★ Septembre  Settembre  September ★


 ひさびさに9月をふりかえる。10日ずつ。序盤は音楽話がおおい。CDを2枚かったせいだな。中盤は、アメリカでのあの事件をうけて。天下国家系のおっさんに対する疑問。ウイルスにやられた終盤はその後始末で手一杯。ほんと面倒なことになるっつーのが身にしみた。セキュリティもしっかりしたほうがいいと思います(あたりまえか)。いくつかのものがぱーになったり。そして自分がPCのこと(仕組もことばも)よくしらないっつーことを再確認。kanekoおしえてくれ。

9/30/domenica  「秋の気配」槇原敬之

 ひさしぶりの嬉しい雨。

 「ちゅらさん」なんか最後は???だった。別に感動の物語はいらない。「恋がしたい恋がしたい恋がしたい」もかなり疑問なおわりかただった。登場人物がおおすぎて伏線はりすぎたのか?


9/29/sabato  「魔法の手」古内東子

 かつ丼またはカレー。ひさしぶりのたこ焼き。レトルトのパスタソース。


9/28/venerdi  「name of love」槇原敬之

 クズのようなメッセージがきたので、クズにふさわしくすぐにゴミ箱(クズかごというべきか)に捨ててあげた。


 もしかしたらひとそれぞれに平等かもしれない時間を、だからそういう意味では個人的ではなく(つーかそんなものありえるのか?)間主体的とでもいうべき時間を、さも自分ひとりだけのような顔をして「これは私の時間ですから」とかなんとか。おまえのあまえにつきあうヒマはない。


 勘違いしてるひともおおいかもしれない、などと考えた。ボランティアのこと。もともとは「自発的なおこない」とかそーゆー意味だと思うんだが。だから「ボランティアの義務化」なんてありえるはずはないんであって。ことばについて考えなければならない政治屋とか難しい試験を突破したらしい官僚屋のみなさんは、もうちっとちゃんとお勉強してほしい………とかそーゆーことじゃなくて。

 ボランティアを、自分の都合のいいときだけやって都合が悪くなったらやらなくてもいいもの、とか考えているあほとゆーかばかもいる、ということに最近きづいた。勿論これは強制ではないし自分のできる範囲でできることをすればいいだけの話なのだが。

 でも、道路の清掃とかそういうのとはちょっと違うボランティアもあったりする。特にひとに対してのボランティアとか。そーゆー場合、クライアントはボランティアであるあなたやわたしやあなたの行為やわたしの行為をまっていたりする。そういう関係をつくってしまっていることがある。そんな時に自分の都合だけでクライアントをふりまわしたりしていいはずがないのだ。あるいは「わたしってボランティアやってる!すてき!」とかいうあほな自己満足のためにクライアントとその経験・時間を食いものにしていいいはずがないのだ。陳腐かもしれないけれど、やっぱりそれは他者の手段化ということであって、あなたやわたしのちんけな自己満足のためにクライアントが存在しているわけではない。

 それは中途で投げだしてはいけない、ということを意味するのではない。あくまで自分ができる範囲のことをやるのがボランティアだし、またそうでなければとても押しつけがましいものになると思う。そうではなくて、結果としてえる満足は勿論あり、それはかけがえのないものだけれども、そのために他者が・クライアントが存在するのではない、ということである。

 いやらしいかもしれないけど、もうちっと考えてほしいなーと思う。そこのばかものに。


9/27/giovedi  「carnival」the cardigans

 カーディガンズのCD2枚と新書を2冊うった。4つで380円。いや別にいいんだけど………。

 Internet Explorer って何かと評判が悪い。本屋でたちよみしたらOutlookまでぼろくそだった(こっちはもともと使ってないけど)。IEは結構使い勝手がいいなーと思っていた(それしか使ってなかったからだが)。でも今回のウイルスの件でこりたし、対策なんかが書いてあっても「IEの設定」をどうのこうの書いてあるだけで、なにがなんやらさっぱりわからん。ほんで本には「IEにはセキュリティホールが」どうのこうの書いてあるし。ただインターネットが使えればいいおれのような短気人間にはどうもめんどくさい。なのでNetScapeを使うことにした。

 ダウンロード。えらい時間がかかる。ほんで使いはじめる。ひさしぶりぶりだ。やはりIEを使い慣れていたせいだろう、やけに使いにくくは感じる。でもまー慣れるかな。

 ところでこれはコンピュータ関係一般にいえることなのだろうけど、ほんとに専門用語乱発はやめてほしいと思う。そもそも意味不明なのだ。

 ウイルス対策にしろ、こっちはなんとかせねばと必死で今すぐにも駆除したいのに、そこに書かれてあることばの意味そのものがわからないのだ。どうしろというのだ!

 それともあれか、「それぐらいてめーでなんとかしろ!このボケが!」ということなのか?ユニバーサルデザインとかアクセシビリティとかいったりするけど、この点ではコンピュータ(もっと正確にいうべきなんだろうけど)はまだまだマイナス5000万点ぐらいだろうと思う。


9/26/mercoledi  「your new cuckoo」the cardigans

 ハヤシライスを作ったりした。かろうじておれが作れる料理。おいしくなる2日目にはなくなってしまうので、今度からもっと大量に作ったほうがいいのだろうか?


9/25/martedi  「lovefool」the cardigans

 リカバリしたものだから、フロッピーに保存していたもの以外は全部きえてしまった。ので1からダウンロードのしなおし。お気に入りとかブックマークとかすべて消えうせた。ヤフーにたどりつくのにもひとしごと。メールもアドレスを保存してなかった人とか結構いるし、以前いただいたメッセージも全部消えてしまった。悪いなーと思うし、自分自身もずごく残念。

 ウイルスにはI君からきたメールで感染したようだ(勿論I君がしらないうちにウイルスが自動的に送信したもの)。変な英語のメッセージ(Hi! How are you .I send you this file in order to have your advice. See you later Thanks)。ここで気づくべきなのだが。添付ファイルもあけてみる。名前をしっているYさんの作成途中のようなレジュメ。それで感染。

 その後駆除することになるのだが、情報をしいれようにもページが表示されるのに普段の500倍ぐらいの時間がかかる。ダウンロードは普通にできるのだが、専門用語の意味が全然わからない。なんかわからんうちに駆除したものの、メーラーやほかのいろんなソフトが開かなくなったのでリカバリしてすべてがぱー。こんなあほらしいことはない。みなさんも気をつけてください。


9/24/lunedi  「少年時代」えっ?

 朝から演奏。幼稚園の講堂(のようなとこ)の下(ピロティ)。きいているのは高校生ぐらいのやろーどもばかり。彼らは自分の番がくるとやおらギターで歌いだす。しかもふたりでハモったりしてるから、あれはゆずとかなんだろう。奥田民生とかミスチルとかもしてる。

 でわれわれはというと練習不足で×××。だされたおにぎり弁当(うまかった)を食べて、14時からの2度目のステージにのぞむ。幼稚園の円形ステージみたいなところ。直射日光であつい。時間がくると誰もいない。やっぱりきいてくれるのは彼らだけ。曲がおとなしめなのが多かった、ということみたい。次回はもっとハゲしいにをしようということになる。つーかちゃんと練習しないとだめだ。いや、ベースもギターもいないからだめなのか?

 日下部と1時間ほどこーしー。ひさしぶりの夕焼けの海。できたてのたこやき。カルボナーラ初挑戦。再挑戦が必要だがどこを改良すればよいかはあまりわからない。


9/23/domenica  「Miss you,88」t-square and friends

 おもしろい人のテキストってのは、イヤなこととかムカついたこととかが、さらっとさりげなく書いてあって、「あームカついたんだろうなー」って笑いながら読める。おれにはできんわ。

 よみかき教室・城野の2000年度の文集を読んでいてとんでもない記述にぶつかった。H 先生の「きつい一言」というもの。署名活動をしていたときのこと。

 一時間ほどたったろうか。一人の婦人に「今、夜間中学要求の署名活動をしています。よろしくお願いします。」と声をかけたところ「まだそんなバカがおるんか!」と返された。
 かなしい人。


9/22/sabato  「月の船」池田聡

 ウイルスに感染してしまった。と気づいたのはメールの調子がわるいから。送った覚えのないメールが「遅れませんでした」メッセージとともにかえってくる。そしたら

"announ@nhk.or.jp"へのメール(file:"今週報告分.doc.com")からウィルス"TROJ_SIRCAM.A"が発見されましたので、自動的に廃棄しました。(Virus Scan system on NHK at "09/21/2001 06:57:42")

というメールがきた。それでやっと気づいた。ほんで早速駆除。はじめての経験。今一番はやってるやつなのかどうかわからなかったが、とりあえずそれで駆除できたみたいだ。念のため何回かスキャンすると
W32/SirCam@MMというウイルスにもやられていたので駆除。

 もし英文(あるいはスペイン語)の変なメールがきたら読まずに削除してください。添付ファイルも絶対にあけないように。おれみたいになりますから。変なメールがいったかた、ごめんなさい。すぐ駆除してください。


9/21/venerdi  「Once I loved」しげこ

 
I 君お手製のCDをもらう。女性ボーカル。H先生はお父さんもお亡くなりになったそうで、ご自身も体調をくずされたとか。おやすみ。漢字の勉強。

 T先生といつもの4人組で晩飯。おごっていただく。23時半からY少年宅ちかくのカラオケで4人の熱唱。Y少年はビジュアル系で点数ねらい。I君はjazz スタンダード。おれはみなさんから「エロい」と好評。ふくすけ君はこともあろうにかわいい曲(竹内まりやとか)を熱唱。何の気なしにうたったI君が最高得点。2時間うたって解散。26時半帰宅。


9/20/giovedi  「I found a new baby」newtone

 昨日は研究室にちょこっと用事があった。ので朝3番目の電車でいった。研究室についたのが7時。1時間半ほどいたがそれでもまだ8時半。おれは部屋をでて歩いた。先生がたは今出勤。その人たちとすれちがう。9時開館の図書館もまだ開館前。本を買う金なんてないので極力かりるようにしてる。今日は3冊。

 駅へむかうため神社をぬけていく。たしかにきもちいいのだが、昨日までの祭りのあとかたづけ。あほみたいに大量のごみ。ごみなんてひとりひとりがそれぞれの分をきちんと処理すれば絶対に散らからないのに。あほばかゴミ人間が多いということだ。

 ほんで帰ってぐったり、と思ったらまだ10時半にもなっていなかった。今度からこの手でいこうと思う。


 今日の青春学校は、以前つくった紙粘土の色塗り。人の顔をつくったおれももちろん着色。肌色の顔にするつもりが、おもいっきり土気色。かなりアブない人になってしもうた。

 それよりも、下に絵具がつかないように敷くための新聞紙をひろげていたら、開いたそのページににこやかな笑顔の同級生のどアップ写真が!しかもカラーで!どうやらインタビューをうけてたみたい。


9/19/mercoledi  「自由の女神」pizzicato five

 今日の『朝日新聞』に「事件発生当時ワシントンにいた
近藤剛・参院議員」の記事がある。

例えば日本では、「ブッシュ政権が中東政策をおろそかにしたことがテロを招いた」という識者がいる。しかし、テロは数年前から準備されており、政権がだれであろうと、中東政策がどうあろうと、関係はない。

 現代社会に「関係ない」ことがあるとこの人は本気で思っているようだ。だが残念ながら大事な想像力がかけている。

 この人によると「殺人者が1人を刺した。まだ刃物を持ってうろついている。今はそうした状況」なんだそうだ。こんなとき、こんな安易でしかも多分まちがっているたとえをもちだして、さもわかった大人がこどもを諭すつもりで物事をかたる人間なんてよゆーで信用できない。

 この人いわく「日本では倒錯した論理が幅を利かせている」らしい。むしろ「ビンラディンやってしまえ!」という論理(?)のほうが「幅を利かせている」と思うが。倒錯した人間にはまともな論理が「倒錯した論理」にみえるらしい。

 かなしい人間だが、こんなセンスでも政治家はつとまる、ということらしい。どんなだめ人間でも政治家ぐらいはつとまるから、悲観したり絶望して自殺なんかせずに生きていきましょう、ということだろう。

 もうひとり、なんか民主党の議員もかいてたなー。浅尾慶一郎参議院議員かな?HPみたけど、要するに××というかなんとか気取りというか。この人なんなんでしょう?空手形?空ことば?かなしい人間ばかり。


9/18/martedi  「誘惑について」pizzicato five

 わたしはテキスト庵しか読みませんが、いろいろと興味ぶかい。以前から思っていて、また最近特に「おもしろいなあ」と思うのは、シンプルで単純明快なことばで淡々と描写していくような日記だ。そんなサイトは大体デザインもシンプルで。

 おれなんかあせっていろいろと書いちゃおうとか思ってしまうので、いっつもごちゃごちゃしてしまう。ポッポッといろんなことが思いうかんでは消えて………。それのくりかえし。

 だからちょこっと変更します(していきます)。最初からずっと変更なしでシンプルにやってる方もいて、そういうのはかっこいいなあと思うわけですが、わたしはどうやら思いついたその都度その都度にちまちまと変更していくしかないようですのでそうします。

 そもそもこの日記を書きだしたのには、なんちゅーかリハビリ的な意味もあって。もうちっときちっとした文書を書く練習もかねようか、と。ほんでせめて読書感想文風なものでも書いていこうと思います(わざわざこのように書いて、自分で自分にプレッシャーかけるってのは大人ならしないことなのかな?)。忘れるといけないので、

福島智  1997『盲ろう者とノーマライゼーション 癒しと共生の社会をもとめて』明石書店

です。


 旅立つ君へ。わたしは決して君のことが好きでもなんでもない(むしろ嫌いだ)が、体にだけは気をつけて自分の目標へとつきすすんでください。


9/17/lunedi  「新ベリッシマ」pizzicato five

 何人かが「紐育にいる知人が心配だ」とかいってた。ネット上でもそんなのがあったり。そうだった。おれにもたしか紐育に知人が………いなかった。でもまー一般的心配。

 車検で車をだすのでいそいで荷物をだす。ずっと直射日光にさらされていてテープ。久々にききかえす。名曲ぞろい。これききながら後輩の女子にかりたベースで必死こいて練習した。結局できなかったけど。


 思わぬところで心配されているおれ。ありがたいのとちょっとさびしいのと。だっておれなんて心配されるに足りないのだ。

 女子とぶらりんこするってーのと、やろーどうしでのぶらりんこ。いろいろ考えたりするのはやろー同士の時のようだ。特にだめ人間どうしのとき。相手がだめ人間ではない男のときはそうでもない。

 女子とももちろん一緒に夕日をみたりして「うへへ」とか思いたいのだが。感傷的になったりするのは、あろうことかだめ人間の男と一緒のときなのだ!だからだめ人間なのか?

 きっと女子が一緒だと、鏡がないのとおんなじとゆーか、自分のだめさを照らしだしてくれないのだろう。女子と一緒だと思わずがんばってしまっているのかもしれない。だめ人間(男)が一緒のときこそ、自分のだめさが相手のだめさのなかに映しだされて、だめの相互作用というかへたれルパイラル・こじれスパイラル状態になるようだ。だめ男どうしがひかれあうなんて………。


9/16/domenica  「海と少年」槇原敬之

 あろうことか、早寝で有名なこのおれ(大体22時には眠気をもよおす)が、寝ているあいだ蚊の猛攻をうけ、2時すぎから眠れなくなってしまい、やむをえずネット。空が白みはじめた6 時すぎにやっと寝る。でも8時すぎにはおきる。快晴なのでずっとほせなかった布団をほす。

 かなり低いテンションで高速。ウインカーあげんやつとかやたらビッタリくっつけてくるトラックとかバカばっかり。車間距離をとれ!それでもプロか!あほ!28分で800円。ここの
おやじのところで練習。標高350mとかで、すっかり秋の観光客の人人人人。たしかに開け放したところでぷれい。まーまーいいきもち。これでもうちょっとあわせられたら。

 19時からはなしあい。3台で車を連ねて道をいったのだが、ひとりはぐれる。わかっているつもりだったが、ひとしきりグルグルとまわる。夜は全然みえない。先行部隊よりも結構おくれて到着。いつもどおりの煮えきらないはなしあい。

 今日の収穫は、あの坂をくだるとき遠くにみえた100万都市の夕焼けの海。海のイメージがないこのまちの予想以上の美しさ。


9/15/sabato  「David」槇原敬之

 昼から県立図書館に本を返しにいく。放生会で地下鉄のホームからすでに人はいっぱい。しかもいったら休館。返却ポストに本をいれてすぐさまJR の駅へ。結構な車と人。こっちも乗る人も降りる人もおおい。車内は体育祭のせいかうきあしだった男女の高校生たち。指に傘のせて車内でどれぐらいたってられるか、なんてやってる。鬱陶しい。それからホームへとくだる階段にすわってたカップル、邪魔。どけ。

 目標も達成できず金はかかる。普段からであるいている人にとっては「まーこんなこともあるさ」程度のことだろうけど、ひきこもりで出不精のおれにとってはちがう。「たまにでるといつもこれ」。やっぱり部屋の中でおとなしくしてよう。人がおおいのだけでおれにはストレスなのだから、毎日渋滞とか通勤地獄をあじわっている方には“一応”敬意。

 どうやら某さん(坊さんではない)を不用意なメールで激怒させてしまった様子。完全ないきちがい。でもおれが悪いのだろう。ごめん。
こいつとぶらりんこでいつものこーしー。やはりこの感慨は男どうしでないと得られないものらしい。

 この前のみにいったところ。静かで jazz も流れていたりするんだけど。あとからはいってきた野郎3人組。店の中で携帯着メロはながすし、もれきこえてくる話は女のことばかり。♂お酢。雰囲気もすこしは考えろ。高校のとき某 K 藤のおかげですっかりただのエロ人間と思われているが実はあんまり女の話とか得意ではない。いや興味はありありなんだが、それしか話題のない人(男も女も)とかみてると「バカか」と思ってしまう。どーでもいいやんと思えてしまう。

 最近ひさしぶりに恋愛系日記をいくつかよんだ。人のことを好きになったり誰かに好かれたり、というのは大事なことだと思うしどうでもいいことだとは思わない。でも人生それだけでもないし。ひとりでいるときも結構たのしいし、ひとりでいることもふたりでいることと同じかそれ以上に大事なんだろう。ふたりでいることの方がひとりでいることよりも大事とか、いつもふたりでいないとやっていけないとかいうことはおれの場合全然ない。恋愛こそ人生とか、そーゆーのを恋愛至上主義だというのだとすれば、そーゆーのにはちょっとついていけない。

 ある女子はおれのこと「冷たいですね」という(いった)。よくそういわれる。おれ自身は普通のつもりなんだけど。ただ人前で女子とべたべたしたくはない。彼女(になる人・なった人)は大体は「もうちょっと優しくして」という。そうなのだ、女子のみなさんがいうように優しくはないのだろう。


9/14/venerdi  「毎日がスペシャル」?

 ビートルズをオーケストラでやってた。エスタブリッシュ?な感じ?最初はそんなことなかったんだろうし、たしかに3コードで名曲ってのはすごいけど。でも今や完全に安全な「みんなのビートルズ」って感じがしておれはむしろ嫌い。

 こういう時にすちーびーの曲って絶対ない。思うに、無難な曲ならまだしも、おれがほんとに凄いって思ってしまう曲ってベースラインなんてオケでは絶対再現不可能だろう。前田憲男のアレンジにはもうちょっと期待したんだが………。

 「あー聞いちゃいけなかったんだっけー」的エクスキューズ。そんなことないよ。

 ルーズというか麻痺していることを「外務省の金銭感覚的」というらしい。妙。


9/13/giovedi  「Higher ground」Stevie Wonder

 今朝母さんが「あそこみてん」というので見たらみーこのボーイフレンドがきていた。隣家の倉庫の屋根の上。部屋のなかのみーこにも見せることになり、みーことそのボーイフレンドは家の中と外でお互いを確認しあってにゃーんと鳴きながら尻尾をふっていた。それはすこしかなしい風景だった。


 「国家」とかそういうものを語らないと自分のアイデンティティが不安でしょうがないってゆー人、いわゆる天下国家系。全然わからんけど。

 達観なんかしてるつもりはないし、なにしろそれはかっこ悪いことだと思う。そんな時の気分はすちーびーの「Higher ground」と the boom の「手紙」かもしれなかった。70年代のすちーびーはベトナムをみて「Higher ground」をうたった。


People keep on learnin'
Soldier keep on warrin'
World keep on turnin'
Cause it won't be too long

Powers keep on lyin'
While your people keep on dyin'
World keep on turnin'
Cause it won't be too long

Stevie Wonder ‘Higher ground' from the album "Innervisions" 1973



9/12/mercoledi  「Big brother」Stevie Wonder

 一日中ニュース。それにしてもしたり顔のおっさんどもはなんなのだ?普段なんの仕事してんだろう?ひとの不幸の時にだけでてくる。

 簡単で単純なことをやたら難しくすることも愚かだけど、単純にはいかないことをやたら単純な話に還元するのはもっと愚かなのかもしれない。何の罪もない人をまきぞえにすることは勿論非難されるべきだけれど。でも、その拠ってたつ世界からはそこに生きていることそのものが悪なのかもしれないもうひとつの別の世界がある、ということも事実なのだろう。あのレロレロと舌をだしながら笑う女性の笑顔をみよ。

 「誰か特定の悪人がいて………ということではないだろうと思います」といった老賢人のことばに。


9/11/martedi  「Too high」Stevie Wonder

 
くさかべ帰国。いろいろとヘビーだった様子。おつかれさま。

 22時の NHK ニュース。テレビで生中継されたそれをそのままの事実としてうけいれることの難しさ。一度目のリプレイか何かかと思った。認知的不協和ってやつなのか。


9/10/lunedi  「Hey girl」Donny Hathaway

 つまり何か感想とか印象とかをいうとしてですね「公平にいって」とか「客観的にみて」とか、そーゆー表現は矛盾してると思うんですよ。それは「客観」だといってる(あるいは思いこんでいる)てめえの主観なんですよ。別に主観でかまわんじゃないですか。せっかくの自分の印象や感想を「公平」とか「客観的」とかいった手垢まみれの語彙で無味乾燥にしてしまうことはないんじゃないですか?頭よさげに振舞うのが一番馬鹿にみえたりして。


9/9/domenica  「The ghetto」Donny Hathaway

 ここずっとこれをききっぱなし。こんなにも素晴らしいうたをうたってくれる人がいたことを感謝したい。いたらん解説なんかなくてもいいのだが、おれの買ったのには歌詞カードさえはいってない。それはちょっと………。

 でも久々に、音楽が好きでよかったと思わせてくれるアルバム。



9/8/sabato  「指切り」pizzicato five

 恐ろしいまでになにもせずごろごろとした(………いつもか………)。

 星の話をして、それに比べた人間の小ささを思いしって唖然としてしまう、というのはよくあること。「あと50億年したら太陽は死んでしまう」という話をきいて、自分たちが生きているわけでもないのになぜだか心配になってしまう。みんなそうらしい。短い人の一生だから×そ×事×生×な×れ×な×な×の×ろ×。


9/7/venerdi  「Cast your fate to the wind」Quincy Jones

 夕方より
I 君号で城野。やたら車がおおい。遠賀川手前で急にうごかなくなる。橋の上で事故の模様。よって迂回。したら今度は消防車が何台かおいこしていく。いつもの道ぞいで結構な火事。ほんとに火事はこわい。

 今日の授業は惑星などの星のこと。学習者のお母さんに「なんで天王星とか海王星とか冥王星って名前なんでしょう」ときかれ、「多分西洋の星占いとか神話のなまえからきているんじゃないですか」とこたえる。ひさしぶりに若い女の子とことばをかわす。「おれなんかただのひきこもりだよ」というと「えーそうですか?」。

 H 先生に今度は是非ビデオとかを見せてくださいとお願いする。水曜日からすぐ横の小学校に講師としてかよいだしたふくすけ君。6年生で学級崩壊状態らしい。グロッキー状態にみえたふくすけ君にご飯を誘われたのだけれど、2日間寝てないとかで青白い顔のY少年をおくっていかねばならない、というと「じゃあまた来週」ということになった。いつもはほとんど愚痴をいわないふくすけ君のこと。それでも(とゆーか「だから」というべきか)やはり相当にストレスはたまっているのだろう。ヒゲとは別の意味でちょっと心配だがかれならやるだろう。

 Y少年を送りとどける。金曜夜の100万都市。それにしてはすこし淋しいか?結構な距離をかれは自転車でかよっている。国道からすこしはいった奥まったところ。送りとどけたあと今きた道をひきかえす。前方に大きく・かなりはっきりと光る観覧車。「これが噂の××タウンか〜。こんなところでいずし君はデエトしてるのか〜。いやらしいな〜」


9/6/giovedi  「Yesterdays」Helen Merrill

 
青春学校にむかう途中 同乗の M 田さんに N 島さんから電話がかかってきた。すかさずおれの CD を返してくれるよう伝言してもらう。現場で返してもらうことに成功。急かせたみたいですまない(でも半年以上?)。

 スケッチブック作戦で「秋になると」でことばを考えていった。


 あれがどうしただのこれがどうしただのの(別の)ことばにうんざり。遠くをみろ。


9/5/mercoledi  「Ironside」Quincy Jones

 ずっと借りっぱなしだった 宮台真司・藤井誠二 1998『学校的日常を生きぬけ 死なず殺さず殺されず』教育史料出版会。ちょこっとずつは読んでいたのだがもう一度最初から一気に読んで返すことにした。以下印象にのこった部分。


 学校にカウンセラーを導入するときにもう一つ留意しなければならないのは、酒鬼薔薇聖斗事件について跋扈した精神医たちを見ていると、ほとんどがプロファイリングのオタクなだけで、だれを信用していいかわからない状況があるということです。地方なんかで、登校拒否の子どもがいる親と話すと、「あなたのお子さんは病気だ。こうすればなおる」みたいに言う悪霊祓い的な「カウンセラー」にかかってしまい、何十万もとられている人にたまに会います。 (藤井さんの発言 62ページ)


(フリースクールが)だんだん最近になって学校という因習的なイデオロギーみたいなものを逆に支えてしまっているというか、補完してしまっている、「より良い学校」に近くなってきてしまっている側面が気になります。 (藤井さんの発言 87ページ)


「いい」「有名な」フリースクールに行かせて勉強させたい、というある種の学校にすがる感性から親も子も脱出しきれていない。より素晴らしい先生を求めるためにフリースクールに行く、既存の学校では満たされなかったものを求めて行く、というのでは本当の脱学校化にはつながっていかないのではないか。 (藤井さんの発言 88ページ)


 いろんな人が「オルタナティブな学校」をつくって、文部省の認可をとるために努力されて、あちこちの山の中に開校してます。全国から教育のロマンを持つ先生が集まってきて、子どもたちを寮に入れて生活を営んでいますが、普通の学校と同じように生徒間の暴力事件がおきたりしています。対学校としてつくられたものに過剰な期待をするというのは間違いです。 (藤井さんの発言 102ページ)


 いくつかの部分に納得させられる。自然体験をすればこどもはのびのびと育つんだ・健康に育つんだ、という考えかたには全然納得できないおれには首肯させられる部分もおおい。あとフリースクール………。どうなんでしょうね。これをはやく××が読んでいればなー。読んでたかなー。修論もかけたかなー(禁句?)。


9/4/martedi  「オレンジの河」え?

 ひさしぶりに今井美樹とかきいてみたりする。う〜ん。で田島時代の最後をかざる pizzicato の『月面軟着陸』をきく。「指切り」松本隆と大瀧詠一。嫌になるほどいい曲。いや、あと、あの「これは恋ではない」ね。奥田民生が MC としてフィーチャーされている(← 何語だ、この文章は)。

 最近思うのだけど、今やミスターチルドレンというバンドはなにやってもだめダメ駄目の、真の意味でのスーパーだめバンドじゃないのだろうか。

 交通事故にはほんとに気をつけましょう。


9/3/lunedi  「Million secrets of jazz」original love

 産休のため9月いっぱいで先生が交替なさるそう。

 「こじれ系とはなにか」。まだ思いつきの状態。でも一応かいておく。こじれ系はこじゃれた音楽がすきだ。


9/2/domenica  「Smackwater Jack」Quincy Jones

 県立図書館へ。去年で有効期限がきれていたカードの更新。一応新規の申込書をかいたのだがどうやら確認以上の意味はなさそうだった。だって、それまでのカードの有効期限のところ(シールになっている)を定規ではがして新しいシールを貼るだけだったのだ。別にいいけど。今日はそのつもりできたのではないのだが、閲覧用の机椅子がいつもふさがっている。で、本ももたずただ机に突っ伏して寝ているだけの人が結構いる。見るからに寝にきているだけなのだ。それは図書館の利用法のひつとではあるのだろうが、でもそこで本をよんで大事なところをノートしたい人も結構いるのだ。遠慮がちにうろうろとしながら、あいたとみるやガバッとすわっておもむろに勉強したい人もいるのだ。やはりこーゆー人のほうが優先順位は先なのではないのか。どうしたらいいのかな?図書館の人にいえばいいのかな?図書館側でもわかってるんだろうけど。

 アーケードをぶらりんこと歩き××××。HMV でキャンペーン。2枚分の値段で3枚分買える。作戦にひっかかる男。詳細は後日。アーケード内の中国茶のお店で烏龍茶。専用の茶器に2杯お湯をそそいでくれる。ランチもはじまるみたい。またこよう。大不評SBCに初潜入。まーおれには一生縁のない店ばかり。×××亭で刺身定食。


9/1/sabato  「Scandal」original love

 昼飯用にパンを買いにいく。この前やってたテレビのせいで最近カレーパンが食いたくてしょうがない。「やまとなでしこ」再放送最終回。うへへ。魚屋も数学者も両方できるなんて全然だめ男じゃない。そうか、“なんちゃってだめ男”か。実はなんでもできますよ的な。くそー。つーかもともとハンサムなんだからそれだけでも似非だめ男だ。ちくしょー。カレー。ナン。




 Aout
 過去も結構おとなげない