★ Mars  Marzo  March ★


3/31/Samedi  「farewell farewell」original love

 教科書がどうとか学力がどうとか。そんな話が多いですが。一応かつて社会科教育を専攻したものとして(あんまり関係ないか)いくつか思うところもあるわけで。歴史教科書についてとか。家長さんのこととかははずせないんだろうけど。まーましこさんですね。この問題に関しては

ましこひでのり 1997『イデオロギーとしての「日本」 「国語」「日本史」の知識社会学』三元社
山田勉 1980『歴史・政治経済教材と教科書検定』国土社

がまず出だしの必須文献なのではないかと思います。

 我慢できなかったのか夜のお好み焼き。


3/30/Vendredi  「月の裏で会いましょう」original love

 よみかき教室・城野の3回目の修了式。去年はたしかでてないと思う。1回目は参加したけれどはやい。今回のメインはやはり岩松さんだった。もうひとりKさんも春からは高校生だ。昼間の中学生女子6人もやってくる。校長先生もみえていた。学習者のみなさんに修了書がわたされ、みんなで作った文集が配られる。公民館長さんのことばがあり昼間の中学校の校長先生のことばがあり学習者のことばがある。赤飯のおにぎりやせりご飯のおにぎりや寿司飯のおにぎりや豚足やチヂミや唐揚げやふきや卵焼きやワインやキムチやアップルパイ……といった手作りのごちそうがならぶ。

 修了式は19時からだったんだけど、その前にふくすけ君が「本屋にいきましょう」というので久々にクエストへ。やはり社会学系統の本がいっぱいあったりすると読みたいなと思うし書いたいなとも思う。1冊だけ購入。福岡安則 2000『聞き取りの技法』創土社(2100円)。またしても入門書。何回目の入門なんだろ?入門しつづける男

 2時間ほどで会はおわり、岩松さんを送り届けて高速でかえる。雨がふっていてタイヤがつるつるのおれの車ではちょっと怖い。ワインとビールを飲んだので後輩のI君に交代してもらう。結構とばすのねん。院生室へむかう。いずし君が作業中。I君にこーしーをいれてもらったり。I君というのはいずし君の日記に頻出するジャズ好きな男。オークションで楽器まで購入してる。3人で真夜中のぷれい。着替えからもどってきたふくすけ君が「うるさいよ」。そのあと深夜番組観賞。ぷるんぷるんをみながら「どれがタイプですか」とふくすけ君に執拗にきかれる。深夜になにをやってるんだろう?これはあほ男どもといってもいいでしょう。


3/29/Jeudi  「Delilah」take 6

 火曜の夜。おれはじいちゃんが好きだが、そのじいちゃんに叱責される夢をみた。夢の中でおれをかばってくれたのはお父さんだった(ちちといういいかたはあまり好きではない)。反省。

 今朝。韓国人お別れ会。みんなで温泉でやろう、ということに。おれはなぜか暑い砂浜につづくコンクリートの道を、結構不機嫌な彼女とドライブしてた。でなぜか大きな宿にとまっている。そこに預けたおれの靴は表面に穴があいている(今はいているのがそうだ)。で、そのお別れ会に彼女も連れていくことに。いったら家族もいて、しかもみーこが王蟲になっていて追いかけまわされた。二日とも悪夢。


3/28/Mercredi  「亡き王女のためのパヴァーヌ」

 この前の日曜日(25日)のことだが、朝関口宏のスーパーモーニングをみてたら「64歳女性の卒業式 さよちゃんの卒業 64歳の春」あれ?と思ったら、青春学校・よみかき教室城野の学習者・岩松さんが出てた。まず感想「なんで?」。このような番組が放送されるときはボランティアであるわれわれにも大体は前もってお知らせがあるのだが、金曜日の城野ではひょっとしてお知らせがあったのかも知れない、と思いながら(録画はしなかったが)みた。昼間の中学校に通い、春からは定時制高校の生徒になる。そこに通う学齢期の(13歳とかの)中学生が、口々に「教えられることが多い」とか。まあそういう話は、なんといっても本人にじかにきいているわけだから、これといって驚きがあるわけではない。

 いつも注目するのは、そういう状況を知って、スタジオのコメンテーターはどう反応するのか?ということだ。関口宏がかたり大宅映子がかたり浅井眞平がかたる。特に不快な感想があるわけでもなく、むしろいつもよりも「これでいいのかも」と思う。

 しかし。なにか問題があるようにも思うのだ。それでいいのか?学齢期にさまざまな事情によって学校にいくことができなかった。そして64歳の今になって昼間の中学校に(夜間中学はここにはないので)通い春には進学する。誰もが「教え教えられた」という。美しいけれどそんな話なのか。
こちらのbreeze21 というところ。


3/27/Mardi  「月の光」

 中学生のころ買ったレコード。それからおとしたテープを久々にきく。涙。今日はとてもいい感じでプレイできた。いつもこんな調子ならいいんだけど。後ろがちょっとうるさかった。雑で。「月の光」先生がおっしゃるには、印象派の音楽は思いつきだから次どこにとぶかわからん。しかしこれはなんて美しい曲なんだろうと思う。夜桜不発。


3/26/Lundi  「My foolish heart」Bill Evans

 実は全然風邪がなおらなかったらしく、フラフラの病人をのせて病院へ。39度以上の熱。どうやらインフルエンザらしい。今から点滴をするので2時間したら迎えにきてくれ、と。19時45分ごろいく。まだのようだ。といいつつ2時間半待たされた。看護婦さんは怪しげな目でおれをみてる……。そりゃそうだ。「どなたかお待ちですか?」

 金髪の若いカップルがはいってきた。女の子のほうが歩くのも痛いらしく、(男のほうが)受付にカードを出すと、待合のいすの上に女の子は横になった。「おしっこのところが痛い」とか「水曜日におろす」とかそんなことがきこえた。中絶って妊娠のどのくらいの時期にするのかよくはわからないし、中絶ってどうなんだと思っているが、とにかくその女の子はお腹が大きいというよりも体全体が丸みをおびて大きくなっているようにみえた。あれをかきだすのだからやっぱり殺人なんじゃないか、と思った。応対した看護婦さんはどこが痛むのかとかどのように痛むのかきいていた。それで女の子はおしっこのところといっていたのだろうが、看護婦さんは「どんな感じ?膀胱炎みたいな感じ?」ときいていた。膀胱炎になったことはないがその女の子はなったことがあっただろうか?とにかく何でかわからないけど痛むのであって、それが膀胱炎のような痛みだと彼女自身わかっているのなら「おしっこのところ」とかはいわないんだと思う。有体にいえば、看護婦は彼女自身が準拠する病理のカテゴリーにのっとって女の子の状況を把握しようとした、しかし女の子にとってはそれは「おしっこのところ」の痛みとしかいいようがない。


3/25/Dimanche  「affair」スガシカオ

 ひとり暮らしの風邪ひきさんの救出作戦。14時ごろ到着。いわれるままに昨日の残りのうどんをつくる。19時ごろ夕飯用に牛乳やたまごやパピコやしゅうまい(自分が食べるため)をサニーまで買出しにいく(831円)。20年ほど前の自分が住んでいた団地。こどもの声がしないなーと思ったらやっぱり夜遅くまで遊んでいるこどもはいて。そーゆーのをみるとやはりなんか……。おかゆをたいてやろうと思ったらすっかりご飯が炊けた。

 21時半。ヒゲがおれに読ませたくて借りていたフィールドワークの本と『戦争論妄想論』。前者はまったく読まず後者は宮台さんのと姜さんのぐらいしかちゃんと読んでない。昨日「もう返してくれましたよね」といっていたが実はまだ返してなかったので返却しにくる。。そしてひとり昨日と全く同じ状況でこーしーをすする。あと何週間もしたらここはまた若々しい人たちによってむせかえるのだろう。それは嬉しかったり楽しかったりするよりも寂しかったり悲しかったりすることなのだと思う。


3/24/Samedi  「spirit」スガシカオ

 昨日。15時半ごろヒゲから電話があった。城野を欠席するという。こっちは風呂にはいって行く準備をしていたのに。彼の話では今日は卒業式なのでふくすけ君も休むだろう、とのことだった。17時ごろふくすけ君とその後輩の某君から欠席の連絡があった。みんな休むのでおれも休むことにした(いくつか思うところもあって)。

 結構長時間ゆれた地震のあと。名残惜しいのかヒゲから電話がかかってくる「今時間いいですか?」なんのことかと思ったら貸していた本を返せこのやろー、ということだった。加藤さんの『性現象論』と『社会学の知』と
だめ連の『働かないで生きるには』だった。結局一冊も読了せずじまい。むこうにもっていくそうだが。しかし仕事しながら勉強する時間があるとは思えないが。それよりも、加藤さんのとか社会学のは図書館でかりれるだろうけど、だめ連の本は図書館にあるんだろうか?

 おそらく最後になるだろうからぶらりんこ。一番長くぶらりんこにつきあってもらったのはこいつだった。ある時期こいつはおれの(敏腕)プロデューサーを名乗っていた(何のプロデューサーだ?)。このあほ男は今年度おれが論文をかけなかったのは(またしても)自分のせいではないか?と勘違いしていた(勘違いだし自分を買いかぶりすぎ)。しかしだめ男どうし・へたれやろうどうし。共依存だったし明らかにお互いに影響を与えあっていたのだろう(気持ち悪いな)。しかし、たしかにこいつのせいにしてしまいたいことはひとつだけあって。そのせいで、といえばいえなくもないことがある。

 こいつはおれと話すときよく自分の彼女をネタにしていた(麦チョコとかコーラとか肉ばっかり食ってるとか野菜を食わないとか)。そんなネタをふっておきながらそれを笑いにすると「失礼だからやめてください」などといったりするのだった。しかし彼女のことを何にも知らないからこそいえることもあるわけで。たとえば、ふたりがわりとよく知っている女性のことだったら笑いではすまないのだろうと思う。そういう意味ではこいつのせいだ、といっていいことがおそらくひとつある。そして、それはどうでもよかったことなのかといえば全然そうじゃなくて。今となってはもうおもしろがるしかないんだけど。

 いつものように中庭にむかわせた。ヒゲは院生室にむかう。たまたまふくすけ君がいたようだ。夜の中庭で3人こーしーをすする。ふくすけ君が昨日の残りがあるので写真をとろうといった。たまたま女子が通りかかった。すかさず彼は写真をとってくれるように頼んだ(彼はこのような行動力に長けている)。多分3人で飲む最後のこーしーになるのだろうと思う。

 仰々しい別れはいらないしこれでいいのだと思う。なんだかんだいってこいつはおれよりはやるやつだと思うので、南の島でとてもこいつらしいすごしかたをするのだと思う。


3/23/Vendredi  「sweet soul revue」pizzicato five

 大体音楽雑誌なんて、わかる人にわかればいいんだよ式の・専門用語ばっかり頻出する・完全に読者を無視しきった素敵なつくりであることが多い。たとえばCD紹介などで「ジャズやラテンなどの要素を取りいれたバラエティ豊かな仕上がりになっている」などとあったりする。そういうのは大体バラエティ豊かな仕上がりになっていない。というか、そんな能書きが書いてある時点でこちらの購買意欲はもうほとんどなくなってしまうので買わない。難しいと思う。きけばわかるのに未だきいてもいない人に説明しなければならないのだから。

 何が嫌いって説教くさい歌ほど嫌いなものもないわけで。「音楽なら何でも好き、という人は実は全然音楽が好きなのではない」ということばをずっと昔読んだことがある。それ以来なんとなくそうだなあと思ってきた。前から読んでくださっている人にはおれがどんな音楽が好みかはわかってくださると思う。音楽をことばにして伝えるほどの能力はないので何ともいいようがないのだが。

 pizzicato five の解散は(今はもうほとんどきいてないけど)確かに何か感慨のようなものでもある。東京にいった古い友だちが「pizzicato はいいよ。特に Bellisima! が」と教えてくれたのはもう5年以上前だと思う。そのアルバムには田島貴男が参加している。このアルバムが発表された当時おれはまだ高校1年生ぐらいか。そんなところには全然興味がいっていなかった。当時は久保田利伸とか山下達郎にはまっていたと思う(今でも好きだが)。pizzicato といえばやはりスウィートソウルレヴューであり、もっと大雑把にいえば渋谷系と名づけられた雰囲気(動向)なのだった。アシッドジャズなどという動きがあり(そういう動きがあるんだよということがいわれていた) jamiroquai が出てきて。普通にジャズ好きなおれは、勿論そういうのにも興味をもったのだった。92年頃だったか、深夜のテレビCM で盛んに original love の「ヴィーナス」が流れていた。何かの宝石のCM だった。「なんじゃこりゃ」と思ったのだがいつの間にかはまっていた。『結晶』を買う。バイヴとかフルートを多用する音楽だった。なのではまる。同じ時期、たまたま車の中できいていたFMに田島貴男がゲストとして出ていて、「僕が最近きいている曲です」とかなんとかいったのだと思う、それで紹介されたのがjamiroquai だった。同時に oroginal loveの「Let's Go!」もかかったのだと思う。コンガとガチガチした鍵盤の音そしてバイヴのソロにひかれた。それからすぐ93年には『EYES』が出て、秋には「接吻」がガンガンかかった。94年には『風の歌を聴け』がでた。いくつかの雑誌を購入し、田島貴男という人がどのような道をきたのかを知る。当時はここでも田島貴男の番組がきけたので日曜の午後はほとんどきいていた。95年『Rainbow Race』で鈴木茂と共演する。鈴木茂といえばはっぴいえんどだが、彼の「100ワットの恋人」はすごくいい。

 そういう記事は今でも読み返したりする。彼がビートルズにすごく影響されているというのは最近になってようやくわかってきたのだが、そういうわたしはビートルズを人から借りたりしてちゃんときいたことがない(前にも書いた)。そしてこのままいけば多分これからもきくことはない。誰かが書いていたのだと思うが、クリエイティブであるということとセールスというものが結びついている稀有な存在、それがビートルズとすちーびーなのだった。男子の多くが中学生ぐらいからみな急に音楽にめざめバンドを組んだりしだす(女子はしらない)。ビートルズはみんなが通る道なのだろうがおれは通っていない。勿論一度もきいたことがないわけじゃない(そんなふうに過ごせる人はいないだろうと思う)。しかしビートルズは誰もが通る道、という感じがすごくしてそれが嫌だったのだろうと思う。ビートルズは通らず(ずうとるびは通った)すちーびーという道をたどった(勿論当時 original love は存在してなかった)。94年のその記事には、田島貴男のベストライブとしてすちーびーの名があがっている。

 話はすでに滅茶苦茶だが、小西さんがどっかに書いていたのだと思う。我々の時代にはもうオリジナルなんてことはなくなっていて、じゃああとはよいと思えるものをどのようにつないでいくか・コラージュするかということだ、と。確信犯としてパクるというのか、いやもうこの時代音楽をするということはパクるということでしかない、なんかそんなことのように読んだ。


3/22/Jeudi  「rock'n roll」pizzicato five

 修了式のおわったこの前の日曜の帰り、某公務員(4月から)とも話したし、月曜日早くタンポポの「恋をしちゃいました!」がききたくてウズウズしてるヒゲとも話したことだが、今自分が気になっていることは資格問題なのであった。今というより「ずっと」かもしれない。

 たとえば。青春学校のスタッフ会議。おれはいろんな意見をいう。誰かがいう「あんたそんなことより自分の論文書きなさいよ!」「人のことどうこういう前にあなた自分のことができてないじゃない!」

 某公務員(4月から)は「そんなこと言ってたら何にもいえなくなるんじゃないですか」。ヒゲは「そのとおりですよ。あなたにはいう資格はありません」。まーどちらもそのとおりなのだが、ヒゲのことばにはムカついた。まーしかし自分を捉えている問題とはこんなものなのだ。

 解決策というかどうすればいいのか、それは某公務員(4月から)と話してるときに急に思いついたのだが、自分が書くしかない。それは指導教官にもいわれたことでもあった。自分以外に自分のいいたいことを知っている人はいない。何かいったらそれに対するリアクションがおこるわけで(無視されるということも含めて)。でも何もいわなければ何のリアクションも勿論ないわけで。時々自分をとらえる苦しさは、自分と同じことをもっとうまくいえる人がいて、自分のいったこと・思っていることが簡単に一発でいってしまわれるんじゃないか?自分のいってしまいたいことは実は何も中身がないんじゃないか……などということなのだ。でもいってみるしかないし書いてみるしかない。

 もっとうまくいってくれる人がいたらそれはそれでいいのだ、と思う。その人のいってくれたところに乗っかってそこからはじめればいいのだ。

 とゆーか。なんつーのか。こうやって自分で金稼がずにただ勉強してるといろいろ思われたりいわれたりする。去年ある女子が感じていたものもそういうプレッシャーだったろうと思う。おれはその時彼女に「いわせておけばいいじゃない」といったのだが、その時も今も自分自身が同じプレッシャーに悩まされていることには変わりない。もっと堂々と開きなおりたいし、まにあの一部が“かっこいい”といってくれることの一部はそーゆーことなのだと思う。ほんで全然文脈は違うかもしれないけれど、すごく好きなことばがある。横塚晃一さんの「或る友への手紙」にあることばだ(立岩さんの本からまごびき)。

「われわれが種々の問題提起をした場合、いまだ討議もされないうちに『じゃあどうすればいいのか』という言葉が返ってきます。この場合私は、そんなに簡単に『じゃあどうすればいいのか』などと言うな、とはねつけます。なぜなら相手の『じゃあどうすればいいのか』という言葉は真にどうすべきかということではなく、われわれの問題提起をはぐらかし圧殺することが目的だからです。」

立岩真也『弱くある自由へ』148ページ



3/21/Mercredi  「ドキュメント2000」スガシカオ

 
番組どうでした?おれが知っている青春学校ではない。この当時(94―95年)まだ参加してなかった。そんなこと知りもしなかった。当時完全に自分の向かう道を見失って(というより見つけていなくて)いたおれは今と全然変わらずぶらぶらしてた。もちろんことばへの関心はもっていたけれども。大学院にはいって、某アメリカ人と出会うわけだが、彼の研究テーマは在日コリアン青年のアイデンティティだった。彼自身コリア系アメリカ人でもあり、また我々の指導教官は韓国社会に関する研究が専門だったから、おれ自身在日とかそういうものに接する機会はあったのだが、そして人並み程度には「国際化」とかそんなことにも興味をもっていたのだが、不思議なことに在日の問題への関心は全くなかった。彼は、演習などで青春学校の話題ももちだした。文集からコピーされたハルモニのたどたどしい字などもあったのだが、今考えると不思議なくらい全然興味をひかれなかった。

 うちの大学には障害児教育の課程もあり、学内でボランティアらしきことをしている様子なども目につくことはあった。印象といえば“嘘くさい”という感じだった。なんか集団でなにやら活動してる、ぐらいのことだった。

 だから、97年の5月、その某アメリカ人に連れられて青春学校を訪れたときにもまず感じたのは居心地の悪さというかそんなものだった。あたりまえだ。最初から好奇心も興味も関心もなかったのだから。こう見えても人見知りがハゲしいおれは全然溶けこめずにいた。青春学校では、訪れた人は必ず最後の帰りの会のような時間にあいさつ(挨拶)をしなくてはならないから挨拶だけは普通にやったと思う。

 ちなみにこのとき一緒に勉強したのが昨年お亡くなりになった市川さんだった。たしか小学校3年か4年の「国」語の教科書を一緒に読んで、漢字をノートに書き出したりしたのだと思う。2度と来るもんかとかは勿論思いはしなかったが、かといってそこでボランティアに目覚めたりとかそーゆーことでもなかった。あと2〜3回きたらおしまいになると思っていた。なにしろ木曜日の夜はバンドの練習がもとからはいっていたし。しかし、そんなおれがなんではまってしまうようになったのか?よくはわからないし思いだせもしない。もしかしたら女子学生がいっぱいいる、そんな理由だったかもしれない。

 でもその当時の自分の心根というか雰囲気というのか、そーゆーのは覚えている。社会科教育の大学院にも初めての後輩ができて、しかし(というかもちろん)実績みたいなものはなくて。研究なのか教育なのか、そんなことが特によくわからなかった。社会科教育とはなんだ?日々思い悩んだりはしなかったけれど、伝統がないぶんなにかわかりやすい形で社会とつながっているような感覚が(あるいはもっと確かなものが)欲しかったのだと思う。なんでもいいから経験しておく、というか。とにかく社会科教科書で出てくるようなことは体験しておきたかったというか。ひとりで町議会の傍聴にもいったりした(もちろん初めての経験だった)。だから後輩をひきずりこんだ。というか知らない場所にひとり投げこまれたような気がして誰かを道連れにしたかったのかもしれない。後輩を3人ほど引っぱりこんだ。

 そんなはじまりだったおれがもう4年も続けている。考えてみたら音楽だってずっと続けてるしなんちゃっての勉強もそうだ。どうやら途中でやめるのが嫌いなのかもしれない。投げ出しもするにはするんだけど。

 やっていて思うことはいろいろとあり、それはまた書いていくけれど、今、ひとついっておきたいこと。ボランティア(と一応いっておく。ボランティアではない、という人もいるので)にあたって。あーだこーだいうだけの人よりも、実際に足をはこんで体を動かす人のほうが10000倍ぐらいは役に立つしありがたい、といえるんだと思う。そんな(口だけの)人が今身のまわりにいる、というのではないけど。

 ボランティアが、他の何よりも素晴らしいとかやるべきことである、とは勿論思わない。守るべきものであったり維持すべきものであったりする何かを投げだしてまでやらなくてはならないこと、ではない。自分が青春学校にいるかぎりあまりそういう人に出会うこともないように思う。やらなければならないことではないがやってみてもよいこと。というのだろうか。そんな気がする。


3/20/Mardi  「波光」スガシカオ

 昨日。練習がおわった後ヒゲとデート(またまた吐)。黄砂か空がやけにかすんでいる。たこ焼きを食う。You Me town に移動。本屋をのぞいたり。ヒゲはタンポポの「恋をしちゃいました!」を購入。金がないといいながらこれだけは買わずにいられなかったようだ。中庭でこーしーを飲むために移動。早く CD がききたいヒゲは露骨に「早く帰りましょう」という。こーしーを飲んで帰宅。


 たまたま
テレビをみた。ウェルニッケ脳症にかかった男性のはなし。記憶喪失ではないんだけど記憶ができないのだそうだ。メモをとっていても、自分がさっきまでそのメモをとっていたということを思いだせない。自分がそのメモを書いた、ということを思いだせない。よくはわからないが、なにかとても恐ろしい感じがした。これは作り話ではない。SF ではないんだ、と思うとなおさら恐ろしかった。興味をひかれたのは間違いない。

 ぶらりんこ。杏の花をみたりたこやき食ったり。和布刈公園から眼下の夜景をみたり。ほんで話してると泣かれてしまう。いや。あの。泣かれても困るんですけど、みたいな。ある意味おんな泣かせ(大嘘)。ほんでこじゃれた店でクラブハウスサンド(800円)とトマトジュース(500円)。薄い。ほんでぶらりんこ。

 立岩さんのに書いてあったことだけど。自分が今生きていること。それは誰かのおかげだったりする(分業社会だから?)。あるいは誰かのためだったりする。それは実際そうだったり、実際はそうじゃないんだけどそう思っていたりする。誰かに必要とされてるんだなと感じたり。勿論そーゆーのがあるおかげでやっていけたり生が意味あるものに思えたりするんだと思うし、おれだってそう実感してる。だからといって、自分が必要とされてると感じられなくなったからといって死ぬことなんてない。そう思えて仕方なかったりする時もあるし、考えてみれば実際必要とされてるかどうかなんて誰にもわかりはしない。だから?だからといって死ぬことはない。生きていることに意味なんかなくても死ぬことはない。立岩さんのに書かれていたのは(とゆーかそういう議論はあるのだ、よくは知らないけど)

誰かのために生きる(生かされている)、ってことは
誰かのために死ぬ(殺される)にたやすく反転するってことなんではないか?ということなのだ。

 いろんな人が「わたし」に条件をつけてくる。これこれこういうあなたであるかぎりわたしはあなたを認めましょう、と。そういう仕組みなのかもしれないけれど、でもそんな仕組みであることがわかってしまえばそんな仕組み(あるいは話)にのることもない。まだちょっとうまくいえないが。


3/19/Lundi  「恋をしちゃいました!」

 ながらく更新をやめておりました。すいませんでした。更新されなかった理由。それはヒゲ日記が更新されていない理由とおんなじです(ウソ)。今までこの日記を読んでくださったみなさん。いつも感謝しております。ありがとうございます(きゅう。さんにはメールまでいただいたりして)。

 
×××が結婚する。こいつはおれがこの日記を公開しだした時「おめー自分の恋愛ネタなんて書くんじゃねーよ」とメールしてきてくれた。おれはこいつはモテモテ君だろうと思っているのだがこいつから自分の恋愛談を一度もきいたことがない。まー高校時代の友だちはみんな「好きな女は誰か」なんてそんなことを語りあうようななかではなかったかもしれない。そんなことよりももっと楽しいことがいっぱいあった。

 こいつとは高校1年生の時おなじクラスになった。登校初日。ドキドキしているおれの机に、まちがって自分の荷物を置いていたこいつは同じ中学出身者どうしで話をしていた。きづいた彼は「すまんすまん」とかいって隣りの自分の席に荷物を置きなおした。後日、この話はおれ(しょーへー)が席をまちがったことになっていた。こういう経緯からしてこいつの過去に関する話(ゴキ話)は信用できない。

 おれの見たところ、こいつはかなりの感激屋だがそれをおもてに出すことをしない。逐一自分のことを語るなんてカッコ悪いと思ってるんじゃないだろうか?そんなやつのことだから結婚することをきいたときも別段驚きはしなかった。ただおめでとう、というしかない。また集まれるときには集まって飲めばいい。

 こいつに限らないんだけど、信頼できる友だちというのは普段あわなくたってどこかでつながっているという感じは確かにする。そしてそれで十分だと思うのだ。そーゆーふーに思える(少なくともおれには)友だちがいるということ。それは財産だし、そーゆー意味でおれはとても恵まれていると思う。

 なぜか、昔彼女が「いっしょに神戸いかん?」といっていたことを思いだす。彼女は就職試験で夜行の高速バスで神戸まで試験をうけにいく、といった(おれはといえば今と変わらずぶらぶらしてた)。今なら絶対にほいほいついていくと思うのだが、その当時はおそらく知らないまちをひとりで(彼女の試験が終わるまで)ぶらぶらするということに耐えられなかったんだと思う。で結局彼女はひとりで試験をうけにいったんだと思う。今ならひとりでまちをぶらりんこ、なんてなんでもないと思うんだけど。いっときゃよかったなー。せっかく彼女が誘ってくれたのによー。「恋愛だめ」のおれのなかに辛うじて残っているおもいでは、だからいつだって申しわけなかった、とおもうものばかり。


3/18/Dimanche  「故郷の春」

 7回目の青春学校の修了式。珍しく時間どおりに進行する。演奏は全然うまくいかなかった。きいてくれた人はそんなことなかったよ、とはいってくれたのだが。毎年結構なおかずがあまるのでもったいないなとは思う。稲月先生がおわりの挨拶で「青春学校は自転車のようなもので、常に車輪をこいでいないと倒れてしまう。学習者のハルモニとボランティアが両輪です」といわれたのが心にのこる。

 16:44 雲ひとつないあまりの快晴がもったいないので、スーパー公務員(4月から)と響灘方面へむかう。日曜の夕方はどこも多い。そのまま芦屋をぬけていつもの浜をぬけていく。


3/17/Samedi  「明日があるさ」

 電話をまつが、ないので途方にくれる。ないならないとちゃんといってほしかった。人に振りまわされるのはやっぱり気持ちのいいものではないから。

 家族3人で漢江で焼肉。豚カルビは激ウマだがさがりにはちょっとがっかり。


3/16/Vendredi  「Serenade」original love

 ヒゲ号で城野へ。女子が女子を連れてきたり神戸から女子高生が見学にきたり、といつも以上に人が多い。4月からは(おそらく)女子高生になるKさんが、奄美大島へいってしまうヒゲや就職のためあんまりこれなくなるだろうふくすけ君とのお別れ会をかねて「うちでご飯でも食べんね」といってくれる。が、ふくすけ君は深夜2時に四国へむけて旅立つ、ということで帰宅を急ぐ、と。そしておなじ理由でヒゲはふくすけ君を送るためにはやく帰らないといけないので、と辞去。といいつつ4人で英ちゃんうどん。Kさんが以前くださった食事代で食べる。鍋焼きうどん・肉うどん・ごぼう天うどん・かけそば?

 たしかに理由はわからんではないが。でもおれは帰るなら帰る、とゆーふーにわりきってもらいたい。ヒゲは自分のせいでおれが怒ったと思って「おれのせいで怒ってるでしょ?」とかきいてくるが鬱陶しくてしょうがない。うるさい。すこし黙っとけ。


3/15/Jeudi  「I'll be there」take 6

 学習者はおおい。がボランティアはすくない。なんかすこし浮ついているように感じられて残念。


3/14/Mercredi  「Bad moon rising」cornelius

 17歳少年を拾いキーボードを借り19:20ごろ平尾台。ほか弁をご馳走になって練習。4曲。今回は日下部がいないので微妙。もうちょっとちゃんと練習したいが。今日は今年最大級の花粉症の被害でくしゃみ・鼻水が大爆発。絶不調。夜の都市高速をとばし17歳少年を送り届けて24時前帰宅。不調。しかしまぐろ山かけと春巻きとおにぎりを食ってワインコップ1杯飲んで爆睡。


3/13/Mardi  「128ポンドのオルガン」比屋定篤子

 練習。おわって××××氏と深夜デートドライブ。明日仕事がないんだ、と彼女はかなりハイテンション。朝5時帰宅のおれはおされっぱなし。夜景ドライブ。対岸からタワーなどをみたり。右上弦が欠けはじめた甘栗色の月が湾にうつる。あとは例の砂浜とかね。そこで星をみあげたりとか。あんまりつきあってあげられなかった。爆睡。

 茶化さないで。なんで笑うの?とか。失礼な自分を詫びるばかり。


3/12/Lundi  「Let's groove」E,W & F

 同僚の韓国人がむこうでの就職が決まって急遽帰国とのことでお別れ会が開かれることになった。送れて出席(20時半)。久々のみなさんとの対面。拍手でむかえられる。三つ指ついて「あけましておめでとうございます」。爆笑。「いや〜××××君にもっていかれちゃったな〜」。

指導教官の隣り。結構酔ってらっしゃる。おれの手を握りながら「君をみとるともどかしいんよ。君のいいたいことをいいなさいよ。何年かかったとかそんな過ぎたことはどうでもいいんよ」とか。調査者には額に神様がおりてくるときがあって、問題はそれを外にむかって出せるかどうかだ、とか。M君は自分が今いかに吉澤と結婚したいか、とか。店の2階のカラオケルームへ。

そのあと韓国人宅へ。冷蔵庫や洗濯機の運び出し(25:23)。去年は何度も通った留学生会館へごみをはこんだり。そのあと10人が車3台に分乗してラーメンを食いに(1台は洗濯機のり)。元祖といわれるこの店の雰囲気があんまり好きではない。お高くとまっているような気がするのだ。

そのあと留学生と先輩を送る。ポイエーシスを変換したらポイえ縊死すになった、とか。先輩をおろした直後車(AT)が止まる。エンジンがかからない。JAFをよぶ(26:40)。他の人々は2台に分乗し、先輩とふたり待つ。発電機の不調。レッカー車で自宅まで。5qまでは無料。その後1qにつき600円。結局30q引っ張ってもらったので18000円。午前5時。どっと疲れる。

結局韓国人とは全然ドラマチックな別れができなかった(ある意味ドラマチック?)。

おれの尊敬する先輩から、まちがったことしてるわけじゃないので絶対続けるべきだと強く説得される。


3/11/Dimanche  「Someday my prince will come」Bill Evans

 そんな日記を書いたもんだから、心配したのか 21:55 ごろやまぐ×から電話がかかってきた「大丈夫か?」。

 洗濯機を5階まで運び上げる。非力なおれでも大丈夫かしらと思ったら思いのほか軽くて楽だった。お茶を啜ったり笑点を見たり相撲をみたり。ジャスコ経由でヒゲを拾いうっしー様宅。そんで
ヒゲ念願の海岸通りへ。うっしー様におごっていただけるということでスイッチオン。食いまくりの飲みまくり。コロナビール・ジントニック・ギネス。弱いのでそれくらい。しかし酔えなくて。うっしー様宅に戻りこーしーとかいちごとか。ありがとうございます。

 どうやら昨日 23:35 23:47 25:40 と3回も入っていた見覚えのない番号は、いずし君の電話を奪ったヒゲの仕業だった模様。ただでさえさいてー男なのに酔っぱらいのヒゲときたら鬱陶しいことこのうえなし。

 ひとり。ここにいてはいけない気がした。なんかそーゆーふーに考えだすときりがなくなるんだろうけど。「自分の身は自分でたてないと」的なおとなの(あたりまえの)話が始まるともう何もいうことはない。だから音楽に沈んでいるふりをしたり。ひとりでいるときはひとりでいることの気まずさというのはそんなにないんだけど。みなさんの中では自分が自分であることとかひとりであることをそれとはなく考えさせられてしまう。


3/10/Samedi  「310」スガシカオ

たぶんはっきりと自覚したのは高校のときだった。


×××さんが亡くなってもうすぐ4年です。
あの1年間で大事な人を4人も失うとは思いませんでした。
×××さんのやりのこしたこと。
夢というにはあまりに具体的。
それを目にすることはなかったけれど、もう走りだされていたのでしょう。
同じことではないけれど、自分ががんばることで少しは報いることができると思っていました。

無頼ということばが何をあらわすか、自分にはよくわかりませんが、漠然と思うそのことばのイメージと×××さんのイメージは重なりました。
でも4年たってわかったことは、自分が×××××××××××××だということです。
それでこんな日記をつけたりネット上で公開さえして。

いろいろな人が支えてくれていることを感じます。
しかし悲しいことに、何一つ期待にそえないのです。

なんなんでしょう?
こんなこと曝して。
口ばっかり動かして行動しないヤツをわたしは軽蔑していたしおそらく今もそうなのです。
4年を考えると長い。
それはわかぞーのわたしにはなにごとかをなすには十分な長さのはずでした。
そして。4年で、自分が最も軽蔑するはずの人間になったのです。
かつての自分が最も軽蔑した人間になりました。

要するに万事が中途半端なのです。
がんばりもしないででも成果は得たい、などと。

なにをぬけぬけと。
自分には嘆く資格もない。
嘆くことができる人はがんばったことのある人だけです。
自らを嘆くことさえわたしには過ぎたことです。

「そんなことないよ。大丈夫だよ」ということばを期待して、やさしくされたかったりして
そしてしまいには善意が悪意にさえ思えてきたりしているような生活です。
最悪です。
そうか、おれは××××なんだ。そう開き直れればいけるような気もしましたがだめでした。

大事な友だちはたしかに自分の道をすすんでいきます。

×××さんならきっと「なにやっとんだ!」と明るく豪快に笑い飛ばして一喝してくれたことでしょう。


3/9/Vendredi  「永遠に」

文学読んでるか文学!おらぁ〜

その〜すてでいな、そのすてでいな女子は……いるのか……?


 ヒゲに加藤秀一『性現象論』を借りようと思い電話する。雪をみるとわくわくするらしく「ドライブしませんか」とのこと。ジャスコでCDを物色。ますますさびしい店内。レジのおばさん(というにはちょっと若いぐらいの人)がお友だちの女性と喋ってる。しかも「○○さんはどうだこうだ」とかいう類の。お友だちのほうがお喋りを持ちかけてお相手してもらいたかった模様。仕事中だしそーゆーのはやめたほうがいいと思う。こっちは早く買ってしまいたかったんだけど、すごくレジに近寄り難かった(とゆーぐらい小心)。ゴスペラーズの「永遠に」を割引サービスを使って買う。

 なぜか聞きたかったんだよね。サビのメロディだけが好きというおれにしては珍しいパターン。歌詞まあまあ。タイトル×。夕方より青春学校。学習者4人。さびしー。ボランティアはなぜかいっぱい。

 4人で帰る。楽しいこととかみんなと一緒にいることが嫌いなわけではない。むしろかつえているのかもしれない。同時にそこにはたらく斥力。ひとりになってしまう。

 英ちゃんうどんでごぼう天うどん・わかめうどん・かしわおにぎり。昔は月見うどん(たまご落としたやつね)しか食えなかった。その次は肉うどん。今は断然ごぼう天うどん。ごぼう天うどんてこの辺にしかないらしいね。どうなんですか。そのへんは?やはり冬の寒い夜はうどんだ。みんなで鍋焼きうどんとかしたらかなり贅沢なような気がする。夏は英ちゃんの冷やし山かけおろしやね。

 夜10時のこの店は結構な人が出はいりしてる。彼女はわりと話をしたそうだった。なんかこんな店に長居するのは気がひける(どちらかとゆーとこーしーでも飲みながらそんな話はじっくり聞かせてもらいたいほうだ)ので「出て話そうか」。しかし、彼女の家にはすぐ着いてしまう。しかもおれのほうがなんかいっぱい喋ってしまって、ゆっくりと話をきいてあげられなかった。不安なんだろうなー。ごめん。

 へたれ男にも嬉しいメールが。
しょーぞーと某アメリカ人から。ありがとう。滅入もらえるととりあえずこのへたれやろーは喜びます。


 朝。島崎和歌子がテレビに出てる!島崎和歌子大好き男ヒゲに早速電話すると「はなまる見てますか?」と逆にきかれる。すでに見ていた模様。電話のむこうからその声がきこえている。ヒゲと話すと結構おもしろい妄想ネタをいっぱいもっていて「それ日記に書いたらいいやん」というんだけどなかなか実行しない。彼女とのデートに忙しいんだって。おめーが書かないならおれが書くぞおめーのことまで。「実家に挨拶こい」とか「挨拶に来られてもこっちが困るんだけど」とか。まーへたれ・こじれ日記(おれのも含めて)読んでくださる人がいるのだから更新してほしいというのがほんとのところ。

 そして誰かの未完の論文、とかね(ぎくぎくぎくぎくぎくりんこ)。


 きゅう。さん、掲示板にいろいろ書いちゃいました。すいません。


 どなたかこじれ系のバナー(というやつでいいんだろうか)作ってくださいませんか?やりかたが全くわからないので(前のマックでも満足にお絵かきすらできなかった)。金銭的なお礼はできませんが、しょーへーブロマイドを差し上げます。これを見ればあなたもすぐブルーな気分に……。

 金曜日は夕方より城野。ひやかすのはやめてくれ。まじで不愉快だから。そしてちょっと不愉快な気持ちのまま帰路。ヒゲ号。道路工事ばかり。道路工事も大事なことだと思う。「めしや」で夕飯。22時過ぎなのに結構お客がはいってくる。焼飯と鳥の唐揚げの南蛮づけのようなものとサラダ。780円ぐらい。院生室に久しぶりにお邪魔する。部屋の模様替えがもうずっと前の頃だろうから、えらい久しぶり。そのあとヒゲといつものコースをぐるっとまわる。月光。金曜の夜はあほな車が追い越しをかけてくる。いくらこんなへたれやろーでも、そんなあほやばかにかかわってる暇はない。勝手に死んでくれ。


3/8/Jeudi  「You don't have to be afraid」take 6

 吹雪。最高気温6度とか。明日にかけて平野部でも5p積もるかも、ともいっていた。どんどんふってほしい。

 さんまの話しぶりはおれはおもしろいと思うんだけど。でもいつまでも昔の別れた奥さんのことで笑いをとるのはやめたらどうか。おれはとっても不愉快な気分にさせられる。どこかの日記をみているようで。藤井隆はいいと思う。

 朝刊の本の広告のところにこんな宣伝。
『グズの人にはわけがある』
完璧主義、反抗者、夢想家、心配性、危機好き、抱えこみ。先のばし癖のため自分を追いつめる「困った」人たちの自己改良法。

 あたってる。しかし「危機好き」というのもあるのね。おもしろい。読みたいけど1800円も出すのは嫌だし無理だし。

 春から違った道を歩む人たち。また中澤ねえさんも。がんばってほしい、ということばはなぜかいつも無責任な感じが漂うんだけど、それしかいいようがないのかもしれない。もちろん自分にも。

 おれを青春学校へといざなった某アメリカ人は某台湾人と結婚するらしい。もう3年近くあっていない。あれ以来ずーっとあいたいと思ってきた。またいつかあえると信じている。


 
こーこつ系にも眠れない夜はある。そんな時には絶対にいい音楽が必要だ。昨日の夕方ぼけーっとNHK−FMをきいていたらいくつか。エラやサラに捧げられた美しい曲。音楽と歌声が美しいのである。いろいろわかってきくとまた味わいがあるのだろう。伝えたいことも何もないのに何オクターブ音域(声域)があるとか。伝えたいことが何もないからそっちにいってしまうのね。日本のディーヴァとかいわれる人びとに何も感じることができないのはなぜなんだろう?まーおれの感受性が狂ってるのかも。

 ところで小林桂は Clifford Brown をよくきくそうだ。1956年。25才で夭折した天才トランペット吹き。彼の死を悼んでつくられた「I remember Clifford」。美しすぎる曲。57年ニューポートのディジーの演奏も十分美しい。今おれがきいているのは Arturo Sandoval の火の出るような激しいぷれい。ねーさんもこの曲を気にいってくれていた。いつだってこの曲をきくとちょびっと涙が出てしまいそうになる。

 たまたまテレビで「パリのアメリカ人」をやっていた(ちょこっと)。おれは「ラプソディ・イン・ブルー」よりもこっちのほうが好きだ。ロックとクラシックの融合とかジャズとクラシックの融合とか、そーゆーのには弱いかもしれない。ピンクフロイドとか。ラヴェルを慕ってパリに渡ったガーシュウィン。「二流のラヴェルであるよりも一流のガーシュウィンたれ」。この曲も美しい。

 ほんとに吹雪だ。そしていい音楽だけがあればいいのかもしれない。どんどんふってほしい。


3/7/Mercredi  「higher ground」すちーびー

 中澤ねーさん卒業って……。


 大きな岩が転げ落ちていく。くねくねした坂を。そこはやたら景色のいい山の上。眼下に海のように広い川が流れる。そこで何回か船にのる。友だちのような人びとと。


 逃げてるだけ、という非難(?)。やはりこれが(妥当な)貶めのことばとして機能するには、このことばを投げつけられた当人が自覚している時だけだ。自覚していない人には馬耳東風というやつではないのか?このことばが痛いのは、逃げてる当人が逃げていることを痛感しているからだ。いいあてられるから痛いのだ。

 でも、こじれ系がこのことばを痛いと思うのは別の理由からである。逃げきれてない・逃げることさえままならないから、だから痛いのだ。逃げてるという非難があたらないのだ。逃げきれてさえいない。だから、逃げているという過大評価をしてもらえるなんてすんません、という感じなのだ。あなたが貶めようとしたレベルにすら達してないのよ。そして他ならぬ自分がそのことに気づいている。というか自分だけがそう思ったり感じたりしている。これは普通「思いこみ」と呼ばれるものだろう。こじれ系というよりは卑屈ーズだな。

 あなたの期待の一切に適切に応えることができない。だから凹んだりこじれたり。期待一切を考えないでいいような高みに立てているわけではないし、立てるはずもないであろうことも知っている。ひとりで生きているとか生きていけるとか、そんなふうに自惚れることができないからセルフで凹むのだ。自惚れというのは誰にでも簡単にできることではない。

 自惚れというのは、おれが思うにひとりで満ち足りた状態なのではないだろうか。それは周囲の視線に対する評価一切を受け流す。誰にでもできることではないことができる、そしてそれは能力なのだ、というふうにいえるとしたら、自惚れはすばらしい能力のひとつだと思う。そしてそれはよいことなのだと思う(皮肉でなしに)。自分が自分自身で満ち足りているのだ。なんで他人にいろいろ要求したり要求されたりすることが必要になるだろう。


 いろいろと整理しなければならないと思う。いらない本でも売りにいこうかとも思う(今まで一度だってそんなことをしたことがない)。いや、いらないのはあなただし、もっと確実に一番いらないものはといえば、自意識過剰なこの「わたし」(多分この手の文章は後で読みなおす時がくれば確実に恥ずかしいものになる)。

 そして逆に今おれの生活にたりないもの。おれの努力、を別にすればいい音楽。いい音楽がたりない。

 電話の受信音に怯えている。電話の音が実際にはしてないのに耳の中でだけはきこえる。病気?病気かもしれない。

 今日もどうでもいいニュースばかり。よしろー交替とか。よしろーの所為で政治や経済がおかしい、などと。よしろーこそ今の日本にぴったりじゃないか。よしろーこそ現代の日本「国」をシンボライズしているのであって。よしろーが交代すれば政治も経済もうまくいくとか。バカが馬鹿なことを。そんなことしかいえないやつらにはよしろーがちょうどいい。ぴったりなのだ。

 以後数日。この日記はこんな内容でいくことを予告しておきます。

 あの。くれぐれもいっておきますが。死にたい……とかそんなのじゃないのでマジで心配しないで。大丈夫です。うだうだいって気を紛らわしたいというところ。みんな元気か?みんなが元気ならおれも元気になります。たまには
滅入してちょーだい。


 近所の家の犬がないている。泣きすぎだ。うるさい。

 重い腰。


3/6/Mardi  「higher ground」fourplay

 
fourplayってどんな人たちなのかは知らないが。
 やけにカッコいい曲が流れてきて。
 コーラスが take 6 だというのはすぐわかった。
 曲はすちーびーの「higher ground」。

 いつになれば高みに。という夕暮れ。


3/5/Lundi  「悔し涙ぽろり」ねーさん

 お人がうじゃうじゃ…って……。

 SMの新解釈(めちゃいけより)。
 S=せめるタイプ。
 M=まかせるタイプ。

 いずし君の
SとN
 S=死にそう。
 N=泣きそう。

 おれはH。
 ヘコみではない。ヘコみのときは凹。
 H=へたれ。

 それにしてもお人がうじゃうじゃ…って……。
 悔し涙ぽろりって……。

 SでMがNしてHじゃないのか?


3/4/Dimanche  「I wish I knew」Bill Evans

 モーニング娘。痛々しくてしょうがない。後藤真希ソロがんばって。興味ゼロ、とゆーかマイナス。あー福田明日香と市井沙耶香。あの頃は(が)よかった。あっこは全然おもしろくないし。ラグビーシーズンは終わってしまうし。

 いや。要するになんか本ばっかり読んでとか思われてもですね。「チミは現実をしならい」とかですね。いわれても。ほんとをいえば本なんか読むの大嫌いなんですよ。読まないといけないので読むだけで。まー中には興味ぶかいのもあるけど。ほとんどはおもしろくないものばかり。とゆーかおもしろさを感じれないので。だから本好きなのではないと思う。本好きとか思われても困る(いわれたのか?といわれればいわれてない、と答える)。いや目が痛い。

 さて。昨日は青春学校のスタッフ話しあい。出席者10名。ある方から「ゆっくりやったらいいよ」といわれる。ありがたい。へたれてはいるけれど、そして投げ出したくはなったりするけど(そしてやってしまっているかもしれないけど)自分の人生を諦めたりはしてないし、どうでもいいものとも思いません。すごく丁寧に扱ってはいるつもりです。

 何人かとは話したことだけど。自分の話のことばのひとつひとつをすごく丁寧に扱ってもらわないと嫌だ、という人がいるなーと感じたんです、最近。ほんでこっちが「あなたのひとことひとことを大事に受けとめてますよ」サインを出してあげないと納得しないようなんです。一応年齢的には「おとな」だし(関係ないか)、まーふんふんと話をきいているわけです。で「ふ〜ん、そんなふうに思うんだ」とかいうと「いや、だから、いつもってわけじゃなくて時々なんですよ(さっきもいったみたいに)」って感じでちょっとイライラしてるなって感じでむこうはこたえる。つまりむこうの答えの中に「あなた私の話ちゃんときいてないんじゃないの」サインが出ているのだ。「さっきもいったみたいに」という言外の意味がききとれるところがポイント。

 んで、じゃーむこうはこっちの話を細部にわたってきいてるかというとそうでもない。結構聞き流してたりするのねん。つまり、私の話はきちんときいてほしいけどあなたの話は知りません、とゆー感じ。おいおい。おめーはおれの何なんだ?やろー同士だとあんまりそんなことはないんだけど。たまたまそういう女性だということなのだろうけど。「電話してきてね」みたいにいっといて、いざ電話したら電話にでなかったり「なんで電話してくんのよ」とか逆ギレされるのは、自分の彼女だったりしたら「おもしろい」とか思えるかもしれないんだけど。さすがにそうでない女性にやられるとムカ。

 とゆーか。その場その場でなんでもかんでもケリをつけないといけないという感がしてあんまり好きではない。ゆっくり話そうよ、と思う。それとも死期が迫っているということなのか。話がこじれたら、またこじれたところからやりなおせばいいわけだし。そう。なんか、これがおれの感じる「生き急ぎ」。そしてそーゆーのを「やさしくないな」と感じる。そーゆーことをたてにして「じゃあ別れるってこと?」とか。

 あのー。どうせいつか死ぬなら、ゆっくりとやっていきたい。それだけなんだけど。

 暴風雪注意報がでている。もうちょっと寒くなりそうな感じ。まだ春はこなくていい。今雪がふりだした。嵐。ほんとの暴風雪。


3/3/Samedi  「Waltz for Debby」Bill Evans

 ヒゲ無事かえる。日記更新しろというのだけど、ぐずぐず愚図ってなかなか更新しない。挙句の果てに指導教官との妄想を語る始末。いりません。

 咳のとまらないヒゲ運転のヒゲ号で今日もスリリングなドライブをしながら
城野。理科の勉強。天気図の見方など。完全に忘れてしまっている。帰りジャスコの前の信号で停止。飲み屋からスーツを着た男が出てくる。あれ?なんか見覚えあるなーと思ったら同じバンドの腐れ縁ひ×しではないか!Uターンして彼を拾い自宅まで送ってあげる(しかもヒゲの運転)。

 あれ?風呂はいってない。


3/2/Vendredi  「心理学」original love

 『自由からの逃走』予想以上におもしろい。青春学校はいつも以上に学習者・ボランティアとも少ない。それを補うかのように見学の学生軍団9人。いくつかの(いつもどおりの)感想。

 贖罪の旅にでたへたれ男。彼は月曜日の予定だった勉強会を木曜日にしてください、といっていた。そしてそれっきり。そんなすっぽかしはもう100回はこえたと思うんだけど。なんで自分に不利になることをわざわざするのか。これを「病気」というカテゴリーでとらえていいものだろうか?あるいは。青春学校に学習者を待たせたままの男。

 予定が変わったり休みたくなったりすることはあると思うし。それは構わない。あらかじめ予定をいれていたことを変更すること。おれは(自分もそんなことをしてきたけれども)叱責する。それは受け入れなければいけない。受け入れたくもないし予定変更をうるさくいわれたくない、というのはおとなげないというよりは最低だ。でもまー認めよう。そういう時はある。でも連絡だけはしなければならない。確実に誰かを待たせているわけだから。どうでもいい人を待たせているのなら別に構わないが。おまえが待たせた人はおまえにとってどうでもいい人だったのか?「××××さんはくるっていっとったよ。休むっていっとらんがったよ」。

 休むのは問題ではない。休むということを伝えないこと伝わらないことが問題なのだ。

 なんか。説教くさいことを。

 このごろ「やさしい」ということはどーゆーことなのか考えたりする(← などといってみたりする)。よくはわからないが、やさしくないことというのは、ひとつには生き急ぐということなのではないかと思う。


3/1/Jeudi  「Sing a song」take 6

 「はじめまして、こんにちわ!××××です。ジオシティーズにある、あなたのサイトを見て、メールしました。いいかんじのホームページですね!」

 あれ知らない人からメールがきてる。嬉しいなー、と思ったら商用メールだった。4行目からいきなり「ところで○○なさいませんか」的な話になって、「ああ、こーゆーふーにみんなのところにも行ってるのね」と思い、少しは不愉快なんだけど苦笑もした。だって一応は「滅入」をのぞいてはくれたんだろうから。

 昨日の晩。もう自分が何をしたいのかわからなくなってしまっていた頃(もうずっとそんな状態だけれども)。姉さんから電話がかかってきた。姉さんは2月はわりと暇だから韓国にこい、なんていってくれてたんだが。実際はかなり忙しかったようだ。裁判所がどうのこうのといっていた。

 そういえば去年の今ごろも状態は同じだった。みかねた姉さんがおれを街に連れ出してくれたのだった。すこし寒い大濠公園を歩いてゴッホの絵をみて城跡にのぼってけやき通りを歩き映画をみて酒をのんだのだった。

 去年のわたしは今と同じ状況だった。ただ今年は去年より確実にひとつ歳をとってしまっている。姉さんはすこし(だいぶ?)失望しているようだった。そりゃそうだ。自分が自分に一番失望しているのだ。希望に燃えないかわりにすぐそこに絶望があるということに気づいてしまった。まーそれでも絶望したりはしないのが
恍惚系のいいところ。

 時々こんなふうに書くと、おれを知ってる人は心配してくれたりするのかしら?まー間違っても死んだりはしないので。たぶんみんなそれぞれに苦しくて、それでも「死のう」とか考えたりはしないわけで。おれなんかよりもずっと苦しい苦しい状況でもやってるんだと思う。

 髪がボサボサになってきたので散髪でもしようかと。ただそれだけ。2月って昨日でおわりだったのね。いろいろ動きたい人は動けばいいし。おれもどうしようもないので少しは動こうとは思っています。だけど動けなかったり動かなかったりする人を貶めることなんてない。自分が希望に燃えるのは勝手だけど、希望に燃えない・燃えきれない人をつかまえて説教するのはやめてくれ。そういう身勝手な・それでいて自己満足だけはするような人。わたしはあなたを軽蔑する。もちろんあなたがわたしを軽蔑してくれて構わない。もうわたしはあなたと話をしようとは思わない。

 説教とかおまじないはいらないのであって。あなたがどう思ったり感じたりするのか。そこに興味を感じるだけ。もしあなたが、わたしから見ればお説教とかおまじないのようにしか見えないもの、そんなふうにしか考えたり思ったり感じられないのであれば、それを認めよう。あなたはそのままのあなたでいてください。わたしはあなたを改変しようと一度は思うかもしれないけど。次に、そのままのあなたを認めます。そしてわたしはあなたから離れてゆくだろう。それがわたしのありかただから、あなたもそのわたしのありかたをそのまま認めてください。さようなら。

 3月は身辺整理編にでもしようかしら。


 Fevrier  Febbraio  February 
 Janvier  Gennaio  January


 過去も結構おとなげない