| しろばんば | |||||||
| 著者 | 井上靖 | 本体価格 | 705円(税別) | ||||
| 発行年月日 | 1965年4月1日 | 出版社 | 新潮社[新潮文庫] | ||||
| 洪作少年は、五歳の時から父や母のもとを離れ、曾祖父の妾であったおぬい婆さんとふたり、土蔵で暮していた。村人たちの白眼視に耐えるおぬい婆さんは、洪作だけには異常なまでの愛情を注いだ。 野の草の匂いと陽光のみなぎる伊豆湯ケ島の自然のなかで、幼い魂はいかに成長していったか。著者自身の幼年時代を描き、なつかしい郷愁とおおらかなユーモアの横溢する名作。 |
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| どうしてもっと早くこの本に出遭わなかったんだろう、と思うことがある。『しろばんば』も私にそう思わせてくれた本のうちの一つだ。本棚に並べてあることで、満足するわけにはいかない。 読み進めていくうち、主人公である洪作と、彼を溺愛するおぬい婆さんの姿が、私と、父方の祖母の関係に重なっていった。もちろん、我が家は物語の設定のような複雑な人間関係ではなかったが。共働きの両親の代わりに、私を大事に育ててくれたのは祖母だった。 物語の中で、おぬい婆さんが洪作に「おめざ」として黒砂糖の飴玉や豆板、ねじまきといった駄菓子を与える場面が出てくる。私も祖母にはいろいろなおやつを貰ったものだ、と懐かしくなる。裏の駄菓子屋で買ってきた麩菓子。少し遠くのスーパーで買ってきたチョコレート。でも、祖母がよく作ってくれた、餅を揚げて醤油と砂糖でからめた揚げ餅を食べることはもうできない。もう、彼女にそれを作る能力がないからだ。 洪作が、おぬいに向かって「欲ふかばばあ!」と叫ぶ場面がある。東京から帰ってきた御料局の所長一家の人たちに、土産をもらいに行くべきか、行かないでおくべきか迷う洪作の代わりに「ばあちゃが行って来てやる」と言い、それに対して洪作が烈しい怒りを感じ、思わず出た言葉だった。祖父に言わせると、おぬい婆さんは「腰が曲るに従って、欲の皮が突っ張って来た」のだ。私の祖母は、腰が曲るにつれて、性格も曲っていってしまった気がする。それは、彼女だけのせいではない。私が反抗期を迎え、とにかく彼女に辛く当たってしまったことや、母との折り合いが上手く行かなくなったこと、父の病気などが彼女を悩ませ、そして変えてしまったのだと思う。 数年前に祖母は脳梗塞で倒れた。今、彼女は私に会っても誰だか分からない。私のことが大好きで、とても可愛がってくれたのに。近所の人々に私の自慢ばかりしていたのに。彼女が旅立つ日は、そう遠くはないことが私にも分かる。その時、私はどう思うのだろうか。 また、洪作の成長する姿と、現在の私を比べて、急に苦しくなった。伯父に「洪作は将来何になる?」と聞かれ、「判りません」と答える洪作。対して伯父は「何でも、自分のなりたいと思うものになるがいい。人間の一生なんて、すぐ終ってしまう」と言う。洪作は、これから何者にもなれる。羨ましい、と感じると同時に、「けれど、私だって何者にもなれるのだ」と思った。 やりたいことを、たくさんやろう。そして、「なりたいもの」を探すんだ。今からだって、遅くはない。 |
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| 2003/02/28 | |||||||