
| <皇居駅伝レースレポート> 第1区 参戦記 皇居のお堀に水鳥がのんびりと浮かんでいた。穏やかな日曜日。2月とは思えないほど、暖かい日差し。風もなく、時おり平川橋方面から走ってくる車の音が、竹橋公園に集まった選手たちの声を掻き消していく。 午前10時、レース主催者の橋本さんの合図で一斉に選手が走り出していく。私の前には、青ジンジャーズのA井さんがぐんぐんと加速しながら走っており、後ろに黄ジンジャーズのAロンの気配を感じつつ、近代美術館横の登りを駆け上がっていく。勾配はそれほどきつくはないのだが、半蔵門まで約1キロ続くこの登りをうまく登らないと、後半の走り方が大きく変わってくる。何度か練習会でタイムトライアルをしたが、この登りの感覚がうまくつかめないために、後半失速したり、スピードに乗り切れなかったりと、失敗を繰り返していたので、レースでは足の裏の感覚と心拍計の数字に神経を研ぎ澄ませて、慎重に、慎重に、でも限界に近いパワーを出しながら、千鳥が淵を通り過ぎた。荒井さんは力強いストライドで私の10メートル先におり、なんとかそれ以上離されないペースでついていく。と、さっきから自分のすぐ後ろに人の気配がするのに気がつく。どうやらAロンではなさそうだ。奴は私の左後方約30センチの位置にピタリとつき、離れようとしない。チラッと横を見る。若い。高校生か。多分、エントリー表に載っていたDチームの選手だろう。アップの時も軽やかだった気がする。自分の走りのことに集中して走っていたせいで、あまり駆け引きをしようという気持ちはなかったが、これだけピッタリつかれると、気になって仕方がない。 なんとか坂を登り切り、半蔵門を越えると、A井さんに追いついた。そのままの勢いで先頭に立つと、目の前に長い三宅坂が下っていた。自分の前には誰もいない。実は下り坂は登り坂より苦手なのだが、先頭に立ち気分がよいので、ちょっと加速。どうやらあまり足を使わずに登りをクリアできたようだ。遠くに桜田門が見えてきた頃、なんとさっき離したはずのDチームの影が自分の視界に入る。どうやら奴も加速しているらしい。しかしなぜか私を追い越そうとはせず、左後ろ30センチにピタリとついている。これは奴の作戦か、それとも私のスピードになんとかついているだけなのか。コースは中盤に差し掛かっているが、私にはロングスパートをかける自信はなく、しばらく様子を見て併走する。それでも自分なりに納得のいくタイムを出したかったので、かなり限界に近いスピードだった。下りだというのに心拍計のアラームが鳴り続け、私の心拍数が上限値として設定した180を超えていることを告げていた。と、一瞬横についていた奴が後ろに下がる気配を感じた。つまり奴は駆け引きとして横についていたわけではなく、私のスピードについているのがやっとだったのだ。それを感じとった私の頭の中では、目の前に迫る桜田門のコーナーで勝負にでることを決めた。桜田門をくぐるコースは左折を最初に3つのコーナーを曲がることになる。つまりインコーナーをとれば、逃げるほうが若干有利になる。私はアウト側の足に力を入れ、加速しながら曲がっていった。すると2つ目のコーナーを曲がったあたりで、なんと引き離したはずの奴がアウトから私を追い抜こうとしているではないか。やばい。アタックをかけたつもりが、奴に追いつかれ、余計なエネルギーを使ったおかげでふりきる余力がない。残るもう一つのコーナーが迫ってくるが、奴のほうがインコーナーに位置している。やられた。併走しながらコーナーに入り、曲がり終えると、完全に奴に先行されてしまった。レースをスタートしてから初めて奴の後ろを走ることになる。この時、私の心拍数は190を越えていた。まだゴールまで2キロ近くあるというのに、ペースが上がらない。目の前を走る奴の真後ろにつき必死に食い下がる。ここで離されたら負けだ。苦しかったが落ち着いて基本にならい、背筋を伸ばして腕の振りを大きく、地を這うような意識を取り戻す。するとほんの一瞬、奴の荒い息づかいを察知した。それは明らかにリズムが乱れており、奴も精一杯あがいていることを物語っていた。奴も苦しいのだ。それを思うと、負けてはいられない。二重橋前で前を走る奴が一瞬揺れた。そのスキに奴の右に出て横に並ぶ。すると僅かだが、彼のペースが遅れ、私の視界から消えた。今だ。私は余力を振り絞り、ありったけの力で加速した。前には再び誰もいなくなった。私は後ろを振り向かず、ただ前だけを見て足を上げる。もうその時点で私の呼吸のリズムは狂っており、心拍計は悲鳴を上げているかのように、ピコピコとわめき続けていた。限界だった。もうこれ以上早く走れと言われてもできない。 独走になるとあとは自分との戦い。倒れそうになりながら、あがき続ける。私を待っているチームメイトになんとしてもこのタスキを渡す必要がある。倒れることはできない。順位はこの際もうどうでもよい。精一杯の力で走りきり、1秒でも速くタスキを渡したかった。そんな状態で大手門を過ぎると、遠くに気象庁前の交差点が見えている。幸い肉体はまだ限界点に達してはおらず、足は上がるのだが、呼吸がついていかず、酸素が足りない。マラソンなどの長距離走では考えられない状態であり、中距離走の難しいところだ。苦しくて、苦しくて、回りが白っぽくぼやけてきて、視界がだんだんと狭まってくるのが分かる。信号待ちをしている歩行者が、私の血相がすごいのか、後ずさりして道を譲ってくれた。交差点を曲がると、ゴールまでの最後の直線。 自分には目標があった。19分19秒。4日前のタイムトライアルで19分49秒かかっていたので、せめてあと30秒、1キロ6秒づつ縮めて、20秒をきりたかった。そうしなければならない理由があった。ただ遥かにゴールが近づいてきているこの時点で、私には時計をみて自分のタイムを確認する余裕はなく、どの程度のタイムなのか全く分からなかった。この時点で自分にできるのは、全ての力を出し切ることだけだということは分かっていたので、自分の前に19分19秒でゴールするはずのもう一人の自分が走っているつもりで、そいつに追いつこう、追い抜こうと、限界を超えている体を気持ちで引っ張った。目の前の白さが増してきた。もう殆ど倒れそうだった。その時、遠くに赤いシャツがかすかに見えた。次走者が着ているTシャツだ。あと100メートル。もう何も考えず、ゴールに飛び込む。余力を残してゴールするのは絶対にいやだったので、多分最後の10メートルくらいは、意識がなかったかもしれない。その証拠にどうやって次走者のN田くんにタスキを渡したのか覚えていない。彼が走り去るのを見届ける余力は残っておらず、へたり込んだ拍子に、ストップウォッチのボタンを押した。私のタイメックスは18分45秒で止まっていた。 |