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皇居への長い道のり
(後編)



 駅伝当日、2月1日(日)のメンバー集合時間は9時15分となっていた。
 キャプテンを務める(まあ嘘八百で人狩りしてメンツを集めた以上それぐらいの責任は取ってもらわないとね)T島は9時頃に受付等の手続きを済ませると言っていた。それを聞き、根が真面目なO住は「じゃあ少し早めに行っておこう」と自らも9時頃に着くように、と家を出た。
 そして予定通りほぼジャスト9時にO住が待ち合わせ場所に着くと、T島のみならず既に数名が集まっている。
(みんなやる気じゃん)
 O住はにやりとした。
 順調にメンツは集まり、約束の9時15分までにはほぼ全員が集まっていた。
 膝の故障を口にしていたAロンも、Y下の出張に伴い飛び入り参加を頼み込んだJフもちゃんと来ている。『ちゃらちゃらした大会』など目でもなさそうな招待選手のA井や、5kmなんて走るうちにも入らないという元箱根駅伝選手のN村もいる。夫婦で参加することになったT築夫妻も夫妻で出席だ。
 合同練習には参加の機会がなくオフィスが別のためO住にとっては初対面となるO河も落ちついた様子で姿を見せていた。最後に到着したのはN澤だったが遅刻といってもせいぜい9時半頃だっただろう。
「全員出席すれば90点。怪我なく完走できれば100点」と言い合っていたことを考えれば、すでに90点のラインだった。
 そして、衝撃の事実が判明する。
 その駅伝大会は前年も行われており、その際の参加チームは2,30チームだったそうだ。それが今年は参加が少なく10チームぐらいと聞いてはいた。だが当日の朝になってみると実際には7チームだというではないか。さらにさらに、そのうちの3チームはドタキャンしたという。
 つまり、出走するのは全部で4チームとなっていたのだ。そしてそのうちV社のチームが3チーム。すなわち、V社のチームが3位までに入賞するのはほぼ確実となったのである!
「狙え、入賞!」
 今まで何の真実味もなかったこの言葉が、急に現実味をもってメンバーの意識に染みとおってきた。
 
 9時58分。
「うおおおおおおおっ、ゴー!ジンジャーズ!」
 地を揺るがすような叫びが竹橋公園に響き渡る。
 そして、10時。
 戦いの火蓋は切って落とされた。
 
 なぜかちびっこマラソン大会と一緒のスタートになってしまったために数十人のちびっことともに第1走者はスタートする。
 黄色がAロン、赤がT島、青がA井。
「スタート!」の合図と共に彼らは勢い良く走り去っていった。
 第1走者はキャプテン自らも加わっていることから分かるように、足に覚えのある本格ランナーが揃っている。留守を預かる(?)応援団のT橋や急遽タイム係に任命されたK谷、そしてO住にしてもどきどきしながら様子をうかがっていた。
 と、そのとき。
「第1走者の方はそろそろスタートラインについてください」
と、駅伝主催者の声がした。
「え?」
 疑問符を頭の回りに飛びまわらせながらO住は主催者に駆け寄る。
「第1走者って、10時にスタートした人達ですよね?」
 O住の言葉を聞いて、今度は主催者が驚く番だった。
「えーっ、スタートしちゃったんですか!」
 聞けば、ちびっこ達と重ならないよう、駅伝のスタートは10時10分に変更したのだという。
「まあスタートしたものはしかたない。じゃあ残りのチームは今からということで」
 臨機応変な主催者のおかげでVチームはスタートした途端の失格という扱いは免れることができ、残りの1チームの第1走者は一人スタートを切ったのだった。
 18分が経過した頃だろうか。
「あっ、見えた見えた!赤が戻ってくる!」
 誰かが叫んだ。
 赤といえばT島である。
 O住が目を凝らすと、確かに赤いTシャツ姿が見えた。
(赤いTシャツなんて他にも着てる人いるだろうし…)と思ってみるが、
 それはまぎれもなくT島だった。
 普段走った後に余裕の表情を浮かべているT島が、まるで悪魔にでも追われているような必死の形相で走りこんでくる。
 そのままT島は一位でゴールし、たすきは第2走者のN田に渡された。
 次に飛び込んできたのは青のA井だった。A井は青の第2走者にたすきを渡すと、T島よりはマシながらやはり荒い息を吐いている。
 そしてさほど間をおかずに飛びこんできた黄色のAロンがたすきをつなぐのは箱根駅伝のN村だ。
「N村さん、箱根の実力を見せつけちゃってください、ゴボウ抜きですよ!」といい気なO住の声援を背負ってN村は走り出した。
 
 恐るべし箱根駅伝。
 本当にN村は1位で戻ってきたのだ。
 赤第2走者のN田はサッカー選手だし、青第2走者のA野は元バレーボール選手だ。つまり二人が遅いから抜かされたとは考えにくい。
「うわーっ、すごいすごい!」
 歓声を上げたのは黄色チームのメンバーだけではなかった。
 N村はさほど疲れた様子もみせずにたすきを第3走者のJフへと渡した。
 青のA田からはT築に、赤のN田からはO河にたすきがつながれる。
 
 そして竹橋公園で待つ面々の目に飛び込んで来たのは、なんと今度は赤のO河だった。O河は合同練習に参加したことがなかっただけに誰もその実力を知らず、それだけに驚きは大きかった。
 O河が第4走者のK谷にたすきを渡し、K谷は勇んで走り出す。
 しかし待てども待てども先にスタートしたはずの黄色と、そして青の姿が見えない。
「怪我してないですよねえ。へたりこんでるとか」
 心配しつつも第4走者として待つT築妻とO住には為す術がない。
 だがやがて、青と黄色のTシャツが並んで走ってくるのが目に映った。
 T築とJフは共に走っていたのだ。
 しかし、並んで走っていたはずだったが、残り20mというところになってJフが唸りながら加速した。
 「うおーっ!」
 その声と共に手渡されたたすきをにぎりしめ、O住はスタートした。
 
 Jフのラストスパートに煽られるように一気にスタートしたO住だったが、すぐに冷静になる。
(確か先週の練習のときは上りで急いじゃって後は足が上がらなかったんだった)
 そう思うとO住は懸命にペースを抑える。
(ステップは小さく、やや前傾で、落ちついて…)
 自分に言い聞かせながら走るが、T築妻がほぼ同時にスタートしているはずだと思うと、いつその足音が迫ってくるかと怖くて仕方がない。その怖さのあまり、足は自己の筋力を超えて前に出たがる。
(ここで焦っちゃ駄目だ)
 焦っていることを自覚しながらO住は我慢する。
 
 スタート直後からの上りはほぼ1kmも続く。しかも「お堀回り」であるにも関わらず、ここではお堀は視界に入らず、目に移るのは横断歩道や高速入口ばかりで目に入る風景で気分を逸らすこともできない。不慣れなランナーにとっては厳しい個所だ。
 
 急な上りを何とか終えて乾門を過ぎると、千鳥が淵交差点まで数百メートルの間緩やかな曲線の歩道となる。ここは歩行者も比較的少なく見とおしも良い。
 しかし、遥か前を見ても前を走るはずのK谷の赤いTシャツは見えない。
(随分先を走ってるんだろうなあ…)
 そう思いながらもO住は懸命に足を動かす。
 上りを終えたとはいえ、その疲労が足に来ているのが感じられる。
 だがわずかな下りではペースを上げ、なんとかして前との差を縮めようとO住も必死だ。
 
 千鳥が淵を左折すると、本来であれば見事な眺めが見える個所になる。花見の名所としても知られるここにはO住も桜のシーズンに来たことがあるが、今回はそんな風流な気分などかけらもない。「皇居の回りを歩きましょう会」でも催されているのか、数十人もの年配の集団が前に広がっているのが目に入ると「どいてくれぇ」と念じるしかない。
 早くも息があがってきている状況で、「すみません(どいてください)」といちいち声をかける余力がないのだ。
 だがうまくしたもので、声をかけなくてもその荒い息遣いに大抵の人が気づき、道を譲ってくれた。更には「走ってる人いるわよ、寄ってあげて」という声と共に、さささっ、と道が開く。
 モーゼのようだ(旧約聖書の中でモーゼは海を割って道を開いたとされている)と図々しいことを思いながらO住は走り過ぎた。
 …今更ですが、ご協力くださった皆さん、ありがとうございました。
 
 ここも数百メートルは見渡せるはずなのだが、K谷の姿は見えない。 次に待つアンカーのことを考えると、競う気がする程度に差を詰めて戻りたい。
 予想タイムではO住の方が1分早いことになっているが、前週に一緒に練習で走ったときは3分もの差をつけられてK谷の方が先にゴールしたのだ。
 ましてやこの日はスタートで数分も遅れている。
(見えるはずないか…)
とO住は弱気になるが、それでもT築妻が後ろから迫ってくることを考えると怖くてペースを緩めることができない。
 T築妻がどの程度近くにいるか振り返って確かめたいのだが、足取りが怪しくなってきているのが分かるだけに、振り返りなぞしたらバランスを失って転びそうな気がし、振り返ることすらできない。
(走るしかない)とO住は喘ぎながら思った。
 
 桜田門を過ぎるあたりで足の重さと呼吸の苦しさに、O住は(少しだけペースを落としたい)という誘惑に駆られ始めた。
 しかし、ペースを落としたらもうアップできないという気がしている。ペースを落としてまた上げるよりも、ペースを落とさない方が結果的にはいいはずだ、とO住は耐えた。
 しかし、苦しい。
 O住は闘志を奮い立たせようと意識を飛ばした。
 2ヶ月前、「駅伝をやる」という話になったときだ。N澤がO住に「O住さんが5kmなんて絶対に走れませんって。やめておきなさい」と断言したことがある。
(どうして私が走れるか走れないか、N澤さんに分かるっていうんだ)
 そのときの腹立ちをO住は忘れていない。
(5kmも走れませんなんて、言わせておくものか)
 確かに先天的に体力に恵まれないO住にとって、5kmを走るということが結構なオオゴトであることはO住自身も自覚している。しかしだからといって、他人に決めつけられたくはない、とO住は唇を噛む。(走りながら唇を噛んでいたら切れてしまいそうだが、言葉のアヤである)
 この口惜しさを思い出し、O住は桜田門を乗り切った。
 
 しかし、口惜しさには限りがなくても、エネルギーへの転換には限りがある。
 桜田門をくぐり大通りに戻る頃には、どれほどに口惜しさを思い出しても意識を逸らせないほどにO住の足は重くなってきていた。
(こんなの…つらいうちに入らない!)
 初めて愛宕神社までを走ったときの苦しさを思った。残業を重ねる毎日の中でも増上寺の回りを走り続けたことを思い起こした。初めて5km走ったときに足の親指が真っ青になるほどの内出血を起こしたことを思った。その内出血が悪化し、ついに病院に行くと医者に「これはひどいね」と言われて血を抜かれたことを思い出した。更に「走っていいですか」と尋ねたときに「痛みが我慢できるなら走ってみれば」と医者に言われ、あきらかに「普通は我慢できないよ,走れないってことだよ」という意味が嗅ぎ取れたにもかかわらず「走ってもいいって言われた」と走り、靴下を血染めにしたこともある。心拍数が上がっていいといわれればオフィスビルの1階から42階まである非常階段を上るという単調なトレーニングもこなしてきた。左腕の毛穴から血を吹いたときにはさすがに回りにも心配されたがそれを降り切って練習を続けてきた。
(あれだけのことをしてきたんだから…まだ走れる…)
 ちらりと腕を見るが、毛穴からは血が出ている気配はない。たすきにも目をやるが、血の跡はない。
(これならまだ大丈夫なはず)
 T島は走っているとき心拍計で自分の状態を計っていたらしいが、それと比べるとO住の観測方法「血が噴き出していないかどうか」は随分と原始的である。が、心拍計すら持っていないO住としてはそれが唯一の自分の限界値を計る方法だった。
 このときには既に足の感覚がない。ただ、(ペースを緩めたら終わりだ)と念じながら機械的に足を動かし続けるだけだ。
 
 大手町のビジネス街の前を走り、パレスホテルの横を通り過ぎる。
 肺は悲鳴を上げるほどに全力で酸素を取り込んでいるが、その全ては重い足で消費されてしまっているのか、脳には回ってきていないような気がするほどにO住の意識はぼんやりとしてきていた。
 何度か走ったコースのはずなのに、自分がどこにいるのかよく分からない。
(もうすぐ銅像が見えてくるはずだ)と思うが、銅像が見えない。
(もう走り過ぎちゃったのかな?これ、2週目?)(もしかして道間違えたのかな。銅像が見えないなんて)と埒もない考えが頭に浮かぶ。
 目が霞む。回りが見えない。見ているものが何なのか理解できない。
 今までの練習では経験したことのない感覚だ。
 
 この時、O住を追いぬいていったランナーがいた。
 どうやら10分遅れでスタートしたチームの第4走者だった模様だ。
(10分遅れてスタートしたチームに抜かれるなんて)
 実力差を考えれば当然なのだが、O住は自嘲気味に苦笑した。
 そして自分が苦笑したことに気づき、「大丈夫、まだまだ余裕ある」
と自分を励ました。
 
 待ち望んだ銅像が見えてきた。
 しかし愕然とするほどに遠い。
(走れるかなあ)
 もう足が重いという感覚よりも体中が重い。
 腹が立った経験も、つらかった経験も、とにかく自分を鼓舞できそうなことは一通り思い出してしまい、もうネタがない。こうなったらもうO住は自分の負けず嫌いと根性だけが頼りだ。
(ここでペースを落としたら、後で絶対口惜しい。『もっとできたはずなのに』って後悔するのだけはご免だ)
 だが、苦しい。
(あと100数える間だけ、我慢しよう。そしたら少し休もう)
 O住は呼吸に合わせて、いーち、にーぃ、と数えはじめる。
 はちじゅうはち、はちじゅうきゅう…。
 そして考える。
 100までできるなら、200まで出来るはずだと。
 そして200が近くなると再び考える。200ができるなら300だって出来るはずだと。
 そして300まで行ったら、また1からだ。一度できたならもう一度300まで数えられるはずだと。
 
 誤魔化し誤魔化し走りつづけ、やっと銅像のある広場までやってきた。
 ここまでくればゴールはもうすぐだ。
(N澤さん、じりじりしながら待ってるだろうな…)
 そう思うとO住は「行けるはずだ!」と自分を叱咤し、最後の力を振り絞ってラストスパートをかけた。
 鉛のようだった足は、更に灼熱して溶けた鉛のようになる。
 呼吸は止めてないのに、まるで呼吸していないほどに苦しい。
(構うものか!)
 O住は歯を食いしばった。
 倒れてもいい。でも1秒でも早くたすきを渡すのだ、と。
 早く早く、と思っているはずのN澤に。
 
 が。
 早く早く、と思っているはずのN澤の姿が見えない。
(えっ…ここってまだゴールじゃなかった…?)
 とするともう本当のゴールまで走り続けられないかもしれない、と思いながらO住は霞む目でN澤の黄色いTシャツを探すが、黄色いTシャツは見つからない。
(そんな…)
 愕然としたO住が思わず膝を折りそうになったとき、赤いTシャツが見えた。
 タイムを計っているらしいキャプテンのT島だ。
(やっぱりあそこがゴールだよね…?)
 不審に思いながらO住が微かに首を巡らすと、傍らのベンチでTシャツ短パンの上に羽織っていた服を慌てて脱いでいるN澤の姿が見えるではないか。
(な、なんで今ごろ服脱いでいるわけ…?)
 呆然としながらも加速した足はもう止まらない。
(つっこめーっ)
 最後はまるで短距離走のごとく、息さえも止めていたかもしれない。
 O住は決死の形相で、辛うじて服を脱ぎ終えてスタートラインに入ってきていたN澤へと突っ込んでいった。
 あと、3歩、2歩、1歩…
 たすきを掴んだ手を伸ばし、N澤がそれを受け取る。
 N澤が走り出した。
 
 この後数秒間の記憶がO住にはない。
 気がつくと、歩道の端にしりもちをつくようにしてうずくまり、激しい呼吸をしていた。
 足が熱い。
 「柿ピー、食べる?」
 T橋の声がしたように思うが、柿ピーどころではなかった。
 「み、水…」
 喘ぎながら口にすると、K谷が「だからだけど」と意味不明のことを言いながらペットボトルを渡してくれた。それが「(水ではなくてスポーツドリンクの)DAKARAだけど」という意味だと気づいたのは随分後である。
 500mlのそのドリンクを、苦しい呼吸が許す限りの早さでO住はおそらく数秒間で飲み干してしまった。
 まだ足りない。
 よろよろ立ちあがるとベンチの方へと歩いていき、自分が持ってきていたのみ残しのそば茶を飲む。それでも足りない。
 目についたポカリスウェットをねだってみると、T橋の差し入れということだったので、これもほとんど間をおかずに500mlを飲み干す。
 さすがに飲み過ぎかと思ったが、どうにも止められなかった。
 
 その間に青もT築妻が無事完走し、最終走者のRブは、応援の家族の声援にも送られて走り出していた。
 
 アンカーは結局順位を変えるには至らなかった。
 女性で唯一のアンカーを務める赤のホノルルマラソンランナーS木が先頭を切ってゴール。続いてラガーマンN澤の黄色はかなり差を縮めたものの2位でゴール。青のRブは区間賞を取る活躍を見せたにもかかわらず、第3位となったのだった。しかしRブの長女はこの後開かれた打ち上げの席上、O住に「パパ頑張ったんだよ」と言っており、その不屈の精神は子供の目に誇らしく刻みこまれたのではないだろうか。
 
 27分12秒。
 O住のタイムだ。
 26分という目標タイムを(何の根拠もなく)設定され、自らも26分台で走れたらいいな…などと(そのわずか1週間前に走ったときは30分かかっていたにもかかわらず)図々しくも思っていたO住からすれば、目標には届かなかった。
 だが、あと13秒縮めていれば…と思ってはみても、振り返ってみれば力を抜いた個所は一箇所もなく、どうやっても13秒縮められたとは思えない。
 あれ以上は走れなかった、とO住は思った。
 27分12秒は自分の精一杯だったと。
 
 2月だというのに吹き渡る風が心地よかった。
 
 
 
(終わり)

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