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大西ゼミ論文集
 2002年度に行われた国際関係論(基礎)演習の授業に於いて提出されたゼミ論を掲載しています。皆さんに読んでいただき、感想や意見などを頂ければと思います。感想・意見などは掲示板にどうぞ♪
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フィリピン社会問題とカソリック

 

東北大学法学部2年 坂本美幸


はじめに

 

私は、この前の夏休みを利用して、2ヵ月間フィリピンに滞在した。以前から開発途上国が抱える社会問題、特に貧困問題に興味があり、実際、途上国はどのような状況なのか見てみたいと思ったからだ。フィリピンでは日本との様々な違いに驚かされた。店や家を訪ねるときに必ず玄関先にいるガードマン。雨が降ると川のようになってしまう排水機能の整っていない道路。一日中、やむことのない渋滞。交通ルールなど存在しないに等しい荒々しい運転。とてつもなく大きな家の隣にそれとは対照的に存在する線路沿いや橋の下などに広がるスラム街。道路で眠るストリートチルドレンと呼ばれる子供たち。日本にいては本の中でしか認識することのできない社会をこの目で見ることが出来た。

そんなフィリピンは東南アジアで唯一のカトリック教国でもある。フィリピンの人口から見ても83%[1]がカトリック教の信者であるほどカトリックに熱心な国である。このカトリックはスペインに占領されていた時代に伝えられたものである。信者の多さからもわかるようにフィリピンで生活をしていると様々なところにカトリックの大きな影響をみることができる。マニラ大聖堂といった教会が数多く存在し、どんな町にも必ず教会を見つけることができる。またフィリピンにあるほとんどの私立学校がキリスト教のセイント(聖人)の名前を校名に用いたキリスト教をベースとした学校である。また、ほとんどの家にマリア像や十字架と言ったようなものが置いてあり、玄関にはキリストとマリアの絵が掲げられている。一般に出版されている本の前書きを読んでみても“GOD”といったようなカトリックにまつわる言葉をみることができた。その他にも一般車のフロントにも十字架といったカトリック関係の装飾を見ることができたり、日本のバスと同じように使われているジプニーというフィリピン独特の乗り物の装飾にも“God bless us”や”Heaven”といったカトリックの教えに関わる言葉が使われている。

そんな中、私がフィリピンにいてカトリックの影響力の強さを一番感じたときは、スラムの生活改善を行っているPPFというNGO(詳しくは後述)の活動の歴史を聞いたときだ。PPFが設立したばかりの頃、Meetingを開いて、そのスラムに住む住民の要望を聞いたそうだ。そのとき住民が一番に望んだことは教会の建設だという。PPFが活動をし始めた頃のスラムの人々は食事も仕事も住むところも満足にない状態であるにもかかわらず、教会の建設を望んだのである。私はそのような状況の人々は食べ物などを望むのが当たり前だと思っていたので、この話はとても衝撃的だった。住民にとっては教会を作ってもらい、神の声を聞くことが何よりも大切なことだったそうだ。

日本では実社会の中で「宗教」に触れる機会は少ないが、フィリピンではカトリックの教えは学校教育や日常的に使うもの、また親からの教えの中に普通に含まれていて、その社会に大きな影響を与えている。生活の一部としてしっかり根付いているのである。

 

 

 

第一章、フィリピンの社会問題とカトリック

 

私はこのカトリックがフィリピンの抱える社会問題に良い意味でも、悪い意味でも大きな影響を与えていると考える。

本稿ではどのようにカトリックという「宗教」がフィリピン社会問題に影響しているのか考えたい。この考察は宗教感覚が乏しく、貧困といったような社会問題を身近に経験しない私達、日本人が開発途上国と呼ばれる国を見るときに、新たな視点を与えるものであると考える。

まず、はじめに私が滞在中に参加したNGOの活動を説明しながら、フィリピン社会が抱える問題を紹介し、その後、カトリックが如何にそれらの問題に影響を与えているのか、述べていきたい。

 

私はフィリピンに滞在している間、平日はST. JOHN MARIA VIANNEY(以下St.John)という教育系NGOで先生のアシスタントの仕事をし、週末は主に先程述べたPAG-AALAY NG PUSO FONDATION[2](以下PPF)と言うスラムでの生活改善を目的としたNGOの活動に参加した。両方ともカトリックの教えをベースとし、フィリピンの人によって運営されているNGOである。

St. Johnは身体的にまたは精神的に障害を持っているため、または家庭の事情など、何らかの理由で普通の学校に通うことができない生徒の為のプライベートスクールである。また最近は貧しいために幼稚園に通えない子どもたちへの教育活動も始めた。

フィリピンの教育制度は日本とは違う仕組みで、義務教育の小学校(elementary school)が6年間、高等教育(High school)が4年間、大学が学部によって違いはあるがほとんどの学部が4年間となっている。就学状況は義務教育である小学校は教科書代や授業料など無料であるのにも関わらず、すべての子供が通えているわけではない。それは貧しいの為ノートや鉛筆と言った学習に必要な道具を買うお金がなかったり、給料の低いフィリピンでは子どもの労働も家庭の大事な収入源になっているからである。また就学状況のみではなく、教育システムにも問題がみられる。学校の数に比べて子どもの数が多いため、公立学校では一クラスに60人から80人もの生徒が入り、個々の生徒の要求に合った教育が行われているとは言い難い。特に障害を抱えている生徒は個人個人に合った教育が必要とされる。

このような不十分な教育状況をサポートしているのがSt. Johnである。

 

もう一つのNGO、PPFが支援しているスラム地域はNavotasとい地域でマニラの北西に位置し、マニラ湾に面した地域である。

人々は狭いエリアにプレハブで作られた小屋を密集させて暮らしている。小屋を作る陸地が無くなったところでは海の上に橋げたを作って、その上に家をつくって住んでいる。しかしそのような家は大きな台風が来たとたんに崩壊してしまって大変なのだが、住む場所がないため仕方がないのであるそうだ。

このスラムに住んでいる人のほとんどは本来、地方に住んでいたが、仕事を求めてマニラにやってきたのだそうだ。彼らが仕事を求めてマニラに来なければならなかった理由は、日本企業がフィリピンに建てた工場の電気供給を安定させるために、彼らが住んでいた地域に水力発電の為のダムを作ったからだという。その為、彼らは土地を失い仕事を求め、マニラに来ざるを得なかったのだ。

しかし、彼らのほとんどは仕事を見つけることが出来ていない。というのもフィリピンの失業率はタイの通貨危機以降、10%前後[3]と言った高いものである。また、たとえ職業を得たとしても生活していくのに十分な給料を得ることが難しい[4]。そんなフィリピンの貧困率は都会では24.3%、田舎では54.0%にのぼり、全体として39.4%[5]にもなる。街を歩いていてもストリートチルドレンや、物乞いに毎日必ずといって良いほど会うのでその数字を肌身に感じることができる。またフィリピンにはNavotas以外にも川沿い、道沿い、線路沿いにあるわずかな隙間に十分な収入を得ることのできない人たちがまとまって生活しているスラムが数多く存在する。

PPFが活動し始めたころは、Navotasの人々の生活状況は劣悪なものだったそうだ。ゴミや下水は道路にそのまま捨て、食事は満足なものが食べられず、学校などはもちろん存在しなかった。

PPFは様々な活動を行い、その改善に貢献してきた。例えば先に述べたように住民の要望により教会を修築したり、スラムに住む母親のMeetingを開いたり、奨学金制度を作って貧しい子供たちより高度な教育を受ける機会を与えている。

 

フィリピンには私が参加したNGOが改善しようとしている貧困や教育問題のほかにも政治腐敗、慢性的な交通渋滞、大気汚染、ごみ処理問題等、日本以上に様々な社会問題を抱えている国である。しかし、今回はフィリピンの社会問題の中で私が参加したNGOが取り組んでいる貧困と教育問題を取り上げ、この二つの問題がカトリックとどのように関わっているのか、考えていきたいと思う。それに、この二つの問題がほかの社会問題の根本的な原因のようにも考えられるからである。

 

私はフィリピンに根付いたカトリックが様々な社会問題を抱える人々の大きな支えになっていると考える。カトリックの中でもっとも重要なことは『わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さった』[6]のつまり神が存在し、神はすべての人間を愛していることそれがカトリックの根本である。そして、その神の愛にこたえるために掟として『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』や『隣人を自分のように愛しなさい。』といった神を信じ、愛することや隣人愛の考えなどにつながってくる。

貧しいため子供に満足な食事を与えることができない、または身体に障害を持っているため普通の人と同じ生活を送ることができないといった、自分の力でどうにもできない問題を抱えたフィリピンの人々は、仕事を持ち、家庭を持ち、家を持つといったような普通の生活やそれに伴って生じる普通の価値基準からはずれて生活しなければならない。彼らのように普通の社会に受け入れられない人々は常に劣等感を持ち続けて生きていかなければならないであろう。けれども、カトリックの教えは貧しかろうと、障害があろうとすべての人間を神が愛すことから、彼らの存在を認めてくれる唯一のものである。

また、その教えや掟は愛といった誰もが持っているものを中心に据えているので、誰もが実行することができる。そのため一般社会の価値基準からはずれてしまった人でも、劣等感を感じることのない新たな価値基準をカトリックから得ることができるのである。

先述したが、St. JohnやPPFもカトリックベースのNGOである。St. Johnでは毎朝や授業の始めに欠かさずお祈りをし、月に一回行われるイベントでは何らかの形でイエスキリストや、聖書の話が用いられていた。またPPFの活動でもバイブルシェアーリング(Bible Sharing)という活動を行って、聖書の解釈を通して住民同士の苦しみを分かち合う活動を行っていた。このような活動のおかげでフィリピンの人々は神の存在を信じ続けることができ、聖書という誰でも受け入れてくれる価値基準を利用して生活できる。私が出会ったSt. Johnの生徒やスラムの人たちからは、厳しい生活を送っているはずなのに卑屈さを感じることはなかった。

 

しかし、一方このキリストの教えがフィリピンの社会問題の解決を困難にしていることも事実である。

どんな状態の人でも認められ存在価値の与えられるカトリックの教えの下では、貧困などといった悪い現実の問題に対して抗うことを怠っているところが見られる。

St. Johnの校長であるMs Tessの話によると貧困に苦しんでいる人の中には仕事を探すのをあきらめたりしたり、より理想的な生活を目指して抗うことをしないひともいるそうだ。Navotasにいったときも、私が不思議に思ったことは、子どもを葬式に出したり、子供を高校へ行かせたり、狭い家を改築するお金は無いと言うのにもかかわらず、ほとんどの人がテレビ、VCD(ビデオのようなもの)、カセットデッキといった生活にさほど必要とは思えないものを持っている。また、ほとんどの人がその日暮らしの生活をして、貯金といった将来のための蓄えを持っていないそうだ。

 

つまり、自分で解決すること難しい社会問題を抱えたフィリピンの人は、カトリックによって存在価値が認められ、生きる希望が与えられているのと同時に、その社会問題を抱えた状況でも認められるということが、その社会問題を解決しようとする努力を減少させているという、皮肉な結果を招いているのである。

 

むすび

 

フィリピンは日本人が、がむしゃらに経済発展を目指してがんばっていった中で忘れていった、人に対する思いやりや感謝の心を今でも大切にしている国である。それはカトリックの教えの「隣人愛」といったような考え方がフィリピンの人々の心の中で大きな位置を占めているというのが原因の一つであると考える。そして、そのカトリックの考えをベースとして社会問題を解決しようというNGOがいくつもフィリピンには存在する。今回挙げたSt. JohnやPPF以外にも先住民の生活を支える活動をしているNGOや、子供たちへの教育を促進していこうとするNGOなどがあるという話をきいた。

理想的ではあるが、フィリピンの人には今あるフィリピン人の良いところである思いやりといった優しい気持ちを忘れずに、より生活し易い社会を目指していってほしいと思う。

 



[1] 外務省ホームページ 各国地域情勢

[2] PPFHP http://puffin.creighton.edu/jesuit/tertianship/ppf/

[3] 外務省ホームページより10.098年)、9.899年)、11.200年)、11.101年)

[4] 滞在中、フィリピンの先生の給料よりもタイで家政婦をした方が、給料が良いという話を聞いた。

[5] 2002年度アジア開発銀行より

[6] 百瀬神父 上智大学の教授 カトリックイエズス会の司祭http://pweb.sophia.ac.jp/~f-momose/index.html