。結婚したい男性のこと。「今の男は傷つくのが怖いんですかねー」怖いにきまってるだろー。そんなに昔のやつは怖くなかったんか?自分の位置からしか物事をみることのできない、そういう意味で想像力も共感力もない典型的ひとりよがりアホコメント。そうかそういうの見なければいいんだ。でも見らんでもそういう分析しかできんやつがいるという事実は変わらんもんなー。
 Two Vibrations はハゲしい曲。ほとんどカモンカモンカモンカモンベイベーの繰り返しという恐るべき意味なし歌詞。誰か一緒に聴いてくれる人を募集します(ヒゲを除く)。


9/9/Samedi  「水の音楽」Original Love

 高速で事故があったためかやけに渋滞。割り込んでくる馬鹿が多いので呆れる。大体車を運転してると馬鹿ばっかりだなーと思う(というか怒る)。14時より勉強会。思った以上に早く終わってしまいちょっと残念。ハゲましのメール(しかも女性)などいただいてしまう。ありがたいんだけど応援されている自分がいつもすこし情けない。母と冷戦。
 で「水の音楽」特に精神的なことをいいたいわけでもないけど、いろんな人の日記をみるとそれぞれの苦しみがあって。今よりももうちょっとだけいいところにいきたい。水。水をうたった音楽も結構あるかも。それはまた今度。Original Love『L』収録。


9/8/Vendredi  Round Midnight

 昨日からマックモス。そして今日もひとりでモス。学習者のお宅にお邪魔してインタビュー。ビール刺身トックなどご馳走になる。われわれボランティアは本当に学習者のことをわかっているのかということを考えさせられる。


9/7/Jeudi  「青春」

 今日は全く予定通りにいかなかった。まーたいした予定もたててなかったけど。中庭でヒゲと談笑(してる場合か!)。青春学校。今日もいろいろと考える。悩む男 kochan 。詳しくは彼の日記をご覧ください。
 槇原敬之「青春」このことばにどう反応を示すか?実際の年齢とか自分で金稼いで生きてるとかじゃなくて、情熱とか猪突猛進とかそういうものかもしれんけど、おれはこの曲の「バカみたい」というフレーズが好きで、それが青春てことなんだと勝手に思ってる。何やっても自分なりの満足感とか達成感とかが得られなくて「バカみたい」。でもそれは諦めがつかないってことなのかもしれん。諦めを(意識せずとも)体現してしまったときに大人になってしまうとか。そんなに簡単には大人にはならんぞー、いつまでもバブゥーバブゥーといってやる…なんてことも含め「おとなげない」世界は構築されていきます。でも応援してくださる人がいることは本当に感謝しています。掲示板への書きこみもよろしくお願いします。もうちょっと書きこみやすい内容の日記にしていこうと思っています。ところでこのCD手にはいるのか?これじゃー参考文献にあげてある「未発表」の論文みたいだな。


9/6/Mercredi  「Amazonas」小野リサ

 非常によい天気、にかかわらず一歩も家を出ることなく桜井哲夫など読んですごしてしまう。これが健康な男性のすることだろうか、と思いつつワイドショー。まちゆく若者に四文字熟語テスト。二石二鳥。そんなこといわせておいて若者の常識のなさをわらう。あるいは一方的に自分たちを犯罪被害者の側に定位する。若者をわらうけどそういうお前はなんなの?自分を被害者におくけどお前は自分が加害者になるかもしれないってことは考えないの?四文字熟語ができない若者がいる社会にわれわれは住み、犯罪被害者が保護されないと同時に加害者にマスコミが勝手にリンチを加える社会に生きている。それをあたかも自分たちは高みから見下ろすことを許されたかのように報道するマスコミ。いつもながら厚顔無知で醜悪。したり顔で聞いたようなことぬかすワイドショー出演者。他人の不幸で飯を食う。最悪。
 演奏会に相方の奏者が出られないことが判明。ひとりで……。ここできてほしいというところでスカしてくれる他パート。何のために助っとを?練習中練習後に思いがけず女性団員に声をかけられてあたふたしてしまう……そんな私はやっぱりダメでしょうか?
 小野リサ「Amazonas」アマゾンの流れと「人生」を絡めて歌う。ボッサの軽さと弦の壮重さが印象的でスケールのでかい歌詞。人生を歌うならカッコよく。彼には無理か。この夏はそういえばあまりボサノバを聴かなかったなー。これから聴きます。


9/5/Mardi  「I WISH」Original Love

  これも Original Love 1993年の作品。モーニング娘。の新曲ではありません!モー娘の新曲、なんか人生がどうのこうのとかなんでそんなこと歌わないかんのかなー?確かに人生にはいいこともあるけど悪いこともあって、だけどだからといって悪いことがあるから投げちゃおうというわけにもいかなくて、そーゆーいいことばかりじゃないけど、まーなんとかかんとかやっていかないかんでしょーみたいなことは全然歌わないのね。まーそんなこと要求したらいかんなー。おとなげない私としては初期の「背伸びしてみたい感じウフ」(すいません!)とかを歌ってる頃が好きだったわけで、今の「いいことがあるから頑張ろうよ」的なものにはどうにもついていけなくて…。「いいことばかりじゃねーだろー」と考えてしまう私は、人の応援をしてる歌とかにはあまり共感できなくて(ガンバレ〜みたいな)、おれはおれでやっとるんだからおまえも他人のことより自分のこと歌えよ、と思ってしまう。でも「おれは苦しいんだ」みたいな歌にも全然共感できなくて、いやーおれも苦しいのよーと思ってしまう。で苦しいんだけど、死なずにそこそこやっていくにはどうしたらいいのーというような歌を求めていくとたどりつく歌っていうのは結構「ふられてさびしいのよー」とか「ラブラブだよーだ」的なごくごく私的なことを歌ってるものだったりする。そういう歌だから小さくまとまってるかというとそうでもなくて、そういう歌こそが人生とかをよく描いてたりする。いちいち「人生〜」とか歌詞に出てきたら楽しめん。無内容な歌詞ほどでかいこといいたがるのね。……とゆーかモー娘の曲紹介になっとるな。Original Love のこの曲はひたすら「幾千万の日々」を一緒にすごしてゆこうと歌ってる清々しい曲。昨日今日と一気に秋がきたような気がしませんか?風が違うというか。この頃は練習が待ち遠しい。


9/4/Lundi  「Summer Soft」Stevie Wonder

 何人かの方が見てくれていることがわかったのでこの日記の経緯についてすこし書いておきたい。パソコンにすら触らない日々が続いたのでさすがにこれはいかんと思い、ネット上で日記でも公開すればやむなく触れることになるだろう、というのが動機といえば動機です。自宅ネット環境が整っていないので作者であるわたしがフロッピーにいれたものを kochan 氏宅まで車でせっせと運びアップしてもらっているという状況です。ですので作者が毎回かならずチェックしているというわけではないのですが(すみません!)感想などはおとなげない掲示板に書きこんで頂けば作者に必ず届くように設定はされていますので、掲示板を利用して頂けると幸いです。いろいろと内容・形式といたらないところがあるのは承知しています。ある種自虐的内容でかなり気分を害される方もあろうかと思います。が、まずは自分自身のリハビリのような目的ではじめていますので、毎日更新というのを目標として(管理している kochan 氏に相当の負担をかけますが)内容・形式両面ともこれからすこしずつ充実させていくつもりです。一部コアなファン(ハゲマル派・たこやき同盟・ためいき同盟)からは音楽ネタはわからんので勉強ネタを書けとのリクエスト(指導?脅迫?)がありましたのでそっちにも「ちょこっと」ずつ応えていきたいとは思っています。ちなみに最近は 立岩真也『私的所有論』の中の次のことばが気になっています。「誰が最初に言ったかなどどちらでもよい、誰でも考えつくようなこと」(368ページ)。先行研究の重要性はいうまでもないことだけど、誰の本に頼ったのでもない自分自身のオリジナルな(と思いたい)考えも大事にしたいと思う。誰かがそれを自分よりも先に・しかも自分よりももっと精密にいっていたとしても、自分が自分の頭だけを働かして考えた、という事実は消えない。人の本ばっかり読んでると自分の頭だけで考えることの大事さを忘れてしまうことはありませんか(おれはよくあるもんで……)。
 「Summer Soft」は Stevie Wonder 1976年の傑作『Songs In The Key of Life』の中の1曲。これも季節がかわって大事なひとがいなくなっちゃったよーという歌(なんせ邦題が「今はひとりぼっち」)。そうなんですこういう曲が好きなんです。オルガンとピアノが絡まりあいながらどんどん高く転調していくのがカッコいい。


9/3/Dimanche  「wonderful fish」斎藤和義

 久々に真黒い雨雲を見ながら運転。へこんでばかりじゃいかん!ということで急遽はじめた「おとなげない日記」一部コアなファン(不安・ヒゲ・ハゲマル派)がいます。しかもカウンタの数をあげるため作者がせっせとひとりで見ているんだ、という噂も。なぬー!失敬な!作者だけど自宅がネットにつながってないから自分でもまだ3回しか見てないんだぞ(…もっと悪いか…)。で、いきなりはじめた日記なので、作者しょーへーはこんなことが好きなんだということでも書いてみます(嫌いなこと書いてもそれなりに自己紹介にはなるんだろうけど)。mellow な曲が好きです。普通にコーシーが好きです。酒も弱いけど好きです。焼酎は霧島をロックでいきます。日本酒は飲めません。ひとりドライブは最近あまりしてません。「なぬ!ふたりになったのか!」なんてことは絶対ありません(誰も思ってないか…)。この前捕まってからこの数少ない楽しみも「またいつ捕まるかわからん」と思って楽しめなくなってきました。まー楽しみは飯ぐらいです。学食は一人では入りません。一人で飯を食うというのが嫌なんです。一人で店に入って飯を食うぐらいなら我慢します。でも最近は通りをぶらぶらぶらりんこしながらなんか小洒落た店にでも入ったりとかもしてみたいなーと思うようになってきました。しかし相手がいない。で相手といえば女性ですが多分普通に女性が好きです。でもうまくたちまわることはできなくて……。どうしてこんなにへこむのか。ひとつは季節のせいです。夏はへこむ季節でもある。夏は全然うまくいったためしがない。今までふられたのもほとんど夏。ちなみに中学の時とかは「男は女と軽々しく話しちゃいかん」とか思ってました。今でもその名残があるのか、女性に興味がなさそうに見えるらしいんですが、実は興味ありあり。興味はあるんだけどどのように振る舞っていいのか……なんて中学生のような悩みをもつアホ男です。で、万が一つきあったりするようなことになった日には絶対「バブゥーバブゥー」とかいってめちゃ甘えたりしてきもち悪がられたりして「こどもっぽい」とか言われたりしてふられるような男です(え?去年の夏?)……。
 斎藤和義「wonderful fish」おれもこんな魚とはやく一緒に泳ぎたい。カッコいい曲。


9/2/Samedi  「TIME STOP」米米クラブ

 某さんのところにお邪魔し叱咤激励してもらう。その後公民館で社会教育の研究会に出席。会費2500円とのことだったが、無職でしかも韓国旅行の追加料金19500円と学会費19000円を払ったおれには手がでるはずもない。ただでさえ寒いふところは極北状態。飯を食いながら某君と某さんがおれの顔のことで盛りあがっている。K氏運転の車で送ってもらう。自分でもよくわかっていないことを喋りちらしてしまったようで反省。同乗者のみなさんごめんなさい。それにしてもK氏の vitality に感心。K氏のホームページ期待してます。みんなやってるなー。へこんどる場合じゃないなー。
 で某君と某さんが盛りあがった米米クラブ。『GO FUNK!』ぐらいのわけのわからなさが好きだったわけで、「君がいるだけで」的なものはどうにも説教くさくきこえてだめなんです。で米米で一番好きな「TIME STOP」。高校の時ダビングしてもらってずっと聴いてたなー。教育実習の時先輩とふたりで Trombone Solo  練習したりして。


9/1/Vendredi  「Let's Go!」 Original Love

 へこみのハゲしいヒゲ(ハゲマル派)をハゲまそうと焼肉定食。「なんかやれそうな気がしてきました。家に帰ってレポート書きます」予想以上に元気を取り戻したのでおもしろくない。F田ふくすけ氏と学習者Kさんを乗せてよみかき教室。N氏とN氏と4人で飯。活動的な彼らをみているとわけもなく動けなかった自分がなんだかおかしく思えてきた。
 「Let's Go!」は Original Love 1993年の作品。「終わりのはじまりまでたどりついたね。ひとりでいることを怖れているよりもどこまでも墜ちてゆこうよ」という歌。中間部のラテン効果のブレイクで驚愕。こんなやりかたもありなのね。この曲を初めて聴いたときはぶっとんだ。いまだに日本の曲でこれよりカッコいいのを知らない。音楽の聴き方が変わったという意味で1993年は転換点であり、これはいつも・いつまでも心の1曲。

■ Septembre Settembre September



 Aout Agosto August
 おとなげない日記