
| 2002年度に行われた国際関係論(基礎)演習の授業に於いて提出されたゼミ論を掲載しています。皆さんに読んでいただき、感想や意見などを頂ければと思います。感想・意見などは掲示板にどうぞ♪ |
貧困解決における教育の重要性と教育援助システムの再考
東北大学法学部3年 山崎翼
はじめに
現在、世界では13億人、世界人口の5人に1人、開発途上国人口の3人に1人が貧困であるとされている[1]。それに加え、途上国には武力紛争やHIV/AIDS等の感染症の問題、地球環境問題などさまざまな問題が山積している。そして、これらの問題に共通する原因として貧困が挙げられる。したがって、貧困問題を解決すれば途上国が抱えている諸々の問題は格段に好転するものと考えられる。1996年にOECDの開発援助委員会(DAC)[2]が最重要の目標として「2015年までに極端な貧困の下で生活している人々の割合を半分に削減すること」を掲げたことからも、国際社会において貧困問題の解決に重点が置かれていることが分かるであろう。
では、貧困問題の解決としてはどういった政策をとることが有効なのだろうか。これまでの開発援助政策の反省から、経済成長を最優先にした政策は余計に貧富の差を拡大し、貧困層を援助対象としたBHN分野[3]への資機材の投与も、貧困層の人々がそれらの資機材を有効に活用できるための技術協力が同時にされなければその効果は低いということが広く認識されている。そこで、現在、主要な国際機関は貧困削減のための政策として資料1に挙げるような7つの政策を掲げている。
私は、これらの7つの政策のうち(1)の人的資源への投資、より具体的には教育が最も重要な鍵を握っていると考える。すなわち、(1)以外の6つの政策も、質の良い教育への参加の拡充が達成されればより容易に実現されうると考える。
そこで本稿では、教育が貧困削減に向けた基盤であるという考えに基づき、まず、経済成長に成功した東アジアの諸国[4]を例に教育と発展の関係について論じて国の発展における教育の重要性を確認し、次に、開発途上国の中でも貧困が特に深刻な状況にあるサブ・サハ
(資料1) 主要な国際機関が掲げる貧困削減のための認識
(1)人的資源への投資
貧困層への保健、栄養、教育と職業訓練などを通じた人的資源への投資によって、貧困層が自ら持っている能力を最大限に発揮することが出来る。
(2)貧困層の参加
貧困削減のプロセスに貧困層自ら参画することが重要である。個別プロジェクトの計画、実施、評価の各段階での貧困層のイニシアティブはその成否を決める鍵となる。
(3)雇用と資源へのアクセス
貧困層の最大の資産である労働力を最大限に生かすために、適正な雇用形態による雇用機会の増加を促進する必要がある。さらに貧困層自らが雇用機会を創出できるように資源へのアクセスを確保することが必要である。
(4)セーフティーネット
貧困層の中でも社会変動の影響を受けやすい脆弱な層(老人、障害者、被災民など)のために、経済危機時等において、セーフティーネットが用意されなければならない。
(5)国別貧困情報の収集と貧困削減戦略の策定
貧困削減を具体化する責任は貧困を抱える国の政府にあり、各国が貧困の原因を社会・経済・文化・環境など様々な側面から検討して、特定の地域や社会グループ(ターゲットグループ)に適した貧困削減対策を立てる必要がある。援助機関もこれに沿った国別の対応が必要である。
(6)社会の中での公平性
マクロレベルでの経済成長の恩恵を、公共投資や社会サービスを含む様々な形で国内のすべての層に分配できる仕組みが重要である。
(7)持続的な経済成長
広範な貧困削減にはマクロ経済の持続的で力強い成長が必要であり、国民すべての層の参加による経済成長が必要である。
(出所:JICAホームページ http://www.jica.go.jp/global/poverty/report/0102.html)
ラアフリカ[5]の教育事情を観察し改善策を考え、最後にそれら改善策を有効に、効率的に進めていくための援助の仕組みを探ってみたい。
第一章、教育と発展
1970年当時、日本を除いてサブ・サハラアフリカと同程度の経済力しかなかった東アジアは、1990年代後半に深刻な経済危機を経験するものの、全体としては1980年代後半以降の「東アジアの奇跡」と呼ばれる急速な高度経済成長によって貧困率を大幅に低下させた。現在では、サブ・サハラアフリカとの1人あたりGNPの差は非常に大きなものとなっている。
日本の1960年代以降の高度経済成長や1980年代後半以降の東アジアの高成長には教育によって培われた人的資本の広範な基盤が非常に重要な要因として働いた。HPAEs[6]は発展過程の初期の段階で普通初等教育を実現したため、識字率は高く、認識能力の水準も他の途上国と比べて著しく高かった。このため、企業は容易に労働者の技能を向上させ、新たな技能を習得させることが出来た。さらに、急速な人的資本の蓄積は教育を受けた労働者を大量に生み出し、このことが教育を受けた労働者が少ないときには起こりがちな所得の不平等の回避につながった。こうした恩恵は特に農村部において明らかだったという[7]。
経済学者のアマルティア・センは、基礎教育の普及はこういった人々の生産能力の向上からもたらされる経済や工業の発展といった効果に加え、識字率の拡大などによって生活の質の向上にも直接的貢献をもたらすと述べている[8]。この2つの効果は相互に関係して、生活の質を向上させる。基礎教育が経済の発展にも拍車をかけ、そしてまた、そのことが再び生活の質の向上につながるといった好循環を形成する。そのため、発展のために何よりも最初になされるべきは、貧しい人々のためになるような人間的発展と学校教育の普及の実現であると考えることができる[9]。
従来は教育の普及は国が豊かになってからでないと達成されないという通念が特に欧米社会ではあったのだが、日本を皮切りとした、他のHPAEsの発展がこの通念を覆したのである。
このように、発展における教育、特に基礎教育の重要性は広く認識されている。では、経済においても人間開発指標[10]においても、依然低迷を続けるサブ・サハラアフリカの諸国[11]では、教育をどのようにとらえ、どのような体制をとってきたのであろうか。
(資料2) 教育指標

(出所:2002年世界子供白書 http://www.unicef.or.jp/siryo/pdf/haku02_7.pdf)
3、サブ・サハラアフリカの教育
サブ・サハラアフリカ諸国の初等教育就学率は世界で最も低く、識字率もきわめて低い(資料・2)。加えて、質的な面でも問題が多い。この質の悪さは、留年率と中途退学率が高いという内部効率の悪さに反映されている。しかし、サブ・サハラアフリカ諸国は教育を軽視してきたわけではない。教育に対する公共支出の対GNP比は1960年では東アジアと同程度であり、1989年にはむしろ上回り、その後も上昇している(資料・3)。だが、サブ・サハラアフリカは1980年代には世界で唯一、初等教育就学率が低下した地域であり、1990年代に入り若干改善されはしたが、それでもその成長は緩やかである。では、同地域の教育の発展が量的にも質的にも停滞しているのはいったいなぜだろうか。その背景には、次のような問題がある。
1)教育財政のバランス
HPAEsにおける教育への公的支出は高等教育への支出と比べて、初・中等教育への支出が極めて多かった。このことが初等教育への高い就学率をうみ、前述のように経済の発展につながっていった。一方、サブ・サハラアフリカではどうかというと、一般に高等教育への支出の割合がその学生数のわりに非常に高く、初等教育への支出の割合が低い。
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(資料3) 教育に対する公共支出の対GNP比
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国・地域 1960 1989
HPAEs
香港 ― 2.8
韓国 2.0
3.6
シンガポール
2.8 3.4
マレーシア
2.9 5.6
タイ 2.3
3.2
インドネシア (注@) 2.5 0.9
平均 (注A) 2.5 3.7 ― 不明。
他の諸国 (注@) 別の資料によれば、1989年のインドネ
ブラジル
1.9 3.7 シアの公共教育に対する支出の対GDP
パキスタン
1.1 2.6 比は3.0%であった。
途上国 (注B) 1.3 3.1 (注A) 平均はインドネシアを含まない。
サハラ以南のアフリカ 2.4 4.1 (注B) 中・低所得国
(出所:世界銀行(1996)「東アジアの奇跡」)
この、サブ・サハラアフリカの各国が高等教育を優先した理由には、独立達成後、植民者がいなくなった穴を埋める優秀な人材が緊急に必要とされたということがある。しかし、結果的にはこうして育てた優秀な人材も、祖国より高収入が望めて質の良い生活を送れる海外の先進国へと流出してしまうことが多かった。
初等教育への支出が少ないということが、教育施設や設備の不足による初等教育への就学率の低さといった量的問題を引き起こし、教科書や教材の不足による教育の質の低下、さらに、その質の低下に起因する留年や中途退学といった問題を引き起こした。
また、サブ・サハラアフリカ諸国では教育予算の大部分が教員給与を中心とする経常支出に費やされているため、教科書や教材、教育施設等の改善や、教員再訓練のための予算は乏しい。このことが教育発展を妨げる結果となっている。
この教育財政の配分が、HPAEsが取った政策と最も異なる点であり、その後の教育の普及の停滞だけではなく、経済発展の停滞をも引き起こしたといっても過言ではないだろう。
2)学齢人口の増加
HPAEsの教育普及の実現には学齢人口増加率の低下が大きな役割を果たしていた。1980年代を通じて、東アジアにおける6〜11歳の人口増加率はきわめて低かった。一方、サブ・サハラアフリカでは、同年齢の人口増加率は異常に高かった。学齢人口が急速に増加している場合、就学率を一定に維持するだけでも支出の増加を図らなければならない。しかし、学齢人口が減少、または緩やかに増加している場合には、同様の支出増加は就学率の増加や、より質の良い教育のために使用できる。学齢人口が増加しているにもかかわらず、それに見合った初等教育への支出の増加が行われずに、享受する学生が少ない高等教育への支出が依然として高かったことがこの問題をさらに悪化させた。
世界銀行によると、アフリカにおける6〜11歳人口の年間増加率は2000〜2010年までの10年も世界で最も高く、2.5%以上であると予測されている[12]。
3)教員をめぐる諸問題
教育予算の大部分が教員給与を中心とする経常支出に費やされているにもかかわらず、個々の教員の給与は他の職種に比べて決して高くない。また、アフリカでは一般に教師の社会的地位は低く、社会的に尊敬される職業ではないことが多い。このような現状が、教員のやる気の低さと職業としての人気の低さを招き、教員の質の低さ、教員不足につながっている。そして、こうした教員の量・質の低さは最終的には生徒の非就学や中途退学を引き起こす。
4)教育内容に関する問題
サブ・サハラアフリカの初等教育においては教授言語が非常に大きな問題である。ア
フリカの多くの国は、その国境線の引き方が大きな原因の1つであるが、多言語国家であるため、学校で用いられる教授言語は児童にとっては自らが第1言語とする自民族の言語ではなく、第2、第3の言語であることが多い。このような多言語状況は学校での勉強についていけない児童を増やし、中途退学を引き起こす大きな要因となっていることに加え、言語の使用は民族意識に大きな影響を与えるので、親が子供を学校に通わせないといった非就学をも引き起こす。
また、教育内容にも問題がある。サブ・サハラアフリカ諸国は旧宗主国の教育内容をそのまま持ち込んだことから、各国の社会・文化的環境に合致していないため、児童の学習ニーズを満たしていないことが多い。学校で教えられていることがあまりにも自分たちの生活と無関係であったり、自分たちのニーズからかけ離れている場合、児童は学校に行く価値を、親は子供を働かせずに学校に送り出す価値を見出せるだろうか。教育を受ける必要性を感じられないであろう。こういった場合、教育は家庭にとって大事な働き手である子供をただ奪うだけのものに他ならない。当然、これは非就学や中途退学に結びつく。
5)教育の不平等
教育の不平等には男女の差、貧富の差がある。
サブ・サハラアフリカは中近東・南アジアとともに教育における男女格差が大きく、女性の就学率や識字率が、男性と比べて低い地域である(資料・4)。教育のあらゆる
(資料4) ジェンダーと教育
女性の初等教育学齢
女性の中等教育学齢
グループの就学 グループの就学
(調整値) (調整値)
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成人女性識字率
就学率 就学率
識字率 男性 (初等教育学 男性 (中等教育学齢 男性
(15歳以上の女 識字率に 齢の女子に 識字率に の女子全体に 識字率に
性に占める%) 対する% 占める%) 対する% 対する%) 対する%
1998
1998 1997 1997 1997 1997
全開発途上国 64.5 80 82.7
94 54.8 83
後発開発途上国 41.0 67
54.7 83 24.6 66
アラブ諸国 47.3 66 82.1 91 56.8 85
東アジア 75.5 83 99.8 100
66.4 88
東アジア(中国を除く) 95.1
96 98.2 101 94.5 102
ラテンアメリカ・
カリブ諸国 86.7 98 92.4
98 65.8 102
南アジア 42.3 64 72.1 86 ‥
‥
南アジア(インドを除く) 38.8
63 ‥ ‥ ‥ ‥
東南アジア・太平洋諸国 85.0 92 97.5
99 56.9 95
サハラ以南アフリカ 51.6 76 51.8
85 35.8 ‥
人間開発指数高位国 ‥ ‥ 99.3 100 94.7 101
人間開発指数中位国 69.7 83 88.4
95 59.8 86
人間開発指数低位国 38.9 65 50.3
80 21.1 ‥
全世界 ‥ ‥ 85.1 95 60.8 87
‥ 不明
(UNDP(2000)「人間開発報告書2000.『人権と人間開発』」を基に作成)
レベルで男女格差が残っているが、レベルが高くなるほどその格差は大である[13]。この原因の多くは、文化的・社会的慣習と関係が深く、家事労働・早婚・若年出産などにより非就学や中途退学が起きている。
1995年のUNDP人間開発報告では、貧困の「女性へのしわ寄せ」の問題に取り組んでおり、女性が世界の貧困層の70%を占めると指摘した。こういった現状の下では、出生率に加え幼児死亡率も低下させ、結果的に女性の生活の質の向上をもたらすと多くの研究で確認されている女子教育の普及は非常に重大で、急を迫られる問題である。
また、貧富の差による教育の不平等も深刻な問題である。富裕層は都市にある設備の整った学校で質の良い教育を受けられる一方、地方や都市の貧困層は、さまざまな事情から、まず、就学が問題となり、就学したとしても学校の設備や教育の質に問題があることが多い。世界銀行調査によると、ベニンにおいては、貧困層の15〜19歳のうち第1学年以上を修了したのはわずか26%しかいないのに対し、富裕層においては80%が修了している[14]。
このように、サブ・サハラアフリカの教育普及の停滞の背景には多くの問題が相互に絡み合いながら存在している。これらの問題の対応策としては、地域の特徴やニーズに合わせた学校の建設を可能にするために地域住民が学校建設の計画段階から参加することや、女子教育の普及のために女性教員の増員[15]や娘の教育に理解をもってもらうための親の教育などが考えられる。しかし、国によっておかれている事情が異なるので、これらの対応策は各国ごとにその特徴に合わせて考えられるべきだろう。
そこで、次の章では、サブ・サハラアフリカ諸国への教育援助に焦点を当て、初等教育の普及を阻害する問題への対応策を有効かつ効率的に進めるためにはどのような教育援助の理念や新たな援助の仕組みが求められるか探っていきたいと思う。
第三章、教育援助について
1)教育援助の理念と、援助のあり方
1980年代のサブ・サハラアフリカ諸国の教育普及の停滞は、世界銀行による「構造調整」によるものと考えられている。この構造調整融資の失敗の原因は、教育予算の削減もさることながら、アフリカ各国の「参加の欠如」が大きな原因であった。経済にも大きな打撃を与え、各地で暴動をも引き起こしたこの構造調整融資によって、サブ・サハラアフリカは前述のとおり1980年代に唯一、初等教育就学率が低下した地域となってしまった。
この構造調整融資の失敗に加え、その後の多くの研究によって社会開発には住民参加が不可欠であると広く認識されるようになったことから、援助機関では1990年代以降「オーナーシップ」「パートナーシップ」といった概念をキーワードに開発援助が進められている[16]。また、長年の援助からくる「援助疲れ」が援助国側に見られ、近年援助額は減少傾向にあるため、効率的な援助が求められている。
このような傾向の下で初等教育を対象の中心とした教育援助が掲げるべき理念は、援助全般において日本政府が以前から主張している「自助努力の支援」であろう。援助国が積
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(図1)従来の援助システム

援助 要請 援助 要請 要請 援助
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被援助国
具体的なプロジェクトごとに被援助国が援助機関・援助国にそれぞれ異なる手続きに従って要請し、それぞれの基準・手続きの下で審査されて援助が行われていた。
極的に援助を行い短期的にそれなりの成果が出たとしても、被援助国である途上国自身が教育の普及を達成する能力を向上させないことには持続的な発展は望めない。従って、途上国のこのような能力の向上の可能性を内包する援助が求められる。
また、今後は初等教育の普及に援助が果たす役割はさらに重要になってくると思われる。サブ・サハラアフリカ諸国では初等教育への支出の割合の低さが問題となっているが、だからといって、高等教育への支出を減らし、その分を初等教育に向けるという方法は、サブ・サハラアフリカ諸国において大学が独立国としての威信のシンボルとなっている現状[17]や有能な人材の必要性を考慮した場合、現時点では取るべき対応ではないだろう。そうなると初等教育の予算を単独で増やすことになるのだが、サブ・サハラアフリカ諸国ではすでに教育支出が国家財政を圧迫しており、教育財政は限界に来ている。サブ・サハラアフリカ諸国における初等教育普及には、援助の存在は今や欠かせないのである。
世界全体の援助額が減少しているにもかかわらず、このように以前よりも大きな役割を求められているのであるから、効率的に援助を行うことが求められる。これまでのような各援助機関がそれぞれ独自のプログラムに沿って行動する援助方法(図1)では一国の初等教育の普及に向けて一貫性がなく、非効率であるため、従来の援助の仕組みを変える必要があると思われる。
2)セクタープログラム
こういった事態に直面し、90年代後半以降、援助側と被援助側はともに協力しあい試行
(資料5) 世界銀行の示すセクター投資計画の条件
@ セクター全体への働きかけであること
教育セクター開発そのものが目的であり、実施面でも狭義のプロジェクトからより全体的なプログラムへの移行を目指す。
A 教育セクタープログラムは、健全なマクロ経済の枠組みを前提としたセクター開発戦略に基づくものであること
B オーナーシップ重視
援助機関主導ではなく、途上国政府による主導であることが重要で、あくまで当事者によって実施されなければならない。
C パートナーシップ重視
すべての援助機関が参加して初めてセクタープログラムと呼ぶことができる。
D 援助機関の手続きの共通化を必要とする
これまで途上国政府は各援助機関それぞれが定める様式に従って要請を出し、協議を行い、モニタリングと評価を実施してきたが、このような負担を軽減し、援助を効率化するため、援助機関の手続きを標準化することが必要である。
E キャパシティ・ビルディング(途上国政府の行政能力の向上)
技術移転中心の援助は先方政府の要請があるときのみに限り、相手国に任せることによって能力を高めることが求められる。
( 横関祐見子 (1999)「サハラ以南アフリカ地域の教育と教育セクタープログラム」『国際教育協力論集 第2巻第1号』 を基に作成 )
錯誤を重ねながらセクタープログラムというものを進めてきた。これは、それぞれの援助
機関が行っていた援助を分野ごとに束ねて、手続きを標準化することなどによって効率化を目指そうというものである。世界銀行はその条件として(資料5)にあげられている6つのことを提示している。各援助機関のセクタープログラムに対する取り組みには若干差異はあるものの大枠で一致しており、共通しているのはセクター全体への貢献、ポリシーの明確化、手続きの標準化を中心とする援助機関の協調である。
このセクタープログラムの下で行われる援助の一般的仕組みは(図2)のような形である。援助機関・援助国が合同の会議を開き、そこに途上国も参加し途上国が徐々に主導権を握れるようにするといった方法をとり、この会議で決定されたことは援助機関が中心となって実施するといった方法を一般的にとっている。
私は、このセクタープログラムという援助の仕組みに対して、途上国の人間の能力向上は本当に期待できるのか、また、初等教育を取り巻く状況の改善に向けた取り組みの促進は図られるのかという2つの疑念を抱かずにはいられない。
セクタープログラムでは手続きは標準化され、また、同一セクターで複数のプロジェクトを実施するといった非効率も解消されるので、その理念の一つである「援助の効率化」
(図2)セクタープログラム

専門家派遣
専門家派遣 専門家派遣
プロジェクト実行(援助側中心) 参加 プロジェクト実行(援助側中心)
途上国
ここで対象としているのは教育セクター全般。
の面においては、確かにうまく機能すると思われる。
しかし、「途上国の人間の能力向上」という面ではどうであろうか。援助側がプロジェクトの企画立案のための会議を開き、途上国はそこに参加するといった形をとる。プロジェクトの企画立案からその実施までを援助側が中心になって行い、その主導権は徐々に途上国に移していくという。これでは途上国の人間の行政能力の向上はさほど望めず、ゆえに、会議の主導権の途上国への漸進的移譲も実際に行われるかは疑わしい。援助が援助側に利用されることも考えられる。
また、初等教育を取り巻く状況の改善に向けた取り組みの促進はセクタープログラムが教育セクター全体への取り組みを条件としていることを考えると難しいと考えざるを得ない。なぜならば、セクタープログラムが掲げる教育セクター全体への取り組みという条件は、セクタープログラムが途上国側の意見を重視した援助というものを掲げているため、これまでと同じように結局は援助対象が高等教育を中心にしたものになってしまう可能性が非常に高いと思われるからである。
こういったセクタープログラムが孕む問題点も考慮し、新たな援助の仕組みとして、私は次のような機関の設立と援助の形態を提案する。
3)新たな援助の仕組み
(図3)のように各国の教育相なるものとは別に、国ごとに自国の初等教育普及のみを目的とした初等教育特化型機関を設けるというのはどうだろうか。教育全般を取り扱うと自然と高等教育へと資金が流れてしまうので、援助機関には途上国とよく話し合い初等教育
(図3)初等教育特化型機関
資金・専門家 資金・専門家 資金・専門家
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実行 実行 実行
途上国
援助機関・援助国の途上国の初等教育特化型機関への関与は、不正が行われないように機関運営を監視することと、その豊富な経験に基づくアドバイスの提供といった最低限必要と思われることに留める。
の重要性を認識してもらい、対象を初等教育にしぼった機関を設立するのである。
これまでのように援助機関主導の下に初等教育の開発を進めていくのではなく、この機関でその国の研究者や中央政府、地方政府の代表、NGOが中心となって初等教育普及に向けた計画立案からその実施まですべてをする。そして、今まで関係していた援助機関や援助国は、この機関に贈与として資金を出資し、初等教育特化型機関は援助側の影響下から離れて自由にこの資金を運用できるようにする。援助側からの影響を回避することによって援助側の課す諸々の制限に縛られることなく、純粋に途上国の教育の発展のためだけに資金を用いることができるので、資金運用の効率化が期待できる。
また、サブ・サハラアフリカ諸国の深刻な累積債務の問題を考慮すると、収益がほぼ見込めない教育分野の援助は借款ではなく贈与に限定すべきであろうし、校舎や施設の建設の際必要な資材も、修理の際のことも考えて、質はよいが高価なものを先進国から輸入してくるのではなく、多少質は落ちようとも可能な限り自国内で仕入れ可能な資材を用い、それが無理な場合でもサブ・サハラアフリカ地域内の他国から調達するようにするべきである。そうすることによって、同地域の経済の発展に多少ながらも貢献できるはずである。
政策決定の会議や具体的プロジェクトの実施には各援助機関や援助国から専門家を派遣する必要があると思われるが、これは最小限に抑え、専門家はこれまで培ってきた豊富な経験に基づくアドバイスを提供するサポート役に徹するべきである。この機関は、あくまで中央政府や地方政府の人間など、被援助国側の人間の能力向上を念頭において運営されるべきである。こうした当事国中心の開発によって、その国の文化や慣習を最もよく知る当事国の人間の意見をより反映させることが出来るので、その国の特徴にあった政策を進めることができ、加えて当事者意識を強く持つことによる仕事の効率化も望める。
こうして、援助を利用して初等教育の普及を目指した結果、経済成長が順調に継続され教育分野に当てる予算が徐々に増え始めたならば、援助機関は援助額を徐々に減らしていき、最終的には資金の確保から具体的なプロジェクトの実施にいたるまですべてを途上国自身に任せられる状態を目指す。
4)初等教育特化型機関の問題点
この援助の形態にも、その実行においていくつか不安な点はある。
まず、機関の管理・運営を効率的に行う能力を有している者や、長期的な展望に立って開発を考え、計画立案からその実施までを行える能力を有しているものを途上国に望めるかという問題である。そういった人材が不足しているから途上国なのだが、だからといって機関の管理・運営の面でいつまでも先進国の助けを受けているようでは途上国の真の発展は望めない。短期的にはセクタープログラムのほうがよい結果を出すであろうが、目指しているものは途上国の自立なのである。途上国の人間の能力向上なくしては長期的な発展や自立は望めないということを強く意識し、失敗を重ねながらも途上国の人間の能力向上を目指して途上国主導の下で開発を進めていくべきである。
そして、この際に問題となるのは援助機関や援助国による途上国への不信感である。途上国側の人間の能力が十分ではないにもかかわらず、オーナーシップを強調し援助側は傍観しているだけでは失敗は目に見えている。したがって、途上国の主導の下ですべてが運営されたとしても援助側はそれを監督するといった面で依然大きな役割を担うことになるが、この際途上国側を信頼し、「パートナーシップ」という概念を強く意識しなければ、これまでと同じように援助側主体の援助になってしまうであろう。
2つ目の問題として、援助側から見れば従来の援助の方法は途上国において彼らが果たした功績(失敗に終わったプロジェクトもあったが)がはっきりとわかり、援助は援助国のイメージアップという役割も果たしていたが、私が提案する援助の仕組みでは援助側のそれぞれの貢献が見えづらくなるといった問題がある。また、これまでは無償援助の際にもそれをタイドにすることによって援助が援助国の経済に利益をもたらしていたのだが、私の提案では、初等教育特化型機関が援助側からの資金を一括して受け取りその用途や受注先をも決定するので、援助側の利益は減少する。これらの問題によって援助国側から見た援助の魅力が小さくなり、援助への関心の低下とともに援助額の減少を引き起こすのではないだろうかということが考えられる。しかし、援助は援助側の利益ではなく、被援助国側の利益を最優先に考えるべきだろう。この問題の解決は援助側の援助に対する見方にかかっているといえる。
他にも中等教育・高等教育とのつながりを欠き、教育分野全体の方向性が定まらないのではないだろうかといったことや、援助側には自分たちの出した資金の運用をコントロールする権利があるのではないかといった批判も起こるかもしれないが、これらの問題は援助国と被援助国間の話し合いはもちろんのこと、双方ともにその内部でより綿密な話し合いをし、調整を行えば、うまく乗り切れる問題ではないかと思われる。
これまで見てきたとおり、この提案がうまく機能するには何よりも援助側の気持ちのありかたが重要である。「オーナーシップ」「パートナーシップ」を唱えるだけではなく、行動ではっきりと示すことによって、すべての援助ははじめてうまく機能するのである。
終わりに
本稿ではこれまでサブ・サハラアフリカ諸国をひとつのまとまりと考えて論じてきたが、現在これらの国がおかれている状況は非常に多様である。南アフリカのように経済が発展して生活水準の高い国もあれば、度重なる武力紛争によって多くの難民を出し、民衆が飢えに苦しんでいる国も多くある。したがって、国の発展段階によって取るべき政策は異なるであろう。紛争や社会不安に苦しむ国々は、まずは平和の達成と維持に取り組むべきである。しかし、そういった国でも発展の過程で必ず初等教育の普及が必要になってくる。
国際的な開発目標では、2015年までに初等教育の普及、2005年までに初等教育から高等教育における男女平等が、全ての国において達成されることが求められている。現在、この達成は難しいと考えられているが[18]、少しでも早くこの目標を達成し、最終的にはこの世界から貧困をなくすことを目指して、我々はこれからよりいっそうの努力を続けていかなければならない。
参考文献
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l 世界銀行『東アジアの奇跡』東洋経済新報社 1996
l 世界銀行『世界経済・社会統計 1999』世界銀行 2000
l 豊田俊雄「発展と基礎教育 アフリカ教育研究について」『応用社会学研究 創刊号』東京国際大学大学院社会学研究科 1991
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l 西川潤、編「社会開発 経済成長から人間中心型発展へ」有斐閣選書 1999
l 西村昭、下村恭民「開発援助の経済学」有斐閣 1997
l 服部正也「援助する国 される国 アフリカが成長するために」中央公論新社 2001
l 浜野隆「経済停滞期の教育発展 第三世界における初等教育を中心に」『名古屋大学教育学部紀要 第40巻2号』名古屋大学 1993
l
浜野隆「サハラ以南アフリカにおける基礎教育の変動と国際協力」『武蔵野女子大学紀要 vol,34 (2) 』武蔵野女子大学文化学会 1999
l 平野克己「図説アフリカ経済」日本評論社 2002
l ユニセフ「2001年 世界子供白書」日本ユニセフ協会 2000
l ユネスコ(1998)「世界教育白書 1998」東京書籍
l 横関祐見子「サハラ以南アフリカ地域の教育と教育セクタープログラム」『国際教育協力論集 第2巻第1号』広島大学 教育開発国際協力研究センター 1999
l JICA http;//www.jica.go.jp/global/porverty/japan.html (2002/09/28)
l UNDP「人間開発報告書 2000 『人権と人間開発』」(日本語版)国際協力出版会2000
[1] JICAホームページ http;//www.jica.go.jp/global/porverty/japan.html (2002/09/28)世界銀行では人間が1日に最低限必要な栄養(2150〜2250kcal)は、収入に換算して1
ドル/日/人であるとし、この基準を満たせない人々を貧困層と分類している。
[2] OECD(経済協力開発機構)とは援助関係国の集まりであり、開発援助委員会(DAC)はその下部組織で、主として援助の量的拡大、質的向上について援助供与国間の意思調整を行う。DACは61年に創設され、現在、日本を含む先進自由主義22カ国と欧州委員会が加盟している。
[3] BHN=Basic Human Needsの略。食料、住居、衣服などの最低限の必要消費物資や安全な飲料水、衛生設備、公共輸送手段、保険、教育など地域社会に不可欠なサービスを言う。1970年代後半以降取り入れられた、低所得の民衆に直接役立つものを援助しようという援助概念。
[4] ここでは世界銀行出版の「東アジアの奇跡」で研究の対象とされた日本、香港、韓国、シンガポール、台湾、インドネシア、マレーシア、タイの8カ国を指すものとする。
[5] サハラ砂漠以南の全アフリカ53国から北アフリカ5カ国(エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ)を除いた48の国家を指す。
[6] 高い経済成長を成し遂げた日本、香港、韓国、シンガポール、台湾、インドネシア、マレーシア、タイの8カ国を世界銀行『東アジアの奇跡』ではHPAEs(=High -Performing Asian Economies)と表記している。
[7] 世界銀行「東アジアの奇跡」p.333.
[8] アマルティア・セン「貧困の克服 アジア発展の鍵は何か」p.28.
[9] アマルティア・セン「貧困の克服 アジア発展の鍵は何か」p.26. センは教育とともに医療の重要性も主張している。
[10] 国連開発計画(UNDP)が1990年以来「人間開発報告書」を発行するにあたり各国の開発水準を世界銀行のように経済指標に重点を置くのではなく、人間開発の多様な側面(特に保健・衛生と教育)に注目して測定することを目的に作られた国の開発指標。いまだ完全な指標として受け入れられているとはいえず、UNDP自身も毎年計算方法の見直しを行っている。
[11] 国連の認定するLDC(後発開発途上国。開発途上国の中でも特に開発が遅れた国のこと)49カ国のうち33カ国(2000年)が、また、世界銀行の基準による低所得国63カ国のうち38カ国(1999年)がサブ・サハラアフリカに存在している。(外務省ホームページhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/af_data/pdfs/ldc.pdf、我が国の政府開発援助 下巻(国別援助)2001 p.383.)
[12] 浜野隆「サハラ以南アフリカにおける基礎教育の変動と国際協力」『武蔵野女子大学紀要 vol,34 (2) 1999 』p.64.
[13] 世界銀行「転換期にあるアフリカ大陸 1990年代中期に於けるサブサハラ・アフリカの現状」p.20.
[14] 世界銀行「世界経済、社会統計 1999」p.49.
[15] どの国にも一般的に当てはまるが、発展途上国においては特に女性教員の増員は女性の進学者の増加につながっている。(ユネスコ「世界教育白書 1998」p.42.)
[16]「オーナーシップ」とは、「開発は自分たちのものであり、自分たちが主体である」という「当事者意識」のことであり、「パートナーシップ」とは、途上国を「被援助国」ではなく、主体性を持って教育開発を行う「パートナー国」として位置づけようとすることである。(中村雄祐、他 「サブ・サハラアフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性」『国際研究 Vol,14 No,1 1998』p.14.)
[17] 豊田俊雄「発展と基礎教育 アフリカ諸国への教育協力について」『応用社会学研究 創刊号 1991』p.2.
[18] 世界銀行「世界経済、社会統計 1999」p.48.