いわゆる忠臣蔵についてはいままで考察してきたワケですが、
その他にも、やはり江戸時代から問題にされているポイントがあったようです。
赤穂浪士は「カタキ討ち」をしたのか?です。
わたしは討ち入りを単に「無法の行為」と考えているわけですが、その理由は
●「カタキ討ち」だと、あぁ、そうか、となりそうだけど、そもそも吉良さんを「カタキ」と考えて良いのか?
が一つの理由としてあるからです。
コレに関しては学者さんたちの弁を借りる方法で検討してみます。
内匠頭(浅野さん)は法を犯して(殿中抜刀の罪で)罰せられたものであるから、吉良さんに復仇することは筋が通らないとする否定論も多い。
佐藤さん・荻生さん・太宰さんのごときは義士否認論であり、
肯定論者には浅見さん、伊藤さん、室さん、三宅さん、林さんのごときがある(尾藤教授)。
ちなみに幕府は荻生さんの主張を採用し、
「46士の行為は、義ではあるが、私の論である。
長矩(浅野さん)が殿中もはばからないで罪に処されたのを、
吉良を仇として、公儀の許しもないのに騒動をおこしたことは、
法をまぬがれることはできない」
としました。
ちなみに江戸市民に関しては・・・
江戸の市民感情としては「法」より「情」があったであろう。
世は犬公方(いぬくぼう:徳川綱吉を揶揄する言葉)の時代である。
足元に吠え付く犬を追い払うコトもできない時代だ。
その抑圧された気分が、隊伍堂々と旗本屋敷ヘ攻め入って、亡君の意趣をはらしてきたこの事件によって、自分たちの憂さを晴らすことになったのである。そして、吉良をあざけり、義士をたたえた。
(以上は尾藤教授の記述)
そうです。「亡君の意趣」というのは「浅野さんが吉良さんを殺そうとしたけど殺せなかったコト」です。
まぁ、市民レベルでは「カタキ討ちか?」を論ずる前に、綱吉に対する不満解消の代弁者として赤穂浪士にかたいれをしただろう、と尾藤教授は考えている様です。
・・・まぁ、そうでしょうね。
で、「カタキ討ちか?」ですが・・・これはみなさんのお考えに任せます。
参項までに・・・
前に野田君が
>もひとついうと、敵討ちは就職活動なんですよね。
>結局、蔵内助の元服前の息子は家老格で浅野本家に取りたてられてますし。
と書いてくれたことがありましたが、これは学者さんも言っていた様です。
ただ、これは「義士否定論者が義士を揶揄する意味で」言ったようですが。
ちなみにそれに関しては
「さてさてきたなき言い分なり、大名の大屋敷に、家来大分にて控え、その一門も歴々ある方へ、46人にて忍び込み討たんとす、一人も命生きてかへらんと言う望みあるべきや」
(=いや、そりゃないよ。みんな死んじゃう覚悟だよ。死んだら就職できないじゃん。)
と義士派の浅見さんが反論しています。
尾藤教授も「事実そうであろう」と浅見さんに賛同されています。私も・・・前に書いた様に思っています。
>あと、解釈の問題なんだけど、本当の「仇討ち」は「就職活動」じゃなくて、
>仇討ちに行く本人の「就職」なのね。
>届け出をしたら、仇を探してる間は家族は普通、地域で優遇されるから。
>殺して帰ってきたらスーパーヒーロー。俸禄よん♪(但し成功率3%未満との記録あり) ←コレ
まぁ、だから赤穂浪士のはカタキ討ちじゃないよ、って言いたいんですが。
後、これはオマケなんですが
私の前回の書きこみ
あ、ついでに 投稿者 さいとー@管理人 00/11/10
>野田君
まえ、「元禄時代はもう制度としての仇討ちはなかった」って教えてくれたと思うんだけど、
その資料は手元にある?あったら「いつ」なくなったのかを教えてもらえると助かるんだよね。
ってゆーか柳沢吉保の言う「公儀の許しも得ず」ってどういう意味だか分かる?
についての説明を。
これは、幕府裁定の
「46士の行為は、義ではあるが、私の論である。
長矩(浅野さん)が殿中もはばからないで罪に処されたのを、
吉良を仇として、公儀の許しもないのに騒動をおこしたことは、
法をまぬがれることはできない」
の青文字部分を指していますんで、よろしく。