×xー×ーの おとなげない 日記 for Otonagenai people
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Febbraio Fevrier
2/28/giovedi 「field work」RS
送迎サービス精神ゼロ。取材もはいっていた。サービス精神ゼロ。くりかえされるおなじ話にうんざり。きりのかかったみちをひとりでかえるのはかなりさびしい。4時すぎにはひとりのわかものがこの道で命をおとしたらしい、新聞でみたらおなじ団地の22歳。死んだらいかんやろ、と思う。
2/27/mercoledi 「Woman・S」psy・s
「理解したかったりするから、そのひとのことを考えたり性格がどうだとか能力がどうだとか状況がどうだとかするんですよね」
「そうだけど、そういうのにも随分前からちょっとあきてきたんだ」
「じゃあ、なかったことにするってのはどうでしょう」
「というより、実際最初から何にもなかったよね。何かあったと感じたり考えたりするのも、いってみればしあわせな思いちがいだよね」
「じゃあ自然消滅ってやつですか」
「消滅というより最初から何も生成してなかったよね」
「でも、それって自然消滅っていうのかなあ」
午後おそめのバスにのる。小雨。かさはない。中心部はあほみたいな渋滞。本屋をのぞく、いつもなんかかいたいものはあるが金はない、最近特にフィールドワーク関係のものが充実してきたように思う(だけ)。雨のなか19時集合。長兄にあたる先輩(といってもこどもさんもいる)の傘にいれてもらいながら移動。「普段なにしてるの」ときかれ「ほうけてます」。「はなしがしたい」と年賀状をくれた次兄は欠席、調査で韓国のよう。さしみ・串・なべ。いまいちか。生+焼酎2合半。「いいフィールドをみつけたよ」「自分をかたれ、それはなんであってもよいし、どっちのことばを大事にするか」「問題意識を共有できないじゃん」「自分のいたりついた境地」「この人は自分の世界をもっている、そこに僕らができることなんてないんよ」。「仕事やってたときより全然いいです、納得もいかずわけもわからず頭をさげるのとはちがうから」。彼女はちからづよい人だから大丈夫なのかもしれない、でもそんなことばをききながら何人かが戦列をはなれたことをきく。どうしようもないこの思い。信頼できる人々のことば。はやい終電にのるため辞去。100円でカップのこーしーをかう。高いうえにすくない。雨の終電でぼやける。入門書をよむ、おれにとっては異様にむずかしく、そもそもなぜこんなことを考えなければならないかが理解できず、理解できる日がくるとも思えず。
2/26/martedi 「美しく燃える森」スカパラ
広瀬香美ライブ予想外にうたが下手くそでびっくり。ありゃいかんやろ。宇多田ヒカルは随分まえからおわってる。スカパラはなんかどんどんかっこよくなっているなあ。
金曜日師匠おふたりから電話があった。それはありがたい内容だった。たまたまふくすけ君とヒゲとはなす(電話で)機会があった。ふくすけ君はすなおに(というか)「よかったじゃないですか」といってくれ、ヒゲはうんざりし・また苦笑した様子で「自分の幕ひきぐらい自分でちゃんとやってくださいよ」といった。罵倒?(ちがうというのならはやく更新しなさい!)。たしかにヒゲのほうがただしいかもしれない。こんなことでぬかよろこびするなんて、つくづくおれってやすいおとこやなーと思う。
なぜだかはわからないが、「おれは(わたしは)傷ついてるんだ」とかいってかなしみまかせになんでもやってよいとは思えない。
2/25/lunedi 「so far so good」広瀬香美
練習のあとひさしぶりに海にいった。2月だというのに結構な陽気。ぽかぽかという感じ。まだ春よきてくれるな。もっと寒い日がつづけばいい。老人たちとこどもと犬。20qぐらい先の海のうえを飛行機がおりていく。もっとずっと先の山々も黄砂にかすんでみえる。17時半の夕日は、ずっとたかくまだ夕やけもしたがえず、だから夕日というにはちょっとはやい感じ。日没や夕やけはもっとあとにとっておくことにする。
師匠がテレビに。入試って今日だったのか。どうりでいつもとちがう雰囲気。毎年テレビでみてきづくおれって………。
2/24/domenica 「透き通らず」theatre brook
炊飯器がこわれた。たきたてを冷凍してレンジでチンして食べるとうまいとかいうけど、何度かたべたけどご飯つぶがカリカリにわれて全然うまいと思えない。
15時半ごろやたら救急車のおとがする、しかも家の横でとまった?外にでてみる。すぐ横の国道にかかる橋に野次馬。国道で3台の追突事故。日曜の午後というのにみんなひまだなー。でも最近みのまわりが事故づいているような感じ。気をつけよう。ぐらぐらする頭。ハンバーグ。
2/23/sabato 「玩具のような振る舞いで」キリンジ
何の衒いもなく自慢話ができることに、眩しさというか羨ましさのようなものを感じているのだろう。
「ぎゅってして」とか「だきしめて」とかいう記述のある日記を偶然だろうけど最近いくつかよんだ(女性のだとおもう)。なるほどねー。何となくわかる気もするような気もするような………。でもちょっとわずらわしいことかな、と思ってしまう。現実には、(おおきくなってからね)一生誰にもぎゅっとされたりだきしめられたりせずに生をおえる人だってたくさんいると思う。ぎゅっとされたりだきしめられたりしなくても生きていけると思うし、ぎゅっとされたりだきしめられたりしないと生きていけないというのは、それはそれでかなり窮屈で退屈な人生のようにも思う。
よく誤解されるんだけど、決して「ひとは誰のだすけもかりず一生いきていける」というのではない。ぎゅっとしてもらわないと生きていけない・誰かにだきしめてもらえないと生きていけない、というのははたしてどこからくるのだろう、というのに興味はある。そんなのなくても生きていけるのに。
おれなんていつもひとのヘルプをまっているようなもんだけど。でもそれって「大丈夫か」とか「心配してるぞ」とかいかにもな内容のものじゃなく、もっと他愛のない手紙だったりメールだったり電話だったり、そういうものにいつもたすけられてきたしこれからもそうなのだと思う。
2/22/venerdi 「everyday」jamiroquai
なんかえらい事故がおきたみたい。家の横の国道を救急車がひっきりなしにいったりきたりしてる。ヘリコプターも真夜中だというのにとびまくり。
2/21/giovedi 「ガンボ・チャンプルー・ヌードル」original love22日午後9時40分ごろ、JR鹿児島線の海老津(福岡県岡垣町)―教育大前(同県宗像市)間で、快速列車に普通列車が追突したとの連絡がJR九州に入った。いずれも下り列車だった。けが人が出ている。(毎日新聞)
この日記の経緯を・あるいはわたしを知っているひとは知っていることだが、これは自信ではない。リハビリ。かろうじて(でもないけど)書くことによって感情を放出するというか。わが尊敬するヒゲ山ヒゲ麿先生(師匠?支障?)にならって「弱音をはく権利をみとめろ」とアファーマちブアクションをしてみた。
やる気なし祭りを密かに開催しますか。某氏の婚儀の件は本当なのでしょうか。ダメ連追放ですな。それでも、なんだか羨ましいなあと。やはり収入源を持っているということは人生の選択の幅をある意味広げるものでもあるのでしょう。僕なんて今のところ結婚したくてもできないもの。
おれなんか2月にはいってずっと「寝て過ごして」いるようなもんで「本も読まずテレビ」はみるけど「ひたすら惰眠を貪ってい」るよ。
それにしてもいずし君。やる気なし祭り。なにもひそかに開催することはないんじゃないでしょうか。盛大にやりましょうよ。やろうやろう殺りましょう。おれたちみんな楽器できるんだし「やる気なしライブ」というのはどうでしょう?ライブなのにみんなやる気ないの。対バン形式、どっちがやる気ないかきそう。開催地はやはり奄美大島ですかね。各人楽器もちより、ということで。最後はヒゲの島うた=へたれのうただから「へたうた」をみんなできく。島の夜はやがて朝をむかえる………。人々の目にはきらりとひかるものが………。
いやこの際レーベルでも設立して。へたれレーベル略してへたレーベル。いつもどおりいまいちだな。下手なアーティストばかりあつまりそうな感じ。
ヒゲはだめ連の資格をうしなうかもしれないことを非常に残念がっていました。しかし、だからこそいよいよ自分(ヒゲ)がへた連をやらなければならないんだ、という意を決したようでした。さすがへた連会長、かれのでこが普段より一段とかがやいてみえたのでした。
2/20/mercoledi 「誰にも言えない」theatre brook
今日もずっと鈍痛頭痛。はなみずこそでてないが、もしかしたらこれは花粉症では?
2/19/martedi 「二つの手のように」original love
もうしわけない、はじめにあやまっておく。調子わりー。無気力。674。でもまあ死んだりしないので心配しないで。わるいね、せっかくみてもらってるのによー。(結果として)笑わせたり元気づけてあげたりしたいんだけどさ。生きてる証拠に更新だけはしておく。すきなうたの歌詞もそえて。とてもさむい。
ああ 二つの手のように いつでも
近づいては離れ
無邪気にたわむれて
そのまま ただ
月日が過ぎ
夢のように 愛し合うoriginal love「二つの手のように」(田島貴男・木原龍太郎)
2/18/lunedi 「Hum a Tune」original love
かえってきた。旅行のことをまとめようと思う、思いだしたのは96年夏。奄美大島(おれの携帯は「あまみ」が変換できないというすぐれもの)にいくことになっていた。彼女は「いーなーうらやましいなー一緒につれてってほしいなー」といっていた。彼女には仕事があるし長期のやすみなんてとれないだろうから一緒にいくのは無理だなー、とか思っとったら、直前になって(おれが)爆死した=要するに殺られたので、その旅はほんとの戦地めんたるじゃーにーになった。鹿児島からフェリー。奄美出身(?)でなれた方が「夜はさー甲板で星をみながら寝転ぼうよ」といわれていたので期待していたら、おおしけの海で船はろーりんぐろーりんぐ。いってた本人がダウンしてた。いつおわるかわからないあの揺れ。いま書きながら頭がぐらぐらしてる。
2/17/domenica 「まばたき」theatre brook
スターバックスで朝食。雨のなか地下鉄で戦争記念館。蛇な内容。なぜか厳戒のソウル駅前を通過してロッテホテル。あるくあるく。初サンゲタンで昼食。大韓航空のバスはたかい(10000ウォン)。仁川空港はでかい。出国手続後わが尊敬する後輩君とふたり食堂へ。かれはビビンパおれは平壌冷麺。あっさりでうまい。おみやげは海苔ひとつだけ。でかい空港内をうろうろ。ひろい。午後のひざし。5人でカウンターのあるちいさなバーでビール。おれはこういうのがすき。後輩君と音楽ばなし。かれは大変くわしい。着陸直前に席をたって注意される馬鹿おやじ(JAL972 42E)。
かえってきました………なかった、みつからなかった・みつけられなかった。おれはばかだけどたかいことろはにがてで。飛行機もにがて。離陸の瞬間、つよいちからで席におしつけられ、自分のちからではどうしようもない・まったくの無力にさせられるような感覚、屈辱感ににた。
自分のみちが、ひとりみんなとはちがうことにはっきりと気づかされた。でもたのしくないのではなく、むしろたのしかったので、それは一層つよまった。空港につづくあのみちの泥の海。
2/16/sabato 「未確認飛行体」藤井隆
7時半集合。すげー時間あるじゃんと思っていたらなぜかかけこみ乗車(JAL971 49C)。バスで市内へ(5500ウォン)。さむい。ロッテホテルでKさんと合流。明洞でビビンパの昼食。ホテルに荷物をあずけ手配してくれていたワゴンで昌徳宮。ひろい。石段のひとつひとつが高い。あるきまわり。ソウルタワー。30秒でうえまで。くもりぞらの下界を一望。しかしこわい。ケーブルカーという名のロープウェイで下まで。以前きたことのあるあやしげなおみやげ屋。誰もなにも購入せず。かつて2度とまったことのあるホテルの直下の店で焼肉。明洞の喫茶店でみんなでお茶。女性陣はエステへ。男性陣はいったんもどる。合流ののち市場へ。おれはひとりさきにねる、何回かきた場所だし買物に興味がないし。いつでもこれる。
20時すぎめしを食いおわったあとねーさんに電話をかけてもらった。いまからこいという。どんぐらいかかるんですか?ときいたらバスで4時間!「今からきて明日のあさいちにもどればいいじゃない」といわれたがうごく気力なし。またゆっくりきます。
2/15/venerdi 「100ワットの恋人」鈴木茂
やっぱもてるおとこはつらいぜ!チョコなんてもらえない………とかいいつつ、やっぱりもらってしまった………不二家のアンパンマンペロペロチョコと森永チョコボールいちご味。そのへんのチンケな高級チョコレートじゃないぜ!これなら「えーっと………これって義理なのか本命なのか………」なんて悩む必要もなし!愛のプレゼントには最適だ!つーか本命チョコってもらったことあったっけ?いやいやチョコくれてどうもありがとう………泣く。
おれの部屋にはつい最近まで(まちがいなく2002年になってもあった)去年もらった義理チョコがそのまま放置ぷれい。おれはもらったものは大事にするぜ!プレゼントなんてもらうのもおくるのも慣れてないおれは、某女子に自分の経験談をはなす「どう参考にならないでしょ?」ときいたら「はい」といわれた………泣く。
しかし車の中で久々に国生さゆり「バレンタインデーキッス」(だっけ)をきいた。ぶっとぶ。Aメロの跳躍のはずしかたが絶妙。
いや、そのチョコくれた女の子(女子高生………犯罪?)がミスチル好きなんだって。Y少年が「ミスチル好きなら×xー×ーさんとお話したら」としむけたらしく「ミスチル好きなんですか」ときかれたので「ごめん大嫌いなんよ」。なんつーか、おれが思うのは、歌詞をぬきとったときにそれは音楽としてなりたつのか?というのがいつもある。くだらねえ説教かますんじゃねえ。おまじないとか呪文をとなえてんじゃねーんだよ!音楽なんだよ!そんなに詩が・詩だけが大事なら詩人になれ!などと大声ではいえないがいつも思っているんである。ギターかかえて切々と………みたいなのはどうもなんか………。つたえたいことはあるんだろうけど、それもなんか説教くさいというか。音楽という手段で何かをつたえるんだろうけど。でも、もっと音楽そのものに照準してほしいというか、目的としての音楽というか、ほんでもってそれで何かが結果としてつたわる、というかそんな音楽であってほしいと思う。つたえたいことなんて他愛ないことでいいのだと思う、ただこのリズムはいいとかこのフェンダーローズの音色はいいとかなんかわからんけどかっこいいとか。つたえたいことがあるわりには音楽が貧弱なのだ。音楽ってそんなものなのかよ!とほんとに「うた」がうたいたいのか?と思う。
ピュアな自分・いまはピュアでないけどピュアでありたい自分というのを切々とうたってる、ほんでおれはそういうのに全然同意できない。それを音楽でやりたいんだ、というのはあるだろうし勝手にやればいいのだが。でもそれは詩や絵画や小説や演劇や映画や………でもいいのではないか?音楽である必然性みたいなのを求めてるような気がする。歌詞がわからないブラジル音楽やソウルや歌詞がないクラシックやジャズに感動するのはなんで?
たとえば吉田美和。うたがうまい、ということになってる(よね?)。でもひびかない。なぜか?スキャットができない。田島貴男のそれはでたらめだが、でたらめであると同時に・それゆえの有無をいわさない迫力・よさをもっている。ブラジルっぽいものやジャズっぽいものでそれは特に発揮される(ドリカムにはそもそもそんな方向性はない、どうでもいいけどいまドラマの主題歌になってる山下達郎の「loveland island」は彼の曲の中でももっとも駄作の部類にはいると思う、あのサビはねーだろー)。
いやそんなことばかり考えて音楽やってるわけじゃなく。この時期すきなのは鈴木茂「100ワットの恋人」。鈴木茂いろんな人がカバーしてる。おれがもってるのをちゃんときいたことがない、わからないからだ、でもわからないのももっともだ、うたが異様におとなっぽい・この世界を理解するほど経験がないのだと思う。「砂の女」名曲だが「わかる」といえるまではほどとおい。
わざと五分も待ち合わせ遅れてった
それなのに何故きみは
二十五分もぼくを待たせたの
……… ………
別れる間ぎわに手渡されたセーター
編んでる内に春になったの
そんなふたりが肩寄せて生きてゆく100ワットの恋人(松本隆・鈴木茂)
松本隆すきじゃないけどかっこいいなあとは思う、歌詞が。いまさがしとるのは Pharoah Sanders の「You've got to have freedom」なかなかないんよね。
自分のことをおとしめたり………。それでそれを目の前でみているわたしは「やめてくれ」という。それはあなたのことを心配してのことなんかじゃない、そんなのおれにとって不快だから、だから「やめろ」という。もうひとつ不快なのは、一生懸命はなしてる自分・その自分の一生懸命さが(その内容もだけど)あいてにつたわっているのか、ということ。あいてにもおなじ程度の一生懸命さをもとめる、だからさらっとながされては嫌なのだ、「おれはこんだけ一生懸命なんだ、おめーもおなじところまでこい」。
「旅にでます、さがさないで」なんていうのは探してほしいからいってるんだが、「旅にでます」。1泊2日で。往復飛行機なので上空でいろんなもやもやを投下してきます(廃棄物処理法違反)。いい場所がみつかれば帰ってこないので、とりあえずさようなら、お元気で。
2/14/giovedi 「サイドシート」葛谷葉子
バレンタインデーか………毎年つらいぜ、だって絶対に食いきれねーほどのチョコをもらうんだから………ということは一生ないし夢のなかでだってない、つーかこんなこと書いたって誰も何とも思わんだろう、チョコなんかもらえないっつーの、だって女性と接することなんてないんだもん、ひきこもりだから………。とかいいつつ先週、1週間はやいチョコをぼらんちあの女子高生からもらった………といっても………いや、勿論ありがたいんだけど………5.5p×2.7p×1.5pの箱いりのマーブルチョコレート(これをはかるために100年ぶりでものさしをつかった)。テキスト庵ではなんかみんなバレンタインねたを書いてるので無理して書いてみた………毎年バレンタインとか当日になっても気づかないし何日かたってもすぎさったことにすら気づかない………ニュースとかもみとるんだけど、麻痺してるんだろう、何かが(バレンタインデーなのに彼女にチョコねだられた、というのよりましか………)。
昨日はそんな感じだったからのみかいにはいけない、と連絡した、したら飲み会は延期になったそう、いきたくないわけじゃなくむしろいってみんなといろいろ話したいのでたすかった。ただみんながナデリンコモード(by ヒゲ)で接してくるんじゃないかと思ってそれがイヤだった。
昨日みたウンナンの番組。1日1時間24日連続であう(合計24時間)、恋愛になるか金をとるか。おれなら速効恋愛モード(しかも撃沈)だ。わからないのは最後の女性の態度。ありゃ男かわいそう、とか思ってしまった。たしか「24時間じゃわからない」っていってたと思うのだが、それにしては「怖い」とか「彼が変わってしまうんじゃないか」とか。今そのときの気もちだけで動いてはいけないのだろうか?怖いとか後悔とかがあるから恋愛じゃないのか?………なんていってもおれにはわかんねえ。多分ずっとこのままわかんねえ。
関連するのかしないのか、何もせん毎日の自分にも気がひけるので本なぞ読みかえしてみたりする。
価値の作り替えは「卑怯」であり「下品」だと言う人がいる。それなら「謙遜」や「上品」は傲慢である。謙遜は、ことさら宣伝しなくとも、社会は自分を正しく評価してくれる、あるいは優遇さえしてくれる、と社会を信頼する者ほど、社会からの処遇に自信を持つ者ほど維持しうる態度だからである。石川准 1999「障害、テクノロジー、アイデンティティ」石川准・長瀬修 編『障害学への招待 社会、文化、ディスアビリティ』明石書店 54ページ
2/13/mercoledi 「殺し」original love
何度かおんなじことをいわれる。変化がみえないから・期待する変化がないからそういうのだろう。いわれる方としてはわかってるんだけど、そうそういつもあなたの期待どおりにはいかないしいけない。
約束すると、その約束はまもられるのだろう、と期待する(これも期待だ)。期待をもたせるために・そしてそわそわさせるために約束するのだろうか。いまでも十分だと思っていたが、もっともっと鈍感になろう。こんな気もちのまま酒なんてのむ気になれない、みんなの気分を害するだろう。しらけているのは自分の気もち。
アッシー(死語)とかそんなことをいわれるかもしれない、なんてことを気にせず(ただのしたごころ?)さりげなくいろんなことができてしまうのがあいつのいいところなのだと思うし、おれもさりげなくそんなことができたらなーとは思うけど、なんせ基本的にモテナイ男なので、逆にというか妙にというか「えっ?おれがおくってもいいの?」というか「おくらさせていただきます」というか、そんな卑屈さがぬけきれない。見当ちがいなのかもしれない(一応わすれたことになっている?)あの仕打ちは、それでもわすれることはできない(それにしてもそれはあの4月1日にあの断崖から投げ捨てたのではなかったか………投げ捨て禁止?)。
状況は全然ちがうのに、この感情はなんかにてる。でも、あのときはもっと別の方向へむかおうとする意欲があったのにいまはない。一瞬でもえつきたにくしみ燃料があったからだろう、いまはそれもない。
最近 theatre brook と original love ばっかりきいとる。96年夏の1枚『Desire』(あんときも迷惑かけっぱなしやったなー)。original love は田島貴男ひとりになる。「手放したくない」とまでいったリズム隊はいなくなった。ウードや三線やラテン系でない打楽器をつかったりこの時期影響をうけた音楽の要素がはっきりとわかる(ラジオの番組でもそんなこといってたような気がする)。多分音楽誌なんかでは「雑多な要素」「バラエティにとんだ」「さまざまなジャンルを融合」とかいうんだろう、おれもなんかそんな風にきいてきたし、それでもいいのかもしれない。がいまきいて思うのは、かなりメロディ重視なんじゃないか、ということ。意図したのかどうかわからんけど、結果としてかなりメロディがよいものになっていると思う。メロディ志向とシンプル志向というか。それと月曜日にやっと『ビッグクランチ』てにいれたんよ。
今日も憂鬱な一日になりそうだ。この頃ときがどんどんすぎてくれることだけを思ってすごしているような気がする。わりーねなきごとばっかりかいてよ。でも書いたらほんのちょこっとだけすっきりんこするんだよ。みんなハゲましのメールありがとう。そんなの一通もきてねーけど。一応まえもってお礼をいっとくよ。
2/12/martedi 「spirit」スガシカオ
ひとりかえる金曜、ラジオで松尾潔がしゃべってた。うたが問題であって、誰がつくったかとかはあんまり関係ない、と。そうかもしれない(でもすぐれた作曲家というのはたしかにいる)。ピアノの演奏会にいくが、CDとかを買うわけではない。そうしたら、その場ではじめてきいて・そしておそらくはもう二度とはきかないだろう曲。なのかもしれない。一度きり。それはそれでなんかよい。
あんまりそういうことはないけど、一度きいただけでも強くひきつけられる音楽がごくまれにある。それはうまくことばにはできない。できないが、ないのではなくたしかにある。いや、なんかいっぱいある気がする。そういうとき、幸で快。だから幸快。
かなりモチベーション低下。ふたつの問題だがお互いリンクはしてて。今日は沈殿の一日になりそう。
2/11/lunedi 「女を捜せ」original love
さむい朝。電車。やすみの日だからか女子中学生。うざったい。電車のなかでたったままソーセージ食ってる女子小学生。無邪気すぎる。朝から自分の不出来をはじる。憂鬱な一日のはじまり。寒風。ホームでたんぼとそのむこうの山をみる。お好み焼き。うつろな本屋。有名な絵。試聴。金があれば買いたいのなんていっぱいある。なんとかいうアイドルの握手会。あつまるひとびと。かなりの熱心さだ。みならうべき。まる腸。紅茶。なく。ちょっきり1時間のバス。
2/10/domenica 「フェイバリット」キリンジ
満タンで高速へ。と思ったらかなり調子が悪い。ローでもセカンドでも車がガクガクする。何度かその辺を走りまわるがあまりよくならない。何が原因かも不明。ラジエーターの温度表示のところが、いつもはちゃんと C と H のちょうど真ん中にくるのだが、今日はかなり C によっている。これか?それともいま流行りの不当表示ってやつか?結局高速にのる。はしること1時間。超不安。トンネルをぬけると吹雪だし。もういや。そこからさらに山道を1時間。仙崎。みすずの地。風が大変つめたい。思ったよりひとがいる。ばあちゃん軍団とか女子学生4人ぐみとか。みすずずきな人々?
そのとおりはおそらく1q以上2キロ弱はあると思うのだが。ときおり観光客(団体)がいく程度でかなりさびしい。もうちっとどうにかしたらいいと思うのだが。休憩どころさえない。ちょっとしたお茶所でもあれば随分といいと思う。それにしてもとおりをぬけていく風がほんとにつめたい。天ぷら定食後移動。なぜか普通のスーパーの屋上部分が資料館&図書館みたいになってる。そこも見学。一応なんか興味はでてきた。またきてもいいな。ただしどこもプレゼン下手という印象。もうちょっと。
山道をもどり海辺へ。夕日。まち。橋をみながらPA。やたらひとがおおくうんざり。いつもどおり注文してもいない食事がはこばれてくる。帰宅後さすがにぐったり。車がかなり心配。
2/9/sabato 「青空のむこうから」original love
11時半にいえをでる。駅までゆっくりとあるいて15分。のりかえ駅までバスでいくか電車でいくか思案中にバスが通過。じゃ電車でいくか160円だし、と思ったら20分もまたされる。おりるとばったり高校時代の部活の後輩にあう。結婚して苗字もかわったそう。今日は何の日・のりかえ駅まで20分ほどかけてあるく。結局いえをでて1時間もかけてやっとつく。風がつめたくさむい。実にいえをでて2時間後研究室へ。そこでの用事はちょこりんこ。人もいるのでしょうがねー図書館でもいくか、と徒歩で移動(30分?)。いったら満員、というかロッカーがひとつもあいてない!こうなったらグレてやる………ということで焼きカレーをくいにいく。唯一といってよいほどおれがひとりではいれる店(いまだに店にひとりではいるのは嫌だ)。このまえより断然客がおおい。最近結構気にいっている。
それにしても18時半の演奏会までまだ3時間以上ある………ということで美術館へ。エジプト展とかやってるが金だしてまではいろうという気にはならない。それにねむい。図書コーナーで昼寝でもすっか、と思う。かかりの清楚(?)な女性………と思ったら、でかけていた同僚がかえってくるとはなしだす。「ねーあそこの受付のちょっと感じ悪い男のひとどう思ーう?わたしなんか気になるっちゃんねー。なんかヤケドしたいって感じー」などとはなしだし(いやほんとに)、そのはなしっぷりにかなり×××の悪さを感じかなり興ざめ。はなさないほうがいい。
移動する。しょうがないので丸善でたちよみ。立花隆批判本。「なんでもITなんでもサルなんでも田中政治なんでも………」というのにはかなり笑えた。Quick Japanの最新号(40号)。「日本語の音楽で夢中になれるものが聴きたい」ということで小西康陽と曽我部恵一が対談してた。「田島貴男は歌がうまいってことになってる」とか。対談の最後はずっとキリンジの話題で特に「エイリアンズ」が激賞されている。興味ぶかい。
18時すぎ。ホール前。そわそわした感じ。円形ホールはちょっとせまい。そこそこ満員。先輩。はじめ???予想外に音がひびかない。ここは演劇とかそっち用なのだろう。リストになって調子がでてきたよう。バルトーク。はじまる前はこっちのほうが緊張した。泣きだすんじゃねーだろーなーとか思ったりした。おわってちょこりんこ挨拶して無国籍料理屋へ。なんの因果かいつもの3人。生+焼酎1杯。すくない。東京ラーメン(香月)。さすがにはらいっぱい。予想以上にうまかった。腹ごなしに超久々のゲーム。太鼓をたたくやつ。前の女性グループ2組があまりにも下手かったのでいきなり上級コースに挑戦。結果惨敗。50%たたけなかった。5月に再会することを検討。30+15で帰宅。
2/8/venerdi 「Masked」original love
夕方から城野。ひさびさの高速。18時ごろまであかるい。日がながくなった。それにしてもいい感じに暮れる夕方なのに、このまちのはしりにくさときたらなんなのだ。もっと気もちいい道をはしりたい。今日はちょっと大事な話。中学校の教室を使用させるようはたらきかける。廃校になる中学校を利用するかどうか。ほかの団体ももうしこむそうなのだが。今回はみおくる。そこまでの足(通学)の問題。はなしあいの時間はもっとおおいにとったほうがいいと思う。お手盛りのはなしあいなんておもしろくもなんともないし、第一につかわしくないと思う。
ボランチアのかえり。それにしても往復100km弱をひとりっつーのはさびしい。電話がなる。見覚えのまったくない番号。ちっ。またどっかの女か………なんてことは全然ないので頭のなかを妄想がかけめぐる………。
帰宅後、変な電話じゃねーだろーなー、と疑いつつかけなおす………南の島につながった………。近況を報告すると1分ほど黙りこくった………まさか泣いてるんじゃねーだろーなー、と思ったら、「えっ?きこえますか」………電話の調子がおかしいだけだった………。とにかく日記の更新をしろ!という。というわけで、こじれまにあのみなさま、更新するようよびかけてください。ちなみに重大事実が発覚。どうやらだめ連参加資格をうしなったらしい………つーか、これが重大事実なのっておれだけ?おれだけだろうな………。えっ?S子?
2/7/giovedi 「たとえば朝のバス停で」スガシカオ
他愛のないことをいったりやったりしたいだけ。地に足のついていないことをやりたくはないしいいたくもない。いろんな人にかこまれて・いいきもちになって・走りまわってはしゃぎまくって………というのも悪くないのだろう。でもおれにはできないしやりたくもない。もっと丁寧に・大事によりそいたいだけなのだ。
わからないが、多分おれらしさというのは、なんというか暴論というかそういうやつか。誰にもきこえないほどの遠吠えというか。
夜BSであったジャズの番組の感想(ボランチアから帰ってくるの間にあった)。
前田憲男はたしかに偉大なアレンジャーでピアニストだと思うけど。教科書的なそれというか。退屈な通史なんていらないのであって(通史だからって退屈なわけじゃねーけど)。ジャズのアプローチでなら音楽はどこまでいけるのか、というのが見たかったしききたかったのだ。だからあのなかではやっぱり山下洋輔なのだと思う。
お行儀よく「みんなで楽しもうよ」的なものは別に見たくないというか。ジャズにもっと「孤高のぷれい」みたいなものを期待してしまう。日本のジャズの平均値とか偏差値とかそんなのはいらない(← 統計がよくわかってない男のいいかたっぽい、ヒゲだよヒゲ………えっ?おれ?)。
2/6/mercoledi 「they say it's wonderful」john coltrane and johnny hartman
更新してないのにカウンタまわってる。わざわざ見にきてくださってるみなさん。すいません。
特定の誰かに読んでもらうことを想定したのではなかったが、ネット上の不特定多数に是非読ませたいと思ったのでもなかった。今のわたしを形成した一番おおきなものは高校時代のあの部活づけの毎日だったと思うし、その時の先輩や同期や後輩にこそ影響をうけた。そして(学部時代ではなく)あのへろへろの大学院時代に一緒に勉強会をしたり意味もなく夜を研究室ですごしたりとにかくいろんなところに首をつっこんだりしたその時の同期(そこではもう実際に「後輩」とかいう意識はなくなっていた)のみなさんにも影響をうけている。
そのことから1週間たった。それでも水曜日(のしかも午前中)には提出しなければならないものがあった。そのために週末と月火があったはずだった。しかしこれも超久々(いやいつも)のガス欠。しめきった車のなかはほんとにあつい。いろんな意味で嫌な季節。真昼間からビール。
ちょうど夕方のラッシュ。こっち方面にむかうのはほんとひさしぶり。あの教育実習の時以来。すこしは車窓も楽しみたかったがぎゅうぎゅうなのと男子高校生どもがうるさくて断念。予定してたのより1本はやい電車。駅までむかえにきてもらう。もう10年以上も前に演奏会の案内に某高校にきた。意外と観光地のよそおい。夫妻+こども(生後3ヶ月)と先輩。城山チャンコ(おい!)。ビール・ワイン。思ったよりはやく酔っぱらう男。CD3枚もちこみあきれられる。踊る赤ちゃん。先輩のてづくりケーキ。おれも歳だけならこどもが何人かおっても不思議はないんだけどなー。予定はまったくなし。
みんな高校時代からのしりあいだけど、妻は小学校からしってる。いろんなはなし。そのままでよかった、とか。共有されている何かがあるからだろう、面倒くさいさぐりあいも前提もなにもいらない、そのことの快。みんながわかっていることだから、大事なところはさわらないでいてくれる。しかもそうは感じさせないほどの。それを自然といってもよい。多分これからもそうなのだろうけど、仰々しい何もかも・そういうものは一切いらない。
いくつかの禁句があって(「文化」とかいうのもそのひとつ。「文化」は説明されるべき対象)、日常生活上のそれは「がんばって」とかいうハゲましのことばと「さようなら」ということば。「さようなら」なんてさびしくていいたくない。のでいつも「またあいましょう」ということにしている。ふたりの韓国人をみおくったときもそうだった。そしてひとりにはまたあえたし、もうひとりにも今度あうことになっている。
2/5/martedi 「ミートソース」
つめこみすぎのポトフ・失敗気味のミートソース。真夜中の電話。しばらくねむれず。南の夜空の月。
間抜けな野郎しかいないから
ミートソースを食ったミートソース(スガシカオ)
2/4/lunedi 「野蛮なローソク」theatre brook
さすがに調子でねーっす。ふたりの(?)苦笑。
やりとげたとか燃え尽きたとかそういうのじゃなく。もしかしたら、もう一生そんな体験はできないのかもしれない。いつも「いってるそばからやりゃーいいじゃんよ」とは思うのだ。ふたつのものがいつも同時にあってしまう。それは「問題」とかそういうのでもなく。単なる事実。いつも自分のなかにあるのは「おれはがんばりきれてない」と思うことと、「いやおれはやってるんだ」ということ。他人には後者の方がよく目に映るらしくそういう評価をされるのだけれど、自己評価は「がんばりきれてない」。いつも投げ出し(刑事)。ほんとに死ぬ気で論文かいたことなんて一度もない。それって「おれだっていつか本気になれば」とか「まだまだ本気でやってないだけ、今回は失敗したけど今度こそちゃんとやってみせる」と考えているのとおなじ。こんな調子でやっていたら、「いつかできる」その「いつか」は多分永遠にやってこない。
よくメンタル系のテキストなどでは「がんばれは禁句。自分はがんばっていると思っている人には『何をこれ以上がんばれっていうんだ』とうけとめられるから」というのがある。同感。だからおれはもう多分他人には5・6年は「がんばれ」なんていってないと思う。傷つき消耗している人はその時点で十分「がんばり」すぎているはずだから。
2/3/domenica 「Tell me」misia
神戸製鋼。満身創痍という感じ。フォワードの年齢がたかいのか。元木のテーピングでぐるぐる巻きにされた顔も(ミイラみたいで)かなり痛々しい。サントリー強いのだろうけどあまり好きになれそうもない。
2/2/sabato 「I have a dream」Herbie Hancock
久々の快晴。超久々にふとんをほす。この天気にごろごろ。おそらくご存知ない先輩から電話。ずっと応援しつづけてくださったのにもうしわけない。
2/1/venerdi 「tepid rain」theatre brook
ひとり城野へ。中国からのKさんと一緒に「国」語の勉強。Kさんはよくできる。今日は□庄先生の節分のはなし。絵本のよみきかせ。おにのはなし。興味ぶかい。ふくすけ君・Y少年と放課後のクラブ活動。発散せずにはいられない。今日は3人なのでちょいたかくついた。50qの夜中の道をひとり。25時半帰宅。
□ 過去も結構おとなげない