★ Decembre  Dicembre  December ★



皇室典範改変絶対反対!天皇陛下を中心とした神の国の天皇は絶対おとこできまり!

12/31/lunedi  「」

 バスで駅へむかう。途中歩道におじさんがたおれていた。何人かが介抱していた。大丈夫か。今日は終日だれともあわない。論文をよむ。16時半電車で移動。閉店まぎわのジャスコはかなりおおい。こういうのを世知がらいというのか?18時集合。1月からつくばにいく後輩と中学校の数学教師。ふたりとも後輩。いいくるまにのってる。なかなかあいているみせがなかったが、やっとみつける。ふたりにはなかなかいい印象のよう。何回も論文を投稿するはなし。ふたりとも大変だなあ。むしろ後輩ふたりにはげまされ勇気づけられる。またあつまれるといいな。23時帰宅。もちろん紅白などみずに即ねる。

12/30/domenica  「」

 ひとあし(ふたあし)はやくはつもうで(もうでおさめ?)。100円投入。うみ。けんか。研究室へ。学部生が「もう卒論おわった」などとかたっているのをきき、びびる。

 おれはマウスパッドもってなかった。ほんでこのまえプレゼントでダイヤさんのマウスパッドをもらったのだが、これが顔が判別できないほどぐちゃぐちゃで、今日交換してもらおうとおもってみせにいった。店員さんにきくまえに店頭のおなじ商品で確認してみる………そこにあったすべてのマウスパッドの顔がぐちゃぐちゃだった………もともとこういう商品なんだろうか………なにもいえずみせをでる。雑誌を2冊かって高速バスで帰宅。くれのこんな時期にこんなまちなかへきたのははじめて。予想以上にひとがおおい。途中2車線のみちのひだりがわに、ちょっとななめになってくるまがとまっていた(結構渋滞していた)。そのなかでおとこのひとがあおむけになっていた。エンジンもライトもつけたまま………まさか死んでないだろうな。

12/29/sabato  「」

 まだくらい7時すぎ。小雨のなかを出発。いきなり渋滞。高速にはいる。あめの路面はちょい心配。1時間半ほどはしって休憩。23ヶ所連続でトンネルがつづく超難関区間。まさにとんねるず。やまあいをはしるぐねぐねみち。ゆきがつもっているのがみえる。3時間ちょっとで目的地へ。霧島のやまやまにもゆき。みなみだからといっても、こちらなんかよりよっぽどゆきを目にする機会はおおいのかもしれない。

 高速をおりるとあたたかな日差し。母智丘にむかう。息をきらせながら神社にのぼる。みわたす。墓にまいってじいちゃんちへ。おにぎりたべて金柑をちぎる、ひたすらに。ガソリンいれて洗車ののちもう一度墓まいり。14時半すぎふたたび出発。霧島神宮経由で大口→水俣→八代とはしりたかったのだが、じいちゃんのひとことで却下。しきりといとこのはなし。親不孝だ、と。えびの付近で「まだ?」ときかれ閉口。

 きたへむかうそらに灰色のくも。あやしいくもゆきにすこし不安。1時間ごとにトイレ休憩をはさみながら。16時半熊本でゆうやけ。その後ずーっとつらなるくるまにいらつく。ちょうど3時間半で帰宅。往復600qにはさすがにつかれる。84歳のわがままにもつきあわねば。

12/28/venerdi  「夜行性」

 あいかわらずおいかけるのは小物ばかり。ばかのばかばかしさ。どちらがタイプですか?ええっ!とかなりびっくりした感じ。珠緒さんです、と。へぇ〜。「夜行性」期待できそうな感じ。多分3回目の bossa nova 。

12/27/giovedi  「」

 かたづけなければならない、いろんなものを。作文そっちのけでねじまわし。年中部屋のかたづけをしてる気がする(でもかたづかない)。


 しにたいけど自分(のちから)ではしにきれない。あのおとこもこのおとこもそうなのだ、と佐木さんはいっていた。しにたいけど自力でしねない、そういう人間のとるべきみちとしておれがおもいつくのはふたつ。

@だれかひとをころしたいでうずうずしているような人間をつかまえてころしてもらう。報酬をはらってもよい。
A権力が刑死させてくれる。確実に死刑になるような犯罪をおかせばよい。無実の沢山のひとをころす、とか。

 @の場合、ひとしれずしねるかもしれない。ただそうしてくれるひととどうやって接触をはかるか。Aの場合とにかく沢山のひとをころせばよい。あとは警察がきてその他もろもろのことが進行する。裁判になって司法権力(行政?)の刑として死が執行される。

 もちろん問題なのは後者で、自分がしにたいなら勝手にひとりでしねばいいのだが(前者もひとのてを介してはいる)、自分がしぬため(目的)の手段として多数の無実のひとびとがまきぞえになる、ということ。しにたきゃ勝手にしね、何でひとをまきこむのかということ。(しかし)自力ではしねない → でも確実にわたしをころしてくれるところがある、それは死刑制度だ、わざわざ自分をころしてくれるようなひとを自力でさがすこともない、ひとを沢山ころせば自動的に死刑にしてくれるのだ。というのは自力でしねないひとにとってはそれなりに合理的なのかもしれない。これでは抑止力というよりは促進力だ。死刑が制度として担保されているから殺人をおかすのではないのか。

 自力ではしにたくてもしねないのなら、いやでもいきつづけるべきなのだ。いきていきていきはじをさらしてでもいきるべきだ。自分の死さえもひとまかせ、しかもおおくの無実のひとびとの生をうばう権利など、こんなくさりきった人間にはない(というかだれにもないはずだ)。

 死刑を覚悟した殺人者に死刑制度の有無が抑止力になるのか。ひとをころすときに「ちょっとまてよ死刑になるぞ」とおもっておもいとどまったりするものなのか。遺族の感情の回復になるのだろうか。そんなチンケな人間がしんだからといって遺族はいやされるものなのか。ことをひとまかせにする・そんな人間のおもうつぼではないのか。殺人者の目的は死を執行してもらうことなのだから(だから裁判などまたずに最初からひとじちでもとって――そしてひとじちにはきずをつけず、自分だけ射殺してもらうのが一番いいのかもしれない)。結局は、最後の最後までそんな人間の期待にそうかたちになってしまうのみではないのか。死をねがう人間には死刑はねがったりかなったりだとおもうのだが。

12/26/mercoledi  「」

 いろいろと用事があって研究室。インスタントのこーしーさしいれ(もらいもんやけど)。書庫。先輩に遭遇。論文を発表せねば、とか。234600。県立図書館。16時ごろ。サイレン。どこ?はないきのためいきがうるさい。となりのおとことまえのおとこ。うるさい。品のよさそうなじいさん。しかし携帯ではなす。バカか。結論。携帯のマナーのわるいのは年齢と関係ない。

 夕方の地下鉄。焼肉。いまいち。19時前からあからがおのおとこ。ダイヤさん。かおがぐちゃぐちゃ。本屋。先生?ミックスジュース(250円)。エスカレーターをおりてくるみんなにみられてる気がする。19:41のバス。帰宅する。あのサイレンはうちの学校の研究室の火事だった!

12/25/martedi  「White Christmas」小林桂

 さっきニュースで、とおる予定だった高速道が雪のため通行どめといっていたから、いかなくてよかった………というかいってたらあぶなかった。あとでニュースでみたら、なじでゆきがつもっていた。あぶねー。夕方にかけておおあれ。雹(霰)がまどにうちつける。あらし。さむい。

12/24/lunedi  「」

 昼。「かみをきったんですね」などとすらいえないあほおとこ。さりげなさとは無縁のおれ。別に大したことではないのだろうに、そんなことが気になってなにもいえない。多分失格なのだろう。

12/23/domenica  「」

 昨日の反動なのだろう、いちにち何もする気になれず。駅伝の大牟田の1区走者の失速ぶりを残念におもいながら。

12/22/sabato  「」

 今日は城野の望年会。しかし15時すぎあまりの空腹にたえかねてカツ丼うどんセット。電車とモノレールをのりついでいく。往復で820+260+260+820円もかかるのは板井。本屋でほんのちょっと時間をつぶす。女性がおおい、うへへ。団地をぬけていくみちをすこしまよい、ふくすけ君とともに。総勢20名ほど。期待のY少年は参加せず残念。鍋や刺身やチヂミなど。さすがにカツ丼がきいてあまりくえないしのめない。H先生が無類のカラオケずきとしってびっくり。ほぼみんな1曲ずつうたう。おれもピアノ。22時すぎ辞去。駅までふくすけ号でおくってもらう(260円がうく)。1時間ほど電車にゆられ24時帰宅。週末の電車はやはりおおく、むかつくこともあったのでずっとたちどおし。おれよりちょいうえ(多分)のおっさんが酒の失敗の自慢をしたいのか満員の電車内で携帯。いいとしこいたおっさんが「ボクです」とかいいながら(多分)自宅に電話。ばかばっかし。

 3学期も講師をすることになった、とふくすけ君。教育への情熱なのかなんなのか、まぶしいくらい。城野への熱もある。「来週もあってもいいのに」といっていた。たのしみなのだろう。それはおれもおんなじなのだが。駅へむかう100万都市の変な雰囲気のなか後部座席であたまをシェイクされながらぼんやりおもう。

12/21/venerdi  「オトコらしく、オンナらしく」古内東子

 あさからつめたいあめ。つよいかぜ。ふゆの日。N響のロンドン公演でのショスタコーヴィッチ『交響曲第5番 ニ短調作品47』。超久々にきく。感慨。すげ―立派なホール。いいなー。いろいろとおもう。

 99年のふゆによくきいた古内東子の『winter star』。なかに「オトコらしく、オンナらしく」という曲があって。
いつもいつまでも あなたのいちばんでいられるように
どんな瞬間でも オンナらしくオンナらしくって
言い聞かせてるわ (略)
あなたもオトコらしくいてね
という歌詞があって、きくたびいつも違和感をおぼえる。こういう風に感じるひとがいるのは事実だとしてもなんだかなーという感じがする。別にフェミニズムをやらんといかんわけじゃないが。らしくらしくってきつくないかなーとおもう。自然とか本質とかそーゆーものをうたがってといなおしてきた、ということの成果って何なのか?くるしさのみなもとは何かとかんがえてきたことのそのむこうに、自然なんだからいいじゃないか・たのしいんだからいいじゃないか、という感情はあった。

12/20/giovedi  「月光」高橋ひろ

 ひさびさにはっきりとおぼえているゆめをみた。なんかやたらたかい塔があってしかもガラスばり。なんだろう。ひとのおもさでかたむいたりする。そこで一晩あかす。そこはいえから電車で4〜5時間もかかるところ。どうやっていえにかえろうか思案しているおれ。なんだろう。


 今年最後の青春学校。18時半ごろか。先々週大阪へ見学にいったハルモニたちのおはなし。相当な不平不満があったようで、さながら悪口合戦の様相。一箇所一箇所をじっくりと見学したかったのだが、それができなかった。ここにもあそこにも、とかおをださねばならなかったのがいやだったよう。どこもここも、いったらおわりがけでちょこっと挨拶してまた移動。そのくりかえし。ひとつの場所へいくにも何回ものりついだりというのもいやだったらしい。ましておとこではひとりしかなく、またくるま椅子も同伴だったし。「あの先生きらい」とか。人権博物館はなかなか興味ぶかかった、とも。

 すこしテキストをよんで、年賀状の作成。ハルモニはあまりのり気ではなさげだった。「年賀状やらださんよ」。それでもスケッチブックにしたがきし、来年の干支のうまの絵などクレヨンでかいてみたり。別のハルモニにキムチをもらう。

 赤銅色のあやしげな月。モスでかるくくう。情報誌(?)を5000年ぶりによむ。かえりほそいみちをうしろかハイビームにしたくるまが高速でおれのうしろにビタッとつける。おれはくるまをよせると、そのくるまはおれのよこにこれまたビタッとつけたあと、おれのまえにくるまをとめた。紺のトヨタ車。絶対いやがらせだ!と直感したのでそのまま発進。またビタッとついてくる。国道へのぼるさかみちの途中までついてきたが、やがてひきかえした。今度は逆におれが追跡開始。しかし信号でにげられる。いやーついにおれにもストーカーがつくようになったか………。ほんとに不気味できもちわるい。みなさんも変なくるま(人にも)には気をつけてください。

12/19/mercoledi  「」

 いくつか鬱病らしいひとの日記をよんだりする。ばかにかぎって病気のひとにむかって「それは甘えだ」とかいったりする。よく思うのだが、この世に「甘え」てない人間がいるんかな?「甘え」ていいんやないと?もっと腐った人間なんていっぱいおるやんか。だから真性だめ人間(だめ人間にさえなれない)ランキングをつくる。14億円ちょろまかす奴・捜査情報をもらす検事とか判事・や×ざと結託して金もらってる警察官とかがまずは上位にランキング。ほんでそんなのがこの世からひとりもいなくなってから「甘え」云々を考えればよい。

 つーかどうして苦しんでる人をわざわざつかまえて説教かますのか?まずは腐りきった人間から改造したらどうか。そんなこともせず、わざわざ苦しみ弱った人間のほうに目をむけるなんて、その自分の腐りきった根性をたたきなおすべきだ。

 などとは日記をつけるずーっと前から思っていたこと。自分がちょっと苦しいと、さほどでもなさそうなのに「苦しい苦しい」といってる人をみつけては説教かますボケども。いっぱいおらっしゃる。そんなボケが、いってしまえば一番甘えとるんだな。黙ってはなしをきいてあげればいいやないの。

12/18/martedi  「」

 ときどき電車にのったりする。女子高生のスカートの丈が異様にみじかい。びっくりする(こういうときヒゲなら………)。くるまにのっとるときにたまにみかける母校の女子高生のなかにもスカートがやたらみじかいひとがいた。

 女子中学生もおされですね。おれはほんとにむかしのことはほとんどわすれてしまっているのだが、自分が中学生時代の同級生とかの女子のイメージはなぜかはな(洟)をたらしてる、というものだ。今の中学生とはえらいちがい。というかそんなにはかわってないのに、おれの視線がおやじ化したということか。

 中学生時は男子はみんなまるがり・坊主あたまだった。今の中学生は長髪だ。あの当時まるがりに対する疑問とかなんもなかったもんなあ。かみをあらってもすぐかわくのが何といってもいいところ。


 クリスマスとお正月(あるいはおおみそか)がやってくるこの季節がきらい。クリスマスの雰囲気はすきなのだが、もうその1週間後には「ことしも………」とか「おめでとうございます」とかやってるのがきらい。おおみそかとかお正月とかの雰囲気がきらいなのだ。


 テレビにあほ男。存在自体がはじ。いまどきめずらしい馬鹿。おとこもおんなもばかばっか。某掲示板にも勿論その話題があったが。なんであんな男とわかれんのかとかやらせではないか、とか。ひとつおもうのは、おとこがあほでだめであればあるほど、おんなは「そんなおとこを何とかしてあげなければ」とか「それができるのはわたしだけだ」とかおもうのじゃないのか、ということ。ビーフシチュー。さめてた。

12/17/lunedi  「」

 よくはわからんがいやなことばっかりだ。それをまぎらわせたいこころもあってこういうことを書くのだが。そういうのをうまく笑いにして笑わせてくれるひと(書き手)もいるが。おれはそげんことできんしなー。最近ほんとやなことばっかりです。

12/16/domenica  「」

 不況なんてのはうそ。ひとごみに吐気。宝くじの行列。ブロッコリーの天麩羅。制御不能。どこもバスが異様に遅れていた。なみだかもしれない。

12/15/sabato  「」

 天気はよく図書館。あいかわらずあるきまわるだけの馬鹿。今日もさむさにうでを。カレー・豚汁。

12/14/venerdi  「」

 城野。昨日の女子をひろって。このまちの夕方の渋滞はどうにかならないものか。学習者はいつもよりすくないがなぜか女子高生が見学。おわって先生がた(4人)をまじえてご飯。Tさんが普段以上に意欲的に授業にとりくんでいた、といわれたが疑問。さいころをふるところまではとてもたのしそうだったのに。その先をいそいだのが決定的によくなかったと思う。やっぱりみんながたのしい授業にしてほしい。「『課題はなんですか』とかそんなことばでは簡単にいえないんだよ」ということばが印象的。そうおもう。おくりとどけて帰宅。

12/13/giovedi  「」

 車中。自分のよわさにきづいた女子学生のはなし、など。ほーふーんへー。自分に満足が・納得がいくかどうか。まー納得いかんでもやっていくしかないんでしょうが。しかし最近意見がシンクロしててこわい(あのことをおもいだすと………)。


 めずらしく8人で晩御飯。初心者も半分。わざわざ鹿児島から。ある女子。こともあろうにこのおれにむかって「はじめてですか?」。………あーあのーもう5年目なんですけど………とはいえなかった。

 でも、女子ととなりあわせにすわっても何の話題もふらないおれに気をつかってはなしをふってくれたのかもしれない。そんな気をつかわせたという時点でおとなげないのか?こちらがもっと気をつかうべきなんだな、きっと。


 解散後鹿児島女子からインタビューをうける。ひさびさの体験。おもいつきのような質問項目。おそらくフィールドに何回かはいらないと有意味な質問項目などおもいつくはずがないのだ。質問の意味はほとんどわからなかった(有意味にはおもえなかった)が、それでもなんとかこたえようとする。こちらのこたえが相手にわかってもらえるかどうかも(おそらくわかってもらえない)確証がもてないので、なんとかあいてに理解できるようなかたちでこたえていく。だから、ほんとはもっとすぱっといいたいこともかなりまわりくどくなった。インタビューというのはだから質問者と回答者の共同作業のたまもの(共犯)。

12/12/mercoledi  「」

 朝は快晴。道端に死んでいる猫をみてむかつく。キリンジをききながら西にむかってはしる。はれていて、そらのなかにくものすじがはしる。はれとくもりのさかいめがはっきりとはしる。新規開店のどうでもいいようなみせのせいで渋滞。予想外のであい。

 マーシー。あんな馬鹿なやつらにどうのこうのいわれるぐらいなら、いっそしんだほうがましだろう。くびをはねてもらいうでもあしもきりおとされはらをさかれたほうが。しんだほうが楽なくらいきついだろう。

12/11/martedi  「」

 自己否定などする必要がないのだ。それをさせる何かが問題であって、そのことについて考えようとしたのではなかったか?

12/10/lunedi  「」

 月曜日っていつもすべてがどうでもいいような感じになってしまう。

 映画『ひみつの花園』をみた(なんであんな時間にやっとるんだろう)。5年ぐらい前の映画。公開されたときに見たいと思ったが(いつものように)そのまま。銀行につとめるお金だいすき女子行員が銀行強盗にまきこまれる。銀行強盗にまきこまれるという状況は映像としてでてくるのだが、犯人そのものは姿さえうつらない(声だけ)。強盗は事故って死んでまって、彼女と5億円だけがたすかる。5億円は彼女だけしかしらない水の底へ。そこから5億円をふたたび手にするまでのストーリー。

 そこからの彼女の行動・行為を動機づけるのはすべてその5億円。金のためになにかする女。動機と動機づけのはなしなのね、と思う。

12/9/domenica  「」

 残念なことに時間はかえらない。かえしてほしいのは2年まえのふゆの日の時間。

12/8/sabato  「」

 いつものように読書は遅々としてすすまず。はやい閉館時間になって図書館をでると、つよいさむさにぐっとうでをつかまれた。せなかからは冬の夕日がむこうのそらのくもをてらす。これはしあわせな時間なのだ。

12/7/venerdi  「」

 I君号で城野。年賀状づくり。I君のこじゃれたセンスに脱帽。みなさんそれぞれに丁寧につくられる。おれは正攻法ではとてもはがたたないので、変なものに。まったくはずかしい所業。ほとんどおわりがけにやってきたストレスたまりまくりのふくすけくん。いつもの4人組で放課後のクラブ活動へ。すでに常連(?)のY少年宅ちかくのカラオケ屋。なんのきなしにうたうI君のルパンV世が最高得点(940点)。点数ねらいのY少年はさほどのびず。ひとりなまるーび。オードブル・カツカレー。ロングドライブで帰路。途中で交通事故に遭遇。あほ女3人組ののる軽にも遭遇。やたらふらふら運転しとるなとおもったら携帯かたてに運転中。あのよまでいってまえ。26時帰宅。

 くるまってふえたとおもう。便利になったのか不便になったのか。そういうおれもくるまにはのるが。でも極力ほかの交通手段にしようともおもう。あるいは自分では運転しないか。大都市とちがってそんなに公共交通の便はよくないとおもう。やすくもないし。しかしくるまででるとむかつくことばっかりなのだ。1秒でもひとよりはやくいきたいひと(勝手にいけ)。1ミリでもひとよりまえにでたいひと(勝手に×ね)。わりこむのがマナーだとおもっているバカ。挨拶さえすればいれてくれるとおもってる奴(おれはずっとまってるし、なにしろこころがせまいから、いれてやろうなんておもわねーんだよ)。まさに時代は近代なのね。ジグザグ運転したりびったりことくっつけてきやがったり、そしてそんなことするのが「おれは運転うまいぜ」とおもっている証拠なのか、勘ちがいしてるバカばっかりだ。おまえがしんでもおれはなんもこまらんけど、ひとをまきこむのだけはやめようね。迷惑だから。ひとりできれいにきえようね。

12/6/giovedi  「」

 うただヒカルとオセロの黒いほうの区別がつかなくなってきた。歳だ。

 なっちとのりピーの区別も最近怪しい。歳だ。

 沙知代さん逮捕。それにしても、なんで浅香光代とか渡部絵美とかがよろこんでるんだろ?おまえらが正義あるいは善で、沙知代さんが悪なのかしら?そんなにかわらんぜ。十勝花子。あんたは完全に便乗でしょう。なまえがでたんだからむしろ感謝すべきでは?

12/5/mercoledi  「」

 懐かしいものをみると、ねたましさのせいなのかどうかとにかく吐気がする。

 それは捨てられた感覚のようでもあり忘れられておいていかれた感覚のようでもある。周囲の話というのは自分を経由せずとも進んでいくんだ、ということにあらためて向きあわされた感じ、というか。

 それがポジティブなものかどうかはわからないが「見返してやるんだ」というような気力も気負いもなく。ただとにかくひどく鈍感で、「おれの幸せはおまえの不幸なんだよ」という自覚さえもなく。気まぐれにお恵みを与えるだけの。

12/4/martedi  「M」?

 200年ぶりで奥居香(今は岸谷香なんだそうだ)の歌をきく(みる)。この人は歌い手としてはもう終わっている、という印象。この人の(特に発声面での)不安定さに惹かれる人もないとはいえないだろうが、それにしてもひどいと思う。とゆーかおれがききたいのはそんな「張り裂けかた」ではない。

 新潟のかたのページでいろいろライブをレポートされているかたがいた。古内東子もレポートされていた。「特に理由はありませんが新潟は好きです」とか「新潟といえばコシヒカリ」とか話したらしい。バカ丸出し。そのかたも「客に反感もたれるぞ」と書いていたと思う。古内東子ってそんなにバカだったのか。ちょっと残念。

12/3/lunedi  「すべてをあなたに」

 500年ぶりで「すべてをあなたに saving all my love for you」をきく。ホイットニーヒューストンを初めてみたのはたしか中学1年ぐらいのとき。グラミー賞かなんかで真赤なドレスで歌いながら階段をおりてきた。歌うまいなーと思ったおぼえがある。そのときこの「すべてをあなたに」をうたった。

 歌はいい歌なんだけど、これってたしか不倫の歌。しってる人で不倫してる人ってのはおらんのやけど。女ともだちならやっぱりやめろっていうやろな。なにか騙されてるような気がする。年上男と年下女という図式からのがれられない。不調。

12/2/domenica  「」

 テレビで血液型占いをやっていた。普通はAとかBとかABとかなんだろうが。それよりも「ドロドロ型」とか「サラサラ型」とかのほうが実質的にはおおいに役だつんやないやろうか。占いというよりも予想かな。ドロドロ型だと毎日悪そうな気がする。「今日のドロドロ型は」とかやっても無駄か。いつも何か不健康。

 たまたま車のなかでラジオをきいていたら「あなたにとって究極の鍋はなんですか」ときいていた。「豆腐(の鍋)」とか「水炊き」とか「海鮮鍋」とかいっていたが、ひとり「フライパン」とこたえた人がいた。ジャージャー麺。キムチ鍋

12/1/sabato  「アルカディア」キリンジ

 あんまり訳のわからんこというもんだから家をとびだす。生春巻。遅々遅々の作業。もう12月。


 Novembre
 過去も結構おとなげない