ゴミ問題



ほとんどの家の台所の水場には、食料品のゴミ捨て専用の「ガーベッジ・ディスポーサル」 が設置されています。たまったゴミ(野菜や果物の皮や肉等)をそこに流し込み、スイッチを入れると、 ゴミは備え付けのカッターでバラバラに砕かれパイプの中に流し込まれます。 このようなゴミは後で農業用の肥料に使われるらしいです。

この国で本当にゴミ問題が深刻に個人レベルで認識されているのか疑いたくなる時がたびたびあります。 道路へのカンや煙草のポイ捨ては日常茶飯事です。コロンビアでは、 ゴミは種類ごとに分別などせずに出すことができます。 可燃物・不可燃物関係なく袋の中にごちゃ混ぜに突っ込んで収集場所にポイと捨てて終わりです。 仙台でいた時のように、市指定のゴミ袋を買い、種類ごとに分けて指定日に捨てていた時が懐かしいです。 高速道路上で車の不法投機もしょっちゅう見かけます。

確かに、この国では、様々な環境問題に無数の環境団体が活躍しています。インターネットを見てもその数の多さ、 活動内容の豊富さには驚かされます。「環境経済学」や「影響評価」の学問領域やその実務的応用も盛んに議論されています。 しかしながら、日常生活レベルでは、我々日本人の祖先が代々大切にしてきた 「もったいない精神」に当たるものはあまり見かけません。確かに古くなった車を未だに乗ったり、 電気器具を修理して使っている人もたくさんいます。それを概観して「アメリカ人は節約家だ!」 と判断している識者もいます。しかしながら、このようなモノの利用態度が、 「日本的もったいない精神」に基づくものと「単に買う金がない」に基づくものとでは、 その意義が大層違うと思います(まあ、今の日本人の中で何人が 「もったいない精神」を大切にしているのかも怪しいところではありますが)。

彼らと我々日本人とは、モノや環境に対する価値観が違うのではないでしょうか? 自然観もアジアと欧米では極端に違いますし。

それに、「これからは、環境問題は金のなる木」と豪語している輩 (うちの大学の政治学の一教授)もいますし・・・・・・。本来、 環境保全ってそういう類のモノではないと思います。 「金になるから環境保全に積極的に取り組む」「環境ビジネスという分野の発展」は、 本当に地球や生態系にとっていいモノなんでしょうかね?

「いらなくなったらポイ捨て」という行動様式は、 対象がモノだけでなく人にも応用されるのがこの国の文化でしょうね。ただ、今の日本もその傾向にありますが・・・・・・・。