×xー×ーの おとなげない 日記 for Otonagenai people
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Marzo
十八日午後九時ごろ、×県K郡M町の県道で、同県≠市、高校非常勤講師、a さん(二九)の乗用車が
対向車線にはみ出し同県 b さん(二三)のトラックと正面衝突。a さんが頭の骨などを折り、まもなく死亡した。
(1997年3月19日水曜日朝刊)
3/31/lunedi 「all my tomorrows」keith jarrett
いつもの絶不調にわれながら不愉快。ぬるい空気に嫌気。雨ふるっていいよったのにふらんやんか、とか。
書店で語学コーナーなんかみてたら、4月だしあたらしいことはじめんととかはじめられるんじゃないかとか勘ちがいしてみたりする。
いつも思うのだけど、2002年から2003年になるときのようにとしをまたぐのよりも、3月から4月にかわる方がなんか「かわる」という感じがすごくする。さようならをちゃんといわなければいけないなあと思っていたひとが何人かいたのだが、結局いえずじまい。さよならいうつもりはなかったけどでも最後になるかもしれないからいってもいいかなと思っていたひとにはすっぽかされて結局あえずじまい。
書店には楽譜もいっぱいあった。オリジナルラブのスコアなんかみながら、あのリズムはこう表記されてるんだとか思ったりした。また(別の曲だけど)採譜するかもしれない。それはちょっとたのしみでもある。たのしみはそんなところ。
3/30/domenica 「in the pocket」quincy jones
某こじゃれたみせ。なかなか雰囲気のあるみせだったが、そういえば料理はどうだったのだろう。手はこんでいたのだが。となりに某NH○の局のひと(男女)。女性の方はどうやら午前の情報番組のアシスタントのひとのようだ。テレビでみるよりすらっとしてみえ、またテレビでうけるおっとりした印象よりもしゃきしゃきしているようにみえる。最初は男性(としうえ)に敬語をつかっていたのに途中からためぐちになったのがなんかいやらしい感じ。全国ニュースででてくる何とかさんは人気があるどうこうなんて話をしてた。よくいくイタリア料理屋さんがあるが、そこの本当に手のこんだ品のいい料理とくらべるとどうも雰囲気だけのような気がしないでもない。つよくもないのにペースはやすぎ。
さて本日購入した本。
酒井聡樹 2002『これから論文を書く若者のために』共立出版
福田幸夫 2000『だから、英語はできるようにならない』三元社
酒井さんのはネット上でしっていたが。おれ「若者」じゃないけどいいのかな。福田さんのは本がうすかったのでまよったが。「英」語ができないことをすこしでも正当化しようという魂胆。「英」語は勉強するな(だから習うより慣れろ)的な本もあったが、そういうのとは対極だろう。「さらに英語ができなくなる本」「死ぬほど英語がわからなくなる本」などいろいろとこういう書名の本はないかな、などと妄想。それにしても朝一番のまちは快適。
某所でこーしーなどぶらりんこ。うーんおとなの雰囲気。コロンビア。藤原新也の写真展「花音女」をみる。感受性のないせいかいまいちぴんとこなかった。もっとアラーキー的にやらしい感じだと思っていたのだが。そもそも認識がちがっていたのだろう。これからみてみようかな(eyesencia 藤原さんの日記を読んで、なるほど………とまではいってない)。
3/29/sabato 「conception」keith jarrett
気象台の発表では桜が満開になったそうだ。ニュースで某駅が改装されたといってた。ホームにもエレベーターが設置されたようだ。ほんとならこの春からここをとおるはずだったんだな………などとはなしたら、そんなこというもんじゃないとしかられた。
3/28/venerdi 「moody's mood for love」quincy jones
あさ用事で師匠のところにでむく。美術館に移動して本よみながらこーしー。みおろしたアーケードの屋根のうえを猫があるく。地下鉄と快速でもどる、定食屋でハンバーグ定食(700円)。なくなった先輩のすんでいたアパートの横のさかみちをだらだらとのぼる。予想外にひと。まっているがはじまらない、今日はなかったのかも。連絡はなかった。それでもいいやと思っていた。高速バスのくせに1時間に2本しかない。40分ほどバスをまっている。車が何台もいき、それはそれでたのしい(勿論あいもかわらずポイすてしていく馬鹿おっさんもいる、なぜかみんないい車にのっている)。さて今日は時間を無駄にしたというべきか。
さくらは上からみおろすよりも下からみあげた方がきれい。あさの車内でなかづりの広告にデパートのものがあった。下着姿(おそらく)の女性の。いやらしい感じではなかったけども、すげえかわいいモデルさん。女子高生とかものってるしじっくりおがむことはできなかった。しかし本当にやすみの日とかふとももまるだしの下着姿で一日すごす女子はいるのだろうか………などと妄想。おれは一日パンツ一丁ですごすことはあるけども。
開幕日なのに地元チームの試合の様子をリアルで放送しないとはなにごとか。
3/27/giovedi 「what is this thing called love」keith jarrett
天気予報では気温がたかいみたいなこといってたが、部屋にひきこもってたらさむかったしくもりでくらかった。豚肉ときゅうりのにんにく風味は夏の味だった。
3/26/mercoledi 「going going on」国府弘子
あさ FM で10人のピアニストというのを紹介してた。なかなかよさそう。もともと誰をみてもかわいいなあと思うのだが。最近だと BoA かわいいなあとか。月曜日終着駅でおれのまえを携帯ではなしながらあるいてたおねえさん、ふりかえったら美人だった。椎名林檎、まえからきれいだなーと思っていたが、テレビでみた彼女はうはぁーなんかやらしいなーという感じだった(妄想しすぎ)。アレンジはいかにもという感じだった。なにしろ彼女のあのまきじた(巻舌)のうたいかたがおれはすきではない。久米宏はでれでれだった。
某男と超ひさびさの平昼のぶらりんこ。すこし風がつよい海。2ヶ所でねずみとり。もっとつかまえるべき人間はいっぱいいる。
3/25/martedi 「君に逢いたい午後」稲垣潤一
稲垣潤一ってちゃんときいたことがなかった(これだってベストだから「彼の今」をきいてることにはならないだろうけど)。でもきいてみたら予想以上にぐっときた。全体に余計にサスティンがかかっている感じ(これはあまり)。これが80年代?「世界でたったひとりの君に」(詞:渡辺なつみ・曲:桑村達人・編:坂本洋)に「求めるだけなら いつまでも他人さ 与え合うことに もう気づいて」という歌詞があって、なぜかそこにぐっとくるのだ。
このまえかった冨田ラボ『Shipbuilding』。まあいいんだろうけど。よくできてると思う。しかしちょっと策士策におぼれるというような感じがしないでもない。こりすぎていて、もうすこしどこかで手をぬくというかシンプルにしてもいいのではないかと思う。
今日って卒業式だったのだな。学長が「万物の霊長である人間がすぐれた知能をいかすことなく20世紀の人類のあやまちをくりかえしているように思えて仕方がない」とイラク攻撃批判をした、と新聞にある。
3/24/lunedi 「ラーメン食べたい」
銀行に通帳のきりかえにいったり練習にいったりして駅。11時40分から40分もまつ。かしわおにぎり(かしわの身はひとつもはいってない、かしわの汁でたいたのだろう)たべたりしながらまつ。最高気温17℃とかいったから軽装ででてきたのに。風はつよいし雨もふってる。おれこんなときにきるものもってない。駅からは渋滞でバスで30分かかる。いってみたら計算問題ばかりでせっかくきたけどちょっとどうかなという感じ。もうちっといろいろなはなしがききたかった。17時。
あさの電車では春の雨ですこしけむったたんぼのなかをはしった。もうあおあおとしている(麦だろうか)。かえりの電車はもうこの風景も最後かもしれないからと思い一生懸命みようとしたが眠気。まちにちかづくとビルのあいだからちょっとだけ夕陽。文房具物色(結局かわず)。文具って何となくわかるのだが「房」って何だ?バス。一緒のところでおりたおっさんは車内で携帯電話をかけていておりたらあるきたばこ。勿論ポイすて、おまけにつばをはきやがった。ポイすてする一瞬わざとおっさんの真横にたった。強靭な精神のもちぬしかどうかわからないが、そんなことでひるむようなおっさんではなかった。一瞬、このままおっさんをつけていっておっさんの自宅にすてたばかりのこのたばこの吸殻なげいれてやろうか、などと考えたが、おっさんがくちにつけたたばこなんて気もちわるくて素手でなんか絶対にさわりたくないしやめた。ブッシュ大統領は、ミサイルなんてうちこむまえにこういうおっさんにこそ自由とは何かおしえさとしてやるべきだ。
とんかつ。なんだかねむってしまった。夜中テレビ。矢野顕子が「ラーメン食べたい」うたってた。かえりのバスのなかで腹がへって、角煮まんたべたいとかチャーシュー麺たべたいとかそんなことばっか考えてた。谷川俊太郎(と誰か)の詩にうたをつけてた。「しぬまでいきる」。男もつらいけど女もつらいとかひとりでたべたいとかともだちになれたらいいのにとか。いけない夢をみてしまう。
3/23/domenica 「prelude to a kiss」keith jarrett
22日(土曜日)朝刊。國村隼さんのことば。
現場に行くまでが、役者の仕事なんですよ。
自分自身が唯一の道具でしょう?肉体は入れもので、表現すべきものは中にある。ないものは現場では出せないから、普段どう生きてるかが問われる。入れものの中身を作り続けること、それが仕事ですね
文章をかいてるが、ボーっとしてるせいか全然すすまないしうまくまとまらない。ピリ辛おこのみやきまずい。ゆでたまごをつくるつもりでストーブにかけていたら、半熟でもない完全にゆであがってもいないいかにも中途半端なものができて、なんだか自分らしくてわらえた。たとえば、「その CD いい曲がはいってるし気になるからダビングしてくれない」なんてたのまれて、「いいよ」なんてひきうけて、ダビングはしたものの曲のタイトルをかきうつしてあげるのまでは面倒くさくてできないかもしれない、そんな感じの毎日。
天本英世さんなくなる。
Keith Jarrett『whisper not』をきいている。
3/22/sabato 「月に静かの海」original love
1時18分雨が結構ふっている、山道を15分でおり高速へ。20分弱のったほとんど車はいない。おりて15分山道をぬけてかえる。きっかり50分。おかげで全然おきれず。ぼーっとしたままの一日。桜開花。カツ丼。釜うどん(疑問)。まずいプリン。
3/21/venerdi 「世界でたったひとりの君に」稲垣潤一
勉強会って今日でしたっけ?そして某男には連絡がつかない。
おわかれ会、になるかもしれない、おれにとっては。風はつよいが快晴、17℃ちかくなるらしい。どうやっておわかれをいったらいいのか、あるいはいっそ何にもいわないほうがいいのか。何もいわないほうがいいような気がしてる、それはいつもどおり。これから山の上で韓国風焼肉をたべてきます。天気がもてばいいけど。勉強会にもさよならを。
3/20/giovedi 「眠りの森」冨田ラボ feat.ハナレグミ
こんなにわたしが悲しんで傷ついているっていうのに、どうしてあなたはそんなに無関心で無神経でいられるの………
それはいつものとおり雨(嵐)のようなものだった、すくなくともそう思えばこの理不尽なしうちにもたえられるように思えた。ただやっぱりどうしても解せないのは、その雨(嵐)にどうしてこの自分がいきあわねばならないかということ。ひとしきりなきさけんでわめいたら、彼女は「あーすっきりした」といった。けろりとした顔を想像する。傘かかっぱがほしい。
3/19/mercoledi 「メビウス」比屋定篤子
いずし君に言及してもらっちゃった。いずし君にもうしひらきをのぞんだわけじゃなかった、むしろあの書評のひとの意見はどうかということだったので。丁寧な解説ありがとうございます。しかしなにしろこちらときたら「数字に弱い文系読者で、統計学の初歩以前でつまづいてしまった」人間なので、説明も能力不足で全部が全部理解できるわけじゃないけど。でもよみだしたら結構おもしろいとは思えるし、それになにより「この本だけじゃだめですよ」というのは随所にでてくる。「本書のみで統計の勉強は十分と勘違いする人が多い」というのは要するに書評氏がそうなっちゃったというだけの話ではないのかという気がする、というかそう思う。自分がそうなっちゃいました、というのとだから他のひとみんなもそうなっちゃいますよというのはかなり強引なこじつけのようにも思える。どうして自分がそうなっちゃったかを(書評氏が)自分で分析したらどうか、ということがいいたいのでした。
天気予報ではせっかくの快晴だったが実際はくもり。布団ほせずじまい。なんだかどんよりとやる気もなく。
感情論とかそれは情緒的だとかいって非難するひとがいますが。感覚的だ、とか。だから、なんですか。感情論ですが何か?情緒的ですが何か?感覚的ですが何か?とかいってみたい。こういうこといいたがるひとって自分の意見がいかにも「客観的」で「中立」であると思いこんでるだけの・その実感情論であり情緒的であり感覚的だとは思ってもみないんでしょうね。
どなたかあれこれに言及されていたが。どうなんでしょう。しかし何をみてもどうして戦争になっちゃうかわからない。ご存知のかたもおおいだろうが、あえてリンクしてみます。田中宇の国際ニュース解説。あとは武田徹さんの『戦争報道』など。せいぜい米軍たれながし情報などにながされないよう。
3/18/martedi 「思い出のビーチクラブ」
彼岸のいり。
いずし君に言及してもらっちゃった。いずし君も引用してる書評の方の特に2番目はよくわからない。「本書のみで統計の勉強は十分と勘違いする人が多い」のがもし妥当だとしたら、分析すべきはなぜそうなるのかってことじゃないのか。おれとしては寺井さんの書評の方がこれからこの本を買うものとしては(もうかったけどさ)参考になると思う。だってこれを読むのはおれのような「数字に弱い文系読者で、統計学の初歩以前でつまづいてしまった」ひとたち(だけじゃないにしても)だろうから。だから「ごく初歩の統計の本」なんだろう、それで「本書のみで統計の勉強は十分と勘違いする人が多い」というならそれはなんでか(この本はそれほどよくできすぎているのか)分析してもらいたいものだ。
のどがいたいというよりも、うわあごのところというか痰がからんでいるようで一日中のどあめなめてた。自分ののどの管理もできないなんて歌手としておれは失格だ(歌手じゃないけど)。かぜがつよい。医学部の場所をたずねられたり。今日は小学校の卒業式だったらしくがきんちょがおおい。ベビーカーおしたおかあさんたちもやけに目につく。冨田ラボ『Shipbuilding』購入(記事1・記事2)。盛況のパン屋さん、いまいち食欲をそそるものがなかった。
なんとかに刃物とかいうけど、ブッシュに軍隊じゃないのか。おっさんおっさんおっさん。昨日の電車のなかで携帯のおっさん(いままでで一番でかい声)。今日のかえりのバスのうしろの席のおっさん、携帯で「今出先なので」とか「むかえにきて」とかいってる。おっさん。おっさんは何かをほろぼす。どっかのもと市議会議員とか3セクの社長とか。意味不明の解説?ばっかりの(フランス語が堪能らしい)おっさんキャスター。意味不明解説陣。しかし政教分離とか文民統制とかよくわからないなあ。文民が統制したところで、その文民が(精神障害という意味でなく)狂気そのものだったらどうすんだろう。職業軍人の方が数億倍まともなんだろうな。
図書館に本をかえしにいった。気づかないうちにつけていたしみ(おそらくかばんのなかにいれていたとき水筒のこーしーがこぼれてしみたのだろう)について結構きびしめにおこられる。突然ききたくなった稲垣潤一、それは「思い出のビーチクラブ」だった。CMでながれてたのをおぼえてる。夕やけが目にしみるようなやつだったと思うけど。
バスからおりて信号まちをしていた。おじいさんが信号の電柱に手をついてまっている。青になろうとするときちかよってきた。気分がわるいのかなと思ったら、「こうして手をついてないと(くるまがスピードをだしてとおりすぎるたびに)道路にすいこまれそうになる」といった。一緒に信号をわたりながら、今90歳と半年で、88・89歳の頃はこんなことなかったのに、「自然の摂理だね」といった。わたってすぐのスーパーにおじいさんはむかったのでそこでわかれた。なんでおれにはなしかけてきたんだろう。でもハルモニたちにきたえられたせいか、それなりにお相手できたのではないだろうか。
3/17/lunedi 「I'm in the mood for love」oscar peterson
駅で30分ちかくまつことになり電車・バス、しかも渋滞。結局2時間半ほどかかる。いってみたらおはなしは最後も最後みんなでひとことずつ感想をいってる。8名で食堂で昼食(白身魚のカレー)。『本当にわかりやすいすごく大切なことが書いてあるごく初歩の統計の本』はおすすめだといわれてる。かえりもバス・JR。これも2時間ほどかかる。実質滞在時間は1時間。往復で4時間半(2500円)………。まーでも場があるというのはありがたいというのかうらやましい。
のどがいたい。花粉症は今日はおさまっているようだが、もうかぜはいやだ。レモネードがわりに金柑(レモ)ネード(勿論あったかいやつ)をのんでる。ホットワインでもいいなあ、これはつぎの冬か。
3/16/domenica 「spread love」take 6
きょうもつめたいあめ。週末は7週連続あめのようだ。槇原敬之のコンサートの夢(いったことは一度もない)。曲の感想をきかれたり「どんなうたをうたったらいいと思う」ときかれてこまった。ほかに、よくしっているひとたちがいっぱいでてくるこわい夢をみたんだが思いだせない。
まちで昨日あめのなかを戦争反対のデモがあった、とニュースがつたえた。そのえのなかには Y 少年。まさに神出鬼没。意欲があり(しかしやまいもあり)やりたいことはいっぱいあるのはよくわかるのだが、何かかれにいわないといけないと思っていた。考えてみたら、それは優先順位をつけたらどうかということのようだ。ヒゲも「あとひとかわむければいいのにですね」といっていた。それにしてもつめたいあめだ。
3/15/sabato 「lover man」bill evans
のびるとおばいけをはじめてたべた。ちいさいねぎのようなのびるはぴりりとしていた。おばいけはこりこりしていて酢味噌でたべた。ひさしぶりのレバさしもうまかった。ビール・梓(ロック)・純芋(ロック)・ジントニックでよっぱらう、そしてふんずける。
眼鏡は購入したみせ(ふくすけ君がバイトしてたところ)にもっていったら、「これは結構ひどいですねえ、修理しておれてしまうかもしれません、その補償はできませんけどいいですか」といわれたがおねがいした。すぐに修理してくれしかもタダだった。ありがとうございます。
某駅まえの喫茶店でひるめし。夫婦がひとくみまったく無言で(たべたりしながら)時間をすごしていたのでびびる。焼肉ライスとあったのでたのんだら、ご飯のうえに肉がのっているだけのモノホンだった。セットで「かふぇおれ」を注文していたのだが、でてきたそれはこーしーだった。いつもどおりのこの能力。これをもっと有効につかいたい、たとえばこれで戦争は回避できないものか。
ふたつの予定。3人でおつかれさん会(というかおごってもらう)。行列のできるみせ?食器類をどん!とおいてくれるウェイトレス。ワイン3杯。以前から気になっていた喫茶店にいってみる。トレーラーハウスのようなみせには家族づれがいたがこれまた全員ほとんど無言。びびる。みせにはアルコール類がほとんどなく、ほんとにこーしー類と軽食類しかなかった。たのんだバナナジュースはあますぎた。
3/14/venerdi 「love reborn」久保田利伸
のみにいった店で「取り皿です」とだされたそれは、ソーサー(こーしーや紅茶カップのうけざら)だった。
風呂からあがった、今までこんなこと一度もなかったのに、自分のめがねをふんずけてしまった………ぐにゃぐにゃになってしまった、どうしよう………。
3/13/giovedi 「indigo waltz」misia
昨夜ねるまえに食べた小学生作のサンドイッチ、最後のやつはただ単にコロッケをはさんだだけのもの。これがまずい。なかみのコロッケが激マズだった。
夢で松嶋菜々子がでてきた。だきしめた松嶋菜々子はただのぺらぺらの紙だった。だきしめるだけのあつみを想像するちからがないらしい。妹となぐりあいの喧嘩をする夢。
ひさびさに快晴だった。布団をほす。ひさびさに海がみたくなったので、こーしーをたててポットにいれて海にいった。いつもの場所は工事中。あと2ヶ所まわったがいずれも工事中。しょうがなく漁港の駐車場でのんでかえる。不愉快、それでもそらには飛行機雲。昼間とおった国道には、たしか昨年あった死亡事故現場にいくつかはな(と他に何か)がそなえられていた。春の日。
今日の青春学校はどういうわけだかひさびさにひとがおおかった。ざわざわしていてこその教室だとあらためて思う。パートナーの女子学生が卒業してしまうハルモニは、来年(度)からはどうなるのか心配していた。毎年毎年のもっともな問題。それにしてももう何年もこの木曜日は不愉快だ。そして(おそらく)それが原因ではなれていったひとも。そういうことを思いだす。
昨日テレビで菜の花ワンタンを紹介していた。菜の花のみどりいろの部分(大量)をこまかくきざんで肉とまぜるもの。色が大変あざやかだった。料理はみためが大事なんだな(あじは勿論)と思う。
今日の夕陽はとてもきれい(綺麗)だった。かえりの車のなかでFMをきいていた。曲はすぐわかった「indigo waltz」。独特のふしまわしは misia 。よくはまっていると思う(やっぱ浜崎あゆみじゃダメだ)。いろんなこと思ってしまって感傷的。
3/12/mercoledi 「夜行性」original love
ねるとき、寝床から北西のそらがみえる。夜中のバナナ?黄桃?月だった。
いつもおなじ電車にのっていきかえりするわけじゃないけど。今朝は受験の中学生たちがのっていた(途中でおりていく)。かえりには途中から赤ちゃんをおぶっておさない子をふたりつれたいらいら気味のおかあさんがのってきた。ちいさい方のこどもはやたらむずがるというのかききわけなくさわいでいた。おかあさんもいらいらしながら電話してた(勿論電車のなかで)。いつも思うのとはちょっとちがうけど、まったくおなじ毎日なんてない。
体調はほぼもどったが一日中はながぐすぐすしてた、多分花粉症の症状。それにしてもあっという間にすぎていく一日。夕方廊下にでると廊下のむこうの壁がオレンジ色にひかっていた。うしろからおちゆく夕陽がさしていたのだった。
何度かこの日記にもかいたけど自分でもどこにかいたのやらわからない。先輩が死んでもうすぐ6年。さっき検索したら自称某革命家のページに先輩の写真が一葉あった。がははとわらうような豪快なひとだった。先輩の分までいきようなんて思わない、それはおこがましいことだと思うから。でも、そんな経験もしたのだからせめて一日一日を大事にいきたいとは思った、はずだった。それがどうだろう。一年に一度ぐらいは先輩のことおもいだして、反省しなくてはならないなあと思う。
小学生のつくった(あまりおいしくない)サンドイッチをこんな時間に食いながら、全然ひえてない缶ビール。一年まえとおなじCD。
3/11/martedi 「星の数ほど」古内東子
高校時代の部活のみんなで池のほとりや丘のうえでみんなで反省会?みたいなことやってる夢をみる。みんなでうたうたったりしてる。おれが一応まとめ役みたいなことやってたけど、全然まとまらなかった、そんな夢。
高校時代はかぞえるほどしかかぜをひかなかったが、最近はどうしたことか風邪ばっかり。今日の予定はキャンセル。マスクしてる。マスクの効能ってやっぱり口腔内の保湿効果ということだったのね。何となく体験としてはそう思っていたけど。タイマーなんかして暖房がはいるようにしてるけど、めざめたらくちのなかもはなのあなのなかも熱風でがさがさ・いがいがしてる感じがする。マスクしようかなと思う。「外気からのウィルスの侵入を防ぐことはできません」とある。てっきりそういう効果があるのかと思っていたけどそうではないみたい。どっちにしてもはやくなおさねば。
6:34 − 18:23 9.2℃。
3/10/lunedi 「まわれまわれ」比屋定篤子
かぜ。ねてる。10℃。
3/9/domenica 「サンシャインロマンス」
さみい。ぞくぞくする。サンシャインロマンス・ジェットコースターロマンス・ロマンスの神様。一緒につらい状況になげこまれなければ、わかりあったり共感したりはできないのだろうか。11℃。
3/8/sabato 「on a clear day」oscar peterson
図書館が蔵書の解放(?開放?快方)をするというのでいってみる。想像以上に沢山のひと。みんな20冊も30冊もかかえこんでもっていく。みんなそんなに本をよむのか、みんなそんなに読書ずきなのか。というかそんなにすきなら買ったらどうかと。おれなんて本のおきばもないし。絶対にてもとにおいておかないといけない本というのはそんなにはないと思う、いつでも図書館などでアクセスできるというような環境があるならば、自分自身で所有していなければならないということはないと思う。本ずきの(自称する)ひととは意見がちがうかもしれない。
うんざりしながらモス。今日は風がつよい。海のみえる公園でたこ焼・ソフトクリーム。ブックオフをちょこっとのぞく。結局、ひとがへっただろうとみこんで本をもらいにいく(がやっぱりまだおおかった)。本の裏表紙には「除籍済【リサイクル図書】」のシール。ヤスパースとかベーコンとかもあったがもらったところで読まないような気がするしなあと思いもらわなかった。小林さんのには昔のままのカバー(セルロイド?ですか)がしてあり「除籍済」のシールもない。これほんとに図書館でかしだしされてたやつかなあ。
部屋の掃除(勿論おわらず)。何度もつめたい雨がふる。キーボードのカバーをかえる。もとのやつは2ヶ所ほどやぶれていた、とりかえてみるとキーボードの感触ってこんなにかたかったっけという感じ、というかもとのやつはつかいすぎてごわごわのふわふわになっていたから。
柏木哲夫 1981『人と心の理解 精神神経科医のアプローチ』いのちのことば社(もらいもの)
小林直樹 1966『憲法を読む』岩波新書(もらいもの)
大越愛子 1996『フェミニズム入門』ちくま新書(100円)
3/7/venerdi 「gold mine」take 6
電車にのっていったりきたりする夢をみる、ついたそこで住宅街のくらいみちをあるきながら不意にめのまえに花火があがる。ずっとよくしてくれるしりあいの女性を目にする、何度か名前をよんだがつめたくあしらわれる、そんな夢。
簡単なあさめし。13時すぎひとりで店にいってみる(といってもモスだが)。ちょっと本をよむ、これもひとりのおっさんがこーしーとスポーツ新聞かたてにやってくる、たばこをすいだした、ソファの座席のここは喫煙席だった。早々に退散する。携帯かたてに運転あやまってプランターこわす馬鹿すぎる(別の)おっさん。
何度か雨にふられながら。とてもつめたい雨だ。さびしい感じだが、それがすきだ。もしかしたら勉強会はもう今日で最後になるかもしれない、と思う。でもだまっていた、というかその時は気づかなかった。そんなふうにこれからもおわかれができるといいと思う。夕飯は喫茶店。そういえば前から思っていたのだが、ハンバーグ定食みたいなのにはかならずそえものとしてスパゲッティがついてくるがあれはなんでなんだろう。そういうのはいらないから、もっとハンバーグの量をおおくしてくれるとかつけあわせの(じゃがいも)サラダの量とかをおおくしてくれないだろうか。
3/6/giovedi 「straight no chaser」bill evans
すごい風と雨。春の嵐ってやつか。
テレビで出演者が「あさからでかい声で警備の人や掃除の人と挨拶したらなんか元気がでてきた」といっていた。そうかもなあ、そんなもんかもしれんよなあ、と思う。誰かと最近ちゃんと(おおごえで)朝の挨拶してるだろうか。
ひとり(みーこと)家にいると朝飯も食わんでもいいかな、とか思ってしまう。朝飯が用意されていれば食欲もでてくるような気がする。用意されていないとそれはそれですませられる。でも、多分それではリズムがつかないのだ。朝食べて昼たべて夜たべるというリズムが大事なんだと思う。リズムがくずれて、もともとでない調子だが、それも夕方からしかでないことになんかなってしまう。ひとりででもちゃんとせないかんなあ。なんとなく(な)人生。
2週間後のみかいをしませんか、出欠の返事をおねがいします、というメールがきた。のみ会はいつだって大抵たのしいし、こののみ会だってたのしそうだし参加したいのだが………こんなおれがいってもいいのかなといつも思ってしまう、春先だから特にそう思う。さけのんでそれなりにたのしい、でも何かを忘れたりなんてできない。うさとか鬱憤なんてはれるわけじゃない、全然ない。そしてのみながら段々なさけなくなっていく、自分で自分を肯定できない。なんなんだろう、いつまでこうなのかな。
3/5/mercoledi 「what's new」bill evans
むかしすんでた坂のおおい団地。なにか演奏会というかだしものの練習してる夢。ぬかるんだ海ぞいをずっとあるく夢。山口をとおって広島ということになっていた。
きのうにひきつづき今日もさむい。何気にやる気なしまつりまっさかり。この時期はいつもそのような感じ。おれのかずすくないレパートリー・ハヤシライス。塩胡椒全然してないのに結構塩からい、なんだろう。月桂樹の葉がなかったのでその辺にあった葉っぱをいれた。干ししいたけをもどしていたが、もどしきれずかたいままのがあった。あしたもたべようと思っていたが一日でたべきってしまった。
山崎まさよし。いいとは思う。faith はちょっとどうかなと思った。オリジナルの方がもっとどろくさいような気がする。それにしても大勢の女性陣がうっとりしてるのみて、なんかやらしーなーと思ったのはわたしだけでしょうか。たしかにあの曲は名曲だが、みんなみんなそれで泣いてるのみて、そりゃねーんじゃねーでしょうか、と思ってしまう。
後輩 S 君から電話。図書館。Bill Evans with Jeremy Steig『What' New』をかりてくる。
3/4/martedi 「be with me」ono lisa
さむい。かぜがつめたい。うちこみ用ファックスだけをとってかえる。地下鉄車内でつばをはく馬鹿男子高校生。ふりこみまだ。バス。おりるひとがすんでからのろう、おっさん(邪魔だからどくように)。
3/3/lunedi 「you are the sunshine of my life」
最近よくみる夢。3層ぐらいになった地下鉄の(駅の?)夢。そこのおれがくるまでまっている。駅のなかはオレンジ色の(丁度トンネルのような)ひかり。
別にもともとすきなひとではなかったが、最近松たか子って駄目(人間)だよなあと思う、つよく思う。
スガシカオの新作はちょっと微妙かな。このあいだ夜中にぼーっとテレビをみてたら1993年の風景と音楽がながれていた。そのなかの1曲はオリジナルラブの「接吻」だった。映像はやけにふるくさくみえて、そのせいで音楽までふるくさくきこえてしまった。あらためて「接吻」をききなおした。全然ふるくさくなかった。それにしても10年もまえなんだなあ。あの頃のおれはといえば………。
「you are the sunshine of my life」の平井堅のやつをきいた。曲がもともといいからどんなカバーもいいと思うんだけど、うーんどうかな。この曲のオリジナルのよさは軽快さにあると思うのだが。こったつくりのコーラスもいいけど、やっぱこの曲にはどうしても軽快さが必要なのだと思えてならない。
You are the sunshine of my life ,
That's why I'll always be around ,
You are the apple of my eye ,
Forever you'll stay in my heart .Stevie Wonder「you are the sunshine of my life」
「おれが行くの止めたらやめるのかよ」
「わたしが行くのやめるなら止めるの?」
という会話を不意に思い出す。
3/2/domenica 「45分」古内東子
みーことふたり。快晴なので洗濯をし・ほす。こんなときに考えなければならないのは食事問題だ。重要な課題だがいまのままだと死ぬまで料理ができないままになりそうだ。どこかでやらないと。これが趣味になるとよいのだが。予想よりはやい帰宅。
このあいだめにとまった記事。これが事実だとすると相当ひどいと思う。
3/1/sabato 「pool」槇原敬之
あめのなかバスにのって結構急なかわぞいというかたにあいを往復する夢。おおきな橋を何度もわたる、たかいところがこわいおれは何度もこわがる。あとそのメンバーで水泳する夢。
いえにいたくなかったので、本をもって逃避することにする。お茶を水筒(ポット)にいれクッキーをもって12時すぎにいえをでる。土砂ぶりの公園の駐車場にくるまをとめて本をよむ。あしもとがときどきさむい。17時半すぎかえる。
ジャーナリズム本来の役割は国家権力の暴走をチェックし、庶民の自由と権利を守ることである。少なくとも戦後日本では、戦前の新聞が軍部に迎合して破滅的な戦争に道を開いた苦い経験を踏まえて、そう考えられてきた。その意味ではあの戦争こそ戦後ジャーナリズムの出発点だったと言っていいだろう。
渡邊の出発点もあの戦争だった。天皇制軍国主義に反発しながら戦時下の青春を送り、敗戦後、天皇制打倒のため共産党に入った。彼が東大細胞で提起した「主体性論争」は個人の自由と尊厳を高らかに謳い、反体制運動組織の中にひそむ全体主義体質を鋭く告発するものだった。
それから半世紀あまり、かつて誰よりも自由を愛した哲学青年は、国家の論理をふりかざして記者たちの言論の自由を脅かす巨大な権力者に変身した。そして彼は「国家と対峙する新聞」から、「国家と一体化する新聞」へとジャーナリズムの理念そのものまで変えようとしている。魚住昭 2000『渡邊恒雄 メディアと権力』講談社 376−377ページ
□ 過去も結構おとなげない