金井ちゃん放浪記
 
 第一章:国分寺にて
 
 中央線に乗ったときもう夕暮れ時であった。最近梅雨の影響か雨が多かったが、久しぶりに晴れていた。帰宅途中の人が多い時間のため中央線は満員であった。
 「お腹減ったねー。」
金井ちゃんは満員電車に揺られながら言った。
「スタ丼ー。」
佐藤が名詞だけで答えた。
「エー、おなか壊すよー。」
 今日はジョイント会議があり、その帰りで国分寺に向かっているところであった。東経大ジョイント委員長金子慎一郎と渉外、佐藤と会計、千葉そして編集の金井航が出席した。
 金井ちゃんはセカンドパートリーダー。もともとジョイント委員には無関係な立場だったが、なぜかジョイント委員をやらされている。パートリーダーだけでも忙しいのに。音取りテープを作りながら金井ちゃんはいつも思っていた。 金井ちゃんがジョイント委員をやっている理由は一つだ。ジョイント委員長の金子が勝手に決めたからだ。
(何でボクがこんなことやらなくちゃいけないんだよー。それでなくても忙しいのに)
 そんな金井ちゃんの心の内も知らずに金子は気持ちよさそうに電車の揺れに身を任せている。金子は電車の中だというのにも関わらず手ぬぐいを頭に巻いている。ワイルドさを出そうとしているのだろうか、髪も伸ばし無精ひげも生やしている。不潔だ。
 不意に電車が大きく揺れ金子の巨体が金井ちゃんにのしかかってきた。
「ちょっとー、おもいー。デブ、どけー。」
金井ちゃんが息もできずに言った。
「ひどいなー。そんな太ってないよー。」
金子がにやにやしながらそう言っているが、重い。
「かないちゃん、だいじょうぶ?」
千葉ちゃんが心配そうにそう言ってきたが、おまえこそ人間的に大丈夫なのか?金井ちゃんはそう思っていた。
「スタ丼ー。」
佐藤がまた言った。
「そういやよー金井ちゃん、麻雀の負け代返してよー。」
金子が言った。金井ちゃんは麻雀負債が多い。いつか勝って返そうと考えているがさらに負けてしまう。めんどくさくなって金井ちゃんはこのまま借り倒すつもりであった。
「そんなこと急に言われても払えないじゃんか。」
金井ちゃんは逆ギレして今日もごまかすつもりだった。
「金井ちゃん、これから麻雀やらない?」
普段自分から誘わない(話しかけない)千葉ちゃんが言った。
「えー、でもこれから音取りテープ作らないといけないし・・・」
金井ちゃんは今日は疲れていて早く帰って寝たかった。それに今日はトゥナイト2の風俗特集だ。
しかし金子が言った。
「ちっじゃあ、やろうか。」             
金子の意見に佐藤も賛成したようでロンに行くことに決まってしまった。
スタ丼を食べているとき金井ちゃんはしゃべらなかった。怒っていたのだ。ボクは家に帰りたかったのに。何でボクの意見を聞かないんだ。金子め。だから嫌われるんだ。
「どおしたのー?かないちゃんー」
金子が早くもスタ丼を食べ終わり、東スポを広げながら話しかけてきた。
「うん、べつに、ちょっと気分悪い。」
金井ちゃんはスタ丼を食べながら、麻雀で返り討ちにしてやると思っていた。
ロンにはグリーのメンツがいるかと思っていたが珍しく誰もいなかった。
おばさんは上にいるのか、店にはいなかった。
佐藤が場決めのため牌をかき回しているとき、金子が言った。
「金井ちゃん、きみ、負けてもお金払えるの?」
「別に、負けないもん」
実際、金井ちゃんはあまりお金を持ってきていなかった。
「今日は終電無くなるまでやっちゃうよー。あ、そうか俺は国分寺在住だった。」
千葉が誰かつっこんで欲しそうにつぶやいた。
(ちっ千葉め、余計なことを言いやがって。)
金井ちゃんは言葉にださなかったがそう思っていた。
何でいつもつきあい悪いくせにボクが早く帰りたいときに限って麻雀やりたいなんて言うんだよ。
親が決まった。
「親は俺か、おやおや」
千葉が誰かつっこんでくれといわんばかりに千葉ギャグを連発していたが、まわりの三人は一年のときミーティングで千葉ギャグについてどうするか話し合ったことのある現3年生だったので、誰も何とも言わなかったし、別に、もう何とも思っていなかった。
が、金井ちゃんは良いアイディアを考えついた。千葉ギャグにキレたふりして帰ろうと考えついたのだ。
「やっぱり誰も聞いてなかった。」
千葉ちゃんがいつものように誰も突っ込んでくれなかったので首をうなだれながら言った。
(いまだ!)
「ざけんな、オラー!!!」
金井ちゃんは麻雀卓をひっくり返した。
牌や点棒がジャラジャラと音を立てて散らばった。
「いい加減にしてよ。千葉ちゃんつまんないんだよ。ボク、気分悪いからもう帰る。」
「ごめん金井ちゃん。」
本当に反省したように千葉ちゃんは謝ってきた。
「どうでもいいけど何で卓までひっくり返してんだよ。」
佐藤が怒って言った。
金子はやれやれといった感じでテレビに目を向けていた。
「うるさい黙れ」
金井ちゃんは言った。
「とりあえずおばさん来る前に卓を直そうぜ。」
みんなでひっくり返った卓を直した。
「あー!!!」
ふいに千葉ちゃんが叫んだ。
そこには卓の下敷きになった千葉ちゃんのポケットピカチュウがあった。
ピカチュウは画面にヒビが入っていて壊れていた。
「俺のピカチュウがー!なんてことしてくれるんだよ、金井ちゃーん!」
「そんなの知らないよ。ボクのせいじゃないよ。」
千葉ちゃんは、首をうなだれて座り込んだ。我が子を失った母親のようにも見える。
「どうすんだよ金井ちゃんー。」
佐藤が責めた。
「そんなとこに置いとく方が悪いんだよ。」
金井ちゃんはそういってトイレに行った。
分が悪いのでこのままトイレから出たら帰るつもりであった。
(急に麻雀したいなんて言い出すからそんなことになるんだよ。)
トイレから出ると千葉ちゃんの姿がない。
「あれ千葉ちゃんは?」
「なんか走って帰っちゃったよ。」
「ふーん」
じゃあボクもそろそろ帰ろうかな、と言いかけて千葉ちゃんのいたところに手紙があるのに気がついた。
それは書き置きのようであった。
「金井ちゃんのいじめにはもう耐えられません。1ヶ月ほど旅にでようと思います。
あとこれだけは言っておくけど、ボクのこと探さないで下さい。」
手紙を読んで金子が言った。
「ふーん、千葉ちゃん失踪しちゃったんだー。金井ちゃんひどいなー君は。」
「どうしよー。でも失踪なんて千葉ちゃんらしくて面白いよねー。」
罪悪感もなく金井ちゃんが笑いながら言った。
「でもまずいんじゃないの?千葉ちゃん自殺しちゃうかもよ。この間浅子が自殺の相談されたって言ってたぞ」
「別に探す必要ないんじゃないの。そのうち帰ってくるよ。」
金子がさらりと言った。
金井ちゃんはもうピカチュウのことも忘れ、ジョイントの仕事のことを思い出した。
「ねえ、ジョイントの先生の謝礼っていくらになったの?」
「んー、もう決まったよ。」
急に佐藤が思い出したように言った。
「あっ、ジョイント会計の通帳とハンコは?」
「ちっしまった、千葉ちゃんが持ってるんだった。」
金子がまずそうに言った。
「ホール代、明後日までに払わなくちゃいけないんだ。」
「どうすんの、千葉ちゃん探す?」
金子と佐藤が困っていたが、同じジョイント委員だが金井ちゃんは別に自分の仕事の範囲と関係ないので他人事であった。早く帰ってトゥナイト2が見たかった。
嫌々そうに金子が言った。
「ちっ、しゃーねーなー探してやるか。」
といったものの千葉ちゃんが行きそうな所など見当もつかない。
そのときロンの扉が開いた。
梅島だ。少し酔っているのか顔が赤い。
今日は金曜日なので幹事会の飲みの後であろう。
「ウメー。千葉ちゃん見なかった?」
「あー、なんか駅の改札に入っていったよ。なんか泣いてたみたいだったぞ」
「まさか、線路に飛び込むつもりかも」
本当にありそうなことなので4人はすぐにロンをでて国分寺駅に走った。
金井ちゃんは走りながら頭の中で緻密な計算していた。
(仮に、ここで千葉ちゃんに死なれたらピカチュウは弁償しなくてもいいし千葉ちゃんから借りていたお金も返さなくてもいい。が、あの書き置きがある以上千葉ちゃんを自殺に追いやったのはボクということになる。これは不利だ。物的証拠であるあの書き置きをはやく消去しなければ。あとあの書き置きを見たのは金子と佐藤の二人だ。この二人をどうにかして口止めしなければならない。
二人を買収するか、それとも・・・消すかだ。)
 しかし、金井ちゃんの緻密な計算は無駄に終わった。中央線は通常通り動いていたからだ。線路に飛び込みがあったということはないらしい。
「どこいったのかなー」
といっても千葉ちゃんの行きそうな所など見当もつかなかった。
「石とかの裏側にくっついてたりしてそうだよねー。」
梅がひらめいて言った。
「そうだ千葉だけに千葉県にいるかもよ。」
「ということは・・・かわきんだ!」
「よし終電間に合うな。かわきんへ行こう」
どうしてもハンコが必要な金子が言った。
「えーお金かかるよー。ボク行きたくない。」
「キミねー、千葉ちゃんいなくなったの金井ちゃんのせいなんだよ。」
金子があきれたように言った。
「でも一人が探しに行けばいいことじゃん。」
「金井ちゃんどうせ今日も泊まる気だったんだろ。」
梅が言った。
金井ちゃんは終電が無くなっていないのにも関わらず人の家に泊まることが多かった。弟と二人暮らしをしていて今、弟と仲が悪いのだ。
「エーでも昨日も泊まってお風呂はいりたいから今日は帰ろうと思ってたんだよ。」
「つべこべ言うなー!」
梅が急にヘッドロックをしてきた。
「ちょっとー、やめてよーメガネ壊れるよー」
ヘッドロックをされたまま、東京行きの中央線へと連れて行かれた。
                            続く