更新せぬままカウンタだけクルクル回ってて驚く。気にかけてくださる人がいるというのは救われます、友人知人からお会いしたことない方まで皆様ありがとうございます(礼)。
このところ体調不良、ふだん大飯喰らいの胃臓がなにやら膨満感で胸いっぱい、この勢いでチチまで膨らんでくれればさらに救われるのになぁとか切ない願望抱きつつ、腹五分あたりで毎度ゴチソウサマである。
気持ちの置きどころのないまま日にちだけが過ぎてゆく。おのれの内的つらさに始終浸ってられるほど暇でも無菌でもないけれど、しんどさを客観的に測る器械がないかぎり他人とは比べようもない、ゆえに今ある自分の痛さに支配されっぱなしの感情。せめてしんどい度の単位だけでもつくってみるかと考えるも、イカした案など思い浮かばずさっそく挫折、やっぱ人生はままならなさげ。
昔なにかで読んだか聞いた、
『人の悩みには2種類しかない、ひとつは思い悩んでもどうにもならないこと、もうひとつは悩まなくても時間が解決してくれること』さすが達観しているが、そこまで言うなら日々身をよじるほかない愚者の行き場を教えてくれぃ。
って情けないほど悲愴感欠けまくり。しんどい度なんか測らなくても結局その程度の落ちぐあいってことなんだろう。腹五分でもちゃんと食えてるし眠れてもいるなんてゴキブリ並みの生命力、父よ、あなたが0型でよかった。
困ったときは助けを求め。どうしたら強くなれるのかと友に問えば、ある人は強くなりたいと思っているから強いのだと。ある人は演じる自分を受け容れて開き直れと。またある人は、悩みながらでも弱いままでもいいからとにかく前へ進めと云い。
信念や美学は個々の経験が透けて見えるようで美しくも頼もしい。私はつくづくよい仲間に恵まれている、弱音は吐いてみるもんだ。
つまりはこうして書きなぐり、吐き出しながら確認することが私にとってのカタルシスらしい。さらしてけなして開き直り、認めて赦す一連の独り作業、大人なひとなら自分の精神世界で消化できるのだろうが、稚拙なオイラは指先通していちいち文字にしないと認識できない旧型脳。その証拠に暗算ニガテ。その証拠にちょっぴり浮上。なーんだサッサとこうすりゃ良かった、脳ってわりとバカなのね。いや私か。
昼間は暑さが続いているけど朝晩の空の高さはすっかり秋の気配、もうすぐ夏も終るだろう。秋の始まりから年末にかけて私の一番好きな季節がやってくる、ひんやりとした朝の空気が心底待ち遠しい。