北の海
著者 井上靖 本体価格 819円(税別)
発行年月日 1980年7月29日 出版社 新潮社[新潮文庫]
高校受験に失敗し、母校へ柔道の練習に通う洪作の前に、ひとりの高校生が現われた。〈練習量がすべてを決定する柔道〉という四高柔道部の彼の言葉に魅了された洪作は、まだ入学もしていない金沢の高校へひとり出かけてゆく。

柔道に情熱のすべてを注ぎこんだ若き日の奔放な生活を、過ぎ去った青春への鎮魂の思いをこめて描く。『しろばんば』『夏草冬濤』につづく自伝的長編。
 洪作が両親の住む台北に旅立つ前に、故郷に挨拶に行く場面がある。ふとしたきっかけで「くめさん」という名の老人と言葉を交わすことになるのだが、その内容がとても興味深い。

「あんたは小さい時から親と離れている。とかく親と離れて育つと、変に僻んだ子ができるものだが、あんたはのびのびとしている。のびのびし過ぎるくらいのびのびしている。屈託がない。いつでも春みたいな顔をしている」
「厭になっちゃうな」
 洪作は苦笑した。(中略)
「いや、わしは何も悪口を言っているんじゃない。人間には春の顔もあれば、秋の顔もある。冬の顔も、夏の顔もある」

 さて、私はどんな顔をしているのだろうか。洪作と同じく浪人生活の経験を持つが、少なくともあの時期の私は、春の顔を持ってはいなかった。世の中が絶望的に見えていた。例えば、パズルのピースのように、人間には当てはまる場所というものが存在していると考えていたからだ。幼稚園、小学校、中学校、そして高校。あるいは家庭。私には温かくて居心地の良い場所が必ずあった。しかし、浪人生、になったとたんに、全てから見捨てられたような気になった。予備校にもきちんと毎日通っていたし、家族も私のことをちゃんと応援していてくれていたのだから、そんなに悲観的にならなくてもよさそうなものなのだが。大体、私は大袈裟に考え過ぎなのだ。今なら、笑ってそう言える。
 予備校で、唯一できた友人がいた。彼女と私は志望校も同じなら、将来の夢も一緒だった。2回目のセンター試験を終えて、自己採点をしていた時期、2人とも、人生で最大と言っていいほど落ち込んでいた。「でも、きっと、今のことを笑って話せるようになるよね」というのが2人の口癖だったのを覚えている。彼女は先に夢を叶え、4月から横浜市で小学校教師として働く予定だ。私も、彼女に負けないように、今を「笑って話せる」ように、頑張ろうと思う。
2003/03/08