●無法な戦争のしくみを見抜き、平和のルールをつくる運動をひろげよう ○東京大学教授・小森陽一さん ◇アメリカは国連憲章に違反する無法な戦争をしかけた  イラク戦争とは、まず何だったのか考えてみたいと思います。  第一は、アメリカの単独行動主義が、第二次世界大戦後、国連をとおしてすすめられてきた多国間主義を決定的にふみにじって、国連憲章では容認されていない戦争をイラクにしかけたということです。国連憲章のすべてに違反すると同時に、少なくとも第一次世界大戦後につみかさねられてきた、さまざまな国際法の体系にもあきらかに違反しています。バグダッドが攻略されたからといって戦争は終わりではありません。いま一度、アメリカが国連のしくみのなかにどのような形で戻るのかをはっきりさせない限り、この戦争に終わりはありません。このことを最初にふまえておきたいと思います。 では国連の多国間主義とは何なのかというと、世界で発生するさまざまな紛争の解決に関して、国際連合に加盟している国ぐにが世界の安全保障の問題を委託している国連安保理の決定にもとづいて行動する、ということです。それをアメリカは一方的にじゅうりんしました。ですから、今おこなわれている戦争は、安保理の決定をふまえていません。アメリカやイギリスは国連決議1441で自分たちの行動は正当化されるといっていますが、これはフランス、ロシア、中国などがはっきりのべているように、いかなる正当化も成り立ちません。決議1441は、イラクに対する国連の査察を強化し、イラクはそれに協力しなければならないというものです。武力攻撃の容認する文言はいっさいありません。米英は勝手に拡大解釈して武力攻撃をおこなってしまったわけです。  日本のマスコミは、安保理で仏露中が武力行使容認決議に賛成しなかったから多国間主義が崩れたなどといっていますが、これはまったく逆です。査察を徹底して続行せよと主張していたのです。だいたい、イラクの大量破壊兵器でアメリカのパウエル国務長官が国連安保理に出した証拠は、その後、あきらかになったように、イギリスのある大学院生が書いた論文の内容を盗用したものにすぎなかったのです。アカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞したマイケル・ムーア監督は、「でっちあげの理由で国民を戦争にまきこんでいこうとしている」「ブッシュよ恥を知れ」といいましたが、そのとおりなのです。でっちあげの口実で、世界のどの地域にも先制攻撃をかけることができる事態が容認されたままであれば、世界中に米英軍はイラクと同じような攻撃をかけることができることになります。そういう一極集中した理性も合理性も存在しない軍事力によって世界中が一方的に支配されるという危機の状況に世界が突入させられたまま、それにたいする歯止めやガードやどういう世界システムをつくっていくのかは、いまのところいっさいないわけですから、このことが国連ではっきり決着しない限り戦争は継続中なのです。そのことを多くの学生のみなさんに伝えていただきたいと思います。 ◇アメリカが単独行動に走った理由は何か  第二に、なぜアメリカは国連の多国間主義をふみにじり、これを崩壊させてまで単独行動主義に走ってしまうのかという問題です。 その理由の一つは、冷戦構造が終結し、湾岸戦争後、アメリカの軍事力に拮抗するために自国の軍事力を増強する路線をどの国もとらなくなったということにあります。2002年度における世界の軍事費の四割をアメリカが占めています。つまり、圧倒的に第1位で、第2位から15位までの国の軍事費を総合しても、アメリカ一国に及ばないという状況です。ブッシュ大統領は現段階のアメリカの軍事力について、「仮想敵国が米国の軍事力にならぶか、それを超える武力増強の試みを断念させるのに十分なほど強い」(2002.9.17米国国家安全レポート)と勝ち誇っています。これは、世界はアメリカの軍事力によって完全に管理されている、どこも敵対する力はないという表明です。つまり、どの国もアメリカのいうことを聞くことでしか、生き延びていけないというのが軍事力だけから見た世界の状況です。別ないい方をすれば、アメリカの軍事力に頼って生きのびるか、それともそれにさからえば、イラクのように粉砕されるしかない。軍事力だけからみれば、この二者択一しか世界の国ぐにには残されていないのが現状です。 では、なぜフランスやロシア、中国そしてドイツは、国連の多国間主義を徹底して守ろうとしたのでしょう。国連の安保理で押さえるしか、このハイパー・パワー軍事力を押さえるすべがないのです。それに国際社会は失敗した、と同時にアメリカも国連安保理を説得できなかったのですから、アメリカの外交が失敗したということもあるのです。この危機の実質を押さえておかないと状況を見誤ります。 アメリカ一国の軍事力が、暴力としては世界を完全に制圧しているという状況のなかで、ようやく日本のマスコミでも、「ネオコン=ネオ・コンサバティブ」という新保守主義、アメリカの軍事力で世界を「民主化」するという考え方をもっている政治グループのことがとりあげられるようになってきました。この人たちはクリントン時代から「イラクを攻撃せよ」といいつづけた人たちです。 アメリカの軍需産業は、湾岸戦争からコソボ爆撃までの数年間のあいだにハイテク軍事技術を徹底した新しい武器をつくりました。2001年11月から、「ビンラディンがいるから」というまったく無法なアフガニスタン攻撃が行われたわけですが、ここで使われたハイテク兵器は全体の75%を占めました。湾岸戦争のときはわずか5%でした。こうした最先端技術を搭載した兵器は、ロッキード・マーティン社をはじめとするアメリカの軍需産業がつくったものです。911以降、飛行機は生産してももうかりません。アメリカでは使われない飛行機が空港にたくさんある状況です。ロッキード、ボーイング、グラマンなどの飛行機製造会社は兵器でもうけをあげるしかないのです。アメリカの経済が軍需産業にシフトチェンジしてしまったのです。2001年度における世界の軍需産業の契約高ランキングは、上位20社のうち11社までがアメリカの軍需産業で占められています。そして、このハイテク軍需産業の下請けとしてコンピューター会社をはじめとする多種多様な産業が参加しているのです。 なお今回の攻撃では、アメリカの経済全体はピンチになりながら、一部の軍需産業だけがもうかるだけだと予想されます。攻撃にいちばん積極的なラムズフェルド国務長官は、ロッキード社の軍事シンクタンク部門の理事長、つまりロッキードから金をもらってずっと、どうやって戦争で儲けるのかを考えてきた人です。攻撃してミサイルを使えば金が入る、さらに、破壊したものを復興することでもアメリカの企業に金が落ちるのです。イラクの石油施設に大きな被害が出ていますが、石油施設の復興を受注したのはチェイニー副大統領が会長を歴任したハリバートン社です。アメリカの資本家がもうけをあげているという話ではありません。ブッシュ政権につながっているごく一部の人たちがかかわっている会社だけがもうかるという縁故資本主義というべきものです。ブッシュ政権は世界のことなどまったく考えていません。同時に、アメリカの国益すら考えていないのです。世界に散らばっているブッシュファミリーの利益だけを追求しているのです。自分たちがぶらさがっている軍需関連企業が石油関連企業がどうなっているのかという論理で動いている。だからこそ危険だし、国際社会を無視して動いています。 ブュシュ政権にぶら下がっている人たちにとって大事なのは、いつどこにでも拡大再生産した最先端軍事兵器をぶち込める自由を獲得することなのです。ですから国連の多国間主義は邪魔なのです。 ◇日本の政府をアメリカいいなりにさせない運動が大切  そういうなかで私たちはどうすればいいのか。まず、いまの国連において多国間主義がつらぬけなかった結果がイラク攻撃ですから、これをどうやって元にもどすのかということです。戦後復興をアメリカ、イギリス単独でやるのか、それとも国連でやるのかということが問題になっています。仮に、一方的に武力攻撃を世界のどこにでもむけることのできることが許されるようになれば、アメリカはイラクに引きつづいてシリアやイランといったアラブ諸国に攻撃をむける可能性もあります。ドミノ倒しにしていくのか、それとも超大国の軍事力を多国間主義の中で封じ込めるかどうか、そういう力が国連のなかに登場するのかどうか、このことがイラク復興をめぐるさまざまな国際関係においても議論されることになるでしょう。 ここで自国の政府がアメリカのいいなりになるのを阻むことができるかどうかに、それぞれの国におけるイラク戦争NOの市民の平和運動が決定的な意味をもちます。なぜ1000万人以上の反戦運動に世界史的意義があるのかというと、これは人類史上初めての、戦争がはじまる前の反戦運動だったからです。これまでの反戦運動は戦争が起こってからでした。今回は、戦争がまだ起こってない段階から、圧倒的な軍事力をもつアメリカと素手の市民が対決しています。冷戦構造のなかではソ連とアメリカが核兵器をもって拮抗して「平和」が保たれる、そういうおどしあいでした。それとはまったくちがう事態になっています。反戦運動の意味、平和運動の意味は決定的にかわったんですね。9・11事件のあとでは「アメリカがやられてしまった。アフガンを攻撃してもしかたがないのではないか」という気持ちが世界的にもひろまり、国連の安保理でも武力行使を容認する決議があげられました。しかし、それからわずか1年でアメリカの欺まんが見破られてしまったのです。いまの反戦運動のように、世界のふつうの人たちが世界情勢の根幹をみて立ち上がった例を私は知りません。また、国内で民主主義のないアラブ諸国でもデモや集会が起こっていますね。市民は民主主義を獲得しながら運動を起こしているのです。平和運動にどれほどの意味があるのかと思うときがあるかも知れません。しかし、そうじゃないんです。素手の市民のプラカードやシュプレヒコールということばの力で、世界を圧倒しているアメリカの軍事力をおさえることのできる「革命」が進行しているのです。 イラク攻撃後、学会に出るためニューヨークにいっておどろいたのは、地下鉄に乗ると駅は前後二つの出入口しかあいていませんでした。そして飛行機に乗るのと同じチェックをうけるのです。毎日のようにデモがありますが、デモの通る最寄り駅では「安全が保障できない」という理由で通過するんですよ。デモ隊と市民の間――つまり車道と歩道の境には金網が張られ、デモ参加者は「危険人物」あつかいです。アメリカの警察はさすがに全国的な統一行動の反戦運動には手出しはしませんが、たとえばパレスチナ系の人たちのデモには暴力をふるいます。いまのニューヨークで、私はアメリカがファシズム化したと感じました。無理やりいうことを聞かせ、国民全体が犯罪者であるかのような監視をはりめぐらせる社会にするのかという分かれ道にするのかというところに、いますすめている私たちの反戦平和の運動の意味もある、このこともぜひ伝えていただければと思います。 Q国連は無力ではないかという声もありますが。国連の役割、日本の平和運動の意味について教えてほしい A 平和運動との関係で国連のことも考えてください。国連の無力さがあらわれたのではありません。イラク戦争はアメリカの外交の完璧な敗北です。力と金のおどしに屈しなかった国からアメリカはすべて見放されたのです。 日本での平和運動の意味についてですが、国連大使にはアメリカ支持を言わせながら、国内で小泉首相は最後まで支持を言明しなかった。それだけきびしい事態だったということなのです。アメリカの無法さと正当性のなさ、国際法違反というのは、ブッシュの「忠犬」といわれる小泉首相でもビビってしまうぐらいのものだったのでしょう。ですから日本で私たちが何をいうのか、決定的に重要ですね。これからの世界の力関係でどうなっていく可能性があるのかというと、アメリカの軍事行動をどうやっておさえていくのかということについて国連安保理で真剣に議論せざるを得ない事態になるでしょう。そうした世論こそ、私たちの運動がつくるのです。 それから有事法制を通そうという政府・与党の動きがすすんでいます。もしそのしくみができてしまえば、アメリカが戦争をして日本が参戦する場合、国民は反対運動をできなくなります。戦争ができる「普通の国」に日本をする前に、みなさんには普通に怒る青年になってほしいと思います。そういう意味でも、この行動を大成功させてほしいと願っています。