はっきりいって僕「しったか」です。
しったか万歳です。
しったかが悪いとは思ってません。
しったかをしったかだと理解できないほうがダメなのです。
しかししったかをしてる自分は好きではありません。
所詮しったかですから。
しったかをしてるということは、
その分野についての知識が足りないことを意味しています。
だからしったかをするしかない状況になってる自分が嫌いなのです。
しったかのいいところは
同じ知識量の人をしったかにより超えたかのように見せれるところですね。
例えば、愛知県は知ってるけど「愛知」の由来をお互い知らないとします。
でもてきとーに
愛知の由来はね古代ギリシアで生まれた「愛知」の精神を
明治維新当時の知事に当たる人が好きで
県名には山、川、島が多いからちょっと特別でもいいんじゃない?っていうのが由来らしいよ。
と、言ってもしったかだとはばれません。
まず怪しまれません。
語尾に「たしかね」なんてつけたらもう完全犯罪です。
自分が愛知出身だったりしたらだれでも信じるだろうし。
このように、相手と同じ知識量でも
相手にはいろいろしってるなと思わせることができるのです。
しかしながら、
はたしてこのしったかというものは役に立つのでしょうか?
しったかはいつかはぼろがでます。
しったかか?と思われるわけです。
そうなったらもうしったか逆効果です。
何言っても「マジで?」という返答が。
しったかなんてオススメできません。
素直にわからないものはわからない
知らないものは知らないと答えていったほうが
自分の知識量が増えますし、
相手にもいい気分を与えることができます。
知らないことを知らないと素直に言えることが
着実に自分を成長させる道です。
あ、ちなみに
愛知の由来はこんな感じらしいです。
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