私たちの年代も含めてのことだが、1:1でさえ、語り合いの出来ない子どもが増えている。
語り合いの難しい中では、教師と子ども/子どもたちの間に 共通(共同?)の世界が見えてこないのではないだろうか。では、そこで教師は何が出来るのか、、、。
まず、要求として出されない、言葉にならない子どものつぶやきや思いをくみ取り、そこに子どもの願いをみつけることではないだろうか。それから、誰かの経験でもいい、その話の中に、皆で共有できる「何か」をみつけ、提示し、共有することだと思う。でも、それより何より、集団で共同の活動をすることだと私は考えるのだ。
集団での活動を通して、ぶつかりあったり、認めあったり、共感したり、そうして自分の居場所をみつける。親密な関係を築いていく。自己表現出来るようになる。「仲間」になってゆく。その中でこそ、個人も育っていくと思うのだ。
そういった意味で、私が、いま学校教育において最も重要だと考えるのは、「集団活動」(集団教育?)である。学校におけるそれには、遊びをはじめとし、クラブや学級レク、学校行事など、様々な活動があげられる。しかし、もう一歩進めて、2次企画書でもふれた通り、感性をくぐり抜けて働きかけ、子ども内面に手の届くような活動を考えたいと思う。
「文化活動」は、楽しさを創り、人と人をつなぐ、そして、感動をつくるものだと思う。頭・からだ・感覚をフルにつかった体験、その中での発見。
時間、空間、そして目的を共有する(集団による)「創造活動」。
私はここに、人を人とする教育に於ける有効性を感じる。そこで、集団性、総合性、実践の優位性を考え、「演劇教育」に焦点をあて、卒論にとりくんで行きたいと思うのだ。