★ Fevrier  Febbraio  February ★


2/28/Mercredi  「ばらの花」くるり

 一生懸命ものごとを考えてはいる(つもり)。普通(いちおう疑問符?)のみなさんが、生のためその時間の少なくはない部分を、時にイヤイヤ頭をさげつつ費やす時間。それは時に喜びだったり悲しみだったり不倫だったり。それはおしごと。

 わたしはそのかわりに、自分の考えたいことを好きなだけ(といってもルールはあるけど)考えていい。そんな猶予まで(もちろん対価は支払っているけれども)与えられている。ほんで、対象に接近しつつ、それを記述したり分析したりできない自分を発見。

 進んだ道が行き詰まり。いや、道は続いているんだけども、自分にそこから進む資格がないという恐怖。しかも、誰かに判定されるというよりも自分自身がそれを発見してしまう。断念。

 うひょー。別の道をいこうっと。と割り切れることができないほどに長い時間とお金をかけてしまった。

 全部ピンハネされるとかを除けばおしごとにはそれなりの対価が支払われる。いちおう形はあるんだよね?

 自分が自分なりに考えてきたことにも値段をつけて対価をくれ。そんなふうにしか考えられない自分。


2/27/Mardi  「take me in」bonnie pink

 ずーっと家にいて体を動かしてないのでだるいのだと思う。加えてやってきました花粉症。昨晩は薬を飲んで寝たんだけど全然きかないようで。今朝ものむが、夕方になってやっときいてきた模様。熱っぽくて体中がだるい。練習休んじゃう。

 顔でなく音楽。女性ボ(ヴォ)ーカル。
 葛谷葉子
 五島良子
 Sakura
 比屋定篤子
 古内東子
 Misia
 露崎春女
 吉田美奈子

 Silva 微妙なところ。声を張りあげなければ……。
 宇多田ヒカル。どんどんダメになるだけの人。


2/26/Lundi  「tell me a bedtime story」Quincy Jones

 エレピ。
 「そこ。もうちょっとお洒落にひいて」
 ……無理……。


2/25/Dimanche  「東京love」黒幕&愛人

 神戸製鋼応援してたんだけど。それにしても富岡・小村・元木・増保がもうベテランなんだからなー。あの頃の早明戦はおもしろかった。サントリーのほうがメンバーは若かった。バレーボールも見た。会場にいるのは女性ばっかし。キャーキャーいってる。たしかに背は高いしアタックとか決めるのをみたらかっこいいもんなー。あーキャーキャーいわれてー。ある意味いわれてるかも。

 さてながらく休載(救済?)中だった
ヒゲ日記。彼は完全にへたれて今贖罪の旅に出ています。見かけたら「このへたれやろー」とあたたかい声をかけてあげてください。彼がとりつかれていた妄想とは、いずし君の日記が更新されてないのは自分のせいではないのか、と。せっかくいずし君たちが飲み会の誘いをかけてくれたのにそれを断ったから日記を更新してないのでは、と。普通に考えたらどこがどのように連続しているか全然わかりませんが、彼はそのように考えていた模様です。

 つーか、彼に直接いったことですが、自分の力を過信しすぎ。まーそんなふうに考えられるなんてまだまだへたれも大したことありません。へたれ・こじれファンの皆様にはこれからもよろしくお願いいたします、というところです。


2/24/Samedi  「Spain」chick corea & return to forever

 昨日。ヒゲは風邪をひき、ふくすけ君は打ち上げだろうからひとりで
城野にむかう。結構な雨がふる。学習者Kさんを拾い。今日は、Kさんの高校入試対策の作文を書いた。中学校卒業程度認定試験を4年間もうけつづけて今年度やっと5教科全部合格。あとは3月の試験をまつ。つーかはよ夜間中学をつくれ!3年間ちゃんとしたとこで勉強できていたらなあ。体調を崩されてからすこし弱気になって、勉強についていけるかどうかとか不安もあるようだけど。でもみんな揺れているから。その揺れを見つけたり見つめたりすることができるように。

 雨の降りしきる夜の道をふたりで帰る。途中、ずっとKさんが「ここで食べて帰ろうね」といわれていたうどん屋へ。ごぼう天うどん(340円)といなり(でかい)。

 車を運転したり人の送り迎えをするのは全然苦にならないんだけど。往復90q強。片道1時間以上。好きでやっていることだから。いろんな問題に先立ってとりわけ重要な問題だとは思わない。だけど大事な問題のひとつではある。もうじき、わが青春学校のことがNHKで再放送されるらしいので、その時は見てください(おれが参加する前のだけど)。ちなみにココにも一時期いってました。こういう問題(とゆーか「現実」)がある、ということは知ってもらえたらなと思います。


 シンプルライフ志向のおれの部屋は大変汚い。金がないし、もしあったとしても欲しいものはあんまりないので、古本とCD以外はほとんど購入しない(それすら最近はほとんど買ってないが)。要するに部屋が汚いのは、今までのレジュメとか資料類とかのプリントの類が整理できてないから。自分の目の前からなくしてしまえば「キレイになった」などと思いこんだり喜べるほど鈍感ではないので、捨ててしまえばいいじゃんとはなかなか思えない。買わないのにものが多いのよねん。みなさんはプリントどうしてるのかしら?整理法教えてください。

 さて。新聞広告でいくつかほしいものがあったり。

 前田愛『近代読者の成立』岩波現代文庫(1200円)
 フッサール(浜鍋辰二 訳)『デカルト的省察』(760円)
 フローベール(小倉孝誠 訳)『紋切型辞典』(600円)
 多木浩二『生きられた家 経験と象徴』(1000円 これはちょっと手が出ないか)。

でも、買ったままちゃんと読んでない本もいっぱいあったりして(やっぱり古本がおおい)。

 フロム(日高六郎 訳)1951『自由からの逃走』東京創元社(350円)
 デュルケーム(宮島喬 訳)1985/97『自殺論』中央公論社
 ヴェーバー(大塚久雄・生松敬三 訳)1972『宗教社会学論選』みすず書房(1000円)
 フーコー(神谷美恵子 訳)1970『精神疾患と心理学』みすず書房(600円)
 1993『マルコムX自伝』河出書房新社

新刊でも古本でも1000円以上はやっぱしきつい。100円で買えたらほんとにありがたい。


2/23/Vendredi  「ジゴロ」石田純一

 春は別れの季節。出会いの季節というよりも。だからなのか花粉症のせいなのか、あまり好きな季節ではない。でも別れ。あー早く別れたいなー。最高なのは喧嘩別れ。もうそれで一生会わなくてすむ。あわなくてもよい。なんつーのか、「友達や知り合いとかは多ければ多いほどいい」とかは全く思わないわけで。「交際人数が多い人ほど豊かな人生を送っているものだ」とかもちっとも思わないわけで。どうでもいいような人をなんとしてでも繋ぎとめておきたいとかは思わない。友達増やすために人生を費やそう、なんてーのもどこかばからしく。自分のことをわかってほしいとは思うわけですが。まー自分の思うように自分のことをわかってほしいとゆーか。でもそれは実はわかることとはちょっと違うんではないかとも思ったり。

 いや喧嘩別れでなくともいいんですが。これから先一生あわないとか。そっちにポイントがあるかな、おれのばやい。で、別れのパターンの1つとして喧嘩別れがある、と。べつに別れるときに「きれいに別れましょう」なんてしなくてもいいわけだし(つーか経験がないな)。いやなんか元カレとか元カノとかそーゆーことばに過剰反応するわけ。ひとつにはこの辺にあるのだな。別に「またどこかで会おうね」とか「お友達に戻りましょう」とか。できねーなー、おれにはね。できねー。羨ましかったりもするんやけどね、実は。でも、思い出したくないほどに“汚く”別れてほんで実際思い出さんかったらそれはそれでいい。つーかいっつも振り返りすぎるのでいっそさっぱり忘れてしまおう、とゆーかね。

 つーか。久しぶりに怒る。ぶりぶりざえもん。ばかじじーばっかりだな。潜水艦にはぶつけられるし。でも一番怒りに燃えるのは、良かれと思っていったりやったりすること(したこと)を無にされること。いやまだあるな。××××とかね。そりゃ△△△△も怒られるっつーんじゃ。おれもそうだけど。自分の思いどーりにならないと非難してみたりね。つーかお説教はいりません(今後一切)。以降無視しよーっと。

 「生活に潤いが足りないんじゃないの?」
 「嫌ーねー。」
 「ほんとよネー」
 ざわざわざわざわ…………

 あと、かのじょとも早く別れます。その前に別れることのできるかのじょを作ったりします。

 むかむかするのでビールでも飲んで寝ます。

 今日のオススメ:石田純一「ジゴロ」つーか歌がヘタすぎないか?(しかも田島貴男作曲)。


2/22/Jeudi  「500 Miles High」chick corea & return to forever

 すげーいいお天気になっちゃった。布団はほせないけど。相変わらず全然かたづかない部屋で「温泉へ行こう2」を見ていた。ちらりんこと「にんげんゆうゆう」(再放送)を見る。あれ?この人は……
立岩さんだった(感想はのちほど)。すぐにヒゲに電話。トイレに入りながら『私的所有論』を読む。付箋と書き込みがあちこちに……。勉強しなければ。

 青春学校の前。ヒゲとプチデート(吐)。「最近なにしてるんですか」ときかれたので「シンプルライフ」と答える。とゆーか、とてもいい天気なのに海を見ることを忘れていた。で16時半の海へ。整備された漁港。快晴。西に傾きつつある陽を見ながら。何組かのぷるかつ。修論もまともに書けないへたれ男どもにも(だからこそというべきか)いろいろと思うところがある。偏見・動機・物語・言説・だめ連など。彼はおれが「死にたい人は勝手に死んだらいい」と書いたのは間違っているという。死にたくなる状況に追い込まれることが問題なのである、と。そんなことはわかってる。そうでなくて、そんなことをいいたがることについて。黙ってやったらどうか。しかし言語研究者としては、ちょっとことばのことを軽くみているようで、なんといったらいいのかわからない。そーゆーことについて。その後青春学校へ。テレビの取材が入った。


2/21/Mercredi  「You're Everything」chick corea & return to forever

 いろんなことばを禁句として使わないようにしている(それにはそれぞれの理由がある)。たとえば「客観的」。哲学用語としての「客観」と日常用語としての「客観」「客観的」。よくはわからないけど、間主観とか相互主観とかがいいんじゃないかと思う。「客観的」とかいうことばを頻繁に使う人は信じないことにしている。「客観」てなに?「客観」ということばを使いたがる人は、要するに、自分のいってること・書いてることは正しいんだ(認知的にも規範的にも ← 使っちゃいました)ということがいいたいのだと思う。で「わたしが『客観的』にみるとこれこれこういうことだ」といったり書いたり。それは主観です。いってしまえば、この世の中に主観以外のものは存在しない。全部主観なんです(その主観がどこから発生するのかとゆーのが次の問題ではあります)。「もしかしたらこんなこといったり書いたりしてるのは自分だけじゃないの?」という疑問や不安はあったりする。でもそれだけなら「オリジナル」とゆーことでオッケー。不安へとつながっていくのは、それが「間違ってたり非難されたりしたらどーしよー」につながっていくから。だから「客観的」ということばを用いて「わたしだけじゃなくあなたもそう思っているハズ」「あなただけじゃなく他の多くの人たちもそう思っているハズ」という予防線を常にはってからでないとものいいができない。主観でいいじゃない。主観だったり独断だったり偏見だったりして、よーするになにが悪いのか?っつーことがほんとの問題であって。で、何が問題かって開き直られるとそれを非難するほうにはあんまり打つ手がなかったりするのねん。陳腐なお説教(おまじない)を唱えてみたり。あのー別に主観というものは、全体と離れていきなり発生するものではないし。どこかで江原由美子さんが書いてたけども「主観こそ社会的である」って。だからわたしのいってることは主観的なものだって思っていればいいのであって。「わたしは客観的です」などといってしまう「まじめ」?人間にはむしろ注意したほうがいいと思っています。

 昨日。今まで使っていたPC用の机を母が使うというので(もともとはPC用ではない)2階から下に持っておりた。体力のなさを痛感。特にわき腹が痛い。かわりの小さな文机では結構不自然な体勢でモニターを見ることになってしまう。


2/20/Mardi  「soul bossa nova」Quincy Jones

 
福島智さんが東京大学の先生になられるそうで。わたしはまだ書かれたものを読んでいませんが。指点字はじめて見た。

 一ノ瀬清二さん死去(19日)。85歳。武雄市。カンボジアで亡くなった一ノ瀬泰造のお父さん。地雷を踏んだらサヨウナラ。一ノ瀬清二編1994『一ノ瀬泰造 戦場に消えたカメラマン』葦書房 を久しぶりに読む。一ノ瀬泰造は1947年11月1日佐賀県武雄市うまれ。プロのボクサーとしても生きた彼は、カメラマンとして戦場にむかった。最近浅野忠信主演で映画になったよね。印象に残っている写真がいくつかある。「共産軍の集中攻撃で九死に一生を得たこの兵士は、ショックのため瞳孔が開いたまま、身を伏せようともせず、横たわる戦友の顔を覗き込んでいた(カイライ・サイゴン南西70q、1972年8月25日)。」(130ページ)とか、戦場へ赴く若い夫を見おくる若い妻のいくつかの写真。そして1973年、26歳になったばかりの泰造はアンコールワットにむかったまま消息を絶った。

 なぜ死ななければならないのだろう。ばかなじじーどもは日本の伝統と文化などといいながら金で政治を買っては晩節を汚しまくっているというのに。すちーびーの70年代の音楽をあがめるわたしのなかで、もしかしたらいくつかのことは繋がっているのかもしれないと思う。


2/19/Lundi  「マンボNo.5」ペレス=プラード

 井上俊「動機と物語」。むしろ物語論が最近の自分の関心ではある。この論文では物語論についてあまり展開されてはいないのでその部分が不満といえば不満か。ヒゲの評価「とってつけたような展開ですよね」。他人のことはよくわかる。おめーはどーなんだという指摘を彼は100回以上うけている(おれはセルフ)。相互作用場面での動機の語彙の問題と、その下地となる(?)物語との関係、いわばミクロマクロリンク(あるいは創発特性)の問題がわからない。

 キューバで生まれメキシコに渡り、キューバでは評価の低いまま亡くなったマンボの王様。


2/18/Dimanche  「La Fiesta」角田健一

 神戸製鋼は強いなー。大畑ってやっぱすごい。あと意外と八ツ橋。元木も増保も結構歳をとった。フランスで生きる吉田義人。かっこいい。乙武も。法然。そんな一日。夜。jazz。CDほしい。うへへ。やはりビックバンドはかっこいい。J=J=Johnson 初めてちゃんと聴いた。かっこよすぎ。


2/17/Samedi  「mais que nada」sergio mendes & brasil'66

 昨日は久しぶりに高速で100万都市へ向かった。黄砂のせいかえらい窓ガラスが汚い。しかも夕日をバックに走るのでミラーがみにくい。学習者は少なかった。帰りにIさんを送った。「ご馳走するよ」とのことだったのでお言葉に甘えた。先生たちも後から合流。えらく疲れてらっしゃるように見えた。いろんな話が錯綜して伝わっている。南インターから高速。そういえばH先生からハイウェイカードをもらった。大変ありがたい。

 本日は図書館で読書。意味不明。なんか調子が悪い。お洒落なおれは帰りにケーキ屋さんによってチーズケーキを買う。うふ。18時くらいまでは明るくなってきた。こんなにきれいな夕日も見ずに、ひとり家に帰る自分が大変なばかのように思える。そんな一日と毎日。


2/16/Vendredi  「Hang Up Your Hang Ups」Herbie Hancock

 愛想笑いはいいです。気分がいいものではないし。それになによりあなたがわたしのために無理をする。そーゆーのが一番こたえるんです。もう愛想笑いはやめてください。お願いです。


 早わかりはいけないと思う。同時にありきたりの理解にはいつもうんざりする。整合性なんてそんなには役に立たなかったりする。時々こうやって嫌いなものを書いたりする。その人が何を好きか、でその人のことがわかる。同じくらいあるいはそれ以上にその人が何を嫌うかでその人のことがわかる。何が好きかをおれが書いたってあんまりおもしろくないんではないか。だから(というわけでもないが)ここに書くことはいつだって嫌いなことばかり。

 口では「やりますやります」といっておいて結局いつまでたっても何もしないヤツとかね(おめーだよおめー。つーか考えたらいっぱいおるな)。お互いのだめさを慰めあったりね(おれのこと)。

 死にたいとかすぐいうヤツもいるけど。死にたい人は黙って死んでいったらいいと思う。せめて最期は人に迷惑をかけないように。死にたくない人は生きるべきだ。とゆーか。黙ってやれ黙って。やればいーの。なんでも。……言語を対象にえらんでおきながら、その実「口を動かすより手(体)を動かせよ」とか「不言実行」とか思っていたりすることはあんまり人にはいえない(不言実行がモットーであるとか自分でいうってことは「不言実行」してることになるのか?ならない。不言実行を実行してる人は何もいわないはずだ。ちなみに「言実行」と間違って覚えていたおれは、変換してくれないこのPCはあほだなーと思っていた)。そんなわたしは、人から「カッコつけすぎ」とかいわれて罵詈雑言だったりへたれキック(連発)だったりする。

 「人間たるもの動いてなけりゃね」などと訳知り顔で説教かます人には内心「あほか」といつも思うだけ。そんなことわかっとるの。そうでなくて教えられるのは、いつも黙々と動く人。よみかきの学習者のみなさんとか先生がたとか。

 要するに、口では「やりますやります」といっておいて結局いつまでたっても何もしないヤツ。そーゆーヤツを憎むわけだが、自分がその当の人だったということに思い当たり。そしてそれが凹みの「ほんとうの」理由だ。ずーっと前からわかってはいたことだけれども。


2/15/Jeudi  「My funny Valentine」Miles Davis

 昨日の練習。いつも以上に調子が悪かった。でも「今度ゆっくり話をしよう」といってくれる人がいてなんかとても助けられた気分になる。

 昨日はよくボーカルものがきこえてきた。勿論「My funny valentine」はよくかかっていた。小林桂はこの歌を男性から女性への歌だと解釈している。『So Nice』のライナーでは「ボクの可愛いヴァレンタインちゃん。絵にならぬその姿のままが好き。何も変わらずにいてネ」ということらしい(4ページ)。FMを聴いていると別の解釈が流れてきた。これは女性から男性への歌なのではないか、と。つまり「あんたは写真うつりもよくないし……」みたいな歌詞があって「でもわたしのために髪型を変えるとかそんなことはしないでね。そのままでいて」みたいに続く。で「きみはブサイクだけどそのままのきみでいてくれ」なんて女性がいわれても嬉しくもなんともないだろう、というのだ。だからこの歌は、女性が男性に対して「あんたは顔も全然よくないし気のきいたこともいえないけど、でもそのままのあなたが好きよ」という歌なのではないか、と。なるほど。おれは今までずーっと何も考えず男性が女性に対して歌っているもんだとばっかり考えていたが。そういわれてみればそうだなあ。でもどちらからどちらへの歌にしても「ぶさいく」とかいわんでもいいのになー。結構キツいこと歌ってるのねん。でもいろいろ解釈があっていいのねん。


2/14/Mercredi  「somebody already break my heart」sade

 直前まで覚えていて当日忘れてしまうこと。バレンタインデーのことではない。植村直己。彼がマッキンリーに消えたのが1984年の2月のことだからもう何年たつんだっけ?小学校のとき彼の伝記を小学校の読書なんとかで買ったのを覚えているし、なにしろそれが今てもとにある。彼に再び出会ったのは大学にはいってから。山のことなんか何も知らなかった男が明治大学入学とともに山岳部に引きずりこまれて、それから一生をかけた旅の話。彼の山行・単独行はかれのコンプレックスともかかわりあっていたこと。自分にそんなことできないからだと思うんだけど、激しい生き方をする人間に惹かれる。マイナス40度以下の・風速40メートル以上の世界でひとり消えていくなんて。

 久々にいくつかの恋愛日記を読む。元カレとの思い出を処分とか今のカレとの喧嘩とか。なるほど。「おれが今まで築いてきたものが崩れた」とかなんとか。いいなー崩れるものがある人は(おめーだってあるじゃんと突っ込もうとしたそこのヒゲ!そんなこというな!)。元カノとの思いでを処分かー。思いでがない。つーかあるのは苦々しい思いでだけ。「すいませんでした」とか。なんつーか、おれにつきあわせてしまった時間がもったいなかったような。でもこんな考えかたって卑屈だなーと自分でも思うし、世の女性のみなさんには怒られそうだな。でももっと別の人と出会っていればよかったのに・ごめんなさいね、と思うのは正直な気もちであって。だって何もしてあげられないんだもんよー。お金があれば「おらーくれてやるわー」とかね(最低)。でもお金もないし、自分の好きなことしかできない(それはそれで贅沢ではあるってことはわかっています)おれは、「うへへ。こんなことしかできないおれですが、こんなおれでもいいですか?でへへ」とかいうしかない。だからつい自分の好きな音楽を無理やりきかせて「ここのコード進行がさー」とかいって嫌な顔されるにきまってる。

 いや。そうでもないか。一緒にお茶のんだり酒をのみながら月をみたり星をみたり海をみたり。必殺ハヤシライスを食わせたり。おかえしにオムライス作ってもらおう。

 「恋愛と結婚とは同じか別か」こんな質問がよくあって、今まで目にとまったページの女性はみなさん「別」っていうし、オフラインでも女性はそういう。わからないのは、この質問に何の意味があるのかってこと。恋愛も結婚もどちらも自分の切実なものとして感じることのできないおれには勿論答えようもないのだけど、一緒にいるふたりにも一緒にいないふたりにもこんな質問何の意味もないようにしか思えないんだけど。

 午前中久しぶりに写譜をした。一生懸命やれば結構短時間でできるもんで「あーこれぐらい勉強すればいいんだー」と思ったり。部屋のかたづけは一向にできないし(ずぼらーズ)。今日は久しぶりの先生の合奏だから気合をいれようと思う。


2/13/Mardi  「kiss of life」toku

 野球よりはサッカーが好きで、サッカーよりはラグビーが好きなおれはW杯が「韓国日本」でも「日本韓国」でもどっちでもいいんだけど。たしかどっかの新聞で、この前の新大久保駅での事件でせっかく両国の絆が深まったんだから、名称ぐらいこっちにゆずれ、とかわけのわからんこと書いてたなー。よく破綻したこと書けるな。つーかなんでラグビーの日本選手権よりプロ野球キャンプ情報のほうが先にあるんだよ!日本シリーズ中のスポーツニュースで「今日はまずラグビーの練習情報から」ってやってるのと一緒だぞ(違うか)。巨人なんてどうなったっていいやん。

 再放送『ビューちフルライフ』の最終回。みごとに録画できていなかった。なんで、こう、なにやってもダメなんだろう?

 おれは
フッサール。「相性良」いのが「プラトン,カント,ゲーデル」で、「相性悪」いのが「デカルト,フロイト,ラカン」。うーん意味がわからん。


2/12/Lundi  「悪玉」キリンジ

 死ぬことに意味なんかない。
 生まれてきたことに意味がないように。
 どうして、あんな広い海で海底に沈まなければならないのか。
 どうして自分の生を生ききることができないのか。
 それに比べておれの生きっぷりときたら…。


 ヒゲの
図書館ウオッチングには同感だしお仕事ご苦労様だと思うけど。そういうおめーはいつもどおり勉強会すっぽかし(未遂)だぞ。日付ずれてるし。

 図書館で勉強することに不慣れの・したがって周囲に「自分が勉強していること」を見せびらかさずにはおれないのぼせたばか野郎ばかりの図書館。それを観察しているおれも集中してないのかもしれんけど。ずーっと椅子にすわって自分の作業に没頭している人ってのはほとんどいない。ドカドカ歩きまわったりメール打つのに必死になったり。バイブ機能にしてる奴はなんで机の上においとるんだろう?ガタガタ鳴ってうるさいんだけど。ほんで読んだ論文と本。
 大澤真幸「〈自由な社会〉の条件と課題」
 見田宗介「交響圏とルール圏 社会構造の重層理論」
 山口節郎『社会と意味』勁草書房 途中まで。

大澤論文を読んでリバタリアンとオバタリアンの違いがますますわからんくなる(今までは一緒だった)。多文化主義とゆーのは一度ちゃんとおさえないといけないなと思う。見田節あいかわらず健在。かっこいいと思ってしまう。山口さんのはおもしろいのだけど、やや現象学にすぎてちょっとついていけない感じもする。エスノメソドロジーへの疑問は早い段階から出ていたのだなと思う。しかしやろうとしたことはそんなには間違っていないと思うんだけど。

 敏腕プロデューサーヒゲは閉館の音楽に「エイリアンズ」を流してご満悦。それにしてもすげー寒い。ただ寒い。雪でもふってくれればいいのに。


2/11/Dimanche  「Me and Mrs Jones」toku

 ひげが送ってきたメールの中に「相関汁」ということばがあった。?と思ったらどうやら「そう感じる」ということのようだった。「相関」はまだしも「じる 汁」ってなんだ?ときいたら「相関汁というのは統計上の用語で、相関汁が1あがると……」と説明していたが、統計が全然わかっていないへたれ同士ではしゃれにもギャグにもなっていなかった。

 昨日の日記があんなことになってしまったのは、次のようなことを書いていたらあまりにもへこんでしまったので、占いでもやって気を紛らわそうとしたため。

 もちろん全然悪意のない・いやむしろ善意の言葉のほうに傷つく。悪意ある言葉なら怒りようもあるんだけど。いやー。ほんとにこんな人生リセットできるならやりなおしたい。「甘え」とか「甘えるな」という言葉はマジックワードらしく、なんでもこれで説明がつく。別にはしゃいでるわけでもなく、思ったことを書いただけなんだけどやたら長くなってしまった文章を見ると、ますます自分が嫌になったり。だんだんこの日記の意味は(まー初めからないけど)ますますなくなってきた。みなさんそろそろ読むのをやめてください。せめて人のことを不愉快にだけはしたくない、というのがほんとのところです。

 ね。読んでると不愉快になってきませんか?「ならやめろ」ってことになりますよね。

 土曜日は図書館。でも全然はかどらず。かなりいいお天気だけど寒い。こーしーのみながら山を見上げる。なにやっとるんだろう。昼は冬の太陽のもとで手をつなぎあったり、大切な友人たちと飯を食ったり笑いあったり。夜は冬の寒い月の下で焼酎をのんだり。そんな妄想。でも実際はPCを前にはかどらない作業に悶々とする毎日。


2/10/Samedi  「Love of my life」Santana

雨天決行日記

なんでそうなるのかについては
ここ

しょーへー さんは アイドル日記 を書くと多くの人を魅了します。

あなたは自分自身の思ったことや自分が今日やったことなどを,口語調でおもしろおかしく自分の魅力を引き出した日記を書くと成功するかも知れません。

しょーへー さんが書く日記の性質
人間度 25
精神度 50
思考度 20
変態っぽさ 50
やましさ 50

しょーへー さんの日記のオススメの題名:雨天決行日記

今日書く日記のネタが無いあなたへ:しょーへー さんが今日書くと良い話

「窓の外を見てみると」「手に入れたのは良いが」「髪の毛がどっさりと」「ラーメンとギョウザと言えば」上の言葉をすべて使って「初めてした話」風にまとめると良いかも。

できるか!

ついでにもういっちょ(かっこ内は感想)。

あなたは 恋愛職人 タイプです。

ひとたび恋愛に入ると人が変わったように自分を最大限に引き出せるあなたは,独自の世界観を持った恋愛職人タイプです。あなたの恋愛習熟度は 50% です。
評価: モテ気味(気味ってーのは何だ?)

なぜか理由は分からないけれど急にモテたりするあなたは,異性に好かれる魅力の原石を持った人です。そのことに気づくかどうかがポイントで気づかない場合はすぐに飽きられてしまう微妙な位置にいます。
(大体気づかない。微妙な位置にいるということにも気づかない。)

あなたは恋愛をすると恋人に特にこれといって何もない影響を与えます。あなたと恋人との間に恋愛がある限りはお互いに恋愛に惹かれて一緒にいることができますが,他により魅力的な人が現れたり,嫌な部分が重なると最終的に簡単に心が離れ別れることになります。
(あー現れた。むこうにね。)

あなたは行き当たりばったりな恋愛をする傾向があります。特にわがままでもなく,適度に自己主張の出るあなたは,年上とも年下ともうまく関係を築くことができます。ただ無意識のうちにこなしている事が多いので環境の変化や時間の経過により恋人に心変わりをされる可能性があります。
(あたってる。)

あなたの恋愛精神年齢は 25歳 です。あなたは年よりもだいぶ若い恋愛精神年齢をしています。恋愛をすればするほど若返る傾向があります。
だいぶじゃねーだろ。つーか恋愛をすればするほどバブゥーバブゥーになるってこと?それじゃモテないわ。嘆息。)

あなたの次の恋の始まりには セロテープ が関係するかも。
(ここまでくるとほんとに意味がわかりません。)


2/9/Vendredi  「answer」槇原敬之

 この前久しぶりに練習にいったとき、「次の練習は14日です」とかなんとかいわれてみんな一瞬ちょっとざわついたりした。なんで?と思ったら、チョコがどうのこうのという声がきこえた。あーそうかーバレンタインデーかとやっと気づいた。おれには全く身体化されてないらしいことを再確認。

 政治の話は別としても、だいたい、誰が国の代表だっていいでしょうが。つーか誰が国の代表かでヒートアップするっつーのがわからん。「あんなバカな回答するやつが日本の代表だと思われては困る。まともな人はもっといます」とか。なんじゃ?あんたがでればいいじゃん。つーかそんなに日本「」が大事かね?これがまさに「」家主義ってやつなのかしら?自分がしっかりしてればいいし、自分がしっかりしてなければそれはそれでいい。

 昨日あんなこと書いたもんだから今朝の『朝日新聞』に姜尚中が登場。この前の新大久保駅のこと。賞賛の声はたやすく排斥の声に転化する。特に、知事が「三国人」発言をしてしまうような「国」では。

 いやそんなことどうでもよくて。昨日の夕焼けは今年になって一番きれいだったこととか、夕方の月はオレンジ色でとっても大きく見えたとか、月がとても明るくきれいだったとか、そんなようなことをいいたいのに。


2/8/Jeudi  「Aruanda」Astrud Gilberto

 「ここがヘンだよ日本人」という番組が変だよ。とゆー話。前半「国際人」。後半「太っていること」について。まず感想。まーやらせなんだろうけど、気分が悪かった。声がでかいやつ・力の強いやつに従えってこと?そんなやつらのせいですべてが封殺される。あれが外国人の代表なのか一般的な姿なのか。そうでないと思いたい。あれみて「うっしゃ!ディベートを取り入れなくては」と思う人はいるのだろうか。いやいないだろう(反語を使ってみた)。

 自称国際人が「おれは何ヶ国語喋れる」とか。ズキューン(→ ((**。言語社会学的には「何ヶ国語」とかいう発想自体にまずメスをいれなければならない。「国語」ってなんや?田中克彦『ことばと国家』(岩波新書)をまずは読もう。国際人とは誰なのか・どんなことを「する」人が国際人なのか?「動詞形で考えよう」。

 いくつかのファン(?)ページの掲示板を除いたが、2/7放送分のは以前のにもまして評判が悪いようだった。スタジオに出てくる日本人がダメ・街頭インタビューされてる若者(のきなみ珍回答)を日本人代表みたいにされては困る、とか。日本人コメンテーターがダメとか(これは同感)。国際人たるもの世界地図が読めなくてどーするとか「英」語喋れんでどーするとか。どーにかなります。必要に迫られればやります。つーかためにする議論で話にならない。国際化・国際人とかはまたあらためて(しないかもしれない)。

 太っていることについて。掲示板も読む(スタジオのはお話にならんぐらい酷かった)。いろいろロジックが破綻している。

 太っている人は、健康によろしくない。これだけは同感。でも本人がそれでいいならいいじゃないの。血栓とかができて脳に詰まったりしたら脳梗塞になって倒れて半身不随になる。そしたら面倒みるのは誰なんだよ?いくら金がかかると思ってんだよ(という意見の看護婦)。そういうことがなくなると彼女は看護婦としての自分の仕事を失うということまではいわない。あなたが面倒見なくても誰かが面倒見てくれる。別の人。誰が金出してると思ってんだよ。財政は将来はもっと厳しくなるんだよ。税金でそーゆーやつの面倒みてんだよ。保険がある(保険については立岩さんの議論を読むとよいと思います)。財政ならすでに破綻している。つーかですね、そーゆー人がいないと健康ブームもダイエットブームも、そしてそれを煽りたてることで成りたっている企業もたちゆかなくなるんですよ。全部資本の論理なんですよ(←おれは何主義者なんだろう?)。生=権力ってゆーのはすみずみにまでいきわたるものなのよねん(適当)。

 以下。ちょいまじめに。お前らは国の恥だとか。国とか民族とか自明視されてきたものが「本当にそうだったのか?」というのは疑問視されてる(学界ではね)。想像の共同体とかさ。ポストモダンとかポストコロニアリズムとかね。言説とかさ。いまどき「国」とか「民族」とかを自明視してるのはいけません。あと、スタイルとしていかにもおれは国のことを憂いてるとか。なんでいきなりそーゆー話になるのかしら?財務省の人かしら?あと太ってるわたしをどうにかしてとゆーのはエゴだとか。、あー一般用語としてのエゴと学術用語としてのエゴっつーのは違うのかもしんないけど(それ自体が問題ではあって、少なくとも一部のまじめな学問はそーゆー細かなしかし大事な問題に取り組んではいる)。エゴの使用法は違うとおれは思う。澁谷理論ではね。あと、太ってるやつは将来(脳梗塞とかで)ぶっ倒れるんだから今から節制して迷惑かけんじゃねーこのやろー、という暴見。もういうことなし。立岩さんとか森岡さんとかをおすすめします。自分の感情を大事にしながら、しかし丁寧に論をおうことが大事です。

 それにしてもテリー伊藤。おもしろくもなんともない。最悪だ。「ネプ投げ」「しりとり侍」よりよっぽど低俗番組だと思います。

 つーか自分で書いても全然気持ちのよい文章ではないので、いっときしたら削除するかも。ごめんなさい。

 少しは姜尚中の議論のしかたでも学んではどうでしょう?個人的には今日本で一番かっこいい人だと思う。いろんな意味で。



2/7/Mercredi  「Also sprach Zarathustra」deodato

 いやほんとに死刑には反対です。ヤメ検の弁護士が、「検事が情報をもらしたことによって嫌がらせがとまったのだから」とかいって正当化(になってないけど)するのをきくにつけ、あほかと思う、と。唾棄すべき存在にも涙する場面があるということはわかる。でもあなたは唾棄すべき存在なのだ。人を殺した責任というのはどうやってとるのだろう?10億もの金を横領した人はどうやって責任をとるのだろう?400年前に植えられた松林の松を勝手に伐採して売り渡した人はどうやって責任をとるというのだろう?あなたが2年ちょっと刑に服したからといって松林はもとに戻るのかしら?有明の海はもう水門を開いたぐらいでは戻らないらしい。こういうこととくらべて、一人か二人か三人か殺した人間のほうが罪が重いのかしら?猫を殺したほうは器物損壊ですむのかしら?


彼女が途中まで送ってくれることになった。
「ここで降りて」
あれ?もうちょっと送ってくれるんじゃなかったっけと思いながら
でも「うん。ありがとう」といって車から降りた。
降りてドアを閉めようとすると
「ねえ」
彼女が車の中から手をひらひらさせて呼んでいる。
「なに?」
彼女は手をひらひらさせるばかり。
「?」と思いながら閉めかけたドアを開けて頭をつっこむ。唇をよせてくる彼女……。

「彼ができたら一度やってみたかったんだ」といいながら、車で去っていく彼女。


 う・うはぁーーーーあらーーーーとかいいながらひっくりかえるおれ。いいなーうらやましーなーバブゥーバブゥー。じたばたしながら地団駄を踏む。再放送の『ビューちフルライフ』。敏腕プロデューサーヒゲの分析によれば、しかしおれは本当には彼女が欲しいとか思ってない、というのだ。切実にほしいのなら何らかの行動をおこすハズで、それをしないということは本当に欲しいとは思っていないのだ、と。機能主義的説明ってやつですか(違うか)。

 まーいっちゃえばそのとおりなんですけどね。彼女なんかいないほうがいい、というのではなくて勿論欲しいんだけど、そのためになにかするかっつーとなんもしない。いたらいたで楽しかったり苦しかったりするんだろうけど。「恋に苦しむ」かー。とんとご無沙汰(←すいません)。でも、いなかったらいないなりに結構楽しい(強がり度201%)。とゆーか今がそうなので。「ワタシ(ボク)寂しがり屋さんなの」とか実際にいってるやつはきいたことがないので聞いてみたい(実行してるやつはいる)。「恋愛しないと死んじゃうの」とかいう人は考えようによってはかなり鬱陶しいけど、まーそういう人もいるかもしれない。でもおれは彼女がいないと死んでしまう、というわけではない。

 女性の日記とかで、ちょっぴり憧れていたりする男性に頭をなでられたとかいう記述を見るたびに「な!なぬぅ〜」と思う過剰反応男(こじれ系)。おれだって、かつて女子の後輩とかに「もー先輩っ!」とかいいながらバレーボールのアタックのように叩かれたりしたことはあるが。女性から男性への身体的接触(つまり女が男の身体にふれること)つーのはそげん気にならんことなのかいな?まー男性でも女性の身体によく触れる人はいるが。それはイヤらしいとかじゃなくて、親愛の情なのだ、というのは見ていてもわかる。だから不快ではないのだ(いや明らかにお尻を触るとかそういうんじゃないよ)。多分当事者どうしも親愛のしるしだと思うだろう(とゆーか意識しないだろう)。恋人どうしが腕を組んだりするのは勿論だが、そうでない親しげな一組のツガイがふざけあったりしているのを見ているだけで「いいなーうらやましーなー」と思ってしまう。

 困るのはいちいちその意味を考えてしまうわたしのような過剰反応男だろう。おれは勿論親愛の情をこめて女性の身体に触れるなどということは余裕でできないので。女性の頭をなでる、なんてことは……。やってみたいなーうへへ……とは妄想するけど、やったら「おう出るとこ出ようじゃないの」とか凄まれて突き出されたりするんじゃないかと実行する前からビクビクして余裕でできない。でも、女性の方から「先輩」などといわれて腕とか肩とかを触られることってこんなおれにでもあるんだよね……(泣く ←卑屈すぎ?)。ほんで思う「な?なんでおれに触ったりしてくれるんだろう?」とかね(うーん。あなたは完全に卑屈です・卑屈ーズです)。多分「好き」とかそんなんじゃなく、軽い挨拶なんだということはいくらおれでもわかる。でも意味を考えたりするから……だから過剰反応男なのか、過剰反応男だから意味を考えすぎるのか?「ワタシの得意料理って肉じゃがなの」とかいう女には注意したほうがいいとは常々思っているおれだが、実際体に触れられながら自分がいわれたら余裕で18秒で沈没すると思う。これも秒殺なのかしら?過剰反応男を秒殺するのは簡単です。


2/6/Mardi  「Monkey」George Michael

 この前やまぐ×から「お料理月間」はどうなったんだときかれた。同じようなことを別の人にもきかれた。12月は全然してないけど2月はします。日曜日にはシチューを作った。グランマニエ(でいいのか?)を溶かしながら。ほんでガーリックトースト(でいいのか?)と生協ワイン。ほんと最近腹が減ってしょうがない。料理ができる男になりたい。

 車を積んだままの船は沈むし、変な事件が多いなーなどという話。わたしは死刑反対論者です。死刑賛成の人のいうことは、「死刑は犯罪抑止力になる」とゆーことと(実際にはなっていないが)「殺人には同等の報いを」ってことと、「お前の家族が殺されたらどうするんだ」とかいう感情論にさえなりきれてない不感情論。被害当事者やその家族がいうならともかく、そーゆーこというやつに限って自分は(別に家族を殺されたわけでもなく)絶対安全な位置にいたりする。あほか(ちなみにもし家族が殺されたなら犯人には死刑などという楽な道はとらせず、一生を牢屋の中でくらしてもらいこちらの気ままに好き勝手にいたぶらせてもらいたい)。でも、こーゆー人たちには死刑はどうでしょうか?とゆー話(報道されてることが事実だと仮定して)。猫を洋弓銃で撃ち殺す銀行員。機密費とかいって馬を買ったり愛人をかこったりするおっさん。10何億かをちょろまかす出納係。金はもらったうえに逃げ回って「証人喚問には応じましょう」とかいうあほ議員・ばか議員。判事に情報を漏らす(というよりばらしてる)検事。最後の検事がいうには「被疑者の女性は現実と仮想世界の区別がつかないんじゃないでしょうか」。いまだにこんなこといえる神経がどうかしてるが。当事者が主観的におもう「リアル」こそが唯一リアルであって、仮想とか現実とかいうのは関係ない。捜査情報もらすおめーこそなんの区別もついてねーじゃねーか。あほか。こんなやつが検事やってるぐらいだから誤審のおそれがなくならないんだよ。そんな司法制度の中で死刑にされたらたまったもんじゃない。

 あれ?おれほんとはロマンチックなロマンチスターなんだけど……。さて再放送の『ビューティフルライフ』のキムタク(金卓)と常盤貴子を見ながらちくしょーうらやましーなーなどと思いながらなんにも手につかなくなってしまう午後を過ごそうかしら。

 で久しぶりの練習。楽器を持つのは2ヶ月ぶり(以上?)だったので腕が痛くてしょうがない。この前ヒゲ日記の「親切」というタイトルを「おやきり」と読んでしまい、怖くなってきた。FM で「Monkey」が流れてきた。しかし怖くて辞書でスペルもチェックした。画面みてても目が痛くていつのまにか文字のサイズを最大にしていたりする。


2/5/Lundi  「pretty world」ono lisa

 さて昨日。8時半ごろかな。テレビを見てると小野リサの
pretty world のPVが流れていた。なぬ。と思って見ていたら川原亜矢子が Bossa Nova を紹介するような番組だった。なぬ。これは見なくては。ほんで見ているとベベウ=ジルベルトという女性シンガーが出てきた。ジョアン=ジルベルトの娘らしい。で、「彼女はこの映画でも歌っていました」と紹介されたのがこれ。なんと去年姉さんと一緒にみた映画。『ナビィの恋』を見にいこうと思っていったらもう終わっていて、で仕方なく入ってみたらやっていて、思いのほかおれ好みだった。ボストンの風景と Bossa Nova が美しかった。サウダージ。この中で歌ってたのねん。夜は、久しぶりに『春の祭典』を見て「こんな曲だったっけ?」と思い、ラヴェルのワルツを聴いて、佐渡裕(指揮者)と原朋直(jazz trumpet)の番組をみる。協奏曲を吹きおわったあと感極まった彼の表情が意外だった。はやくもどらねば、と思わされた一日。

 月曜日。ずぼらーズ。修理に行こう行こうと思いながら行っていなかった眼鏡の修理。ふくすけ君のバイトしている店。彼は電話の応対をしていた。お茶を出してくれる。論文はもうほぼできあがっているとのこと。修理は1分ほど。だから、自分が思うよりもずっと早くいろんなことは解決したりするんだから億劫がるのはやめようといつも思うんだけど。別れ際、彼は「この前スガシカオのコンサートいってきましたよ」相変わらず活動派。おれはずぼらだからずぼらーズ。

 真昼間から「モテナイけどそれなりにカッコイイ生き方をする男たちと密会」。立岩さんの『弱くある自由へ』。もうダイブ終わりのほうまできた。1時間も何やら喋っているとヒゲが「そろそろやめませんか」という。「なんか疲れませんか?」ダルそうなヒゲ男。多分規則正しい生活をしてないからだと思う。練習後図書館へ。電話の向こうの相手にだけは妙に律儀で馴れ馴れしいぐらい丁寧で、その実周囲の迷惑には鈍感なあほ男が、ここが図書館であることも忘れて携帯で電話中。投げ出したあと、そのことにも何か意味があるはずだと意味を見出そうとする見苦しい読書に悶々。21時半の閉館。最後まで残って勉強してるやつなんてほとんどいない。どしゃぶりではないがやっぱり傘をささないとノートが皺皺になる程度にはふっている雨。冬なのに電灯にてらされる木々はあおい。息は白い。70円のいつものこーしーを啜ろうと思ったが今日は「ハイジ印のココア」。そしてふたりは別れた。


2/4/Dimanche  「boogie bossa nova」Quincy Jones

 昨日とは一転寒い雨がふる日曜日。いっそもっと寒くなってがんがん雪がふってほしい。中途半端に寒いのは嫌だ。キャベツと玉葱の味噌汁がうまい。

 最近なにかとうるさい(通常比5.5倍)。みなさんの周りはうるさくないですか?うるさい車・うるさいテレビ・うるさいCM・うるさい人間。うるさいとゆーかうっさい。うるさい人間は××て××なれ。こたつに入ってテレビを見ていると居間の額が落ちてきた。まじで家庭崩壊。

 ある音楽ファンのページを見ていたんだけどなぜかむかむか。なんでかなーと考えたら、内輪ネタなのだ。その音楽(や演奏家)のことを知りたいんだけどわからないのでそーゆーページを見たりするのに、内輪でしかわからん話ばっかり。しかも濃ゆい。ほんでそーゆー話についていけないインタビュアーとかが結構ばかにされてたりする…「こんなことも知らないの」的に。内輪でもりあがるのは全然いいんだけど(それこそファンの特権なんだから)それがわからない人をばかにすることはない。つーかしてはいけない。情報量はすごいんだけどしらけちゃった。

 あーうるさいうるさい。


2/3/Samedi  「Sun Touch」Herbie Hancock

 さて昨日。ヒゲを18時まで待つがどうやら会談が長引いているらしく先に城野へ向かう。Kさんを乗せる。車中でいろんな興味深い話。一度日記として書いたんだけどどうしようかな。

 この前朝方4時ぐらいに目が覚めたのでテレビをつけると小谷野さんの再放送があっていた。朝4時に「もてない男」がどーのこーのいうテレビをふんふんいいながら見るあほ男。

 土曜日。今日も一日部屋の中で片付けさえ進まない。坂本ちゃんをみて涙したり。節分で太巻きを食うなんてのはどうでもいいことだが。このへんの風習ではないと思う。それなのに太巻きを買ってこいという母に立腹。結局おれも食ったけど。夜はお好み焼き。この頃土曜の夜は
jazz を聴いたり。いやほんとに。サラもベイシーもジミーもよかったり。CDほしいけど金がない。

 こじれ系へたれ人間の問題は、バーンアウトすることではなく、バーンアウトすることさえできないという点にある。ほんとはこの日記も説明過多だと思うんです。


2/2/Vendredi  「Water to drink」AJJA'92

 青春学校。いつごろからかわからないが、木曜日の夜青春学校のあと。何人かの学習者とボランティアを送って帰ってくる。大体22時をすぎている。夕飯を食べると直後に睡魔におそわれる。こたつでひと眠り。風呂に入る気力もあまりないがとりあえず入ってすぐ寝る。木曜日はそんな生活。

 昨日は小学4年生の「国語」の教科書をふたりで読んだ。冒頭の「ガオーッ」という話で、動物園に住む年老いたライオンと若いクロヒョウの話だった。いつものようにふたりでたどたどしく読んでいった。ハルモニは、漢字練習帳に、先週おれが出した宿題とは別に「ガオーッ」を書き写してきていた。「えらいがんばったね」というと「いやーさびしかったけんちょっとやってみた」。何ページになるかその場で確認すればよかったのだがわからない。10ページ以上はあったと思う。そんなふうに50分ほどしてお茶の時間になった。今日はKさんのお手製マドレーヌだった。40何個作ったといわれていた。さらにコーヒーもたてて持ってきていた。休憩のお茶がすむと、前に座っている別のハルモニとも一緒にとりとめのないお話タイムになった。先週の
城野でおれは韓国語をちょっと習ったんだという話をした。「これは」を意味する「イゴシ」とかそんなのしかわからんのよ、とか。そうすると、前のハルモニが「本」とか「ノート」とかはどういうのか・「これはなんですか」はどういうのか教えてくれた(しかももう忘れてしまっている)。おれのパートナーのハルモニのお孫さん(といってもおれとほとんど同じ歳)が、1年ほどで韓国語を話せるようになったこと。その韓国人の若い先生がみえたとき、むこうは韓国語で話しかけてきたのに、自分は思わず日本語で返事をしてしまったこと。孫に「なんでむこうはハングックでいいようのに日本語で答えるんね」といわれたこと。「使わんやろ。そしたら口が動かんちゃ。思うとってもね出らんちゃ」。そういって笑う。みんなで指の体操をする。両手の指をあわせて、それぞれの指をぐるぐるとまわす。薬指が一番動かない。全然動かない。今日はふたりで詩を読みたいと思って持ってきていたがハルモニは「ことばわからんやろ」といわれた。「でもさー愛とか恋とかちょっと色気のある話読んでもいいと思わん?」「うんそうやけどね。ことばが難しいやろ」。でもすこしとっかかりはありそうにも思った。

 短くても胸に刺さるようなことばはある。同じように、いつも一緒にいるハルモニからおれが学んでいることはたくさんあるんだよ、ということを説得的に書くことは難しい。それで頓挫したのだった。いやその前に、そのことをおれ自身がハルモニにフィードバックしなければならないのだった。とてもエスノグラフィーになっているとは思えない。

 ヒゲから泣きの電話。やっと覚悟をきめて指導教官とあう気になったらしい。先生と面談した後に泣くのがいいのかどうかなどということが気になるらしい。「あ、泣きながら先生にあいにいくというのはどうですかね」というので「先生に泣きついてバブゥリングしたら」とアドバイスした、日差しは温かいが風は冷たい金曜日。今日も城野へいく。


2/1/Jeudi  「My funny valentine」小林桂

 小雨のふる朝。起きるとお茶かこーしーか時に紅茶を飲む。今朝はお白湯。ほんとは入れ方にもこだわったほうがいいと思うけど(つーかこだわっている人をかっこよく思えてしまう)わりかしざばーっといれて飲む。もちろん「はいどーぞ」とかいってくれる彼女と「ありがとう」などといってしまう自分を妄想する。

 なんかお決まりのネタのふりかたがあって、さんざん批判したりこき下ろしたりしておいて、最後に「あ。そういえば自分もそうだった」と自分を落としてオチをつける。話の構造としては安定してるんだろうけど退屈。先が見えてしょうがない。まーおれもまたどこかで使ってしまうかもしれない(← まさにこんなやり方)。つーかこのごろ画面を見てるとすぐ眼が疲れる。あんまりよくないことなんだろう。両方とも裸眼で0.1ないからメガネかけてるんだけど、寝てるとき頭で押し潰したらしく、起きたらつる(というのか)が曲がっていた。さっき鏡でみたら結構曲がっていた。これ以上ヘンタイとかいわれたくないので修理にいこう。

 書きたいことを書くと自虐的とかいわれたりそんな人とは思わなかったとか言われたり。最近妄想ネタがない。2月はバレンタインデーなどというまさに「品のいいモテナイ男」にとっては妄想を悶々と掻きたてられるイベントがあるので、なるべくいい妄想(?)をしようと思う。

 この日記も(とゆーかおれ本人のことかも)きれいごとといわれたりしたんだけど、他の日記とか見てても「きれいごと」に見えるものは結構あったりする。それはいいんだけど、人とつきあったり(人付き合いという意味ね)してると、明らかに本音を隠しているというのか、その隠しぶり(隠しそこないぶりというべきか)が見えて見えてしょうがないことがある。苦しいのに苦しいとはいえなかったり悲しいのに悲しいとかいえなかったり怒りたいのに怒りきれない人とか。率直に「かわいそうだな」と思う。すごく話をきいてほしいのに言い出せないとかね。おれに対して怒りたいんだけど正面きっては怒れないとかね。怒ってみたら?おれもその時は多分怒るんだけど、まー喧嘩になって口きかなくなってもいいやない。どうせあとは別れていくしかないんだから(死が訪れたら否応なしに別れるしかない)。きれいに別れたってきたなく別れたって一緒だって。憎しみぬいて別れるっつーのもカッコいいと思うんだけど。どっちにしても、おれにとって本音をぶつけてくれない人はなんか迷惑だな。

 憎しみぬいたことがない人は人を好きになったりするのだろうか?こんなこと考えたりするのも全部おれ。ギャップとかじゃなく。


 Janvier  Gennaio  January



 過去も結構おとなげない