★ Octobre  Ottobre  October ★


10/31/mercoledi  「wild rabbits」槇原敬之

 30日付間宮陽介さんの「論壇時評」。

 テロにしろ何にしろ、「根絶」という発想は自由とは両立しない。ポルノを根絶しようとすれば、なにがポルノであるかを判断する権限を政府に与えなければならない。支配者は自分の気に入らない芸術にポルノの烙印を押して、特定の芸術を排斥することもできるのである。


 「政府」というところと「支配者」というところ以外はまあ賛成。現代の支配を、支配者を措定することで考えることができるか。


 ある人いわく「最近まじめ話ばっかりでおもしろくない」と。ほんでおそるおそる「どんなものがおもしろいんでございましょうか」ときくと、「もっとだめ話やへたれ話をやれ」とのこと。あわせ鏡がないので難しいのかもしれない。

 カルボナーラ。さすがににんにくをいれないとしまりがない。晩飯カレーライス。急に食いたくなった。スパサラ。


10/30/martedi  「Where is love」Roberta Flack & Donny Hathaway

 作田啓一大先生の主宰される人間学の
同人誌のことを知る(火曜日朝刊)。「今ある理解可能な〈世界〉がすべてではない」。

 27日の日垣さんの記事(炭疽菌の表記)について。

 一部の新聞に「炭そ菌」と書いてあるので「ばかにされているように感じた」そうだ。「炭そ菌という」のは「間の抜けた表記」らしい。ほんで話は「阻止とか祖国、粗末とか組織という字が読めるならば、炭疽菌の疽のヨミも可能だと推量していい。それができない比率は、『炭そ菌』を『すみそきん』と読む率とかわらないだろう」」とつづく。

 はずかしながら(というか別に実はそんなにはずかしくないが)炭疽菌をわたしはたんそきんとはよめなかった。そしていまだに炭そ菌でも一向にかまわないと思っている。そしてわたしは週にいっぺんは、炭をタンともすみとも読めないハルモニたちとすごすのである。話を比率にもっていくことそのものがなにか偉そうに思える。

 この人が考えるべきは「ばかにされているように感じた」その自分の感受性がなにによっているかだろう。それから「交ぜ書きは日本の漢字文化を破壊する」のかどうか考えたらどうか。「漢字文化」などと一足飛びに概念化できるような簡単なはなしではないと思う。


10/29/lunedi  「just another story」jamiroquai

 今日もハゲしい雨。昼にはあがる。昼飯にパスタをつくってみたり(ほうれん草+ベーコン)。ちょこっとほめられたり。聴覚障害者のラグビー。おでん。original love “L”ばっかりきいてる。今ごろになってわかるよさ。


10/28/domenica  「Don't get around much anymore」小林桂

 結構ハゲしい雨。ここんとこ週末はこげな感じ。それはちょっとうれしいこと。夕方投票。おれの投じる人はいつも落選。お好み焼き。

 日垣隆「新聞の漢字表記法に困惑」(27日)に困惑。なんとなくはわかるが基本的に違うと思う。


10/27/sabato  「日曜日の印象」pizzicato five

 ミニマルマキシマル展(1000円)。抽象的。意味を抜きさったといえばよいか。それにしても見てる人より監視(?)してる人のほうがおおい。ゴッホ展とはえらいちがい。あんときはおっさん・おばさんばっか絵の前をエスカレーター式に通りすぎていくだけやったとに。宣伝のしかたもどうかと思うが。美術とか芸術とか(偉そうにすることはないが)が根づいているとはとても思えない。

 ぶらりんこ。パスタランチ。ぶらりんこ。英国展。本国からはるばるやってきただろう作家。てもちぶさたでちょっとかわいそう。ぶらりんこ。こーしー。噴水。結婚式あいまとみえる若い一群。まわりを無視してのうるさいしゃべりにむかつく。ぶらりんこ。飛行機。わらびもち。おいしいものを食べておいしいものを飲んで(酔っぱらってもいい)どうでもいい話なんかをする。


10/26/venerdi  「higher ground」fourplay

 メッセージ性の有無におれの批判のポイントがあると思っているふしがあるのだが、そして自分でもはっきりとはわかっていなかったのだが、その歌(音楽)がメロディーラインやリズムやコード進行をともなう必然性があるのかどうか、なんというか音楽でなければならないのかどうか、ということがいいたいのよ。その歌はメッセージ性が低いからだめとかいうのではない。メッセージ性なんていってしまえばどうでもいい。メッセージなんてどんな陳腐な歌のなかにも見出そうとすれば見出すことはできるし。

 そうでなくて、その歌はそのメロディーにのらなければならなかったのか?そのコード進行でなければならなかったのか?そのリズムでなくてはならなかったのか?が問題だと思うのだ。


10/25/giovedi  「愛の薬」original love

 ピアノ田島貴男。印象的。R & R のような曲(路線)をもうちっとききたかった、とゆーところでテレビはおしまい。やっぱ金はらってみろっちゅーことか。

10/24/mercoledi  「ルール」古内東子

 藤井誠二さんの
コラムを読んでいると「根拠不明の自信」とでもいうべきことが書いてあった。どうも最近自分が考えていることはそういうことらしい。


 自信って何かに、たとえば人に負けないほどハードな練習をしたとか(練習量)たくさんの本を読んだとかにささえられているんだろうが。でも本当にジャンプする時には、それとは別の何か無根拠な自信がかならずあるのだろう。そげなのって特別訓練したりとかでは手にはいらんのだろう。だからこそあせる。本来そなわっている人間がいるのかもしれないという予感に。


 腰抜け写真家に腰抜け(元)ロッカー。語るべきなにかがあるとはとても思えず。恥さらし。


10/23/martedi  「万事快調」pizzicato five

 今を丁寧にいきろ、などと今さらのように教えられた。

 
「何事も期待しないスタンス」。なるほど。かれはこじれ系ではないが、これはこじれ系の基本的スタンスのような気がする。期待しないというか期待できないというか。だからことさら前向きではないし。


10/22/lunedi  「夕立ち」スガシカオ

 どこかできいたことのあるような女の話っぷりにむかつく。なんで今さら………。


 このあいだのスガシカオの話でなるほどなーと思ったのは、デビュー前おれには実力があるんだから音楽業界がほっておくわけがないとなぜか超自信があった、というところ。それはやはり必要不可欠なものなのだろうと思っていた。


 久しぶりにスガシカオの「夕立ち」をきいていると、とんでもないバカ女のとってもひどいひとことにすっかり傷ついちゃったボクチンの99年夏を思いだす。

 そんな馬鹿なボクチンには月曜の土砂ぶりもありがたい。


10/21/domenica  「pleasure」槇原敬之

 日曜の朝が雨だとときどきうれしい。


 自傷行為のあとをみせられてもおれにできることは何もなく。せめて、受けとめないというのではなく、おもしろがらず無視してあげることぐらいか。


10/20/sabato  「ガッツだぜ」??

 信号無視で白バイにつかまるおばさん。ポークカツレツランチ?殴られた手が痛い。人のいない焼肉屋。二日ぶりにもどってきたみーこ。がっついて甘える。前々々々から石井大嫌い。


10/19/venerdi  「planet home」jamiroquai

 一晩中家のなかにはいってこないみーこが心配になって熟睡できない。


 女優のなんとかが結婚したそうなのだが(そしてそれは勿論どうでもいいことなのだが)その人は女優として一瞬でも輝いたことがあったのだろうか?


 ねーさんが教えてくれたことは、忘れるためになにかをするとか、そういうことはするな、ということだった。動機が不純とかそういうこともあるのかもしれないが、なによりそれは自分のためにならないということだったのだと思う。

 意味をみいださなければならない、という時点ですでにそのたくらみは失敗している。

 焦りから身体が反対の方向へあるいはあらぬ方向へ走っていくのではないかと思ってしまう。天気がよすぎるから?


10/18/giovedi  「愛について」

 洗濯したり昼飯つくったり。「あんた自分のこと忙しいんやったら無理せんでいいけね」。不調。ごめん。スガシカオ。「ドキ」連発。ビールをのんでいるとむなしさで一杯になったので、ラーメンをつくってたべる23時前。

10/17/mercoledi  「You don't have to be afraid」take 6

 朝から雨。台湾へは飛行機はとぶよう。隣のおばちゃんが7時前からけたたましい。

 豚肉ともやしいため。もう今さら騒いだって遅いのに。大騒ぎするまえにもうとっくに胃袋を通過しているだろう。普段は「国産牛でないと食べない」とかいってるババアにかぎっていってんじゃねーのか?ほんで二言めには「役所は信用できない」とかなんとか………。米のときはおれ自身はもうちっと深刻だったが、今じゃなんかすべてあほらしい。「狂牛」病という名前は問題らしいですね。


10/16/martedi  「I Lef My Heart In San Francisco」小野リサ

 ハゲしい雨。

 かつて同級生だった男がニュースにでてる。博士号とった、とか。みんなの評価はどうであれ、こいつはいつでもやるやつだった。ばかなおれにできることといえば歯ぎしりすることぐらい………。


10/15/lunedi  「おうま」

 高校時代の同級生たちはすでに席についていた。なにうろうろやってんだよ、というような顔をして、でもなにもいわず待っていてくれたのだった。楽器はおれの目の前においてあり、それを手にとるかどうかはおれにかかっているのだった。おれがこないとは誰も思いもしないような素振りでみんなは黙々と自分のことをしていたのだった。

 先々週よりはちょっとぎこちなく?とってもきれいな夕やけ。しかし家へ。


10/14/domenica  「朝」古内東子

 7:45の電車で昨日とは反対方向へ(450円)。結構人がたくさんいる。地下鉄にのりつぐ(250円)。まだ時間があるので城跡をあるく。こうろ館(← 漢字が難しい)ってここにあったのか。平和台球場が不完全にとり壊されている。そこからみえるビル。秘密の場所の感慨。日曜の朝のこどもたちの歓声。

 第40回××県人権・同和教育研究大会に参加。
よみかき教室・城野の学習者である I さんが報告される。司会者の余計なイントロが長い。25分ほどビデオをみて報告。1時間の質疑や意見。「うちにも講演にきてほしい」と依頼。年齢不詳だがたぶん10代だろう少年の感想「ぼくも漢字になったらむずかしくてよう書けんですもんね」。意外。やはりこういう人がいるという想像力。

 一番印象深かったのは、小学1年生を担任しているという女性の先生「こどもは『田』の字をならうと、なんでもかんでも『田』で書く。なになにしましたでもなになにしまし田と書くんです。こどもたちは楽しそうです。でも2年3年となっていくとそうじゃなくなってくるんです。1年生には無理な漢字もあるんです。すこし勉強したら、いきなり『空』なんです。こどもたちのこの輝きはいつ・どこで輝かなくなるんだろう、と思うんです」と涙ながらにかたる。

 全体的にやわらかい・ほのぼのとした印象。昨日の全体会はひどいものだったらしい。それにくらべると今日のはかなりよかったようだ。

 妹へのプレゼントを買いにいくというふくすけ君とわかれ、ひとり日曜の正午のけやきどおりを歩く。美しい。

 バスで帰宅。お茶づけ。疲れて寝てしまう。お好み焼き。


10/13/sabato  「happy sad」

 8:39の電車で公民館へむかう(540円)。電鉄にのりかえる(190円)。つくとおひとりだけ。ほんで必死の作業。おわってみんなでチヂミ。それにしてもおれは客商売なんてできねーんだろうなーと痛感。椅子にすわったままのババアが「箸とって」。おれ無視。自分でとりやがれくそババアとこころの中で絶叫。別グループのババー軍団。たいていの人は食べおわった皿を「ごちそうさまでした」と返していくのだが、そいつらはおきっぱなし。しかもほかのゴミまでちらかし放題。くそババー。

 快晴の芝生でみんなでチヂミを食べて解散。と思ったらふくすけ君がやってくる。家にいてもしょうがないのででてきた、と。この公民館にきたこともなかったし、と。N子さんと3人で14時半ごろKさん宅へ。定時制高校へかよう64歳。高校でのはなしをききながらパンやりんごやこーしーをいただく。やはり授業についていくのはきびしいようだ。

 16時すぎに辞去してふくすけ君をおろす。車で海へ。夕やけの海はひさしぶり。ひとしきりはなし。みんなそれぞれ厳しいのねん。わが身をおもう。


10/12/venerdi  「正義の味方」スガシカオ

 昨日買おうかどうか迷ったのは、あれじゃなく
これ。2200円はやはりちときびしー。あれを買ってしまったのは、鷲田さんのところをよんでちょっと感動というか感慨ぶかいものがあったからとゆーのと武田徹さんのことがあったから。まだ全部はよんでない。チンタロウ。


 なんか遺跡そのものが捏造だったそうで。遺跡そのものが捏造って、じゃあなんでその場所を発掘しはじめたんかがわからん。一応学問なんだから、相互批判とかなかったんかい?それにしてもかわいそうなのは「秩父原人」とかいってはしゃいでしまった人たちのこと。それに賭けなければいかんくらい切実やったんかもしれんけど。なんかが発見されるとすぐ饅頭とかにしてしまうのもどうか、と。それにしても、原人まつり?とかいって新たにまつりをはじめたそうで、そのおどりの映像が流れたけど、まぬけすぎた。まぬけすぎてこんなにかなしい映像は最近ではちょっとないかもしれない。原人=ああいうおどり、ということになること自体想像力はかなり貧弱といわねばならない。


 ノーベル賞。おめでたいにはちがいない。これもまさか捏造か?そんなことはないんだろうけど。でも「久々の明るいニューズ」とかいってはしゃぐのもどうか、と。明るいニュースにいつもおどらされて「捏造でした」ってなるのはかなり恥ずかしいし。

 大事なのはそんなことやなくて、明るいニュースなんかなくたって生きていけるってことなんじゃ?それと、理系ばっかりにではなく、文系にももっと手厚く潤沢な資金を用意せんかい!


 11日づけ某T大の先生の暴論。暴論ていうのは論なのか?

 9日「私の視点」。松浪健四郎大先生のは予想以上に穏当。地道というべきか。しかしいまいちよくわからない。もっとすっきりとしてほしい。北沢洋子さんの「反米で第三世界の結束招く」。知らないことの恥。パキスタンは400億ドルの債務返済におわれる。知らないことではないけど、アメリカの所業。朝鮮戦争以来20カ国以上に爆撃してきたこと。劣化ウラン弾の影響。経済制裁。

米国がスーダンの医薬品工場を誤爆したが、その結果、予防ワクチンが不足し、2万人以上の子どもたちが死んだことに、米国はどう責任をとるのか。米国こそ最大のテロ国家ではないか。

アフリカでは、今回の米国でのテロ犠牲者とほぼ同数の人々が、毎日エイズで死んでいる。債務の支払いによって、毎日、1万9千人の子どもたちの生命が奪われている。経済のグローバリゼーションが、第三世界の貧困を深刻化している。1日1ドル以下の生活を強いられている貧困層の数は、13億人に達している。

 10日「私の視点」。鈴木健二さん「『湾岸』後遺症 報道も脱却を」。

 私が不思議に思うのは、日本の報道機関までが米国と一緒に熱くなっていることだ。テロは憎い。その勢力は封じ込めなければならない。しかし、どうして日本も米国と一緒に「戦争」しなければならないのか。
 白石隆さんのは???

 10日の夕刊文化欄のeメール時評。斎藤貴男さんの「これが日本のプロ野球か」。

メジャーリーガーを神のようにあがめる一方で、卑屈な己を認めたくないあまり、カビの生えたシンボルにしがみつく。劣等意識の発露としてのエセ・ナショナリズム。子供たちに日の丸君が代を強制したがる御仁が、どこかよその国にいるご主人様に対しては、どうか戦争を手伝わせてください、うちの国民にも血を流させます、ハートブレーキングなもんでとへつらうのと相似形の心理は悲しすぎる。

 9日「私の視点」辺見庸さんの「道義なき攻撃の即時停止を」。

ブッシュ大統領が背負っているのは、同時多発テロへの復讐心ばかりでなく、富者たちの途方もない傲慢である。

建国以来、200回以上もの対外出兵を繰り返し、原爆投下をふくむ、ほとんどの戦闘行為に国家的反省というものをしたことのないこの戦争超大国に、世界の裁定権を、こうまでゆだねていいものだろうか。
 10日の「天声人語」が紹介するモフセン=マフマルバフ氏のことば。「アフガニスタンは他国の干渉よりもむしろ無関心に苦しめられた」「バーミヤンの仏像は破壊されたのではなく、恥で倒れた。世界の無知の前に仏像の偉大さなど力にならないと知って倒れたのだ。」


10/11/giovedi  「answer」槇原敬之

 朝の電車。結構な数のねーちゃんたち。駅から神社をぬけていく。「敵国降伏」おれもアメリカの降伏をいのる。小学生たちが写生。図書館。返却期限のきれた本を必死によむ。よんだりよみなおしたりしてノート。気づいたらまるまる2時間たっていた。集中してたのか、それとも単に読むのがおそいだけなのか?おそいだけのような気もする。30分ぐらいですむやろうと思っていたので、とにかく2時間たってしまったことに驚きとちょっと後悔。地下鉄へ。

 本屋にいく。つい、たちよみした永江朗 2001『批評の事情 不良のための論壇案内』原書房 がおもしろそうやったけん買ってしまった。他にもかわないかん本はいっぱいあるとにから。レジのおねーさんは、以前かよったここのしりあいの女性やった。

 横須賀カレーのカレーパン。バスに乗ってすぐ食う。そんなにうまいか?


 夜の久々の海。


10/10/mercoledi  「love for sale」フライドプライド

 いくつか論文をよむ。夕刊に藤原帰一さんの文章。

だが冷静に考えれば、テロリズムの打倒とアフガン攻撃との間には、とんでもない落差がある。科学技術の精華を集めた巡航ミサイルやステルス爆撃機は、電気や水道を使う人さえ限られている地域を爆撃しているのである。

 正義や報復などの言葉を外してみれば、この戦争は、豊かな国が連合を組んで、生まれてから戦争と貧困しか経験していない人々を攻撃する行為である。



10/9/martedi  「blow your mind」jamiroquai

 つよい雨。サンドイッチ。

 「やられたらやりかえさないかんでしょう」「アメリカという国の国民は国にたいするロイヤリティがあるでしょう。日本はいかんよね」典型的天下国家系発言のかずかず。でも、予想外にこのへんの人はさめてるようだ。それはとても正しいことだと思うし、ちょっと誇らしいというか自慢したくなるような気分だった。テレビをみて。半数は武力行使は反対だというのだった。ジェンダー差もあるようだった。

 アイデンティティが、しかも自国ならまだしも(それもどうかと思う、とゆーか違うと思う)アメリカと同一化することで得られるという奇怪。本国ではものもいえないような雰囲気のようだけど。辺見庸はさすがというか当然だった。小田実。戦争をしらないということの恐ろしさ・危うさっていうのは国会議員とか権力のある人こそがまずは考えねばならないのでは(庶民が考えなくてもいい、というのではなく)?

 「口でいっても通じるやつらではない」とか「そういう段階はすぎた」とかいう人たちこそ、アメリカの爆弾にでもしがみついて木端微塵に砕け散ったらどうか?それこそ「目に見える国際貢献だ」といって終生馬鹿にされるだろう。大事なのは………。

 とんかつ。


10/8/lunedi  「candy」小林桂

 できなかったトマトソースに挑戦。たまねぎのみじんぎりで挫折。1個みじんぎりするのでひーひー。涙がとまらない。料理の本の写真みたら、おれのはそれの10倍はでかい様子。味もいまいち。あじけないスパゲッティをひとり食う。


10/7/domenica  「I'll be there」take 6

 よっしゃトマトソース作るぞ、と思ったけどだらりんこ。ほんでカップ麺ですましてしまう。サッカー見ようとテレビ前に布団しいてスタンバイ。しかしこーゆー行動とる時点で寝る体勢。みーこと一緒にねる。


10/6/sabato  「acalanto de amor」小野リサ

 朝から行動。オイル購入できず。楽譜もみるがアドリブが短いのばっかりで購入せず。ふくこい祭りとかをやっとる。よさこい踊りっつーんだろうかそろいのはっぴきて鳴子をもって。おれこーゆーの大嫌いなんだよなー。みんなで一緒にもりあがりましょう的なことが嫌い。「はっ!!!」

 昼飯迷い迷って中華。はじめての坦々麺。思ったよりはからくなかった。炒飯。こんなもん?餃子。全体的にいまいちの印象。のあと紅茶。ここにならまたこようという気になる。葉をかう。結構つかれる。


10/5/venerdi  「love vista」original love

 命を賭けるほどにがんばったこと・努力したこと。結果はどうであれ、普通はそれだけで賞賛されるのじゃないだろうか?

 お金をかきあつめて遠い異国へとび、学校にはいって一生懸命勉強して訓練して自分(たち)の目標を達成する。

 そのニュース、最初の時点で感じた違和感。イスラム教徒であること。

 たとえば日本人があの事件をおこしたら「仏教徒が事件をおこしました」と報道されるだろうか?そうはならないような気がする。あるいはシーク教徒だったら?「シーク教徒が事件をおこしました」………報道されそうな気がする。オウム真理教徒だったら?「オウム真理教徒が(また?)事件をおこしました」………報道されるだろう。

 属性の中でも、宗教それもある特定の宗教がクローズアップされるのはなぜなのか?ある人種がされるのは?ある国家人であること・ある国家に属することがクローズアップされるのはなんで?


10/4/giovedi  「45分」古内東子

 基本的なわたしは失敬な人間が許せない。「わたしって礼儀正しいわよ」的(とゆーか自分ではそう思いこんでるらしく、そーゆー態度をとる。そんな態度をとる時点で礼儀ただしくはないと思うけど)でかつ無礼で失礼で失敬なひとは特に。まーほとんど喋らんし相手にもしないけども。あーそうかおれが相手にされてないのか。


 こーしー好き。1日1回はやっぱりのんでる。

 「あなた誰かにコーヒーいれてあげたことがある?誰かがいれてくれるコーヒーっておいしいものよ」とかなんとかいうセリフのあるドラマをみたおぼえがある。でも、それは違う。誰かがいれてくれるだけでおいしいのではない。やっぱりこころがこもってないのはおいしくない。問題は「こころ」のほうにあって、こころがこもっていればなんだっておいしいのかもしれない。こころがおいしいというのか、いれてくれるこころがおいしいのだと思う。


10/3/mercoledi  「kids」jamiroquai

 いろんな感情がまきおこって、冷静でありることを装いたいひとやおれは「客観」的なんだ的態度をとりたいひとは、その感情の輪からはなれてながめている。それはでも結構ばかげたことだと思う。感情的であることは非論理的であることを意味しない。そんなこともわからないひとのほうがよっぽどかわいそうに思えてくる。


10/2/martedi  「秋の気配」off course

 兵站と前線の区別もわからん軍事おたくどもって?憲法とか集団的自衛権とか面倒くさい議論はやめて、いっそ最前線でおもう存分銃でも爆弾でもぶっぱなしたらどうか?そしたら顔も旗もみえる貢献だってほめてくれる。まずそんな奴らと政治家から前線にいこう!そうか。すべてがくだらない話。


10/1/lunedi  「star ferry」槇原敬之

 みあれ祭。そうあのとき。新しい先生がうへへだった。ひさしぶりの海。夕日。ちょっと強い風。



 Septembre
 過去も結構おとなげない