北アイルランド背景

よく北アイルランドの紛争のことを、宗教戦争と呼ぶことがあります。確かに、もとをたどれば、宗教戦争だった、と言えるかもしれません。対立する住民のことを "Catholics", "Protestants" という名前で呼ぶこともあって、その印象は外部では強いようです。けれども、現代では、この紛争、宗教は全くと言っていいほど関係なく、宗教の名前はただ便宜的に使われるだけで、実際には、土着のアイルランド人対イギリスから植民してきた、主にスコットランド系の人達の争いで、前者はアイルランドの独立を願うのに対し、後者は北アイルランドはイギリスの領土としてとどまることを願っているわけで、結局は、政治的な闘争なわけです。

もっとも、なんでアイルランド系の人達が独立を願うのか、ということになると、その昔の宗教戦争時代が引き金となった、イギリス人のアイルランド人に対する差別・支配があります。

16世紀ごろ、イギリスはプロテスタントの国として、ヨーロッパを牛耳る、フランス、スペイン、教皇庁、といったカトリック勢力と対立していました。カトリック勢力はアイルランドに目を付けます。イギリスのすぐ横に位置するアイルランドは、イギリス侵略へのいい基地になる、というわけです。侵略を恐れたイギリスは、先手を打ってアイルランドの植民地化を始めます。この政策の起源は、エリザベス一世の時代。イギリスに一番接近している北アイルランドにプロテスタントのイギリス人を意図的に植民させ、カトリック勢力がアイルランドを自由に使えないようにする戦略です。

イギリスのアイルランドに対する決定的な勝利は、17世紀の終わり頃、ウィリアム三世の時代。ウィリアムは、イギリスをカトリックに戻すことをたくらんだジェームズ二世を失脚させてイギリスの王座につきました。ジェームズはアイルランドを拠点として、フランスの支援を受けつつ抵抗を続けますが、ウィリアムはアイルランドに侵攻、1690年7月、Boyne川の戦いでジェームズを破り、アイルランドはイギリスに服従することになりました。

以降、アイルランドはイギリスの植民地と化します。18世紀には、独立を願うアイルランド人が運動を進めるようになります。ヨーロッパの宗教戦争のほうは終わりますが、惰性でアイルランドの植民地化はどんどん推し進められます。19世紀にはいり、イギリスの失政がもとで何百万もの人が餓死する飢饉が起き、これがきっかけで、アイルランドのイギリスに対する反感は強まり、独立運動も本格化します。また、アメリカへの移民も増加。なかには、イギリス独立運動の拠点としてアメリカを使うアイルランド組織も出てきます。

現代のアイルランド独立へ向かうきっかけをつくったのは、1916年に起きたイースター蜂起。マイケル・コリンズの戦略が功を奏し、1921年には、アイルランドの独立が承認されます。問題は、条件つきの独立だったこと:北アイルランドは、イギリス海軍にとって大事な造船所があったことと、プロテスタント系のイギリス人植民者が多かったことで、イギリスの領土として残されました。その後、北アイルランドのアイルランド人達の間に独立を目指すゲリラ抵抗組織IRA (the Provisional Irish Republican Army)が生まれ、イギリスに対する独立闘争が第二次大戦以降激化、イギリスは、北アイルランドを手放すことを決めそうになります。

これに猛然と反対したのがイギリス人植民者。それまで特権階級で経済的・政治的に優遇されていたのが、北アイルランドがアイルランドに渡されれば、アイルランド内に取り残され、どうせそれまでの仕返しをされるのは明らか。IRAに対抗する闘争組織が次々とでき、アイルランド人との間の闘争を始めます。この状況は80年代のイギリス本土でのテロなどの事態を引き起こしますが、90年代後半になってようやく和平交渉が進みだしました。現在、それぞれの組織が、武力を使わずにこの問題を解決する意志があるかどうか、に焦点があてられ、交渉が進められています。