×xー×ーの おとなげない 日記  for Otonagenai people

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Gennaio  Janvier


1/31/giovedi  「波光」

 オフラインでわたしをしる方にご報告。

 わたしの思った(願った?)道はなくなりました。いやむしろ道ははじめからなかった、というか。「道がなかった」ということがわかった、というか。楽な道を能天気に考えすぎたのかもしれない。そしてそれにたる努力を怠ったことも自覚しているつもりです。どうやら2月はちょっと重く暗いものになりそうです。

 そうでなく、わたしはいつもあなた方にハゲまされてきたし勇気をえることができます。何もなくとも遠くから見守ってくれているようにいつも感じています。多分ただの思いこみでしょうが、一度(といわずいつでも)感謝しているということを書いておきたいと思いました。友だちやよき先輩や尊敬する後輩や同僚であることに感謝しています。ありがとう。

 20時すぎの月。不気味なほどおおきくオレンジ色の。


1/30/mercoledi  「ありったけの愛」theatre brook

 北西の空におおきな月。まだ夜はあけない。極寒でうつろな車内。「ひとかわむけた」「気負いすぎ」「きみらしさがでた」などの予想外(以上)の評価………どうもおかしい、自分だって「こりゃ最悪だ(某O氏風に)」と思っているのに………信用できない………罠だそうだ罠にきまってる………正統派だめ人間(へたれ系)ならちゃんと以下のような回路がはたらくはずだ………。
それともあれか、大学院休学 → 就職 → 働きながら復学などどという戯けたことをほざくへたれ野郎には来てもらいたくない、かといって、一度採用したのを断るのも面倒くさい。だから、「君ももう大人なんだから、その辺自主的に判断してさ、自分の方から内定断ってよね。」という暗黙のメッセージを読み取るのが正解なのかも☆☆☆。

弥生/09/金 『駄目男さんも、もう大人なんだから……☆☆』


 ひそかに尊敬する某氏にならってやけくそ気味にぶちまける。失敗なのか成功なのか………。しかし同時に某丸出駄目男回路もはたらくからいつもわりきれない………。
先生のやさしさに甘えてバブゥー×2と必要以上に自分が多弁になってしまうのがイヤだったからだ。でも、結局、ものすごく興奮してしまって、修論や進路と関係ない話もいっぱいしてしまった。……帰り際、自分の話だけしたらかえるの? と溜息をつくように先生は言われた…ような気がする(幻聴かも☆)。

如月/02/金 『私的諮問機関、21世紀妄想委員会を設置の意向』


 何度も引用するのは更新させるためのプレッシャー(多分なってねーだろうなー)。


1/29/martedi  「asayake」casiopea

 手帳というのかスケジュール帳というのか、そういうのはつけない。何度もつけようとした。そしてそのたびにそれは徒労におわる、というかつけても仕方のないものになった。それもひとのせいにすればできること。何度もやろうとしたが徒労におわるのが嫌で、いっそ手帳のたぐいはもたないことにした。時間とかにルーズなのではないと思う。自身は遅刻もする(そしてそれはほとんどわかっていてする)のだが、さらにひとの遅刻はゆるせない。時計もしないが時間がわからないとかこまるということもない。携帯がなくたって車に時計があるし、駅でも時間がわかる(でも街中でそう時間がわかるとも思えない)。

 先輩とかが手帳にきれいにスケジュールをかきこんでいたりすると「かっこいいなあ」とかは思う。「やってみたいなあ」とも思う。予定がないのでもない。でもほとんどは自分で自分のためにたてた予定だ。他人とのまちあわせ、とかではない。ひとにきめられる予定でも、わざわざかきこまねばならないような予定などもうここ何年もないような気がする。おぼえられるから。どうしても書かねばならないときには印刷(コピー)で失敗した裏紙だ。そして、書いておかねばわすれてしまうような予定などたてないようにしている。

 予想以上にひとのおおい電車。結局おりかえして図書館へいく。ちらちらと雪。救急車のサイレン。ちかいな、と思ったら図書館のまえに救急車。ホームレスらしきおじさんに救急隊員がはなしかけている。急を要する、というよりはなにやらさとしているような感じ。県職員も5・6人がうでぐみをしてまわりをとりかこんだりうろうろしたりしてる。とてもさむい。地下鉄で別の図書館へ。あるき煙草にポイすてのおまけつきじじい。××におちろ。予想以上にひとがおおい。結構図書はそろっているような印象。ここでも全然勉強にみがはいらないやつがいるのには苦笑。どうやら数学かなにかの問題集。ほとんど自分の席にじっとしてはおらず、携帯でメールうつやらうろうろうろうろしてる。もう一度図書館へもどる。隣席のおんなはメールがくるのか携帯をブルブルいわす。


 意味など考えなければよい。大体はやさしいひとがおおいから、いつもそれでたすけられる。助走期間(距離)がながすぎるのか。それでも大抵のひとは「それでいいよ」といってくれる。それ以上の何をのぞむのだろう。こんな幸福はないのではないか。それでもじりじりするのはなぜか。ひとりで山中におきざりにされたら、それはさびしいというよりもコワイという感じなのだと思う。でも、まわりの人々にやさしくされると自分はどんどんさびしくなっていってしまう。視線は自己におりたたまれる。別のところへはいかない。

 書くことの意味など何遍
みうしなったことか。そして意味などさがしてもないし、それは詮ないことだ。徹頭徹尾自分のためのもの。こんなことわざわざ書くなんてどうかしてる。何をしてもらいたいのかもわかってる。この凹みが理由のあるものだということもわかる。いつかは雲散霧消するものでもある。もうこんなことも味わえない日がやってくるのかもしれない。そうなったら、それもすこしさびしいので味わっておくことにする。


1/28/lunedi  「passing by」貞夫

 自分では自分のことをかなり短気だとおもう。超不器用だからたとえばおりがみなんてできないのだ。「まずはじめにふたつにおって………」とかいう一番最初のところで折れ線がきれいにずれていたりする。そうすると、もうそこから先はやる気が全然なくなってしまう。なんじゃーくそー(軟弱そう?)。「でもやめるのも何か癪だし」という気もちだけで最後までやってみたりするが、最初がずれてるのだからできたものも当然ゆがんどる。「でも最後までやりとげたのだ、おれはやったんだ」などと陶酔できるほど正直でもないし。多分そういうことはここ10年ぐらい(あるいはもっとむかしから)のわたしをとらえているものだ。

 そういう風にはみえないらしいのだが、なんつーかてがたさというものが全然ない。結構忍耐というか辛抱はしてるつもりなんだけど。ある人いわく「自分で気づいてないだけで、結構緩慢なジェットコースターですよね」。緩慢だけれどジェットコースターではあるらしい。

 でも短気。むずかしい本とかもう全然よむ気にならん。


 大役をまかされた演奏会のときなど、本番前の楽屋側の通路のところでうろうろしながら「うふふ………ここで逃げだしたらあとどうなるかな………うふふふふ」などという思いが何遍もあたまのなかをよぎりまくった。うふふうふふ。なんだろうこの感じ。期待されないのもつらいけど、期待されてもつぶされそう。

 いまみたいのは夕焼けで(最近全然みてない)、できれば海でみたい。まれにみる大失敗のおこのみやき。


1/27/domenica  「新ベリッシマ」pizzicato five

 日本選手権準決勝。まけた2チームにはもうすこしがんばってもらいたかった。スポーツは冬のほうがおもしろい。夏は(テレビでは)野球しかなくて全然おもしろくない。昨日もみて今日も再放送があったのだが岩手の知的障害者の施設とそこでのラグビー。タックル。ひたむき。おれは何回タックルに失敗しているのだろう。


1/26/sabato  「サマーナイトタウン」???

 台風のようなあめかぜ。ガタガタ。モー娘。なんてきいてたら気がメイル。のでつれだしてもらう。途中でバスのうしろの席についた男子学生ふたりぐみ。ずーっとパチンコの話でもーうんざり。ほかにいうことはないのか!土曜だからかひとがおおい。コンセプト不明の絵画展。おばさんばっかしで大混雑。展示スペースが異様にせまい。展示数はこれまたふつりあいなほどおおい。最終日とはいえ、これは大挙しておしよせなければならないほどの展示物だとは思えず………などという思いが錯綜。とても自分のペースではみてまわれない、だってせっかくひとのたかってないところをみつけて巻物をみてると、馬鹿カップルがちかづいてきて巻物をみるや「あっ!麿だ麿」。げんなり。ほかにいうことはないのか!即行退場。あー1000円もったいなかった。

 商店街で焼きカレー。結構うまい。またきてもいい。雨のなかを移動。試聴コーナー。おなかのあたりがひびく「おおっ!すごい低音!」と思ったら、携帯のバイブ機能が振動していた。どれもそこそこ。買いたいなーとは思えず。紹介されたという店へ。たしかにたべものも酒も種類がいっぱいあって、値段もそこそこでしかも店員もよく気づく接客態度のいいところだ。が、もうちっとしずかなところだとなおよかった。おもにわかもののための店なのだろう、うるさい。それがちょこっと残念。左右からたばこのけむりがくるのは駄目。しかも隣席のおんなふたりぐみときたら、いきなり「××君がさー」「○○君から電話が………」などと。ほかにいうことはないのか!即行退場。いまだに「エスプレッソ」というものの意味も正体もよくわかってはいないのにエスプレッソ。ビール2杯でちょっときもちわるし。


1/25/venerdi  「summer soft」Stevie Wonder

 うへへ今日はひさしぶりぶりにひがさしてあたたかい。なぜか粉茶。もっとはやくにすますべきだった用事。100円ですむことなのに。師匠にはあいもかわらずご迷惑。ばかばっかりの道路。おれの車に巨大フォークがついていたらつきさしてやりたい。久々の城野。I君と。学習者3人でちょいさびしい。O草先生のあいもかわらずの漢字。「ホラふいてんるんじゃないですよ!」H先生のつっこみ「なんか誘導されとるような………」それにしてもとってもさむい。Y少年が心配。

 何度かかいたことだがビートルズ。きく気になれないし多分これからなることもないと思う。むしろソロになってからのジョンとかのほうが興味ぶかい。ポールでいいなーと思うのは1曲だけ。「ポールのことがわかってない」とかいっちゃうぷっつん女優もまとめて大嫌い。おれのすきなみなさんはたしかにビートルズに影響をうけている(といっている)。

 ずっと前にとっていた bossa nova のビデオなどみる。bossa nova って20世紀後半の・まだわかい音楽。こっちのほうが重大だおれにとっては。そしてもちろんすちーびー。今『songs in the key of life』(1976年)をきいてる。おそろしく名曲ぞろい。「sir duke」も「I wish」も「isn't she lovely」も「as」も「another star」もはいってる。ビートルズがいろんなところでとりあげられる割にすちーびーはそうでもない。とゆーか。オケとかでちょろっとビートルズナンバーをやるようにはすちーびーはできないだろう。ベースラインが難しすぎる。
Winter wind ....
Whispers to you that he wants to be your friend
But not waiting for your answer he begins
Forcing dangers way with his breeze

Stevie Wonder ‘summer soft' from the album "songs in the key of life" 1976




1/24/giovedi  「グッド・バイ」スガシカオ

 あいもかわらずやってくれる。おとなって馬鹿かボケかどっちかか。品のあるモテナイ男であるおれには、あの下品な国会議員の大先生がひかりかがやいてみえる。あんなダメ人間でも生きていけるのだから・あんなのにくらべたらわれわれのだめさなんてまだまだ。藤井誠二さんが奥地さんと論争(?)するとか。フリースクールがあればオッケー的ないいかたにはなんのリアリティも感じないし多分まちがっている。それは某氏が修論でやってくれるはず。藤井さんは真摯で明晰だとおもう。教育出自なのに全然わかってないどころかすきにもなれなかったおれ。

東の空につばさが 消えてしまうと
何もない空に 残像だけが残った
どうして こんなに何回も ぼくは手をふるんだろう
2度と そう2度と もう会えなくなるみたいに…

スガシカオ「グッド・バイ」



1/23/mercoledi  「pastime paradise」Stevie Wonder

 3年ちょっと前。駅からちょっとしたくねくね道をのぼる。そこは大学じゃないみたいなおされな大学で、学会の日に結婚式なんかやってた。ちょこっとはぶらりんこしたいとか思うほうなのでぶらりんこ。高級住宅街。阪急?の線路ぞいにあるく。競馬場がみえる。記憶なんておれのなかではいつも混濁している。のになぜかおもいだす。かえりの新幹線で西へむかいながら本をよむ。あの日で何かをつかみかわれたかもしれないのに。


1/22/martedi  「day by day」Carmen McRae

 昨日の朝は雨のせいかいつまでもくらくて、しかも結構な雨だったから雨樋からボタボタおちる水かいかにも風情のない感じで大層よかった。後輩ふたりとはなしながら窓の外をずっとみているともうすぐにもあのあつい日々がやってきそうですこしうれしかった。

 いつものように車をとめてのぼる。いきなり暴雪。伐採されていておもむきあり。超ひさしぶりにこれを読む。基本的な思考が丁寧にとかれている(それでも?な部分はやはりある)。いまさらなことがおおすぎて読んでるとおちこむ。I君とY田さんに遭遇。ヒゲの影響かY田さんはずっとこの日記を読んでられるのかな?挨拶までしてもらってなぜかもうしわけない。行為といわず技法というところがなんかかっこいい。かぜがつよくさむい一日。


1/21/lunedi  「indigo waltz」

 昨日の今ごろはひーひーだった(今までの人生?)。いつもどおりもうどうでもいいような感じになってはいた。予期せぬこともおこった。結局一睡もせず。予想以上に時間がたつのがはやかった。

 もちろんまだ真暗な始発の駅。なぜか超短い赤いミニスカートのねーちゃん。眠気でくらくら。終着駅につくとおりかえし電車にのっていった。6時半前に研究室。最後のやっつけ作業。最後にしたい。途中からひそか尊敬する後輩と一緒に作業。てがたくオーソドックス。彼がただしい。バインダーを買いにいったり。音楽にもくわしいようだ。別の後輩が××××さん音楽のはなしするときだけ目がかがやきますよねー。他のときは死んでるっつーことか。やっとこさ提出。しかし題名がちがっていた。確認。何かのおわりであって別の何かのはじまり。

 品のない高校生カップルの電車。くらくらになって帰宅。さすがに17時から19時まで記憶のないほどの熟睡。なましいたけ・ひじき。あますぎるワイン。りんごを食いながら久々の焼酎。はじめてのんだ串木野のやつ。あまい。いくらおれでもこれはあますぎ。これも超久々の「love reborn」「indigo waltz」。


1/20/domenica  「love reborn」

 もうだめだ。超不安。すこしはやわらげてくれる。いつもの諦念。なみだ(おれのではない)。


1/19/sabato  「fight man」casiopea

 機械的作業というよりはいちいち意味をみいだす………そのことに疲れる。多分もうだめだ。


1/18/venerdi  「scandal」original love

 何日かの異様なあたたかさがきえて、(おそらく)本来のさむさがもどってきてうれしい。こんな時期にそこにいったことはないんやけど、あの競馬場のまえをふんふんいいながらあるいて、おいしいひるめしでもくいたいような気分。

 夜高菜漬をたべていた。まぶした鰹節がこぼれたようにおもった。たべる。ティッシュだった。その後ちょこっと図書館。誰もいない。また、外にでたときのあのさむさ。ケン××。


1/17/giovedi  「指切り」pizzicato five

 あいもかわらず(それは実際3年ほどそうなのだ)不躾さ。ことしでおさらば。

君はとても鋭い爪で
蜜柑の皮をむいているけど
話しはいつも尻切れ蜻蛉
どうだいぼくと指切りしないか
約束なんて何もないけど

指切り(松本隆・大瀧詠一)



1/16/mercoledi  「music of the mind」jamiroquai

 大学にはいってわりとすぐの頃だったとおもう。専攻ののみ会かなんかの席(あるいは単に廊下とかだったか)で、女の先輩に「どんな卒論かかれるんですか」ときいたことがある。「コミュニケーションについて」とかなんとか、そんなことだった(おそろしく大雑把である、こたえが)。何かすごくいやな感じがした。コミュニケーションということばそのものが嫌いだった。なんかうわついた感じがしてた。まわりまわってそんな勉強をこれから先の自分がしようなどとは勿論しらない。

 某さんのように小学校時代からいっぱい本をよんでいる人とちがって、おれはほんとに本をよむのがにがて。某君がおれのことを評して「いろいろと読んでる」と。それは多分勘ちがいなのだ。必要なもののほとんどをよんでない、といってもいい。


1/15/martedi  「you haven't done nothin'」Stevie Wonder

 あほみたいにあったかく気分がわるくなりそう。はらの調子がいまいち。


1/14/lunedi  「ぼくたちの日々」スガシカオ

 「おれたちも写真とろうや」
 「でもちゃんとした写真屋でとったら結構たかいらしいばい」
 それは先輩たちの遺影なのだった。そんでおれらのとったものはといえば………こけたもの。


1/13/domenica  「mas que nada」Ella Fitzgerald

 今日もひたすら。しかし遅々。


1/12/sabato  「at long last love」Carmen McRae

 あほプレイヤーの反則ばかりで興ざめ。スポイル。あほか。遅々。


1/11/venerdi  「玩具のような振る舞いで」キリンジ

 図書館。それで満足?ピ××ロ。生成りの地はよごれがめだち興ざめ。うしろの席の家族はこんなところで喧嘩?とおくから下品なわらいごえ。もう多分こない。


1/10/giovedi  「a felicidade」貞夫

 大学にはいってすぐ部活にはいろうときめていた。はいる部活もきめていた。そんな部活をほんの2ヶ月でやめてしまうなんておもいもしなかった。ひとつにはその当時の目標がはやばややぶれてしまったことがある。もうひとつに、高校時代のきびしい練習の延長を想像していたおれにとってはものたりなかった、ということもある。大学生特有のあのだらだらした練習になれるまえに部活をやめてしまった。あれはあれでよいものだったかもしれない、ともおもう。

 おなじ時期、高校時代の先輩にバンドにさそわれていた、というのもあったのだとおもう、そちらにはいった。人数がすくなくて、自分が必要とされているような感覚をおぼえた。そんなバンドでもずっとやっていれば(もう10年にもなる)やっぱりあきがくるのか。おれは音楽がやりたいのであって、なかよしクラブごっこをしたいのではない。手段としての音楽というのもあるとはおもうのだけど、おれの場合はやっぱり音楽は目的である。ここでもやがて自分が必要とされていない感覚に気づきはじめる。そうなるともう完全に居場所はなくなるのだった。

 おなじようなことを今日はじめて感じた。いや、ちょっとまえから感じていた。むなしいし しらじらしいし しらけてる。もう必要とされてないのかもしれない。もちろん特定のだれかがわるい所為とかじゃないし、そんなことはわかってるんだが。これは仕事ではないし、もしそうなら必要とされたかもしれない愛想わらいなんて絶対にしたくない。

 すこしはきえてしまいたいようなきもちもあるのだとおもう。そして、たとえそうしたって大したことなんてできないし、する必要もない。今日はっきりとおもったのだが、もうとおくへはいけない、それはまちがいない。


1/9/mercoledi  「passionate voltage」casiopea

大学院に籍を置く人間は論文を書かねばならない。そして、それは自分の専門分野の語彙と文法にのっとったものでなければならない。当然私は、社会学の語彙と文法で、大衆演劇に関する論文を書かねばならないことになる。
 大学に戻って間もなくは、すぐにでも何本もの論文が量産できそうに感じられた。劇団の中の人間関係、移動生活、芝居の内容分析、即興的演技、観客とのつきあいなど、とにかくデータは豊富にある。これらをそれぞれ論文に仕立てあげれば、ゆうに一冊の本になり、社会学界でも注目されるだろう。
 しかし、そう思えたのはごく短いあいだにすぎなかった。だんだんと論文を書くことが怖くなってきたのである。一年二ヶ月の役者体験の密度の濃さに比べると、論文として生み出されることばは、ひからびたものにすぎなかった。無理をして「社会学的な」論文を書こうとすればするほど、生きた経験との乖離は深まるばかりだった。とうとう私は何も書けなくなってしまった。

鵜飼正樹 1993「役者南條まさきと研究者鵜飼正樹のあいだ」『わかりたいあなたのための社会学・入門』宝島社(別冊宝島176号) 225ページ



1/8/martedi  「愛について」

 やたらかぜがつよいいちにち。もちろん超さむい。


1/7/lunedi  「これは恋ではない」pizzicato five

 いつものようになにもいえず。お礼すらも。


1/6/domenica  「just another story」jamiroquai

 無為。反発なのか。反省。


1/5/sabato  「always」Stevie Wonder

 シャガール。予想以上にひとがおおい。自分のペースで・したがってかなりゆっくりとみてまわる。眺望のよい食堂。カレー。まあまあ。すこしつよいかぜ。うみのむこうのやまやまがみえる。


1/4/venerdi  「ストーリー」スガシカオ

 マニア垂涎のヒゲ日記更新されてます。みなさんはどうやっておしりになったんでしょう。わたしんとこには掲示板にかきこみがありました。かれのこの1年のこと(連絡もなんもよこさないこと、とか)はまったく予想されたことです。予想どおりでした。もう、ひとのことなんてどうでもいいような気がします。

 でもそれじゃあちょっとひとでなし、とか思われそうだし(そう思われることにわりきれてはいない)、それでいいやとも思えないので、表面上すこしは何にでも興味ありげにふるまってみようか………と思ったら、そんなことばれた日の非難がこわいので、結局何もできない一年にまたなりそうです。おくれましたがことしもわたしとおとなげない日記をよろしく(4649)おねがいいたします。

 ヒゲがいつかいっていた食堂。プラス600円のセット。クラムチャウダーというものを意識してたべたのははじめて。かなり良。満足。かなりつよい北東のかぜ。すなあらし。だれもいない。


1/3/giovedi  「knock on wood」Ella Fitzgerald

 なんで正月からおおぐい・はやぐいの番組ばっかりあるんだろう。フットボール系の番組がおおいのはうれしい。大分舞鶴残念だった。東福岡つよすぎ。関学つよい。某君のことおもいだす。すぐれない天気。とてもさむい。


1/2/mercoledi  「satin doll」Carmen McRae

 暴風雪警報のでるこの日6時すぎに、わがちちははは往復600kmのみちのりをじいちゃんをおくっていった。じいちゃんが死ぬまでこの何かはつづく。ははがたの親戚からこのことについて2件の電話。苦笑。吹雪。ちなみに初夢にはなぜかふくすけ君が登場した(のだけはおぼえている)。


1/1/martedi  「アルカディア」キリンジ

 早速わがじいさんはかえるといいだした。おれがいちにちががりでつれてきたのが29日。ほんとは5日までいる(しかもまたおれがおくっていく)予定なのだが。しかし予想どおりなのだった。絶対にかえるといいだすとおもっていた。今日もおれの部屋にあがってきては「つかれた。なんもしてないけどつかれた」といい「あしたにはかえる」といった。おれがくるまでつれてきたし、かえりの手配なんて誰も何にもしてない。暢気に(とみえる)「飛行機でかえろうかね」とかいってる。「切符なんて手にはいらんよ」とおれはいう。朝にはしりあいに電話で「明日にはかえります」といっていたらしい。バスででも電車でもかえるといっていかりだしたようだ。さぞかし夕食は気まずい雰囲気だろう。

 たしかに自分のうちからとおくはなれた・いってみればひとんちで正月をすごすのだから気分はよくはないかもしれない。おれもそれなりに(?)いそがしいのでずっとじいちゃんの相手をしてられない。ひさしぶりにわがやにかえってきてゆっくりしたいだろうちちは、それでも結構じいちゃんの相手をしてくれている。

 今日もニュースで、85歳の義理の母を撲殺したというのがあった。朝4時ごろ服をかえようとしたら無碍にことわられてカッときてバットでなぐったのだという。昨日もそのような論文をよんだのだった。病院に入院している義理の母を介護していた妻が、やりかたが悪いと夫に殴られた、というはなしだった。要するに最低人間だが。いくら仕事があるからといっても、介護を(しかも自分の母の介護を)妻にまかせたうえで殴るというのは最低の所業だ。ジェンダー差がくっきりとしている。身内だからただばたらきさせてこきつかってやれ、ということでもないのだろうが(いまどきそういうひとはいるのだろうか、と一応疑問形にしておく)。

 ちちもははもじいちゃんに今のところつきあっているが、結構我慢の限界なのかもしれない。特にははは。今までだって何回かこっちに(あそびにでも)くるようにいったのだが「仕事がある」とか何とか理由をつけてはこなかったじいちゃんなのだ。こっちにきておとなしくしているとはもともと思えなかったから予想どおりではある。自己を自己のコントロール下におきたいというのと他者を自己のもとにおきたいということの対立なのかもしれない。4日でこうなのだから、ずっと介護の問題をかかえているひとたちにとってのストレスときたら相当のものだろう。死をみおくることも、もうそこまでの時点でつかれきって・もえきってしまって、「ああやっといってくれた」という感じになることがおおいのだそうだ。そういう問題の入口にはきているのかもしれない。

 ただでさえブルーな正月なのに、いきなり気がおもい。いってしまえば、これからじいちゃんが死ぬまでこのおもいはきえることがないだろう。


 過去も結構おとなげない