| ◆趣旨 | |
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このサークルでは珍しく全体参加型企画として取り組まれたもの。テーマからすると,かつてからある(この点からもその難儀さは窺える)議論のようであるが, 【企業】……就職・職場・育児におけること 【社会】……家庭におけること 【政府】……省庁・裁判の動きなど と大まかな枠組みの中で,ジェンダー(特に女性側から)の現状・問題・今後などについてフィールドワークを交えた活動が予定されていた。 |
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| 芝信用金庫訴訟 | |
| 芝信用金庫訴訟といえば,男女雇用機会均等法の成立(1985年)後に初めて提訴(1987年)&職業上の地位の確認を裁判で得た唯一の有名事例として,多くのテキストに取り上げられている。 分類的には労働法としての色が強いようだが,その背景には当時の企業や社会での女性差別的な人権問題の側面がある。 ということで,春休み(2004年3月18日)に渋谷共同法律事務所にお邪魔して,当事者である原告の方とその担当の弁護士さんにお会いしました。 |
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| 女性差別 是正の変遷 |
是正運動=本来あるべき女性の基本的人権の確立・平等権(憲法14条)の問題 かつては結婚退職制・差別定年制(30歳)・賃金格差・昇進格差 etcの働く女性に対する差別が当然のように行われていた(これらは結婚や労働の自由を害している)。 そこで,裁判による是正が1960年代から始まる(ただ,裁判という手段は労働者にとってはコストが大きい)。 『差別は最良の支配なり』と裁判所の文言が示す,職場で解決できない制度が次々と違法と判断され(1970〜1980年あたり),1972年施行の勤労婦人福祉法を元に1985年に男女雇用機会均等法が制定される(しかし,「雇用」ではなく「職務」の対応が不十分であることは否めない)。 最近では1997年に改正 |
| 芝信のケース (始まり) |
1987年提訴。 芝信用金庫は当時,職能資格制度(要するに、職務経験が同程度の人は同じ賃金)を採用していたのに男女で格差(年間200万以上)が生じているし,課長へ昇格しようにもその試験制度では人事考課査定が配点の50%を占めていて女性が圧倒的に不利な状況があった(女性従業員に無理な仕事を任せて退職させる始末)。 「昇格できずに給与額が低いと年金にひびく」 「損害賠償だけではまかなえない(均等法ができるまでは民法90条:公序良俗違反で過去の不足分の補填という処理していた)」 「定年まで仕事をしたい」 といった切実な問題を抱えて,原告13名が提訴に踏み切った。 請求は→ 課長職(試験は合格である)の地位の確認,と 同期同給与年令の男性が課長に昇格した時からの本来原告女性がもらえるはずの給与差額分・慰謝料 |
| 芝信のケース (活動中) |
証拠となる資料(比較用に同期同給与年令の男性の地位・賃金リスト)の調査や作成を原告同士が支えあいつつ休日返上で行った。 【一審】 東京地裁判決 [1996.11.27] 現職11名に課長職の地位が確認される(画期的としてマスコミに大きく報道される)。ほかの請求もほぼ認められる 【二審】 東京高裁判決 [2000.12.22] 現職8名に課長職の地位が確認。一審を上回る慰謝料額の支払いを命じる ※原告としては,当時活動中にニュースステーションで報道を見た金庫の顧客が窓口で応援の声を掛けてくれたのが嬉しかったそうです |
| 芝信のケース (終わり) |
提訴から15年4ヶ月。 係争中に定年退職者を出しながら各地での宣伝・講演・集会活動の末に,二審の判決を維持しつつ更に好条件で和解に至る。 最高裁判所 和解 [2002.10.24] |
| フリートーク | ひと通り勉強会としての話が終わると,雑談交じりに日本各地に現在ある女性差別の批判的トークがややあって(この場では少数男性陣は寡黙気味),その後の流れはお茶菓子とともにフリートークへ。 今回の全体のまとめとしては,「裁判は長くかかったけれども必要なことだし,この差別突破を次の人たちのために繋げていく」といった感じ。当事者が語る言葉は,活字に表れないものを帯びていていました。 |