関教授へのインタビュー(完全版)

先生が教授になられた動機とその理由を教えて下さい。
最初からどういう職業につくかどうかは決めてなかったんですが、私が23,4のころに、経済経営に広くコミットできるというような仕事をしたいと思い始め、マスター終わってドクターに入ったとき東京都のそういう部署に所属したんですよ。五年ぐらいしてこのままずっとここにいるのかなと思ったんだけど結局16年そこにいたんですよ、すごく面白かった。現場と常にやりあってね。僕が授業でやっている中小企業の活性化みたいなことをやっていてね。ところが30台半ばにちょっと物足りなくなってきたんですよ。なぜかというと、それは東京都の組織なものだから、都内のことは何でもできるんだけど、全国だとか海外のことはちょっとやりにくいわけよ。で、30代中盤からアジアをずいぶんとやるようになって、地盤が必要になってきたのよ。と言うことでそういうことを幅広くやり、しかも営利を関係なしにやるためにはね、まあ大学が一番いいかなとおもって、41歳のときから今の仕事に就いて、もう11年になるんだよね。まあ、仕事の方は相変わらずですよ。どう言う場所というよりも、どういうことができるかということの方が大事で、そのときそのときの瞬間というのを汲み取っていきたいというのがありましてね。それで、一番やりやすい場所を探してきたと、という感じだね。
そういった仕事をする上でコンサルタントとして得た印象というのはどういったものだったのですか?
そうですね、やはりあの現場というのはね生きてますからね。日々刻々変わっていく環境の中に自分の身をおくというのはね生きている実感があるんだよね。私なんかは現場を一番の先生だと思って思っていますから。その現場から学んだことを論理化して、それで人に伝えていき、現場を変えていくような仕事もしていきたいとも思っているんです。現場にコミットして現場を変えて行く作業をしながら、ベースを形成していってそれから後は本人次第にして世間にメッセージとして伝えていくと、そういう仕事をしているわけですね。大変気に入ってますよ。
もし今先生が大学生だったとしたら、やはりそういった仕事に就こうと思いましたか?
大学4年生のころにそう思い立ったんだけど、それまでは本当に何になりたいか分からなかったね。4年ぐらいで自分はどこかの組織に最初から最後までいるような人生を歩むのではないんだろうなと思い始めて、それで大学院に行くことにしたんだ。
これから日本企業を取り巻く環境がどのように変わっていくかどのようにお考えですか?
うーん、結局日本は世界の中に身を乗り出して行ったわけでしょう。だから世界のその大きな流れの中にいなければしょうがないでしょう。これまでは日本列島丸というのにのって何とか上手くやってきたわけだけど、それができなくなってきたわけでしょ。だからしんどい思いをしてるんじゃないんですか。私はとりわけ中小企業を中心にやっているわけですから、ITなど世界と戦うだけの何かを持った企業はそれなりに活躍していくと思いますよ。そうでない企業というのはしんどい。じゃあどうすればいいかって言うとね、昔からやりのこしてきたことがたくさんあるわけですよ、日本の産業・企業がね。とりわけ昭和30年代から40年代、50年代にかけてね日本はとにかく貧しかったからね、外貨を稼ぐということが緊急命題で、その外貨を稼ぐという企業に日本人みんながわあつと集中してね、それで造船だとか鉄鋼・自動車・半導体・電気といった上手い産業を見つけて、そこに日本人全体の集中力を注いで戦ってきたわけですよ。だけどその間見過ごしたものがあるんですよ。それは我々自身の生活の質をどうするかって言うことですね。しかもこれからこういう世界になりますから、我々は狭い範囲の中で生きることになると思うんですよ。たとえば国立市だとかね。こういう社会になると.そこをぱっと見たときに、あれずいぶんと遣り残したことがあるなというものがあるでしょ。特に住まうことに関するいろんなものとかね、後環境だとか本当は充実させなきゃならないものがあるわけでしょ。そういったものを充実させていくようなビジネスはそうとう広い範囲で残るはずなんですよ。そういうとこに目を向けていくとね新しい可能性というのはすごく大きいと思うんだよね。だからそういう意味でのマイクロビジネスがね、国際競争とは関係のないところでね広がっていくんじゃないかなと。そこに期待してますけどね。
そういったことで一橋大学というのは就職に強い大学としての評価を社会の中で得てきた訳ですが,そうしたブランドをこれからも維持していくことができるとお考えですか? またできるとするならば,どのような改革が必要だと思われますか?
これからは従来のようにね最初に入った会社で一生を終えるというような事はもうないでしょう。ということになると、そこに所属する人間というのが何度も転職するというのが起こりうると考えた方がいいんではないんではないかと思うんですね。そういうことが当然だと思ったらやはり20代の前半に、自分がどういう道を歩くかっていうことをはっきりとさせておいたほうがいいと思う。そこで僕が自分のゼミ生に言うのは、社長かプロになれと、そのどっちかだと。それ以外はくだらんと。で、社長は二通りあると。ひとつは大企業に入ってしぶとく頑張って社長になると、でもそれは確立で言えば100分の一とか500分の一とかだと。まあそれでも悪くはない、でも確立は非常に低い。それよりか40ぐらいまでにいろんなノウハウを会社という組織の中で学んで、40にはもう自分は自立するんだと、自分で社長やるんだと言うくらいで最初からいるべきだと思う。だから社長は二通り。同じように専門家も二通りに分かれる。ひとつは腕を持って40になればもう一人で食っていけるという実力を身に付けるという人。もう一つはどうもおれは何らかの組織の中にいないといけないという人。まあそういう人は会社の中で、あいつだけははずせないと言うプロになるがね。そのどちらかだと思う。できることなら学生時代のうちに自分はこういう方向で行くんだということを決めていくべきだと思うんだよね。その決めたものを形成するにあたってどの組織に行くのかを決めて、そこで15年間くらい、40くらいまで、猛烈に自分というものを鍛えていかないと、後は大変なことになると思うよ。やはり自分でイメージしてそれに向かってきちんとやってかないと、今後はきつい。そういうイメージを実現するためにはどういう組織がいいのかそういう観点から就職先は選んだ方がいいと思うね。一橋に入って名前だけで適当な大会社を選ぶとろくなことはない。
大学生には学生のうちにどういったスキルを身につけて欲しいと思われますか?
スキルというよりもね、世の中に対して積極的に働きかけようという姿勢だよね。例えばよく資格に依存する人がいるけれど、資格というのはほとんど意味がないですよ。食べていける資格というのはほとんどないでしょ。まあ弁護士ぐらいかな、会計士もどうかなって感じでしょ。で、資格で飯が食えると思っちゃいけないと。とにかく実力だと。で、実力というのは見えないものですよ。日本社会というのはこれまたひどい社会でして40すぎないと人格ってないから、30代でいくら実力があっても、社会というのはあまり評価してくれないですからね。40すぎて始めて一人前という感じだからね。そのときの実力というのは、積極的に世の中にコミットしようとする姿勢の中で生まれてくるものじゃないかな。コンサルタントというしごとがあるでしょ。それに関する中小企業診断士という資格があるけれど、意味ないでしょ、悪いけどね。僕もかつて持っていたけど人にながしてしまった。考えてみると今まで日本の最高のコンサルタントってだれかって考えたら、児玉誉志男とかじゃないですか。彼らが資格なんて持っていましたか?何もないですよね。それでもやはり、社会との関係をどう積極的につくっていったかという事が、やはり評価されてきたんだと思うんだよね。
社会で活躍するためのパスポートとして、資格試験の勉強にエネルギーを費やすことは決して無駄ではないと思うのですが?
確かに無駄では無い。でもそれで食べていけると思っちゃいけない。それはほんの一部だと思う。
大学生と社会人の間には社会に対する姿勢の面で大きなギャップがあるといわれますが、そのギャップとはどういうものだとお考えですか?またその差を埋めるためにどうしたらよいと思われますか?
学生は社会について全く知らない。知らないから社会に対して恐怖感をもっている、できることならいきたくないとさえ思っている。でもいずれは出て行かなければならない。しかし怖いと思っていた社会が実際出てみると、社会というのは面白いものだということが分かる。もっと人生が楽しくなるんですよ。だから希望をもって社会に出て行って欲しいんだけど、なかなかねそういう気分になれないということが問題だと思う。本当怖がる必要は無いんですよ。楽しんでいいんですよ。授業でも(企業と市場)最初に言ったでしょ、皆さんスポーツ新聞は読みますかって。それなら日経新聞を読みなさいと。日経新聞というのはもっとね複雑なゲームの解説をしてくれてるんだから。例えば人事の欄なんて、誰が今度ね監督になっただとか、ヘッドコーチになったとか、そんなことが日々のっているわけですよ。そういう中でさまざまな競争が行われているんですよ、社会というのは。それに自分も参加できるんだから、こんな楽しいことは無いと思うんだよね。
そういった社会の変化に対応できる人材を、例えばゼミの教育などを通じてどのように育てていきたいと思われますか?
私の自分のゼミの最大のテーマは、まず志を持つこと。それに尽きる。志の無いものは去れとよく言う。志を持つということは実に単純でありながら、非常に大きな広がりを持つ言葉で、それは真摯に社会にコミットしてそれで自分のできることを社会に還元していくことなんだよね。そういう積極性と責任感を持つことがね僕は一番大切なことだと思うんだよね。ただそれを口で言うのは簡単なんですよ。そこで私が工夫しているのはね、日本はだらけているから、日本の国内でおまえ志を持てといってもそれはなかなかできないことなので、学生たちをアジアに連れて行くんですよ。今だったら中国上海あたり、ものすごくこれから将来性のある国や地域があるじゃないですか。そこでは人々が本当にエネルギッシュに生きていますよ。そしてそういうのを見せつける。今は日本はこんな風だけど昔はこんなだったんだ。おまえらこれからあいつらとたたかっていかなければならないんだよ。負けるなと。そうするとまともな学生だったらカアーっと頭に血が上がるんですよ。すると急にね、行動とか生き方とかがね積極的になってきますね。そうすると日常の過ごし方とか就職活動のターゲットのおき方なんかも含めて。今はその方法しかないかなと思って、合宿なんかもどんどん海外でやるようにしていますよ。上海の郊外30分ぐらいのところに一週間詰め込んで、毎日工場見学なんかもさせますね。多分彼らにとっては人生最大の思い出になったと思うよ。そこで何にも考えなかったら、そいつはもう終わりだよ。
文系の学部の大学院教育の将来性についてどのようにお考えですか?
例えば一橋の商学部にしてもみんな大学院に行かないじゃないですか。なぜかって言うと就職がいいからみんな簡単に就職できるわけよ。今まではこれでよかったんだよ。だけどこれからはそうは行かない、実力を問われるわけですよ。でも30とか35の奴がね何が実力だ何て分からない。そのために例えば弁護士ですよとかね、資格を持ってるのは分かりやすいわけですよ。それと同じような感じでね、マスター出てますよとかねドクター出てますよって言うのは、非常に意味をもってくると思うんですよ。資格もってるかなんてどうってこと無いし、実力とは違うんだけど、一応その相手が認識する入り口にはなるんではないかと思うんですよ。という事で、これからマスター出ドクター出って言うのは、不可欠になる可能性が出てくる。日本だけですよ、あんまりそういったことに関心の無いのは。他の国では名刺見てまずドクター出かマスター出かを確認して、それから態度変えるんだから。
さっきも言ったように、会社の看板だけで生きていけるような時代ではないから、マスター、ドクターぐらいはこれからとらなければならない時代になってきたんですよ。そう学生には言っているんですけどね。これからは世界に飛び出していくためにはマスターぐらいは取らないとまずい。そうしないともう相手にもしてもらいないですよ。例えば私の友人でね、まあここのOBなんだけど非常に優秀な男がいてね、彼はいったん勤めて、それから研究者になってある国の専門家のわけだけれども、彼はマスターもドクターも取っていないんだよ。そうするとまずね認知してくれないんだって。おまえなんももっていないんかよ。そんなんで研究者かよっていわれるわけよ。だから今からでも遅くないから、マスターだけでも取った方がいいよって、そうしないとまずね最初の段階で相手にしてくんないよとよく言うんだけど。まあ、彼の方もそのことはしみじみと感じているらしいんだけどね。
それは世界を相手にする場合であって、日本国内で活躍しようとする場合にはどうなんでしょうか?
今の段階では、日本でそういった学位を持っていてもしょうがない。世間が全然評価していないから。でもね、日本でもすぐにそうなってきますよ。だんだんとそういったことが問われてくるようになってきていると思うよ。
商学部5年一貫修士プロジェクトもそうした社会の変化に対応する形で生まれてきたのでしょうか?
多分そういうことになるでしょう。どんどん君たちもそれにのっかていったほうがいいと思うよ。
そういった流れの中で一橋大学の大学院教育が世界的なスタンダード(ハーバードやスタンフォード)に対抗できるような、独自の教育を学生たちに提供していけるとお考えですか?
できますよ。できなくてどうするんですか。日本にも一つくらいそういうところがないとこまるでしょ。だったら一橋がやるしかないじゃないですか。少なくともアジアで一番になんなきゃ。
例えば一橋でMBAを取ってそれが世界的に通用するようになれば最高だと思うんですが?
それは最高でしょうね。そうなるためには少し時間がかかるとは思うけれども、日本に一箇所ぐらいはないと困るんじゃないの、そういうとこが。
では、大学院教育を通じてどのような人材を育てていきたいと思っていますか?
プロですよ、プロ。一人で生きていけるプロですよ。
先生の講義を拝見していますと、留学生が非常に多いという印象を受けるんですが、先生は海外留学についてどのようなご意見をお持ちですか?
それはもう賛成ですよね。これからはしてないと困るんじゃないのかな。当然ですよ今の時代にはね。我々のころは難しかったですよ。でも今見てると誰でも望めばいける環境にあるじゃないですか。行っておいたほうがいいですよ。それとこれからの時代は、アメリカと中国だろうね。その両方を見ておかないと自分の居場所が見えてこない。両方を知ることによって、それを基軸にして判断していくということが大切になってくるんじゃないのかな。
海外留学をすることによって得られるメリットというものはどんなことが考えられますか?
まず一人で生きていかなければならないということがよくわかるでしょ。一橋のブランドなんて世界にでたら全然通用しないんだから。要するに一人で生きていくというのはどういうことか、その辺が良くわかりますよ。でもあんまり早くいくと問題が多いから、今ぐらいに行くのが理想的じゃないかな。マスター入ったらすぐに行くとか、あるいは学部の3年次に行くとかね。
話は変わりますが、今後どのような業種に将来性があるとお考えですか?
例えば先ほどから言っているように、地域社会に根ざしたビジネスなんか必要になってくると思いますよ。現状ではビジネスと呼べるほどには成長していないですけどね。そういった分野がちゃんとビジネスとして成立するような環境を作っていかなければならないんじゃないかな。このあたりはそういった動きが非常に活発な地域でね、国立市を例に取ってみても、非常に積極的ですよね。まず人材が豊富でしょ。リタイアされたOBもいるし、高学歴な主婦もたくさんいるし、理系、美術系の学生もたくさんいるからね。人々の考えも非常に成熟してますから、これからの日本の街のあり方のモデルはひょっとしたらこのあたりから生まれてくるんじゃないでしょうか。
逆に衰えていくとしたらどのような業種が考えられますか?
どうだろう、流通業なんて大きく変わっていくんじゃないかな。例えば商社にしても、これまでは間に入ることで流通の媒介の役割をはたしてきたわけだけど、コンピューターネットワークの確立のよって、その役割の大半を失っていくのではないかな。商社のほうのいろいろな方向にシフトしていかないと、これからそういった需要はどんどんなくなっていくと思いますよ。
先生は一橋大学が社会の中でどのような役割を担う機関であって欲しいとのぞまれますか?また卒業生に対してどういった活躍を期待されますか?
やっぱりね、学生たちを見ていても非常に優秀だしいうことないですよ。本当に才能も豊かだしね。だから自信をもって自分の力を高めていって欲しいと思いますよ。全力を尽くして社会のためになるような人間になって欲しい。というのも、インテリって言うのは自分のことばっかり考えていてはいけない、社会全体のことを考えていかなければならない。一橋の子達は、まずそれを最初に考えていかなければいけない。社会を良くして行く為に自分に何ができるのかという責任があると、そう思って欲しいですね。国立大生ということで税金で保護してもらっているわけだからね。やはりそれを社会に返していかないとね。
この一橋大学の商学部で学ぶことの最大の価値は何だと思われますか?
それはね、やっぱりね何よりもスタッフがいいことでしょう。商学部は今一番でしょ。スタッフの層の厚みが日本一でしょうね。社会科学系の学部では今ダントツじゃないのかな。みんな元気ですよ。50人か、60人ぐらいいるのかな教授陣が、とにかく刺激的ですよ。僕もここに来て3年になるけど、いくつかの職場を経験してきたけど、ここはほんとに刺激的でやる気が出るよ。教員の側にやる気があるからそれがにじみ出ているでしょう。それが学生に広まっていて、非常にいい感じだと思うんですよ。まあ最高の時期じゃないですか今が。学生たちには、本ばかり読むんではなくて実際に現場を体験して欲しいとそう思いますね。国立の外にもっと出てさ、世界をキャンパスだと思って行動して欲しいね。世界というと非常に大きく聞こえるけど、まあ、せめてアジアの国々が自分たちのキャンパスだと思ってね活動するという視点が大切になってくるんじゃないのかな。
では、最後に先生がもし大学1年生に戻ってもう一度大学生活をやり直せるとしたら4年間をどのように送りたいと思われるか、1年生へのアドバイスという点も含めてお聞かせください。
僕らのころはほら、海外に行くなんてことは考えられなかったわけでしょう。だからどんどん留学したいね。夏もね春もね、休みの間はずっと海外で過ごしたいね、あまりお金のかからない形でね。特にアジア諸国で過ごすことに休みのほとんどを費やしたいぐらいだね。今からもう一回大学生をやれというならね。昔はとてもできなかったよそんなこと、いい時代ですよ今は。まあ君たちもそれを十分に生かしてくださいよ。
どうもありがとうございました。
はい、君たちも是非頑張ってくださいよ。
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