少年・あかね雲
著者 井上靖 本体価格 360円
発行年月日 1978年10月27日 出版社 新潮社[新潮文庫]
子供はただ遊びほうけるだけの素朴な存在ではない。獣にも似た鋭い嗅覚を持ち、大人にもおよばない豊かな感性を内に秘めている。

本書は、はるか彼方に過ぎ去った少年時代の懐かしい情景を、幼い魂に映じた大人の世界を、自伝風にあるいはフィクションをまじえて描いた珠玉作18編を収録する。少年の機微を見事に浮き彫りにし、清冽な詩情とさわやかな郷愁のあふれる一巻。

「帽子」「魔法壜」「ある女の死」「ハムちゃんの正月」「とんぼ」「馬とばし」「岩の上」「裸の梢」「夏の焔」「あかね雲」「魔法の椅子」は新潮社刊『あかね雲』(昭和48年11月)に、「滝へ降りる道」「晩夏」は小説朝日社刊『黄色いカバン』(昭和27年10月)に、「少年」は角川書店刊『少年』(昭和32年12月)に、「帰郷は」光文社刊『青いボート』(昭和33年5月)に、「黙契」は筑摩書店刊『騎手』(昭和30年10月)に、「白い街道」は東方社刊「その日そんな午後」に、「眼」は講談社刊『凍れる樹』(昭和39年11月)に、それぞれ収録された。
 大学時代、古本屋街を歩くのが大好きだった。授業の始まる1時間前に高田馬場駅に着き、古本屋街をぶらぶらしながら大学まで歩いた。授業が終ると、行きに歩いた反対側の道の古本屋を覗きながら帰った。読んでみたかった1800円の単行本が100円になっているのを発見して、宝物を見つけたような気持ちになった。「本は新刊で」と頑なに思っていた私も古本好きになってしまった。
 前置きが長くなったが、この『少年・あかね雲』も古本屋で見つけた本だ。絶版になってしまっているので書店で手に入れることはできない。こういう本を、簡単に手に入れられない世の中ってどうなんだろう、と少し怒る。この小説には、18篇の短編が収められているのだが、どれもいい。こういう風に書くと、いいかげんな感じがするが、本当に、どれもいい、のだ。人は誰もが幼い日の思い出を持つ。時代や場所は違えども、その感情には共通するものがあるのではないか、と思った。だから、時空を越えて、井上氏の言葉が私に届くのだろう。
 多くの作品の中で、一つだけ、「ある女の死」という作品を紹介しよう。主人公の少年と、「お美津さん」という名の妾との交流を描いた作品だ。その妾は、愛する人と、その妻との三角関係の末に、吹雪の中で死んだ。愛する人と、約1000メートルの距離を保って、共に死んだ。数十年後、少年は大人になり、リング・ヴァンデルング(環状彷徨)という言葉を知る。吹雪や霧の中で、人間は真直ぐに歩いているつもりでも、同じところを中心にして環状に彷徨しやすいもの、ということだ。そして、文章の最後を次のように締めくくっている。

 お美津さんはお美津さんで、新庄は新庄で、吹雪の中をさまよったのに違いない。お美津さんは吹雪の中でも、丁度土蔵の中で新庄の手を払いのけたように、彼の手を拒否したのではなかったか。拒否しなければならなかったのではなかったか。私は、新庄とお美津さんの二本の小指が搦み合った上に、載せられた小さい手を思い出す。幼い自分の小さい手を。
 しんしんとふぶく雪中を、それぞれの半径をもってそれぞれの方向をへ廻って行った二つの愛情!
 私は現在その時のお美津さんより二十何歳も年長者になっている。そしてお美津さんの倒れた田圃は、二、三年前、そこをくるまで通ったら、いまは一面の林檎畑になっていた。
2003/03/19