日本人墓参団
かつて掲示板でも話題になったが、Rutgersは、明治維新のころ、アメリカで最初に日本人の学生を受け入れた大学だそうである。彼らの中には、この地で亡くなった者もいて、彼らの墓地もRutgers近辺に存在する。特に日下部太郎は、有名である。
最近、研究室のインド人の同僚が、地元の新聞にこんな記事が出ていたよと、教えてくれて、その新聞もくれた。それは、彼ら先駆者と関係のあるものだった。なんでも、鶴岡市というところから、中学生が、ニューブランズウィックにやってきて、彼らの偉大な先人の墓参りをしたという記事だった。
ここでは、その記事の全文を翻訳したものを掲載する。
新聞の名前は、Home
News Tribune、この記事のオリジナルは、
ここで見ることができる。記事の翻訳、および写真を載せることは、この新聞社に許可を頂いた。写真の著作権は、Home
News Tribuneに帰属する。
By NINA RIZZO
STAFF WRITER
七人の日本の生徒が、文化交流プログラムの一環として、ニューブランズウィック市を訪れている。昨日、彼らはウィロウグローブ共同墓地(Willow
Grove Cemetery)を訪れ、そこに眠る彼らの先人に敬意を表した。この共同墓地は、日本人を葬る墓地としては、アメリカ最古のものである。
日下部太郎は、ラトガース大学の最初の日本人学生であり、1870年に死んでいる。サムライの息子として生まれた日下部太郎は、ニューブランズウィックで約3年間学び、病気に倒れ、死んだ。学者によると、彼は、西洋の文明、文化、工業を学ぶために、文字通り死ぬ程努力した。享年24歳であった。
この墓地を訪れた生徒は、すべて中学生である。彼らは、日下部が、ここニューブランズウィックと彼らの故郷の鶴岡市の関係を築いたことを、褒めたたえた。1960年、両市の市長は、文書に署名をし、両市は、公式に姉妹都市となった。姉妹都市インターナショナル(Sister
Cities International)は、個人交流と文化交流を通じて、国際理解と世界平和を推進する非営利目的の団体である。
ハンダ ユウスケ(Yusuke Handa)君、14歳、は、日下部太郎が、彼らのこの訪問を可能にしたと信じている。"彼の努力と、彼のおかげで、こうして姉妹都市関係があり、僕はここに来ることが、できました。とても幸せです。"と、ハンダ君は、一部を英語で、一部を通訳を通じて語った。
生徒たちは、水曜日(3/21/2001)に到着した。10日間の訪問中、彼らは、市の学校に通い、地元のホストファミリーと生活をともにすることになっている。昨日の共同墓地の訪問は、ニューブランズウィック市の3時間のバスツアーの一部である。
"亡き人を弔うことは、日本文化の最も重要な側面の一つです"と、サナダ
マチカ(Sanada Machika)さん、14歳、は通訳を通じて、語った。
"彼らのおかげで、私は、今ここにいます。私は、彼らを大切にしなければいけませんし、どんな人生を歩むべきか、自分に問わなければいけません。"と、サナダさんは、語った。"ほかの人達が、将来、私の墓を訪れるようになるくらい、尊敬されるようにならないと、いけませんね。"
生徒たちが、一つの墓のまわりに、集まった。幼くして死んだタカギ
サブロウ(Takagi Saburo)の娘の墓である。彼は、最初の日本の領事館の役人の一人であった。二人の少女が、その墓に花束を捧げた。
そのあと、社会科の先生であり派遣団の一人であるナカノ
ヨウ(Yo Nakano)さんが、生徒たちに、その幼児の墓に対して、手を合わせるように言った。
ナカノさんは語った。
"150年前、彼らはたった一人で、異国の地にやって来ました。彼らは、一生懸命努力しました。こちらの人々は、とても親切にしてくれ、彼の娘の墓まで作ってくれました。さあ、みなさんは、ごく短い期間ですが、いま、異国の地にいます。みなさんも、一生懸命勉強し、コミュニケーションができるようになれば、外国の友達もできるでしょう。最善をつくしなさい、そうすれば、彼らのように尊敬されるようになるでしょう。"
日下部と同国の人々の墓であることを示す石塔は、一つをのぞき、今もウィロウグローブに立っている。他の先駆者たちもまた1800年代後半に死んだ。
市立学校のための家族連絡役(family liaison)として働くWendy
Cottonさんによれば、世話役は、毎年やって来る生徒たちを、必ずその共同墓地につれて行き、電話も飛行機も、インターネットもない時代に、どれほど強く、二つの市が結び付いていたかを、説明するのだという。
Cottonさんは語る 。"この墓参で、我々の先人と接することにより、一つの円が完成するのです。我々は、何千マイルも離れていますが、我々の道が絡み合っていることが、この墓参で示されます。"
from the Home News Tribune
Published: March 24, 2001
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