×xー×ーの おとなげない 日記  for Otonagenai people

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Gennaio  Janvier



1/14/mercoledi

ハルモニをたずねる。定時制高校にかようハルモニにとって今ネックなのは「英語」なのだ。ある程度までは単語をおぼえなければしょうがないのかもしれない。come の意味がわからないのはきびしいが、ハルモニにとっては大変な障害ではあるだろう。

このまえの
番組があっていた。主人公の障害のあるひとをみながら、結構していることにおどろいたようであり、5人こどもをそだてたけどうちはみんな健康でよかったといっていた。ある経験が、別の普遍的な経験へとつながるということはあるのかないのか。連帯というのはできるのか、その契機は。ハルモニたちからおなじようなことばをよくきく。

たちのきのために荷物を整理しているのもあるのだろうが、10年つけてきた日記の一部をすてたといわれる。どうしてすてられたのかはっきりとはわからないのだが。墓まいりによくいくから、そんなことでも書きよったら墓という字をおぼえてしまうんやね、と。どちらにしてももう日記はすてないようにいう。高校をでたとしてそのあとどうしようとか。


1/13/martedi

さみー。このふゆ一番のさむさなんだろう。かぜもつよい。

こんな一日のすごしかたじゃだめだ。だめ人間にしてもだめだ。超ひさびさにいったでかいスーパーはCD屋さんとかがなくなっている。それでもどうやらポイント2倍とかなんとかの日だったらしくくるまはおおかった。もう一軒にいってみる、時間が時間だということもあるんだろうけど予想以上に客はすくない。郊外型というんだろうか、だけどこの形態のみせに将来があるとは全然思えない。最初から思えなかった。

最近遺書ばっかよんでるせいなのか。20代前半でやむをえず・自分の意志に反して死ななければならなかったわかものたち。さきだつ不孝をおゆるしください。………よんでいるとおれなんかがいきていていいのだろうかと思えてきてしまう。いきてさえいれば将来かえすことができるはずの恩をかえすことができない無念。

だめ人間・へたれとしては、せめていきながらえて自分の人生をまっとうしなければならない。そういう日がくるときのために。


1/12/lunedi

あたたかくおだやかにはれる。このまえとびこんだという駅を注意していた。しかし花も何もない。勿論ただの営業妨害にはちがいないのだが。とびこんだ女子高生とは対照的。

はれぎのひとを全然みなかったので、そうかおれは今日が成人の日だと思ってたけど昨日やったんだ、ニュースでもやってたしと思ったが、やはり今日が成人の日なんですね。

某大学のなかにわで昼飯がわりに肉まん2個をたちぐいしていると、どこからかくろいこねこがやってきた。うちにもねこがいるし、かわいそうで肉まんのかわの部分をやった。はらがへっているのかがつがつたべる。

本はどうやらタイトル・サブタイトルもなんとかきまった。13時すぎにはじまった作業も19時前。あめがふったようでかぜもつめたい。こうして1日がおわっていく。途中駅までおくってもらう。アイデンティティがさだまってないとかなんとか。みんなかぜをひいている。元気があるようにみえるのに、最近体力がない・加齢もあるけど運動してないからだと思う、と。


暴風雨。ゆきがハゲしくふるそうです。


1/11/domenica

カレー食いたいなあと思う。まちにでたとき、地下鉄の駅まで商店街をあるく、そこに焼カレーのみせがある。そう思っていたら、昨夜の全国ネットのテレビでそのみせが紹介されていた。こりゃおおいばいと思った、こんなときに放送せんでもいいやんか、と。100円ショップで乾電池などを購入、でかい書店へ。でかいし本もおおいけど、客も店員もなんだかすごく本を雑にあつかってるような感じがする。

でかい施設まであるく。周囲が大渋滞してる。駅裏なんかは全然ひとどおりもなく駐車場もがらがらなのに。バーゲンセールなのかひとがおおく、おめあてのものもみつからない。商店街をぬけていくとやはりそのみせはいりぐちに4人ほどたってまっていた。いつもはそんなにはこんでいないのだが。こんなときばっかくんじゃねーよと(勿論)思う。それぐらいだったからまってもよかったかもしれないがやめた。とおりにでてなんかないかあるきまわるがなんもない。かぜがつめたい。バス。

最近よくいく公会堂にいく。えびフライと鮭フライの定食(600円)。みそしるはたまねぎとさつまいも。ほうれん草ときのこのあえものにがめ煮。五穀米。うまい。特にみそしるがうまい。ぶあつい(ただの)木の板のお盆にのってでてくる。食材から安全と栄養にこだわっている。お茶もそう。しかし残念なことに、うつわがいまひとつ。ここまでこだわるならそこまでこだわってはどうかと思う。みそしるはうまいのだが、あつくてうつわをもつことができない。たべおわって、お茶をのもうかと思う。店内にはぷるかつ、こいつらみせにはいってくるときも手ぇつないでやがった。食いおわってでていくのかと思ったら、おんなのほうがおとこのとなりにすわってなにやらひそひそやりはじめた。はやくでていけよ、と思う。ようやくでていったので抹茶セットをたのむ(400円)。和菓子と抹茶。おおきい抹茶茶碗というのもいいなあ。

途中たちよったみせでドリフのDVD(の一部)がながれていた。小学生高学年ぐらいのいまどきのおとこのこもくぎづけになっていた。みんながやはり何度かは目をやるし、やはりわらっているひとも何人かいる。おれはといえばずーっと釘づけ。財宝さがしの探検隊がミイラに遭遇するやつ。テレビのなかのこどもたちが「しむらー」と絶叫している。以前みた
これもDVDになったようだ。

じぶんの げんこうの すいこうをしている。ぜんかいのかいぎで ひらがなが おおいかな と してきをうけたから。かんがえた。よみかきの (たかい)のうりょくを みにつけた ひとなら こんなやさしい ひょうきでは じぶんが せっかく ためこんだ よみかきの のうりょくを はっきする ばめんがなくて くやしい ということか。ひらがな ばかりだと よみにくい(!) と いうことだろうか。Isso Romaji dewa douka.Tameni suru giron wa iranaisi Bokumetu nantenomo iranai.Demo Daigakuinsei demo sonnakoto iunoga irundayo.慣れの問題。

すこしあたまがいたい。駅をでるとよかぜがつめたい。いっそもっとつめたいかぜにふかれたら、このにぶいあたまもすっきりするだろうか。


1/10/sabato

小異をすてて大同につくとかいうけど。こまかいところ・些細な流儀のちがいのようなものこそがいらいらさせる当のものではないのか。NHKスペシャル『「自治体破綻を回避せよ」− 外郭団体・300日の攻防 −』なるほど。ETVスペシャル『「“心の闇”をこえて〜少年事件をめぐる対話」』途中でねてしまう。オス?メス?そういうはなしか?顔も頭も髪も目も眼鏡も考え方も大嫌いなやつ。


1/9/venerdi

あやしまれてる………やはりおれの本領発揮なのか。

最近よんでいる遺書(の引用)の一部。


………不時着して火を発し、風房が開かず、俺達の見ている前で搭乗員は悉く惨死した。為すべき術も無く手を束ねて見ている俺達にはのた打ち廻る搭乗員の姿がありありと見えたし、その叫び声も耳を打つた様に思ふ。


機銃掃射のニュース映像をみる。ひとのかげがはっきりとうつっている。ねらいはさだめられていてそのかげはくだけるようにたおれ、とびちりながらたおれた。


駅のホームにアナウンス。人身事故があった。今度くる電車まで定刻どおり、そのあとはわかりません。おれののる電車まで大丈夫だった。その電車をおいこすはずの快速電車が事故にまきこまれたのだろう。電車にのる、途中からのってきた女子大生(かおがみえないのでわからない)ふたりぐみ(のうちの一方)が「人身事故おおすぎ!ことしになって2件」とかいってる。たしかに。

後輩の某君とあう。論文もうだしたの、ときくと11月の段階でだすことは断念していたそうだ。それはいいけど提出しないのも2回目なんじゃ、と思う。せっかくひさしぶりにあったのですこしはなしをしようと思ったが、かれのいっていることが理解できない。やりたいこと・やろうとしてることも理解できない。それは決しておれが馬鹿だからということではないように思う。かれが変な方向にいかなければいいが。


1/8/giovedi

女子高生がとびこんだ踏切に花束があった。

イケメンといわれている俳優、あきらかにあぶない、ひとのいっている意味がわからなくなっている。

人生は自作自演。なるほど。勉強になります。

有言実行と「有言」してしまうのは何もできないひとのせりふ。なるほど。勉強になります。


Tハルモニはのっけからすごいハイテンション。となりのハルモニに「すごいねえ」というと、「あれはよっぱらいじゃない、役者や。みんなを笑わせるのがすきなんや」。

Kハルモニはいつものように水筒に自家製果実酒(焼酎)をもってこられていた。みんなにふるまったりしてなくなると、水筒の氷をコップにうつして、今度は日本酒ロックをのみだした。顔色ひとつかえない。「つよいんやねえ」というとすまして「そうよわたしつよいんよ」。意外な発見だった。

なまこ酢(酢のもの)チヂミ弁当はいらなかった?あたたかいご飯キムチたくわんなど。


1/7/mercoledi

百人一首を暗唱し、辞書をひいたらそこに付箋をはりつけ(だから辞書は付箋だらけでありおそらく付箋の意味をなしていない)しかも感情をこめてよまなくてはならない、何ますだかの計算をする(しかし昨日の自分が準拠であるなら、どうして一斉である必要があるか・ストップウォッチの必要があるか)。どこかの国の一斉ぶりには揶揄をこめて馬鹿にし軽蔑しているひとびとは、わたしにはまったくおなじにしかみえないこの光景を、しかし驚嘆し感嘆し賛美するだろうか。

表情がいきいきしていますとかなんとか。

この番組でみたのはそういうものではなかった。自立生活をはじめる、自信が表情となってあらわれる。ひとりでかいものがしたかった。今日はさむいから鍋かな。ゲッツ(わたしの生きる道)。

ここでいわれるいきいきとした表情は、しかしさきのものとはちがうように思う。もちろんこれは解釈である。


1/6/martedi

本屋にいけば勉強せないかんと思い、図書館にいきまた本にかこまれれば勉強せないかんと思う。そしていえにかえればごろごろしてしまう。

ことばができる、おぼえておこうと思いながらそのまま。

聖典(あるいはまただめ連の本とも)がいつもかならず目にはいってきてしまう。読む。しかし正視にたえない。

嫌悪・犠牲・諦観・義務・名誉。

一番いらないのはプライドだと聖典にあった。記述するには記述するにたることばが必要である。


1/5/lunedi

だれもみんな書けることだけをかいて、かけないことはかいていない。そういうことをあらためて考える。


1/4/domenica

新聞で昨日女子高生が電車にとびこんだとあった。ちかくだった。

自分のなかでひとつの糸がきれた。予期せぬことだった。

いかり・嫌悪感。これはもしかしたら禁じられていることかもしれない。いっそうつよくいかり・嫌悪感。

たのしみとはまず当の本人にとってのたのしみであって、それは(あんまり)誰かとくらべたりするものではないのではないかなあと思う。


余暇(自由時間)そのものが消費の制度のなかに組み込まれ、たえず新たな欲望で埋められるだけでなく、さらには何か実のあること、たとえば自己学習や家庭奉仕、ヴォランティアなどといった別の意味で価値生産的な活動で充填しなければ……という強迫的な意識がわたしたちのなかで芽生えてくる。

…………(略)…………

気持ちのいいこと、愉しいことをこそしなければ、という意識が煽りたてられる。快楽までもが、まるで義務のように強迫的に感じられるようになるのだ。こうして、たえず何かをしていないと不安になるというビョーキが生産される。何ごとも、仕事も遊びも、手を抜くことなく全力投球してこそよろこびはあるという、そういうきまじめなメンタリティが形成されてくるのだ。

鷲田清一 1996『だれのための仕事』岩波書店 55−56ページ



1/3/sabato

背中からあたる日がとてもあたたかい。やはりあるいていて気もちいい。弁当などもってこのままあるいていきたいような気分だ。結構世の中は退屈だから退屈にたえるということは大事だというのを読む。

同級生がひさしぶり(はじめて?)のメールでおれの日記の感想をおくってくれた。「そんなことに正月休みを2日も使ってしまった俺はあほか」とかいている、「あほ」だと思う。

俺は頭の中で、呆れながら、反論しながら、時には共感しながら、
そして途中でめんどうくさくなりながらな。
別におまえのつれづれな日記の内容に、ここで同調も批判もしない。
強いていえば、最近はおとなげのなさに、
かつての勢いが感じられないのが残念。

…………(略)…………

とりあえずいえることは、またいつか飲もうということだけだ。
白波をボトルで頼める金くらいは用意しとけよ。


1/2/venerdi

あめが結構たくさんふっている。ひとりで道をあるくのもたのしいものだ。

死ぬのがこわい。ほんとは人間というのはいきている時間というのは80年ながくて100年なんだから、それ以前・それ以後というのはいってみればずっと死んでるみたいなもんだというのをどこかで読んだことを思いだす。


1/1/giovedi

年賀状がきてた。その返事と、最近全然おみえになってないハルモニ3人ほどに年賀状をかく。いきなり電話するより、手紙などのほうが効果的かなとも考える。

国際協調とか国際協力とどこかの阿呆がいうのは要するに属国になれということなのだな。どんな阿呆にもそれなりのあつみというものがあるんじゃないかと思うのだが、こいつほんとにうすっぺらい。全部読めるわけないでしょ、重要なところをひろったんですよ、などと。大体そんなみじかい時間で説得しようというのがまちがいなんだよ。ほんとに重要ならどんなに時間かけても論をつくすべきだろう。うすっぺらくて無内容なんだな。

電車のなかで受験生(にしてはとしくってるようにみえたけど)らしきひとをみる。手にはマーカーで線なんかひっぱった参考書がある。でもずーっと窓のそとみてた。それでいいんだと思う。


おとなげない日記携帯版。写真とかあるとかっこいいのかな。しかしおれのプリペイド携帯にそんな機能はないし、デジタルカメラだってさわったことすらない。更新するごとにおかねがかかるしまったく機能しないかもしれませんが、とりあえず。



 過去も結構おとなげない