★ Juillet Luglio July ★
7/31/Mardi 「You'd be so nice to come home to」小林桂
小林桂をきいている。
さっき鈴木重子もうたってた。鈴木重子。おれはだめ。
癒し系?なんでそんなのが必要なのか?桑田氏の駄曲も、ほんっといい加減にしてくれや、という感じ。
必要なのはマンネリ駄作ではなくて、かっこいい曲。ハゲしい曲。鰯系の。
いらんもんだらけ。おれもあんたもいらない。
7/30/Lundi 「夏の日」比屋定篤子
おれの投票した人は落選。比例もうかりゃーしない。
しょーへー へた連・新 5票
それにしても大川興業の総裁は江頭2:50だということを知っている人はどれくらいいるのか。
なにしろ政治には興味あるので。しかし、だらだらと開票番組をみてたけど、意味のあることばをしゃべってる政治家とかマスコミ人とかってほとんどいないことを再確認。素朴に考えて(感じて)わからんのはだめ。だめ連にも認めてもらえないほどの。
あつい。だって37度?とかいってる(35.7℃でした)。
7/29/Dimanche 「Change for Good」misia
選挙にいってきた。出口調査のバイト君がいたのでこたえてあげる。それにしても「棄権するのがわたしの意思表示だ」とかとぼけたことぬかす人がいるが、そーゆー人はわたしにくれ。もらってあげる。日本国にうまれそだちながら、日本国籍を有しないため(その他納税などの義務ははたしながら)選挙権をもたない人々も結構いっぱいいるのだ。あなたが行使するよりもよっぽど有効にわたしが行使してあげます。
7/28/Samedi 「八木節」???
東郷小学校での夏祭りで演奏。あつい。あつすぎる。多分砂埃がするであろう運動場をぐるりとテントがあってそこでいろいろと売られている。ほとんど薄暗くなった午後8時が出番。パラパラとした拍手もそれはそれでなんかいい感じ。アンコールを2曲。汗だくのおれ。
反応はいまいちうすかったようなきもしたが、夏祭りだからいーや。外で演奏するというのはきもちのいいこと。昔は結構営業があったのに。
それにしても、片づけを手伝う人がいて、全然手伝わない人もいる。後者にはただ「このボケが」としか思わないが。いわんとわからんのやろう。
急ぎ帰宅してビールを一気にのむ。なにものにもかえがたい瞬間。ほんでカレーを食べる。
きもちがいいから23時の海沿いを original love でドライブ。土曜の夜ということもあってかやけに車がおおい(← こういうのは嫌い)。
7/27/Vendredi 「eyes of love」Quincy Jones
金曜日は城野。I 君運転の車で。あつい。チェットベイカーをききながら。シブイ。シブすぎるぜ。こじゃれた音楽をきいてると妄想もふくらんでくる。そう、南の島に逃亡した男のことも。
絶対、観光できた女のこ達に「うへへ、なんならボクが奄美を案内しましょうか、でへへ」とかいってるに決まってる、とはなしあう。
今日は学習のあと、このあいだの登山のビデオをみて、すいかを食って駐車場でみんなで花火。「こんなんこどものころ以来やわー」とかいう学習者のみなさんと一緒に。ちょっとしたビルの谷間の花火はなんかうれしい。夏。それにしても、今日のすいかと花火は試験をうけた人たちの「おつかれさん」の意味もあったのだから、ひとりぐらいはきてほしかった。
久々のI さんを家まで送りとどけたあと、高速でかえる。ハヤシライス。
7/26/Jeudi 「visions」Stevie Wonder
口にしなければおもいはつたわらないとはいうけれど、いちいちなんもかんもいわんとわかってくれん人と一緒におるということはちょっとつらい。
いわんでもわかってほしい時もある。
7/25/Mercredi 「Cool breeze」Dizzy Gillespie and his orchestra
うるさい。バイクにまたがった蝿が。うるさい。
7/24/Mardi 「最後の夜」葛谷葉子
それにしても政治家ってジジイとかおっさんばっかりでやる気もうせる。もうすこし若い人にでてもらいたい。あとせめて半数は女性のほうがいいのではないかと単純に思うのだが。でもあれか。政治なんてほんと魅力もなんもないし、賢い女性ならばもうとっくに見切りをつけてるのかもしれん。あるいはやることもなんもないおっさんどもの余暇活動か。しかも人の金つかって。まーせめて恥だけはさらさないでと思うのみ。憂いたり嘆いたりはしない。だってなんも期待してないもん。
政見放送でどっかの政党からドクター中松がでてた。ひたすら「ドクター中松・ドクター中松・ドクター中松」と名前を連呼してた。おわってる(あるいはしまえてる)。この人発明党はどうしたんだろう?
昔とゆーかちょっと前は、参議院選のときにはなんかわけのわからん小政党がいっぱいでてきてそれはそれでおもしろかったのに。もう覚えてないけど。UFO党とか。オウムもでてたな。
「あの政党はいま………」みたいなページないですかね?
でも今選挙で投票するとしたらだめ連かへた連だな。
奄美からへたれ革命をおこそう!
7/23/Lundi 「まわれまわれ」比屋定篤子
夕方から遠くのほうで花火の音。ヒゲ邸ちかくの浜辺の花火大会にちがいない。
もう花火大会なんておそらく5年以上いっていない。もちろん、あの下から花火をみあげたときの迫力はたまらないんだが。とにかく人がおおいところにわざわざ行く気にはなれない、全然。人がいなくてかつ花火がみえる場所にならいくんだろうけど。
明石の事故。もちろん痛ましいとは思うんだけど。でも行政とか警察とか警備会社とかの責任と同時に、みるからに危険(だったろう)場所を避けるとか迂回するとかそういう方法もあったんじゃないか?わざわざ人のおおい中にとびこんで身動きとれなくなるなんて。人のおおい都会にすむ人にはそれを避ける知恵とかはないのか?
7/22/Dimanche 「皆笑った」pizzicato five
おもしろくない文献ってつらい。横文字を縦になおしただけ、っていうおきまりの非難ってあるけど、まさにそんな感じ。
たくさん外国語文献よんでるってのはわかったから、せめて論旨としてなにがいいたいのかはっきりさせてもらいたい。あなたの頭がよいのなら、どうかこの愚かなわたしにもわかるようにわかりやすく書いておくれ。
規範的であることに無自覚な教育学系統の文献。………つらすぎる。
7/21/Samedi 「my book」葛谷葉子
ちょっとこじんまりとした印象。aiko とこの人は顔がにてるような気が。
7/20/Vendredi 「サイドシート」葛谷葉子
葛谷葉子のセカンドを買いました(しかも金をかりて)。
7/19/Jeudi 「めくれたオレンジ」東京スカパラダイスオ−ケストラ feat 田島貴男
昨日の18時20分ごろ水巻の3号線を2歳11ヶ月の男の子が「車」で爆走したらしい。あの時間のあの辺はめちゃ車がおおいはず。男の子の「車」にはペダルはなくて、ひたすら足で蹴って800メートルも走ったらしい。
スカパラの8月に出る新曲「めくれたオレンジ」を偶然きいた。ん?この声はと思ったら vocal で田島貴男がフィーチャーされていた。やっぱりすぐわかる。けっこういい曲。
7/18/Mercredi 「ちょっと出ようよ」pizzicato five
この前みたたちの悪い番組。小泉さんっていってることはよしろー氏とかわらない。
7/17/Mardi 「vein melter」Herbie Hancock
いい音楽って?
首筋ピクピクさせながらどこまで高音でるか試してみよう的な歌にはなんも感じないっつーの!平井堅もいってたような気がする。テクニックっつーのはあくまで伝えたい何かを伝えるための手段であって、何オクターブ音域があるとかどこまで高音がでるか、とかいうのは初めて楽器を手にしてまいあがる××××的発想だと思う。
というか。「話すようにうたう」というのは大事なことなのだと思う。ジョアンのいうように。
7/16/Lundi 「sly」Herbie Hancock
おれの好きな Herbie Hancock も Chick Corea も Miles んとこの先輩後輩関係にあたるんですって。
7/15/Dimanche 「日本印度化計画」筋肉少女帯
自己による評価よりも他者による評価のほうが高い?嘘とか貶めるためでは勿論ないのだと思うけど、なぜかそのほうがつらい。ほんとになんでなんだろう?
7/14/Samedi 「En blanc et noir」clementine
昼からるーび。そして図書館。冷房。ふくすけ君から「土曜日勉強会するので顔だしませんか」といわれていたので顔をだす。いずし君やビバ出家氏が作文中。おれも書くようにいわれる。が、教育ネタではおれには何も書くことがない(教育ネタ以外なら書けるのか、といわれると勿論そうではない)。
それは今にはじまったことではないが、教育でどこまでものがいえるのかなという気がずっとしてる。問題を教育に収斂しすぎているというのか。多くの問題が、「現代社会には○○という問題がある。それは教育に問題があるからだ」と無邪気にたてられているような気がする。つまり教育をいじれば問題が解決するかのような。教育というのをどのくらいひろくとるかは結構大事な問題だが。
恥ずかしい話、おれはほんとに教育(学)というのがわからないのだ。わからないし、同時に不愉快でもある。わからないなりにその不愉快さについていうと、規範であることに無自覚であるというか。
おれには、教育の人がいうことは「問題がある。それは教育がちゃんとしてないからで、それに対処するには教育がちゃんとすればいい」というふうにしかきこえない。「おれのききかたが間違っている・悪い」という批判がひとまずあたらないとして、あきらかにこれは同義反復にすぎない。A なのは A だからだ、といっている。これで何かいったつもりになる人はそれでいいのかもしれないが、これでは完全に問題をとらえそこなっているし、解決がその目標なら何にも解決しない。
なんなのか?学とことばと実践がはなればなれなのか?いずれにしてもおれにはうまくいうことができないのだが。なんか不愉快ではあって、「おい」といいたくなってしまう。そんなおれに教育について語る資格(刺客・視覚)はあるのか?
ふくすけ君・いずし君から「今度飲みましょう」とお誘いをうける。うへへ。
7/13/Vendredi 「500 miles high」Chick Corea and return to forever
ちょっと悲しくちょっと恥ずかしい夢をみてしまう。案内してあげるのだけど別れてしまう夢。そして恥ずかしくなる。
雨のなか、Chick Corea and return to forever の 500 miles high をきく。不思議に高揚するような気分。
I 君運転の車で城野。途中古本屋による。山岸俊男『社会的ジレンマ』を420円(+税)で購入。しかも金はI 君にかりる。I 君は結構大量に購入している模様。
夏の韓国旅行ではホームステイの予定があったそうなのだが、教科書問題で予定が中止になったとのこと。ちょっと違うという思いがずっとしている。
今日は歴史の授業だった。先生が中国にいって話をきいてきたということで虐殺された人の死体(骨)の写真。そのせいなのかどうなのか、急激に気分が悪くなる。試験をひとつおわらせたふくすけ君と3人で金龍。食欲はなかったのだが、急に食べたくなる。カレーとラーメンのセット(640円)。Bossa でかえる。
7/12/Jeudi 「ミートソース」スガシカオ
「間抜けな野郎しかいない」ということと「ミートソースを食った」ということの間になんのつながりがあるのかよくはわからないこの歌。でもすき。
間抜けな野郎しかいないから ミートソースを食った
ぼくはいいわけさえ面倒で ニヤニヤと笑っていた
スガシカオ「ミートソース」
7/11/Mercredi 「ナイーフアート」rough laugh
わたしが(最近特に)読まないようにしているページ。
やたら字が小さいところ。しかもフォント大きくしようとしてもならない。もうみない。目が痛いから。向老期。
「人(人間)とは○○なものである」式のもの。説教くさいから。たかだか一個人の経験を不用意に一般化しようとする傾向。それはそれでいいのだが(というかそれはすごく大事なことなのだろうけれど)それを「人は」ではじまる文章にまで一足とびに抽象化することはない。
それともあれか。みんなと違うのは怖いのよねん、だからさも「みなさんもそうでしょ」的お約束に頼らないと自分の安定をたもてないのか。
7/10/Mardi 「Matrix」Chick Corea and return to forever
予想外に人数のおおい練習。まじめに考えること。その是非。是だろうけれど。
それにしても、昨日図書館で爆笑し(そうになっ)てしまった勝山さんの文章。どことなくヒゲの雰囲気がただよう。
ちくしょー。南の島で星をみながら泡盛のんでるんだろうなー。
7/9/Lundi 「たとえば朝のバス停で」スガシカオ
石原都知事。怒って帰ったとか。ふーん。それを報じる小倉智明氏のことば「おとなげないですね」。困るなー。そんなふうにこのことばを使ってもらっちゃー。批判されて怒るなんて coward そのものだな。
この前ある男のこが、昨年の沖縄サミット時の森首相とクリントンとの挨拶(How are you ? というつもりが Who are you ? といったというやつ)を取りあげてまわりの何人かと笑っていたけど。ユーモアを解することができないおれは、なんで今どきそんな話題でもって笑いをとらなければならないのかまったく理解できなかった。
笑いによる批判てうまくやらないと。下手にやるといってるそいつの(お)下劣さがひときわ明確になって醜悪。他者批判するまえに自己批判しろ。つーか自己批判と他者批判が連動しない批判なんて………。
もー今日は適当だ(いつも?)。
どうして車運転しながら携帯かけてるやつって一様にまぬけにみえるんだろう?
わたしは携帯(エッジだけれども)解約しようかと考えている。ほとんどだれからもかかってこんのにさー金ばっかかかるもんね。誰かそれで困る人おるかいな?
じゃーなんでもつようになったのか?それはまたの機会に。
こんな本をよみかえしてみたり。
哲学の議論は、思想を持つ者どうしの通常の討論とは逆に、自分では気づかない自説の難点や弱点を相手に指摘してもらうことだけをめざしておこなわれる。………大森さんは現在の自説が有効に論駁されることにしか興味をもっておられないようであった。こういう純粋に哲学的な態度は、議論における公正な態度と誤解されがちだが、そうではない。実は、単に利己的なだけなのだ。哲学とはまったく利己的なものなのだが、幸いにしてその利は、だれも他に欲しがるひとがいない自分だけの利であるため、あたかも公正な態度のように見えるのである。図書館へ。『中央公論』6月号の赤坂真理「『障害』と『壮絶人生』ばかりがなぜ読まれるのか」を読みたかったから。おれのテーマともかさなるし。分析はいまいちいただけなかった(おれがよりいいものができるというわけでは勿論ない ← そんなことみんなわかってるか)。赤坂さんのも乙武氏のもホーキング青山(さっき偶然テレビにでてた)のも勝山実氏のも読んだことはない(勝山さんはおれとおない歳のようだ)。
永井均 1996『〈こども〉のための哲学』講談社現代新書 112ページ
図書館でおもわず爆笑しそうになった(けどこらえた)。すばらしい。他にも名古屋でひきこもりをなおすという女性(なんとかババアとかかれていた)やマッド精神科医のはなしとか。こんなセンスのいい文章がわからないなんて。××には困ったもの。しばらく引用するかもしれません。
昨日、高校時代からの友人にこの日記のアドレスをおしえた。早速みてくれたようでメールで感想がきた。「一部しか見てないけど、思っていたよりも結構面白かったです。」
何を「思っていた」のか?
7/8/Dimanche 「soul bossa nova」Quincy Jones
15分か10分かそこらの演奏のためにあつめられる。それはいいとして。下世話なはなし。どこの政党がどうのとかどこの宗教団体がどうのとか。この集団の・この中途半端で生半可に「おれは知ってる」感がたまらなく嫌い。いろんなことを知っていることが「おとな」の一要件だとしても、これは全然違うのだと思う。もちろんこんな話の輪に加わりたいはずもなく。
まー汗かいたし、飲みにいかないかということで(別グループに)連れてってもらう(ちなみにおれは1円も金がなかった)。一生独身を貫くと宣言した男2人+つい最近女と別れた(ふられた)男2人+女性+おれ。今日は飲みものが98円ということだった。いつもどおり生ビール2杯と焼酎(いも)ロック。あじやいかの刺身(生きづくり)がうまい。食ったあとはからあげや塩焼きにしてくれる。おごってもらう。ううぅ。すみません。すみません。ありがとうございます。ありがとうございます。焼酎調子にのって最後にがばっと飲んだらきもち悪くなっちゃった。
7/7/Samedi 「dark ocean」古内東子
体もこころも調子が悪い。どうしたらいいかわからないので嫌いなことでもつらつらづらづらと書いてみよう(おすすめはしないしできない)。
木村太郎さん。ふさわしい馬脚。
彼女がここにくる理由が、いわゆる“普通”のそれとは違うってことは如実にわかったから、なるべく近よらないようにしてた。もの欲しそうな目というほどでもなかったんだろうけど、とにかくそんな雰囲気はしてて(あたりまえだけど主観)、そういうのが大嫌いだった。
なんというか自己完結人間。「あなたの話もききたい」というのではなくて、「あなたのことなんてどうでもいいからわたしの話だけをきいてくれ」という感じというか。もちろんおれはそういうのには絶対つきあわない(失敗経験はあり)。つーか金をくれ。わりにあわねーから。
自分がいかに苦しいのか・さびしいのか。とーとーとかたる。「うんうん。でもおれも苦しいよ」「うんうん。でもおれもさびしいよ」と、こんな反応をしたところでむこうはきいちゃいねー。相互作用ではあるかもしれないけど交流とか共感ではない。まさに直流。「この人も苦しいのねん」とかそういう想像力ははたらかないみたい。「苦しいのはわたしだけでもないみたいなのねん」とか(そういう想像力があれば、そもそも他人を巻き添えにしたり道連れにしたりはしない)。
ほんで勝手に自爆。恐ろしい兵器。おまえ爆風でとばされる身にもなってみろよー(戦闘能力なしまたはマイナス)。迷惑すんのはこっちなんだよー。そんな人は自爆してみずから去っていくだけなのだが、おれはその後もここにいなきゃなんねーんだよ。つーか弱音のはきかたがへたヘタ下手へたれ。人にやさしくされたことがない人は、自分を自分だけでささえておくことができないらしい。
跳び箱とぶ前の踏み台。じゃなくて踏み台の下にひくマット。でさえなくてその裏面。
戦地で負傷するとか戦死するとか。じゃなくて戦地に赴く途中で撃墜。でさえなくて輸送機に乗り込む前の検査で不適格。
誰でもいい人になら誰でもいいらしい。それは身体の往復運動とはまた別らしい。
7/6/Vendredi 「for Duke」manhattan jazz quintet
ふくすけ君は今ごろ試験会場へとむかっているだろう(まさか遊び?)。青春学校・城野から今年春定時制高校へとすすんだ学習者のかたがたがおみえになる。ひさしぶり。歓迎グラススキーで(すべるまえにこけて)骨折した K さんも。まだ左手に力がはいらない。今日の一斉学習はコリア語とハングルのお勉強。あのお母さん。「あんた発音うまいねー。どこの韓国人かと思ったよ」といつもどおり。今回はちっとは覚えられそうなんだけど。「しょーへー」はハングルではいくつか書き表しかたがあるみたい。「どっちですか」ときかれたが、そんなこときかれてもわからんので「どっちでもいいです」とこたえる。I 君と研究室による。お疲れだったかもしれない。ありがとう。
7/5/Jeudi 「何処へでも行ける切手」筋肉少女帯
毎年恒例の青春学校の七夕。折り紙で金魚のおりかたを教えてもらって折る。学習者のハルモニたちが一心不乱におっているのをみる。四の五のいってるだけの屁理屈ものよりもこういう単純なもののよさが案外しられていないのかもしれない。
今年もハルモニたちが健康で暴れまくれますように。
7/4/Mercredi 「Dans la rue」clementine
まー、でていけ、と。そういうことですか。不快。
7/3/Mardi 「置き去りの約束」古内東子
いやー暑いですね。33度とかいってます。洗濯もの乾いたり布団がふかふかになるのはうれしいことです。
佐野康夫のドラムはいつだってかっこいい。小松秀行のベースはいつだってかっこいい。
練習。「やっぱり安定するよね」と過大評価。いやー、そういわれるほど自分では納得いかんのです、全然。
7/2/Lundi 「青白い男」スガシカオ
暑い。33度。久々の快晴に布団をほしたり。ちょっと疲れ気味なので焼肉でモリモリ。
7/1/Dimanche 「刹那主義」rough laugh
こんなとこいったり、こんなとこいったりした。
去年学会にいく道すがら、大変ながめのよい SA があって、今回もそこにたちよった。17時ごろの・まだ高い日にてらされた内海は美しく、眺めもよかったのだが、あいかわらずばかおやじがいた。灰皿があるにもかかわらず丁寧に火をけして芝生にたばこをすてていった(しかも2本)。おれもそこですかさず文句をいえばいいんだが。あとから灰皿にすててやった。
たばこをすうのは勿論自由だが、たばこの吸殻をすてていい自由なんてどこにもない。こんなばかは勿論自分のうんこふいた紙とかゴミとか自分の家とか車んなかに投げ込まれても平気なんだろう。いい歳こいてみっともないまねすんじゃねー。
□ Juin Giugno June
□ 過去も結構おとなげない